白魔導師、と新たな仲間たち①
色々修正していたら、予定より一時間遅れてしまいました!
ですがその甲斐あって、前回よりも長いです。
◇
冒険者としてパーティーを組み、本格的に協力関係になった俺とガオンは凄まじい勢いでこの街の依頼という依頼を片付けていた。ガオンと俺には、ランクで見れば大きな差がある。しかし、高ランク冒険者である俺が手伝うのは卑怯だ、という声は一切なかった。
それはこの街にいる冒険者全員が。ガオンの実力を痛感していたからである。
冒険者業をやっていれば、依頼中に別の冒険者とばったり遭遇することがある。似たような依頼内容による競合はなるべくないように調整されているが、街の近くで依頼をこないしている冒険者は別の依頼の遂行中に、しばし合う事があるのだ。
そんなわけで、この街の冒険者で、依頼遂行中のガオンと遭遇した冒険者は意外と多い。そしてそんな多くの冒険者は、ガオンが自身のランクに合わないレベルのモンスターを一撃で沈めているのを目にしていた。また、森の中を、異様な速度で駆け抜けるのを目にしている。
それに初日のこともある。彼女は、誰もが馬鹿にしていた一日でランク昇格という目標を、実現させてみせた。
俺が支援職というのも大きいかもしれない。
だから、ガオンが俺とどれだけ多くの依頼をこなそうと、とやかくいう人はいなかった。
その結果、
「Bランクへの昇格、おめでとうございす」
笑顔でそう祝福の言葉を贈る受付の女性。この方は、ガオンが初日からお世話になっている職員なのだが、今やガオンが何をしようと驚かず、ずっとこんな調子である。そんな方からの言葉は、俺たちにとっても少し意外なものだった。
「えっ、もうそんなに依頼をこなしたか?」
多く依頼をこなしてきた自覚はあるが、ガオンのBランク昇格には、まだもう少し昇格には足りない気がする。
「いえ、本来であればもう少し、依頼をこなす必要があるのですが、実力は十分と分かりましたし、何より、これ以上そのランクでいられると……」
職員がちらりと俺たちの背後へと目を向ける。
知っている。このままでは依頼がなくなってしまうのではないかと、こちらを睨みつける冒険者の視線が痛いことぐらい。とりあえず、俺たちのランクで、かつ二人でも受けれる依頼はもうほとんど残っていなかった。四人以上が必須の条件の依頼なんかはまだ残っているはずだが、そう言う条件がつくと言うことは難易度も高い証でもある。ということで、いくら依頼がないとは言え、その手の依頼には、なかなか手が出しにくいのだろう。
なるべく一般的な依頼をこなしていきたい。
そんな彼らのことなどお構いなしに、俺とガオンはほぼ全てのCランク相当の依頼を片付けた。ちなみに、Cランクの依頼は、割と依頼の多くを占める。いわゆるボリュームゾーンだったりするめ、これが激減すると生活に支障が出る冒険者も多いだろう。
俺やガオンに対する恨みつらみは多いはず。
しかし、ガオンがいる手前、下手に文句すらつけれない。少なくとも、ガオンは何かに違反しているわけじゃない。とりあえず大量に依頼を受けているのであれば違反もいいところだが、ガオンは一つずつ依頼を受けている。ただ、依頼内容を全て暗記して、全てをこなした上で依頼を一つ一つ片付けているに過ぎない。
収納魔法のおかげでいくら素材を採集しようが、モンスターを狩ろうが荷物にならないのもある。
そう言うわけで、妥当な言い分がなく、とは言え、理不尽な言いがかりをつける実力も度胸もない冒険者が職員に泣きついた、という感じだった。
ランク昇格の報告を聞き、喜ぶ冒険者と渋い表情を浮かべる冒険者がいる。前者は同じランク帯からガオンが消えたことに対する安堵、後者はガオンの参入により、依頼が激減することへの危惧だろう。だから、後者の方が数が少ないのも見てわかった。
だが、その心配はもう必要ない。
「そうか。なら、次の街までで受けれる依頼でも受けて進むか」
「おう! 金もたんまり稼いだしな! いやぁ、冒険者ってすげぇな! 始めたばっかなのに、こんなに稼げるなんて。村で野菜育てるよかよっぽど効率いいぞ!」
