phrase.15「お金に取り憑かれて、何が悪いのかなー?」
「どこに行くつもりなのかなー?」
膝に力を入れて、跳躍する挙動をしかけたフイファン。
だが、『式鬼神』に片腕を横に広げられて、それを阻止された。
フイファンは、僅かに眉根を寄せる。
「どいてくれないかな。もう、君とお喋りできる余裕がなくなったんだよ」
「ふふん。ここでフイファンが助けるのは簡単だよねー。だけどさー、それが本当に優しさになり得ると思ってる? 今ここでフイファンが駆けつけたら、お兄さんはフイファンに助けられて当然だって思うんじゃないのかなー? それで、後後困るのはお兄さんなんだよ。なんたって、人は結局、一生一人きりなんだからねー」
「……だからなんだっていうんだ。ボクには、彼を守らなければならない義務があるんだよ」
「へー。義務なんて口に出している時点で、それは真っ当な人間関係だとは言えないんじゃないのかなー?」
「『操術師』と『隷属』の関係が真っ当だって?」
フイファンは、せせら笑うように言う。
感情の死んだような瞳のフイファンで、ほかの誰かだったら身体を氷結させていた。だが、それを『式鬼神』は一蹴する。
「そんな言葉で、そんな顔で、私が誤魔化される相手だと本気で思っているのなら、フイファンも錆び付いたもんだねー」
「……何が言いたいのかな、君は?」
「フイファンが保護者なままじゃ、お兄さんの心が離れていってしまうってことだと思うんだけどなー。……それで、いいの?」
「ボクは――」
紫苑のことになると、途端に自信がなくなってしまう。
彼との邂逅。
それはまるで運命のようなものであった。
そう。それは、呪われた運命のようなもの。
フイファンは紫苑と対等の立場になることは一生ない。
『操術師』と『隷属』。
その関係に限りはなく、決して振りほどくことのできない呪縛。
だからこそ、羨ましい。
ヒートリンクスや『式鬼神』のように、紫苑と肩を並べて歩くことができる彼女たちが。そんなことすらフイファンにはできない。
紫苑とはそういう関係だと割り切っていた。
そうすることによって、心を厳重に封印できていたつもりだった。
そう思っていたけれど、『式鬼神』の漏らしたたった一言に、心に葛藤の嵐が渦巻く。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすっていうでしょ。……信じてあげればいいじゃん、自分の『隷属』を」
フイファンは、感傷的になった自分の心を疎ましく思った。持ち合わせたところで、生きていく上で邪魔になるだけだ。
「……だけど、いくらなんでもあの二人じゃ、『乖離幻想体』の相手ができるとは到底思えないけどね」
「私が依頼されたのは、あの二人をあそこの装具店にまで案内すること。その依頼はもう果たした。だったら、それから後は私の自由ってわけだよねー?」
『式鬼神』の言わんとしていることに、ピンときたフイファンは目元を緩める。
「金の亡者がよく言うね」
「ふふん。お金に取り憑かれて、何が悪いのかなー? まさか、お金より大切なものがあるなんて青臭いこと言うつもりじゃないよね。その言葉自体を批判するつもりはないけど、なんたって、この世で一番手に入れやすいものはお金だよ。……逆から言えば、お金で手に入れられないものって、どれだけ多大な犠牲を支払えばいいのかなー?」
軽い口調で言っているように聞こえるが、きっと本心だ。
そのまま『式鬼神』は滔々と思いの丈を語る。
「理想に溺れて絶望するぐらいなら、私は、お金に溺れて希望を手に入れる方を選ぶけどねー」
それは、理想を追い求め、夢破れた彼女だからこそ出た言葉。
そうでなければ、ここまで言葉に重みなどでない。
「……だけどね、この世を渡っていくのに必要なのは金勘定だけじゃない。そのぐらい熟知しているつもりなんだよねー」
不敵に笑いながら『式鬼神』は、屋根の端まで寄っていく。
金に執着しながらも、瞳に写っているのはきっとそれとは別のもの。
「……まっ、助っ人料はキッチリもらっておくけどね」
真面目に話しているようで、最後にはキッチリとオチを付けてきた。くるりと振り返る『式鬼神』は、親指と人差し指をくっつけている。
勿論、金欲に爛れた笑みを携えながら。
フイファンは、やれやれと言わんばかりに嘆息をする。
「だったら、世間知らずな彼に支払ってもらうといい。君のような守銭奴の恐ろしさを味わえば、少しは彼も利口になってくれると思うからね」
「失敬だよ、フイファン。もしお兄さんが払えなかったのなら、どこまで逃げても、追いかけるだけなんだからねー」
そして、傍観者は戦いの舞台へと降りたった。




