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2-12 始まりの終わり

「アルト様、お待ちください!」


 ワーギャンのテントをでるときに、アーシャが後ろの方で叫んでいるのが聞こえるが、最早聞きたくなかった。先ほどまで首を絞められていた上で、ほぼ全力疾走でその場から森の中へ逃げるから、手足がしびれ始めている。だが、おれは足を止めるわけには行かず、なんとしてでもあの汚れた空間から少しでも離れたかった。


 そしてどれくらい走ったのであろうか。いよいよ息が続かなくなり、一度その場で立ち止まると膝に手をつき大きく肩で息をする。喉の奥が痛いし頭が朦朧とする。完全に酸素欠乏だ。


(結局はワーギャンの指示でアーシャは動いていただけってことか……)


 おれは近くにある木にもたれかかり、空を見上げる。おれの悩みなど知るかといった具合に、今日も星が綺麗に瞬いている。


 ほんの数時間前までは戦争の功績を称えられ、自己有能感を召喚前も含めて過去最大限に味わっていたのに、今は過去最低な気分だった。恨み、失望、悲しみ、憎しみなど様々な感情がおれの胸を締め付け、呼吸を浅くし、腹の奥の方を締め付ける。こんなことならいっそのこと集魔炉で魔力切れになって快感の中で死んだ方がよっぽどましだったのではないかとまで思う。しかし、それと同時にアーシャとの思い出もよみがえる。気さくで、懇親的な姿勢や健気さ、そしてあの日の夜のこと。その全てがワーギャンの指示によるものだったのかと思うとやるせなくなる。

(この先、どうしたら良いのだろう……)


 これからのことや、アーシャへの感情など、様々な感情が入り交じる中、おれはそのまま眠りに落ちてしまった。


□□

(アーシャの視点)


(まさかこんなところを見られるなんて……)


 いつかその日がくる可能性は理解しているつもりだった。でも、なんとか隠し通せるって自信もあったから、まさか本当にその日がやってくるなんて。


 アルトがアーシャとワーギャンの営みを見つけたとき、アーシャはそんな心情だった。もちろん、自分がやっていることの非常さはアルトの顔を見た瞬間に改めて理解した。これまでも、アタマではアルトを傷つける可能性をわかっているつもりだったが、本当に大きな傷をつけてしまったことをアーシャはアルトの顔を見て実感した。だからこそ、ワーギャンがアルトを首の痣で絞めつけたときも、ワーギャンを精一杯静止した。


実は、アーシャはアルトと関係を持ってから、ワーギャンとの対比という形にはなるがアルトの優しさに触れ、アルトを好きになっていた。だから、ワーギャンとの関係はこの戦争期間を持って終わりだとワーギャンにも伝え、約束していたのである。まさか、アルトを救うつもりで同行したのに、逆に傷つけることになるなんて、運命というのは皮肉なものである。


そんなアーシャは、アルトが出て行った後、すぐに元々きていた白のネグリジェを身に纏い、護身用の魔導銃を手に取ってアルトの走り出した方に検討をつけて追いかける。幸い、道は大きく分けて野営地に戻る方向と、その逆とに分かれていたため、アーシャは迷わず野営地とは異なる方向に向かって走り出した。


(そんなに遠くに行っていないとよいのだけど……)


 アーシャは自分のやってしまった行為に責任を感じながら、森の中に入っていった。


 月明かりが照らしているとは言え、森の中はほぼ真っ暗だった。だからこそ逆に、木と木の間が少し空いているところは自然と道となり、ある程度行く方向の検討を着けやすかったのは不幸中の幸いである。いくつか分岐点があり、そこをある程度行っては戻って、というのを何度も繰り返す。自然にできた道だから、そこまで都合良く真っ直ぐ続いているわけでもなく、次第に方向感覚もわからなくなる。最初は小走りで探していたが、次第にペースも落ち、アーシャの頭に「見つからないかもしれない」と不安が脳裏によぎる。軽く汗ばんだ体は、動くペースを落とすと急速に体温を冷やす。


(だめだ、このままでは私も戻れなくなる。 早く、早く見つけないと……)


 アーシャは既に限界を越えた体力の不足分を気力でカバーし、アルトを探し始めてから何十回か目の分岐を進むと、木々の隙間の先に大きな影が見える。


(あれは……ベアファング)


 鋭い牙をもった熊のような魔物であることが月明かりの元にわかる。しかし、その視線の先にはアーシャがこれまで探し求めていたアルトが木にもたれかかっていた。


(アルト様も!)


 アルトとベアファングの距離は数歩分。アーシャの魔力放出速度では、魔導銃を撃つ前にアルトとベアファングが接触してしまう。そう判断したアーシャは迷わずベアファングに向かって魔導銃を構えながら走り込む。


「こっちよ!」


 大きな声でアーシャは叫ぶが、ベアファングの意識は目の前に寝そべるアルトだけのようだ。アーシャは舌打ちしつつ、アルトにベアファングの腕が届く直前に、横から体当たりを食らわす。


「グオォ?」


ベアファングにとっては痛くもかゆくもない攻撃で、猫だましを食らった程度だが、食事を邪魔する怒りを買うには十分だった。寝ているアルトから標的がアーシャに変わる。ベアファングはその大きな鉤爪のついた腕をアーシャの方に振るうとアーシャの肩に爪の先端が当たる。


「ッツ!?」


 アーシャも負けてはいない。ようやく魔力が溜まった魔導銃から青白い光をなんとかベアファングに向けて放つが、その光はベアファングをかすめるだけとなり、近くの木にあたる。


(外した!?)