「いや、多分このランクでそんなに稼ぐ冒険者は、世界広しとはいえガオンくらいだぞ」
このランクに上がったら、次の街へと移動を始める予定だった。そのため、もうこの街の依頼が食い尽くされる心配は不要だ。いくら規則には則っているとは言え、痛む心くらいは俺も持ち合わせている。それに、本来の目的を考えれば、いつまでもこの街にいるわけにもいかない。
そう言うわけで、適当に隣街までで受けれる依頼を受け、冒険者ギルドを後にした。
すっかり見慣れてきた街を歩きながら、ガオンが尋ねる。
「なぁ、ロイドはどこを目的としてんだ?」
「そうだな……一応は帝都だな」
とりあえず、目標は帝都だ。帝都で現在の帝国領内の大まかな状況を把握したい。マキナの言伝では、例の姉疑惑の人物は、依頼とは無関係のことで巻き込まれた可能性が高いとのことだ。だから、まずは帝国の現状を探る。 そのうち、怪しいと感じた地域をいくつか巡り、それでダメだったら諦めて旧聖地まで戻ると決めていた。
今回、マキナからの任務はあまりにも情報がなく、そして途轍もなく無茶な内容で、マキナもまさか俺がこの任務を成し遂げるとは考えていないだろう。やれるだけのことをやってダメだったとしても、許してもらえるはず。
「お、帝都か! 帝都ともなると、私でも知ってるぜ! さぞ都会なんだろうな」
「俺も実際に行くのは初めてだが、ここよりはずっと都会だろうな」
王都や聖地の方が都会っぽさはあるという話も聞くが、それをあえていうのは野暮だろう。
それに、これら二つにはない特有の文化や行事があり、別の魅力があるとも聞く。
「いいねぇ、やっぱロイドを選んで正解だった。まじで退屈しねぇ」
「この疫病神っぷりを、喜ぶ人がいるとはな」
アレンのパーティーを追放されて以降、ずっと何かに巻き込まれ続け、その度に周りに迷惑をかけ続けてきた。
そんな巻き込まれ体質を喜ぶガオンは流石というか……なるほどな、これが強者の余裕ってやつなのだろう。
しかし、これはあれだ。
田舎から出てきた人に、よくない遊びを教えているような感覚だ。
後々、村に帰らないとか言い出したらどうしよう、なんて不安が頭を過る。
故郷に帰れだとか、しばらく師匠の元へと戻っていない俺が言えた立場ではないが。
「さ、そんじゃ次の街行こうぜ!」
こうして俺とガオンは次の目的地へと旅立った。
ロイドとガオンが去った冒険者ギルドにて。
ガオンがこの街を去る事に歓喜する冒険者たちは、何もガオンだけを恐れていたわけではなかった。自覚がないが、ロイドも十分話題の人物になっていたのだ。
「あのロイドってやつ、ありゃおかしいぜ。人間、それも支援職の癖に、あのガオンの走りについていってやがった」
「あぁ、しかもあの物を出し入れする魔法。なんだあれは?」
そう、ガオンの実力がいくら高いとはいえど、大量の素材を運びながらではどう頑張っても効率が落ちる。いくらガオンが強くても、彼女一人ではこんな他の冒険者にとっては悲惨な事態には陥らなかった。
それを支えているのがロイドの収納魔法である。あれさえあれば、いくらでも持ち歩くことができる。限度はあるが、この魔法を使い慣れているロイドの収納魔法の容量は莫大で、ちょっとやそっとで埋まる物ではない。
「俺もよ、あの二人を森で見かけたんだけど、ロイドとか言うやつ、遠くにいるモンスターの居場所を炙り出してやがった。土地勘もねぇくせに、一瞬で狩場を見つけやがるし、ガオンとは違う意味で凄いぜ、あれは」
「そう言えば、王国にそんな名前の英雄がいたらしいが、まさかな」
「どちらにせよ、これは冒険者ギルドもちょっと規約を見直した方がいいだろ。あれが例外中の例外で、流石に想定外なのは分かるけどよ」
その話を聞いていた女性の受付の職員が会話に口を挟む。
「いえ、こういう自体は実は昔もあったらしいですよ」
「はぁ? じゃなんで対策されてねぇんだ?」
「冒険者ギルドが他の冒険者のため、彼女たちの行動を制限する規約を増やそうとしたところ、「じゃ、冒険者やめるわ」と言われ、それどころか「新たな冒険者ギルドの立ち上げ」なんて話まで出してきたものだから、仕方なくその案は無かったことになったそです」
