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白魔導師、と新たな仲間たち②

毎週投稿はギリギリ守れた……

そしてまた一万字以上になってしまった。もしかすると読みやすいように後々分割するかも知れません。


「さて、まずは依頼主探しだが……こいつで間違いなさそうか?」


 ガオンがチラリとラーナを見る。


「はい、あの冒険者たちもも言っていたとおり、ロウという、商会の会長で間違いない思います。ここあたり一帯を買い漁ったのは彼ですし、何度かお会いしたこともあります。その、一言で言えば嫌な方でした」


 ロウはこの街、および近隣の街でも有名な狼牙(ろうが)商会の会長で、この街に屋敷を構える富豪だ。元々帝都で活躍していた有名な商会で、今も当時ほどではないが、それなりに大き商会として名を馳せている。狼の牙をモチーフにしたロゴで今も有名である。

 この街に相応しい和の豪邸に住んでおり、周囲は塀で囲まれ、敷地内部は見えないそう。噂では巨大な露天の温泉があるとか、等身大の本人の金の銅像があるだの言われているが、実際のところはわからない。そのくらい、中身の知れない敷地とも言える。

 近隣住民も、そんな得体の知れない彼の敷地にはあまり近づかないようだ。だから噂ばかりが膨らんでいき、妙な話まで出てき始めている。

 ちなみに、そんな立派な建物ではあるものの、どこもかしこも立派な建造物ばかりなだけに、外観的にはそこまで目立ってはいないらしい。

 なんなら、その屋敷より大きな旅館もこの街では数館ある。


「よし、乗り込んで潰すか」


「危険です! 中には、何十人もの腕利の警備員がいると聞きます。実際、彼とお会いした際はかなり強そうな方を四名、連れていましたし、敷地の中はもっといるでしょう」


「うーん……まぁ、そのくらいなら」


 ラーナの必死の言葉は響かず、平然とそう返すガオン。

 俺としてもラーナのしている類の心配は不要だろうという意見は、ガオンと一致するところだった。いくら強い警備員や護衛がいようと、それでも商人が雇える戦力でガオンに太刀打ちできるとは考えにくい。帝国軍の最高戦力と呼ばれる五隊長クラスが出てきてやっと、というところだろう。いくら金があろうと、そんな人材は流石に雇えまい。

 俺も話に聞くだけで、実際五隊長がどれほどの強さかは知らないが、並のSランク冒険者でも無理ともなれば彼らくらいしか想像つかない。

 

「でもダメだ。万が一、そんな姿を発見されたらまずい」


「見つからなけりゃいいんだろ? 一瞬で片付けりゃ解決だ」


「いや、その、まぁ……」


 なんとも言い返しにくい言葉だった。

 ガオンならやりかねないという期待(ふあん)はある。


「にしてもダメだ。こんな恨みを買うことをする商会のトップだ。何か襲撃者へ対策を講じていてもおかしくはない」


「その上で、こっそり入る!」


「それも無理だ。それに言いにくいが、ガオンは……目立ちすぎる」


 筋肉質かつ身長百八十を超える巨体、目立つ黄金の髪と瞳。

 そして妙にそこにいるだけで分かるほどの覇気が常に放たれている。


「そんな目立つのか、私」


「それなりに」


 こればっかりは中々本人には自覚が難しいだろうし、ガオンが自分の存在感を認識できないことは仕方がない。

 

「そうか……」


 村にいるうちはあまり実感を得る機会がなかったのか、驚いた顔をしている。


「というか、ガオン。分かって言ってるだろ。どれもダメだって」


「でもねぇ」


 ガオンの案は、本当になんの案も浮かばなかった時の最終手段だ。ガオンもそれを分かった上で遠回しに、もし案がなければこの手段で強行する、と言いたいのだろう。それが嫌なら、他の案を言えという思惑込みの発言だ。