□□


 何か大きな物音がしておれは目を覚まし、自分が眠っていたことに気がつく。


「何の音だ……?」


 おれは慌てて周りを見渡すと、そこには道中で兵士達を何度か襲ったベアファングと、真っ白な薄着をきた女性が肩から血を流しながら魔導銃を構える様子がみえる。


(あの茶色い髪は……、アーシャさん!?)


 見覚えのあるシルエットに、髪色からベアファングに対峙しているのがアーシャであることに気がつく。


「アーシャさん!」


まずはおれが目を覚ましたことを示すと、アーシャは一瞬こちらに目を配ったから、おそらく声は届いたのであろう。だが、状況は悪い。唯一の頼みはアーシャの持つ魔導銃だけだ。おれはとりあえず立ち上がり、ベアファングとアーシャの元に駆け寄る。


「魔導銃をこちらへ!」


今この状況でベアファングを倒せるとしたら魔導銃だけだ。そして、その魔導銃を最も効率的に使えるのはおそらくアーシャではなく自分自身。咄嗟にそう判断したおれはアーシャの手元から武器がなくなることに不安を覚えながらもアーシャへ声をかける。


おれの意図を汲み取ったアーシャはベアファングがその腕を空振りし、少し距離をとることができた隙におれの進行方向に魔導銃を投げ放つ。しかし、その次の瞬間、アーシャに悲劇が訪れる。


「うっ!?」


 おれはアーシャが投げ放った魔導銃を草むらから拾い上げ、まさに構えようとしたその瞬間、ベアファングの大きな鉤爪から血が滴り落ちるのに気がつく。その視線の先にあるアーシャを見ると、血で赤く染まったネグリジェの胸元を抑えその場にうずくまっている。そこに両の手を上げてアーシャに対し最期のとどめを刺そうとしているベアファングに対し、おれは数発魔導銃を撃ち込む。


「ゴォォォァアアア」


 ベアファングはまさに仁王立ちをした状態でこと切れ、そのまま青白い光の粒子となり無に還った。おれはその様子を見届けるや否や、すぐさまアーシャの元へ駆けつける。


「アーシャさん、 アーシャさん!!」


 うずくまっていたアーシャをなんとか腕に抱きかかえると、その胸からはおびただしい量の血があふれ出ていた。


(そんな……)


「すみません、アルト様を助けに来たつもりが……」


 アーシャがコホコホと咳き込むと、口から血が溢れる。


「何を言ってるんですか! アーシャさんがいてくれたからここまでこれたし、今回もなんとかなったのに!」


 おれの言葉を聞いてアーシャは少し安心したのか、いつもの微笑みをおれに向ける。


「ありがとう…ございます。 アルト様だけの大切な……人になりたかった……」


「もう、いいから!! アーシャさん、しゃべっちゃだめだ!」


 アーシャのその目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「最期の……お願いです……」


 アーシャはそう言うと、自分の血で真っ赤にその華奢な白い腕で、おれの頭をそっと自分の顔に引き寄せる。おれは意図を理解し、そっと唇を重ねる。その瞬間に流れ込むのは過去におれを魔力欠乏から救ってくれたアーシャの暖かい魔力だった。


 そっと唇を離すと、最期にいつもの笑顔を見せたまま、アーシャの腕からは力がなくなってしまった。


 おれはその瞬間、アーシャとのこれまでの思い出がフラッシュバックのように頭を埋め尽くす。初めて会ったときのこと、一緒に夜市に出かけたこと、魔力欠乏から救ってくれたこと、そして初めて一夜を共にした日。その全てがおれの中で愛おしく、その愛おしさが今度は悲しみという感情に置き換わり、おれの心を埋め尽し、涙となってあふれ出る。


おれはアーシャの顔をぎゅっと抱き締める。まだぬくもりが残るアーシャだったが、その体の重さがアーシャに生がないことを語っていた。


□□


 どれくらいそうしていただろうか。一生分の涙を流し果たしたのではないかと思うと、少しだけおれは冷静になった。


(これから、どうしようか)


 アーシャがいない今、おれはこの事態を引き起こしたワーギャンの元に戻る気には到底なれなかったが、アーシャの亡骸をこのままにするわけにもいかなかったため、近くの森の中に簡単な穴を掘り、そこに埋葬することにした。


 最低限アーシャの身なりを整えると、アーシャの手元と首元にはおれの渡したネックレスとブレスレットが月明かりに光り輝いていた。


(こんなときまでしてくれていたんだ)


 おれは腕に光るブレスレットだけアーシャの腕から外すと、おれ自身に着ける。


(片方だけもらっていきますね、アーシャさん。 同じ石で繋がっています)


 おれは最期にアーシャの手を握って、綺麗にするとその場を後にした。


 それから先のことはまだ決めていなかったが、アーシャの形見として魔導銃と、ブレスレットを手におれは森の中をただ独り歩き始めた。

人生そんなに上手くいくことばかりではありませんね…

でも、この辛さを乗り越えてこそ自分の人生を歩き始めることができるのだと思っています。


そして、ここまでで第2部は終了です!

お読みいただいた方、いかがでしたでしょうか?

とりあえずここまでで一度この物語はお休みです。

ご評価など頂けたらまた気が向いた時に書き始める励みになります。

それではここまでお読みいただけた皆様、ありがとうございました!

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