「そんな奴がいたのか?」
「はい、知りませんか? 伝説の冒険者の割と有名な有名な伝説の一つですよ?」
伝説の冒険者と聞き、皆納得の表情となる。
大賢者を筆頭とする彼女らであればやりかねないし、一国と等しいどころかそれを上回る力を持つ彼女らが相手では、何もできなかったことにも頷けた。もし、彼女らが新たに冒険者ギルドを作れば、そちらに靡く冒険者も多かったろう。まだ当時は今ほど冒険者業は人気もなく、冒険者ギルドの上層部は、頭の硬い連中も多かったという話もある。時に金銭面では、汚い話も多かった。多額の報酬問題や冒険者ギルドの取り分が異様に多かったこともある。それがこうして今ほど自由で、クリーンな組織になった要因が、大賢者らであることは、冒険者なら割と多くが知っている歴史であり、常識でもあった。
だから、相方ないと頷かざるを得ない。
「まぁ、とにかく嵐はさったんだ。明日からは、俺たちでバンバン依頼こなしてこうぜ!」
ガオンとロイドがこの街を去る事を寂しく思う以上に、歓喜し、安堵する冒険者たちであった。
◇
「はぁ、はぁ……」
あれから十数日経った。またしても俺は、死にそうなほどに息を切らしながら、森の中を駆けている。
「いや、マジですげぇな。もう九割くらいは出して走ってるのに、ついてくるなんて」
「そりゃ、はぁ、はぁ……疾走特化の強化魔法、を新たに作って……改良しまくってるからな」
疾走強化。走るための適切な身体強化に、体力強化を組み込んだ、新たな強化魔法。既存の強化魔法を組み替えたり、身体の各部位への強化の分配を見直したり、回復魔法を組み込んで体力の回復を促進したり、それらを効率よく使えるよう改良を重ねただけだが……。
というか、通常追いつけるはずもない速度で走っている自覚があるならば是非、もっとこちらに気を使って走ってほしいところだ。
「魔法ってそうポンポン作れるもんなのか?」
「はぁ、はぁ……多分、作れる人は作れるだろう。それに、そもそもこれは、全くの新規ってわけじゃない。ただの改良だ」
「ふーん、そんなもんか」
そんな会話を続けたまま、ガオンが通際に、木の上で暮らすモンスターの爪を体を捻り避けながら、反撃の仕掛ける。不完全な体勢からの一撃にも関わらず、モンスターはその一撃で絶命する。
クロッキーという大型の猿のようなモンスターで、全長二メートルほどある。高い身体能力と硬く鋭い爪が特徴的なモンスターで、木から木へと飛び移りながら死角から獲物の首を刈り取る。そういう知的な面もあるため、討伐に必要な推定ランクはAとかなり高い。
それがこれで二十四体目。
ガオンはその優れた五感だけで、周囲のモンスターの存在を察知し、あえて攻撃を誘いながら、こうして反撃を加えている。また、子持ちの個体や明らかに戦う意思のないモンスターは見逃していた。
不要な殺生は避ける、また、森の生態バランスは考慮するなど、思慮深い一面も持つ。
それに、街を出てからここまで、出る前に一度地図を見ただけで、その後は地図を見ることさえなく、一度も迷わずにここまで来ている。
冒険者だけでなく、王国騎士や帝国軍にいても、活躍できるようなポテンシャル。マキナ辺りが知れば放っては置かないだろうな。
村から出すのが怖くなるのも納得だ。ここまで才能に溢れていると、むしろ怖くなる。
と、そんな事を考えながら俺は落下したきたモンスターを収納魔法で格納する。
「これじゃ、俺はただの荷物持ちだな」
こんな調子で帝都までの旅は続くのだろう。
次の目的地は、以前滞在した街より広いユーゲルという名の街だ。
街が起こされた当初はこじんまりとした温泉街だったが、次第にそこに美味しい料理店が集まり、旅人や冒険者の来訪も増え、そこに商売の臭いを嗅ぎつけた人が集まり、栄えてきた歴史がある。
ある程度近づいてきたところで、街のあちこちから湯気が上がっているのが、遠目からでも分かった。
「あそこか。近道してきたつもりだったが、だいぶ距離があったな」
「はぁ、はぁ……そうだな」
息絶え絶えになりながら、なんとか返事を返す。
そんなこんなで、ユーゲルに到着してすぐに冒険者ギルドへと向い、依頼の達成を報告した。