「帝国軍を敵に回してもいいってのは本音だが、そうなるとロイドの姉探しに支障がでちまう」


 ガオンも中々案が出ないのか、難しい表情をする。


「そもそもこんなあからさまな手法をするくせ、長いこと栄えてる商会なんだろ? その狼牙紹介ってのは。それにこの街に来てからも一度帝国軍の調査を受けてる。長い目で見りゃそんなの意図どや二度どころじゃないだろうし、私らが乗り込んだところで、ろくな証拠が出てくるかはかなり怪しい」


「それだよな、問題は」


 侵入したことがバレた際、証拠があればまだ、こちらが不法侵入を試みた言い訳ができなくもないが、証拠がなければそれこそ本当にただの不法侵入で終わる。

 ガオンの言う通り、帝国軍と揉めるのは避けたい。

 姉探し云々は抜きにしてもだ。それに、もしその案を決行するとなれば、ガオンは一人で決行する。俺に迷惑をかけまいとして。

 俺も同意した以上、それは俺としても認められない。

 

「手はあるんだ。確実な一手が」


 そう言うと、ガオンはラーナをチラリと見る。

 ガオンにしては珍しい言い出しにくそうな表情を見て、何を考えているのかをうっすらと悟る。そして、その手を使いたくないと言う思いは俺も同じだった。

 だから、必死に頭を回転させる。


「一つ、思いついたことがある」


「ほう?」


 ガオンが興味深そうにこちらを眺める。


「三日、調査する時間が欲しい。その間、ガオンにはラーナたちを守っていて貰えるか?」


 ラーナを危険に晒すのは論外だ。

 ここは俺がリスクを負うしかない。


「何か策でも?」


「まぁ、策ってほどじゃないが、一応な」


 うまくいく確証はないが、ガオンを見捨てず、ラーナたちも危険に晒さないとなると、この手しかない。


「最終的にはガオンにも働いてもらうことになるが、それでもいいか?」


「あぁ、構わないぜ。私が言い出したことだし」


 俺が少々……というか、場合によってはかなりリスクを背負うことになるため、ガオンとラーナには作戦の内容は伏せ、翌日早朝。

 俺は宿を後にした。



 ◇


 翌朝、ガオンはラーナとその妹たちを連れ、街を歩いていた。宿の部屋を出た際、すでに隣の部屋にはロイドの気配はなく、扉を開けるまでもなく、ロイドがいない事を悟ったガオンは少しの不安を覚えながらも、自身のすべき事をするため思考を切り替え、ラーナと合流した。

 そして今日もひょっとしたら来るかも知れない客のために準備をするラーナたちを「観光するぞ」の一言で外へと引き摺り出した。

 急ではあったが、宿の方には休業の張り出しをしておいてあるし、そんなことをせずとも悲しいことに今日も今日とて客が来ないことは分かりきっている。ラーナはそれでしばらく宿に戻ろうと粘ったが、結局現実を突きつけられ、今はこうして諦め、ガオンと同行している。ちなみに、妹たちの方がその辺の理解が早く、こうして久しぶりに姉と遊べることもあってか、とても嬉しそうだ。もしかすると、今日のお代は全てガオンが持つ、というのに喜んでいるだけかも知れないが。

 そんな悲しい事実を突きつけられ、意気消沈気味なラーナたちを連れまず真っ先に向かったのは冒険者ギルドだった。

 ガオンが冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、ガラリと空気が変わる。それまでの賑やかな雰囲気がピッタリと凍りついたかのように静まり返り、多くの視線がガオンらへと集まる。

 その雰囲気を肌で感じ取ったラーナたちはびくりと身を震わせ、耳を立てる。一番下の弟なんかは、今にも泣き出しそうな顔をし、ラーナの手をぎゅっと握りしめていた。

 こうなることは薄々分かっていた。それでもガオンは万が一を考え、外の待機を許さなかった。


 ガオンはいつもと変わらず、スタスタと受付へと足を進めた。


「昨日の報酬の件、もうできてるか?」


 冒険者プレートで身元を確認せずとも、その一言だけで声をかけられた職員は全てを理解する。


「は、はい! こちらです」


 すでに準備していたようで受付の男性はすぐに机の下から報酬を取り出し、卓上に並べた。


「こ、こちらになります」


「へぇ、結構な額じゃねぇか。よし、こんだけありゃ豪遊できんな」


 受け取るものは受け取ったし、ようは済んだと帰ろうとするガオンを、職員が呼び止める。


「あ、あの……そのこれを。昨日は私損ねてしまったので」


 そう言い、受付の男性が手渡してきた紙にはとある注意喚起が書かれてあった。

 ラーナもそっと覗き込むようにその紙を見ると、『暗殺ギルドに関する注意書き』という見出しが目に入る。


「暗殺ギルド?」


「はい、昔からある……言ってみれば冒険者ギルドの違法版みたいな組織でして。暗殺とかそういう違法な依頼を斡旋してる組織です。もちろん、三大国が協力して、ずっと追ってはいるのですが、なかなか実態が掴めず。ただ、最近になってこの街に有名な暗殺者が潜んでいるという情報が入ってきてます」



「へぇ、特徴は?」


「白いお面をつけた黒髪の獣人で、冒険者のランクに当てはめればAランク以上と、かなりの実力を持つ暗殺者です。死を運ぶ黒猫、なんて呼ばれるくらい、恐れられている暗殺者です」


「ふーん」


 最低でAランク、下手をすればそれ以上の可能性もある暗殺者。

 それでもガオンにとっては特別、怯えるほどの脅威ではないが、状況が状況なだけにラーナたちの存在が気がかりだった。自分の身を守るのとは比べ物にならないくらい、他人を守るということは難しい。


「分かった。気をつけておくし、見つけたらとっ捕まえておくわ」


「は、はい。えっ、いえ……非常に危険ですので、帝国軍に通報だけ」


「じゃ、またな」


 何かを言おうとする職員を置き去りにし、踵を返し冒険者ギルドを後にするガオン。ラーナたちも、こんな雰囲気の中に置いて行かれてたまるものかと、慌てて後をつける。

 それから少しして、

 

「って、そうだ! 勧誘し損ねちゃった!」


「あ、俺も、昨日ゴッスの野郎がボコされたって話、マジなのか確かめ損ねちまった!」


「おいおい、やめとけって。下手すりゃ俺らも同じ目に遭うぜ」


「あの人、イケメンすぎない? 全然、そこらの男よりいいんだけど」


 冒険者たちがガオンを話題に盛り上がる、その一方で。


「どうしよ、大丈夫かな。相手はあの死を運ぶ黒猫だぞ」


「どうでしょう……ランクで見ればまず敵う相手じゃないですけど」


 全く動じず、むしろ出会ったら戦わんという意思を示したガオンに頭を悩ませる職員たち。別にガオンがどうなろうと依頼と全く関係のないこの件に関しては、一切の責任はない。注意喚起することだけが冒険者ギルドにできる唯一のことだ。とは言え、ガオンをしっかりと止めなかったせいで何かあれば、いい気はしないだろう。