冒険者ギルドもかなり栄えており、冒険者の数は今ここにいるだけでも以前のざっと倍ほどの人数がいる。Aランク冒険者らしき人物もちらほらと見える。
しかし、ガオンのお眼鏡には叶わなかったのか、一瞥するだけで興味を示すことなく、受付けへと歩みを進める。俺もその後を追い、受付へと向かった。
「依頼達成の報告と、これらの素材の引き取りもお願いできればしたいんだが」
そう言い、受付の男性職員の前でクロッキーの死体を四体取り出した。
「こ、これは……」
「これがあと二十体と、テレスティオンが六体、他にも色々と……」
その言葉を聞くや否や、職員の男性は慌ててどこかへと報告しに行った。
ちなみに、テレスティオンは周囲の景色に擬態できる三メートル程度のトカゲだ。危険度はクロッキーを超えるレベルで、探知魔法なしにこれを察知していたガオンを見た時は、流石に俺も驚かされた。
なぜわかったのか聞くと、ガオン曰く、そこにいるのが当然のようにわかったとのことだが、よくわからないので、理解はとっくに諦めている。
俺が出したモンスターの死体を見て、ざわつく冒険者たち。
しかし、全員というわけではなく、高ランクの冒険者ともなると流石に落ち着いていて、一部こちらを品定めするかのように鋭い瞳で観察していた。
何せよ、注目を集めるというのは気持ちの良いものではないな。
ガオンは相変わらず、一切気にしていないようだが。
少しして、その職員が戻ってきた。
「すみません、時間がかかると思いますので、また数時間後……いえ、後日来ていただけますか? お急ぎでなければ、報酬はその際まとめてお渡ししようと思いますが」
「それで構わないぜ、ロイドもいいだろ?」
「あぁ」
冒険者ギルドの場合、ただ素材を買い取るのではなく、モノによってはなんらかの依頼に該当しているかの確認などもしてくれる。仮に該当していた場合は、依頼達成とみなされ報酬を受け取れることもある。ガオンの昇格を考えれば、目立つ事を承知で冒険者ギルドに素材を持っていくのが良いだろうと、そういう判断をしたし、その時点でこうなるであろうことは予想していた。
何より、今はそこまで資金には困っていない。
「あれでBランクってマジかよ」
「人間の方はAっぽいが、にしたってたった二人でこれは……」
「どうする? まだ二人だけっぽいし、うちらのパーティーに誘えないかな?」
これ以上長居すると面倒なことに巻き込まれそうだ。
二人なら大丈夫かと思ったが、二人程度ならまだ、パーティー勧誘の対象になってしまうようだ。
以前の街より規模が大きく、位置も帝都に近づいているのもあって、腕に自信のある冒険者が多い。だから、Aランク冒険者相手でも、勧誘してくるし、実際それだけの能力はあるのだろう。
ガオンもこの空気を察し、冒険者ギルドを立ち去るよう俺へと促す。
「さてと、どこに泊まるか……」
温泉目的でくる客が多いこの街は、とにかく宿泊施設が多い。
ただ寝泊まりを目的とした宿から、豪華な旅館まで様々で、数が多いがゆえに、どこに泊まるかかなり悩ましいところだ。
高価な旅館となると金額は高くつくが、懐石料理や旅館所有の温泉、その他サービスが期待できる。だが、あえてそういうのがない宿を選び、食べるものや入る温泉を自分で選ぶのも悪くはない。
ガオンのお陰で金はかなり溜まってきている。一つ一つはSランクの依頼の報酬に遠く及ばないが、チリも積もればというやつだ。高級旅館に泊まるくらいのお金はゆうに溜まっている。
「どうする?」
「あー、私としちゃ宿は寝泊まりできればそれでいいし、料理も好きなだけ、好きな種類を食うってなるとやっぱ、高い旅館はなしだな」
別に、美味しいものは旅館に泊まらずとも食えるし、好きなものを食べたいならむしろ食事はセットにされていない方が良い。
「なら、宿は適当に安いところを探すか」
そういうわけで、俺たちは安めの宿を探して歩いた。
「なぁ、ロイド。気がついているか?」
「ん? いや」
ガオンが耳元に口を近づける。
「五人、私らの後ろをつけてるのがいる」
「本当か?」
「冒険者ギルドを出たあたりからな。明らかに動きが素人っぽいが、どうする?」