 ちなみにこの会話、ギリギリ本人にも聞こえているのだが、当の本人は気にせず目的地へと歩みを進める。


「せっかくの休暇だ。存分に楽しもうぜ。お金のことは気にしなくていいからよ」


「あの、いいんですか? 私たちまで」


 ラーナの懐事情は決して良いとは言えない。ないわけじゃないが、先のことも考え節約の日々を送っている。


「いいって。この分はいずれロウ会長からたんまりと奪っ……頂くしな。それに妹たちだって、色々と大変だろうし、ラーナに関しては休みなんてないだろ?」


 奪うと頂くという言葉に差はあるはずなのに、なぜかガオンがいう頂くは「奪う」と大差ない風に聞こえてしまう。


「えーと、まぁ……でも、お客さん来ないので、毎日が休みと言っても相違ないような日々でしたけどね」


 乾いた笑い声で、そう語るラーナの目は虚空を見ていた。

 とても笑い事じゃないだけに、ガオンにしては珍しく困った顔になる。


「そうだ。ラーナは行ってみたいところってあるか?」


 そんな悪い流れを変えようと、ラーナにそう尋ねる。


「うーんと、そうですね。ガオンさんは、お腹空いてますか?」


「そうだな。朝食食べずに出てきたしな」


「では、とりあえずご飯はどうでしょうか? 昔、よく言っていた定食屋があるんです。そこに久しぶりに行ってみたいです」


「じゃ、そこ行こうぜ」


 そうして向かった先は、この街に似つかわしい和の外観の、こじんまりとした定食屋だった。住居と一体型と思われる二階建ての木造の建物で、入り口には何も書かれていない藍色の暖簾が架けられている。立地としては少し奥まった場所にあり、向かう途中にも似たような店がいくつもあったが、そこに比べると人の気配がなく、外観も含め寂しげにも見える。


「ここでいいのか? 他んとこの方が、人気があるが」


「ここは観光客向けというより、冒険者や仕事休憩の方々に人気な定食屋でして。こんなところにあるのは定食の値段を抑えるためらしいです。だから、安くて美味しいとこの街の住人の間では有名なんですよ」


「この街の住人、ね。確かに、観光客じゃ、お腹を空かしてここまで来ることは稀だろうし、何も書いてない暖簾、何が提供されるかパッと分からない店ともなれば、初見には入りにくい」


 と言いながら、ガオンはその定食屋から漏れ出るかすかな食材の匂いから大体のメニューを推測する。


「仕事休憩の方々に配慮してだそうです。表の道沿いの店は、観光客も多いので入るのにちょっと待つことも多いですから」


 仕事合間の大切な休憩時間を長い待ちに使うのは勿体無い。店主のそういう思いやりもあってのことだった。

今の時刻は仕事休憩とも違うし、冒険者は絶賛活動中だろう。

 中に入ってみても、まだ人はおらず、厨房に立つ夫婦が楽しげに会話していた。そして客入りに気がつくや否や「いらっしゃい」と言い、ラーナたちを見て目を丸くする。


「……ラーナ」


 その顔は嬉しげで、しかしどこかバツの悪そうにも見える。

 それは店主がラーナの置かれる現状を知りながら、何もしなかったことに対する後悔と罪悪感からなるものだった。

 ラーナたちが苦境に立たされていることは店主らも知っていた。


「お久しぶりです」


「その、本当に申し訳ない。君が大変と知りながら……」


「いいんです。それに、両親に不幸があった時は、何度も無料でご飯をいただきましたし、今でも感謝しています。今でも、時折妹たちがいただいているみたいですし」


 深々と頭を下げるラーナに、びっくりする妹らと定食屋の夫妻。妹たちは、何も言ってないと伝えるため、首を横に振っている。

 

「知っていたのかい?」


「はい」


「そうだったのか……店を出る前には歯磨きさせるとか、割と徹底していたんだけどね」 


 観念したように笑う店主。

 ここの夫婦は、度々妹たちを招き無償で定食を提供していた。本当はラーナも招きたかったものの、ラーナは忙しく、なかなか店に来る暇がない。そもそも、妹たちとは違いそう易々と奢らせてくれるしてではないと、分かっていた。

 ラーナは良くも悪くも真面目すぎる。両親の死後、あの宿を売るという選択肢はあった。街の端ではあるものの立地としては悪くない。むしろ、街の外からアクセスしやすいという利点にもなる。だから、売ればそれなりの金額にはなった。まだ当時は両親の残した貯蓄もあったし、やりようはいくらでもあったはずだ。

 仮に今の宿を……つまり住居を手放しても、帝国が運営するそう言った子供らを育てる施設だって、この街にはないが他の街にならある。帝国の職員もそういう場所があることを、ラーナには何度か伝えに来てくれていた。

 しかし、そんな数ある選択肢の中から、自分のためだけじゃないにしろ「宿を継ぐ」という選択をしたのは他ならない彼女自身であり、そう決めたその時から彼女はその選択をしたことに強い責任感を抱くようになった。

 だから、妹たちはまだしも、自分まで他人の世話になるのを酷く嫌がった。

 店主らもそれを知っていたから気を使い、内緒で妹らにのみ定食やお菓子を奢っていたのだ。


「妹たちから懐かしい、美味しそうな匂いがプンプンしてましたから」


「そうかい」


 普段飲食物の香りで溢れているこの店内で、衣類に染みついた香りに気がつくのは難しい。


「本当はもっと全面的に協力してあげたかったんだけど」


「何かあったのか?」


 ここまで黙って話を聞いていたガオンが口を開く。

 店主の男は少し外を気にするそぶりを見せたのち、「とりあえず、注文を受けよう」といい、メニューを渡した。そして各々席につくが、一人テーブルから溢れてしまったガオンだけ、カウンターに座った。

 少しして、各々が頼んだ定食が机に並んだ。


「いただきまーす」


 巨大なトンカツをサクッという音を立てながら、美味しそうに頬張るガオン。

 店主はラーナたちも食事を始めたのを確認し、すっと一枚の紙をガオンにだけ見えるよう差し出した。

 メモの内容を、箸を進めながら目で追う。

 そこには『以前、深夜に仮面の女が寝室に侵入してきて、宿の主人と関わるなと、脅迫された。もし関われば殺すといい、次の瞬間には音もなく消えていた』と書かれている。


「鍵は?」


 その問いに、店主は首を縦に振ることで答える。その顔にはわずかに隠し入れない恐怖が漏れ出ていた。手もよく見れば微かだが震えている。

 奥さんの方も、その時のことを思い出してか苦しげな表情を浮かべていた。

 寝室に仮面の暗殺者がいて、脅迫される……鍵もしまっていたということは、つまりいつでも殺せるというアピールであり、普通に考えれば、かなりの恐怖だったろう、とガオンは店主らの気持ちを考察する。


「仮面の女、ね」


 冒険者ギルドで渡された注意喚起されている暗殺者が浮かぶ。

 鍵のかかった家屋の寝室に侵入する。これは、方法はいくらでもあるし、ガオンもそこまで気にしてはいなかった。そこらのチンケな盗賊でもできなくはないだろう。問題は「音もなく消えた」という点だ。店主が誇張表現をしていないとすれば、それなりに手練の暗殺者と推測できる。