「そうだな……宿まで着いてこられても困るし、撒くか」
相手が誰であれ、しばらくの間拠点となる宿の場所を知られるのは避けたい。
土地勘はないが、ガオンはその身体能力があれば大抵の人は撒けるだろうし、俺も転移の魔法がある。ガオンの言葉を信じるのであれば素人らしいし、おそらくなんとなかるだろう。
「次の角右で行くぞ」
「分かった」
小声でそう言葉を返す。
そしてすぐに、ガオンの言葉に従い、右に曲がった瞬間、俺とガオンは駆け出した。ガオンの言っていた通り、かなりの素人のようで右折と左折を繰り返しながら駆けていると、強化魔法を使うまでもなく、撒くことが出来た。それに俺の聞き間違いでなければ、かなり幼い声が聞こえた気がした。
「なんだったんだ?」
もう追手がいないことを探知魔法で確認してから、一息つく。
最も、一息つくほど疲れてもいないが。
「……さぁ、なんだろうな」
一瞬、何かを考える素振りを見せ、間を置いて答える姿含め、妙に引っ掛かりを覚える返しだった。
「何か思い当たる節でもあるのか?」
「あるわけないだろ。ちょっと前まで村から出たことさえなかったんだぞ」
「確かに……じゃ、俺か?」
心当たりはないが、それでも何かを引き寄せる自覚はある。
「うーん、なんとも言えねぇけど、それはねぇんじゃないか?」
「そうか? だといいんだが」
ガオンを横目に観察するが、彼女は良くも悪くもユイとは違い、考えが読めない。
いくら思考を巡らせ、考察したところで答えには辿りつかないだろう。
「ま、いいか。考えても仕方がないし、警戒はしながら宿探しを再開するか」
こちらにはガオンという帝国軍より頼りになりそうな戦力がついているし、放置でもいいだろう。
些か楽観的ではあるが、かなり疲れているのもあり、早いところ宿に行きたい気持ちが先行していた。
「おう! そろそろ腹も空いてきたしな。さっさと宿探して、飯食いに行こうぜ」
それから、宿を探ししばらく歩き回った。
その間、ガオンは何回か寄り道し、焼き鳥やら牛串を買い、食べ歩いていた。俺も一本、美味いと進められるがまま購入し食べたが、確かに美味しかった。他にも、つい立ち寄りたくなるような店が多く、気がつけば結構な距離を歩いており、かなり街の端まで来てしまっていた。
それに、安めと言っても本当に色々とあり、どこに泊まるか決めかねていたのも大きい。
そんなこんなで今に至るわけだが、街の端に一際ボロボロな宿屋を見つけた。木造の宿屋は所々無理やり補強したような跡が目立ち、材質もかなり古く、朽ちるほどではないが不安を覚えずにはいられない。
中から宿泊客の気配はなく、寂しげな雰囲気が宿屋を包んでいる。周囲もあまり人気がなく、この街では異質な寂しさがこの辺り一帯から感じられた。
「ここは流石に……」
ないな、とそう言おうとした瞬間、
「あ? ここでいいだろ。安そうだし」
「いいのか?」
「だって寝るだけだろ?」
ガオンはそう言い、俺の意見を聞くこともなく、宿屋へと入っていった。
ガオンはどこでも眠れるタイプで、旅中、木の上でよく寝ていた。そんな彼女からすれば、宿なんて微々たる問題なのだろう。
止めるだけ無駄と諦め、俺もガオンの後を追った。
内部も相変わらずといった様子だが、意外にも掃除は行き届いているようで目立つ埃などは無い。
「あ、いらっしゃいませ」
挨拶と共に出てきたのは、小柄な白髪の獣人だった。
幼なげな顔つきをしているが、なんとなくそこまで子供ではないだろうということは伝わってくる。歳は俺より少し下くらいだろう。
「今日ここって止まれるか?」
「え? は、はい! 全室空いていますので、お好きな部屋にお泊まりできます!」
客が入ることがよほど嬉しいのか耳をピンとさせ、テンション高めにそう言葉を返した。
「えーと、お二人は部屋は別でしょうか? それとも……」
聞いていいのか否か、白髪の獣人はオドオドとした態度で尋ねてくる。
「別で頼む」
その方が安くは済むかもしれないが、同室はまずない。
「なぁ……ずっと思ってたんだけど、同じじゃダメなのか?」
ガオンが不思議そうに、そう尋ねてくる。
「どう考えてもダメだ」