 となると、心当たりのある人物が浮かび上がってくる。


 そしてそんな暗殺者の彼女はおそらく、ラーナ周辺の他の人物にも似たような手口で脅しをかけているのだろう。

 ここの夫婦は一般人。

 脅迫されれば屈するのも無理はない。いつまでも帝国軍に守ってはもらえないし、手練の暗殺者を前には、一般人の施せる範囲のセキュリティなど無意味に等しい。


「なるほど。あ、ご馳走様」


「えっ……あぁ」


 すでにガオンの前にあったトンカツ定食は胃の中へと消え去っていた。

 その背後のラーナたちの注文した定食はまだ二割も減っていない。 


「これはちょっと大変かもな」


「ん? 何がだい?」


「いや、なんでも。それより、この街で観光するならココ!て場所はある?」


 先ほどまでの雰囲気など嘘だったかのように、明るげにそう尋ねるガオンに面食らう店主。


「ん? 聞こえてるか?」


「あ、あぁ、そうだね……それなら、少し遠いけど甘味処の餡蜜がうまいって噂だね。しょっぱいものを食べた後は、やっぱ甘いのが食べたくなるだろうし、おすすめだよ」


「確かに、そりゃいいな」


 それからしばらくしてラーナたちも食べ終わり、店を後にする時。店主の男は手招きし、ガオンを呼び寄せた。

ラーナが口の周りを汚した弟に気を取れれているのを確認し、ぼそりと呟く。


「暗殺者が直接狙ってくるかもしれない。くれぐれも気をつけてね」


「あー、まぁ、気をつけるわ」


 真剣な心配の声に対し、ガオンはそう煮え切らない返事を返した。本来ならもう少ししっかりと念を押して警告すべきかもしれないが、ガオンを見てその言葉を引っ込める。実は店主は昨晩、飲みにきた冒険者づてに彼女がかなりの手練だと言うことを聞いていた。この辺りじゃ、悪い評判の多いAランク冒険者を追い返したことも。ガオンはかなり特徴的な容姿だし、何より他の獣人とはオーラが違うため、人違いではないと確信している。

 そんな話を聞いていたのもあってか、彼女であれば何があっても大丈夫だろうと、明確な根拠こそないがなぜかそう思ってしまった。

 一方で、そのガオンの表情は未だ訝しげで、腑に落ちない様子だった。


「その暗殺者の気配がまるでねぇんだよな。これが」


「えっ?」


「いや、なんでもね。それよりありがとな」


「あぁ、お代のことかい? いいよ、このくらいは……」


「まぁ、それもだけどさ。あんただろ、冒険者ギルドにその情報流したの」


 目を見開く店主を見て「やっぱりか」と呟くガオン。


「さぁ、なんのことだかね」


 そう惚ける店主を見て、ガオンはクスリと笑みをこぼす。

 確かに、その暗殺者の情報そのものをバラすなという脅迫はされていない。だが、その情報を冒険者ギルドに流す行為はかなりリスキーだ。暗殺者ギルドなんて違法な組織に所属する相手に、言われてないから告げた、なんて屁理屈が取るとは、正直思えない。

 惚ける店主の内心を理解し、ガオンは「違うならいいや」とだけ返し、定食屋を去った。


 そんな風に、ガオンがラーナらを連れて観光という名目で、情報収集をする……という言い分で、存分に観光を満喫する中、そんなことと知らずに、俺は例の狼牙商会の屋敷へと潜入していた。

 隠蔽魔法を使い、気配を消してはいるがバレないとも限らないため、念のため仮面をつけて潜入している。


「なんなんだ、これは」


 人がいないことを確認し、塀を越え、敷地の中に入って気がついたが、警備員の獣人の全員がなんらかの動物をモチーフにした仮面をつけていた。

 昼間っから仮面をつけ、青空の下に立つ彼らの姿は異様で、側から見てかなり不審だ。

 それを言えば、俺も仮面をつけているわけだし、その上こっちは明確な不法侵入な訳だから、不審者度は俺の方が遥かに高いかも知れないけど。


 隠蔽魔法も使いながら念の為庭の一角にあった緑に身を潜め、しばらく彼らを観察する。

 杖を持つ魔法職と思われる人たちは結構な魔力量だし、そうではなく武器を装備する獣人も皆、かなり体躯が良い。冒険者で言えば、全員がBランクは超えるだろう。面倒だ。

 探知魔法の結果では、屋敷の外だけで二十名ほどいる。屋内も含めれば四十人はいる。

 バレて捕まりでもすれば、リンチにあるのは想像に難くない。

 いや、その前に、普通に殺されるかも知れないな。


「どんな戦力してるんだ」


 流石は多くの恨みを買っているだけある。

 大勢の警備員の目を掻い潜り、どうやって屋敷の中に入るか。

 屋敷は一階建てで、かなり広い。その分、侵入経路は多そうだが、当然考えられうる侵入経路は守りが硬い。


 隅々まで観察していて、ふと壁しかない箇所が目に入る。ドアもなければ窓もないそこは、誰一人として警備員が立っていなかった。侵入しようがないのだから、わざわざそこに限られた人材を割く必要はないと判断したのだろう。