それに対し、俺はキッパリとそう答える。
「私の方が強いのに?」
「だからだ、寝ぼけたガオンにボコされるかもしれない」
これは本音だった。別に、男女がどうとか、そういうことは考えていなかったし、考える以前の問題だった。
一体、誰が好き好んで猛獣と同じ部屋で寝ようと思おうか。
勿論、ガオンは獣ではなくしっかりとした理性がある。理性がしっかりと機能しているうちは信頼できる。だからこそ寝起きなどの意識がはっきりしない瞬間は怖い。しばらく共にいて分かったが、ガオンは心のずっと深いところで戦いを求めている。俺と出会った時もそうだが、ガオンは戦いを心底楽しんでいることは、間違いなかったし、本人もそこは否定していない。
それに、旅の最中、眠るガオンに近づいてきたモンスターを、目を開けることさえなく叩き潰す姿を、俺は一度目撃している。しかも翌朝それを聞くと、覚えていないという返事が返ってきたのだ。
俺としては、そんな人と同室で寝ることは、なんとしても避けたいところだった。
「別にボコしやしねぇのに」
それから、最低でもこの程度は宿泊するであろうという日数分の料金を前払いする。もちろん、二部屋分の料金である。
とりあえず、宿は確保できたのでちゃんと昼食でも食べようかと宿を出ようとした……その時。
いかにも柄の悪そうな五人組の男の獣人がズカズカと入ってきた。
「よぉ、まだ店じまいしてねぇのか」
そう話す筋骨隆々とした男は百八十を超える体躯をしており、腰には短めの斧が装備されていた。巨漢は俺たちに気がつくや否や、吹き出すように笑った。
「お? なんだ、こんなボロ宿に泊まる馬鹿もいるんだな」
「お客様に対してそのような発言はおやめください!」
先ほどの白髪の獣人が声を上げる。
そんなことはお構いなしに、威圧的な態度で俺たちを見下ろすリーダー格の男。恐れ慄くことを期待しているのだろうと、察しはつくが残念ながら、今更この程度の事態に怯えたりはしない。恐怖感はない。
何せ、横にもっと怖いのがいるのだから。
そんな怖いものも平然とした様子で、静観している。
思う反応を得られないことに、巨漢は「っち」と舌打ちし、諦めて標的を変える。
「まぁいい。そんなことより……ラーナさんよ。いい加減に売れよ、この土地」
なるほど。ラーナというのか、ここのて店主は。
それと大体だが、事態がつかめてきた。
彼らはこの宿屋を倒産させ、土地を買いたたきたい何者かによって雇われた冒険者だろう。
冒険者ギルドを通さない依頼は問題だが横行しているのが実情だった。仮に個人から直接依頼を受け、報酬を受け取っていても「個人的なお手伝い」という名目で片付いてしまうため、裁く事が難しい。冒険者ギルドを通さない依頼は仕事内容やその難易度表記が曖昧あことが多く、危険性が高い。
そういうリスクから、冒険者ギルドも三大国と協力しながらなるべく撲滅しようと頑張ってはいるようだが、結果が芳しくないのは事実だ。一応、冒険者として相応しくない行いをすれば、冒険者資格の剥奪や降格という処置はあると聞くが、あまり効果話していない。
「これでも何十年も続く宿ですし、両親が残してくれた大切な……思い出の詰まった我が家なんです!」
「そうは言ってもなぁ。いい加減諦めろよ。もう親が残した貯金も尽きるだろ? そうしたらどうする? 借金するか?」
「うっ……そ、それは」
貯金がないことは事実なようで、色々と葛藤が見える。
この男たちの高圧的な態度には思うところはあるが、ラーナが無理をしてまで経営する理由があるのか、そこには一考の余地があった。
「辛いぞ、借金生活は」
そういう経験があるのか、妙に感情のこもった一言だった。
って、そんなことはどうでもいい。
俺がさてどうすべきかと考えている間に、とっくに結論を出したガオンが口を開く。
「おい、テメェら。この宿を潰すってことはそこに宿泊予定の私らに害をなすってことで、つまり私に喧嘩を売ってるってことでいいんだよな?」
「あ? 何わけわかんないことを」
巨漢がガオンの黄金の瞳を覗き込んだ瞬間、びくりと体を震わせた。