 よし、好都合だ。

 遠回りしながら、そっとその壁まで近づき、自身に身体強化をかけなんとか壁をよじ登る。平面な石材の壁でなかったのは幸運だ。

 そうして屋敷の瓦屋根へと乗るや否や、少し移動し転移の魔法で屋内へと転移した。

 探知魔法でこの下の部屋に人の気配がないことは確認済みだ。


「ごほっ……埃っぽいな」


 転移した先は物置だったが、パッと見渡す感じ、これと言って貴重なものはなさそうだ。

 人の気配がない時点で、重要な場所でないことは分かっていたが、ここなら人が来る可能性は低そうだ。


「ほんと、普段は使われていない物置なんだろうな」


 それでも一応、何かないか少し探ってみる。

 全体的に埃をかぶっており、しばらく使われていないことがわかる。普段はなかなか使わないであろう外用の掃除道具なんかもここに押し込まれていた。他にはまだ手入れすれば使えそうな武器や、外の警備員がつけているようなお面が大量に入った箱を見つけられた。

 どれも俺には不要だな……。

 そんな中、部屋の奥のある箇所の床だけ、妙に埃がないことに気がついた。不用意に音を立てないよう、そっと触れる。

 取手となりうる箇所を見つけ、ゆっくりと持ち上げると、地下への入り口が開いだ。


「隠し扉か」


 暗闇へと伸びる梯子を見つめ、考える。


 実は入る前に探知魔法を使った時に、地下に一つ、気配があることはわかっていた。だから地下室の存在も知っていた。まさか、ここが入り口とは思っても見なかったが。


 地下で警備員が何かを守っている可能性は十分に考えられる。

 しかし、気になるのはこの部屋の出入り口近辺に警備員がいないという点。あえて重要な部屋でないと思わせるために、警備員を置いていない可能性もあるが……。


 行ってみるか。

 覚悟を決め、気配を消しながらゆっくりと梯子を下った。


 そうして降りた先は一切の明かりがなく、真っ暗過ぎるあまり部屋の広ささえわからなかった。

 どうも警備員がいるという雰囲気ではない。その部屋はあまりにも暗く、そして静かだった。

 耳を澄ますと、微かに寝息のような音が聞こえてくる。

 誰かは間違いなく、この空間にいる。


 探知魔法でその気配は常にしっかりと捉えながら、収納魔法で松明を取り出す。

 杖を持っていない左手で松明を握り締め、先端に魔法で火をつけると、ぼんやりと部屋が照らされた。


 恐る恐る気配のある方に向けると暗闇が晴れ、鉄格子が姿を現す。

 鉄格子の奥はまだ暗い。


「警備員じゃなさそうだ」


 ごくりと唾を呑みながら、一歩、また一歩と歩み寄る。

 そして松明を持つ手を伸ばし、鉄格子の向こう側を照らした。

 そこには、


「……人?」


 手足を鎖に繋がれ、ぐったりと横たわる黒髪の仮面を被った女がいた。

 仮面は目元の一部が欠けており、全体的には切り傷やアザなど多くの怪我の後があった。拳に擦ったような跡があり、かなり抵抗した様子もあるため、一方的にやられたという感じではない。確信となる点は、太もものナイフホルダーだ。流石に、ナイフ本体は没収されているが、おしゃれでつけるようなものではないし、少なくとも素人ではないだろう。

 冒険者だろうか?

 にしては何か、違和感がある。


「これは、どういうことだ」


 思わず出た俺の言葉に反応し、かすかに女の瞼が動いた。


 



ここまで読んでくださりありがとうございます。

また来週もどこかで投稿します。

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