しかしそんな本能が訴えかける恐怖を、高ランク冒険者だというプライドが否定する。無理に口角を上げ、ガオンと距離を詰める。
「お前、さっき冒険者ギルドにいたろ。背が高いから印象的だったから覚えてるぜ。ランクはBだったか? 今やちょっとした有名人みてぇだが、なら運が悪かったな。俺らはAランク冒険者だ」
ゲスい笑みを浮かべながら自慢げに語る男たちを、宿屋の店主は不安そうに、そして俺は「哀れだなぁ」と内心呟きながら一連の様子を見守っていた。
俺が手を貸す必要もないだろう。
ただ、いざという時に店主は守れるよう、意識を向けておく。
「そうか、Aランクか」
ガオンが巨漢の右肩に手を置く。
「あ?」
側からは軽く握ったようにしか見えなかったが、その瞬間、何かが砕け散るような音が室内に響いた。
巨漢の右肩から下が、急に骨でも抜かれたかのようにぶらりと垂れ下がった。ふらふらと揺れる腕は、どれだけ頑張って動かそうとしてもぴくりともしない。
男は悲鳴をあげながら、地面に両膝をついた。
「おいおい、Aランク冒険者ってのはこんなもんなのか?」
演技ではなく本当に、心の底からがっかりとしているのが伝わってくる顔で、泣き崩れる男を見下すガオン。ガオンの力量を見誤っていたと気がついた男が、杖を構えながらガオンを睨みつけた。
「こ、こんなことして済むと思ってんのか!」
巨漢の背後の四人のうちの一人……杖を構えた魔術師と思われる男がそう声を荒げる。
「これは、不当な暴力行為だ! 帝国軍が動くぞ! いくらお前が強いとは言え、帝国軍に目をつけられたら終わりだ! は、人生終了だな」
この状況、言い分次第ではガオンの逮捕のために帝国軍が動かないとも限らない。事情があるにしろ、やりすぎているところもある。
普通なら、多少なりとも動揺するところだろう。そういう意味で、彼の言動は一般的な相手であればある程度効力があるものと言える。
一般的な相手なら、ば。
「へぇ、帝国軍か……そりゃ、面白そうだな。少なくとも、あんたらなんかとやり合うよりうんと楽しそうだ」
死を身近に感じるほどの威圧感が、ガオンから放たれる。ラーナなんて、ガオンの後ろ姿を見ているだけなのに今にも泣き出しそうな、怯えた表情をしている。
そんな威圧感むき出しのガオンの姿を見て、今、この場にいる全員が、彼女は本気で帝国軍とことを構えてもいいと思っていること。そして本能で、帝国軍じゃ彼女を止めれないことを悟る。
「そんなわけだか。さ、始めようか」
俺がプレゼントした手甲は使うまでもないのか素手のまま、関節をパキパキと鳴らしながら魔術師に詰め寄る。
「ご、ごめんなさい!」
魔術師の男は恐怖で顔を真っ青に染め、謝罪の言葉を叫んだ。
ガオンという獣人の異常さに気がつき、逃げ去ろうとする男たちの前にガオンは一っ飛びし、出入り口を塞ぐ。
「ひっ」
「そうかそうか、反省してんなら、それなりに誠意を見せてもくれるよな?」
「誠意、ですか?」
「そう、例えば迷惑料とか、依頼主の名前とか。ないなら、その命をここに置いていってもらうことになるが……」
ガオンの怒りに当てられた四人は驚くほど素早い手つきで有り金を全て投げ捨て、依頼人の名前を吐き、宿屋を去っていった。
「ほい、これ」
男たちが置いていった金を拾い上げ、宿屋の店主に渡す。
「え、でもこれは……」
「大丈夫、取り返しにはこねぇよ。ほら、だから貰っとけ」
強引に金を宿屋の主に押し付ける。
無理やり握らされた金を手に、あたふたとするラーナ。
「なぁ、ロイド。例の依頼主、吹っ飛ばそうと思ってんだけど」
ラーナに取り返しには来ない、と言った時点で、ガオンがそう言い出すことは薄々察していた。
「聞きたいんだが、なんで彼らを追い返した?」
はっきり言って、今の段階では俺は彼女に手を貸すだけの理由を見出せてはいない。あの男は確かに威圧的でムカつく奴だが、ガオンがそこまでする理由は俺にはまだ見えない。
「この辺りの家、明らかに人の気配がねぇんだけど、多分依頼主が買い占めたんだろ? ちょっと前に。違うか?」
未だ、困惑しパニックのラーナは驚きながら「は、はい」と言葉を返す。
どうやら、少し前にこの一帯に新たに施設を建てたい男が土地を買い漁ったらしい。当初の見込みでは、なんの問題もなく土地を変える想定だったのだろう。しかし、ここの店主……ラーナは動かなかった。どれだけ大金を積んでも、動く気配がなかった。
俺が「移転すればいいのに」と言おうとしたのを察してか、口を開いた途端、ガオンが言葉を遮るように口を挟んだ。
「ラーナ、お前妹と弟がいるだろ。そうだな……数は五人。違うか?」
「ど、どうしてそれを⁉︎」
「匂いだよ、客がいねぇつーのに、そのくせ複数の獣人の匂いがしやがる。もちろん、私らのでもなけりゃあいつらのでもない。それにこの宿、掃除は行き届いているが、よく見りゃ場所により差がある。そのエリアを担当した子供たちの性格や癖ってとこか。で、今はあいつらがくると踏んで、外に避難させてるってとこだろ」
そう言われ、軽く室内の匂いを嗅いでみるが俺にはさっぱりだった。
いったい、どういう嗅覚をしているのか。獣人は人間より五感に強いことが多いと師匠から聞いたことがあるが、それにしたって異様なのは明らかだ。事実、同じ獣人であるラーナもガオンの言う匂いなんてわからないと言った。
掃除の方は、言われてじっくり観察すれば確かに場所により、丁寧さが違うのが分かった。場所によっては細かく掃除されていたり、逆に荒っぽい箇所があったりする。とは言え、一目見てわかるものではない。
凄まじい観察力だな。
「つーか、あいつらもっと陰湿なこと色々してんだろ? 心当たりはあんじゃねぇか?」
「そ、それはいくつか」
「話してみろよ」
ガオンに促され、ラーナは話を始めた。
両親の死後、案の定一度は経営難に陥ったらしい。今まではお手伝いとして、たじ触ってきた娘がいきなり全てをしなきゃいけなくなったのだ。
しかし、少ししてからは意外にもこの宿の経営はうまく行っていたそうだ。
と言うのも、ラーナの遠縁の親族だったり、他の子供達のため頑張るラーナに心打たれて手を貸そうとする者はいたそう。
だが、ある時を境にパッタリと連絡が途絶え、それまで時折だが来てくえていた常連客も来なくなってしまったらしい。
時期的に、周辺の買収と重なっており、当然ラーナも疑いはした。
しかし、ラーナにできることには限界があり、証拠がなければどうしようもない。一度、帝国軍に協力を求めたが、その時は結局なんの手がかりも掴めず、以降は相手にしてもらえなくなってしまった。帝国軍も、証拠もなしに何度も動いてくれるほど暇ではない。
一連の話を、黙って聞くガオン。
「……と、そんなわけなんです」
「そうか。やっぱ、腹立つ連中だぜ。な、だから潰そうぜ」
そんな軽いノリで、という言葉は胸の内に留めておく。
「まぁ、ガオンがどういう意図であいつらを追い返したかは理解した」
どんな五感と頭脳をしていれば、あの一瞬でここまで思考が回るのかは、ちょっと理解しかねるけどな。
「それで、手伝ってくれるか?」
「そう言うことなら、手伝うしかない」
ここまで聞いておきながら放っておくほど薄情ではないし、何より……
この話を聞いてすぐに何故だが、こちらを振り向き「助けましょう!」と意気込むユイの姿が浮かんだ。
そうだな。
ここで断れば、ユイに合わせる顔がない。
それにしても、俺は姉探しで帝国に来ていて、本来はガオンがそれを手伝ってくれるとう話だったが、これじゃどっちが何を手伝っているのか分からないな。
「それで、どうやって解決する?」
「私とロイドなら、どんな相手でも倒せるだろ?」
自信ありげなガオンの表情からは、悪意が滲み出ていた。
ガオンに対し、言いたいことはあるが、そこはラーナの心情を察し、言葉を飲み込む。
「だから、ラーナは安心してくれ」
「そ、そんな」
ガオンがラーナの頭の上にポンと手を乗せ、優しく撫でた。
「まぁ、いいからいいから」
そう言うとガオンは今度は窓のある方向を向き、ニヤリと笑った。
「お前らも安心しておけ、小さいストーカーさん」
ガオンの言動に、俺とラーナがポカンとしていると、窓から白髪の子供が五人ひょっこりと顔を出す。
各々髪型は大きく違うが、全員どこかラーナと似たものを感じる顔つきをしている。ラーナに五人も子供がいるとは思えないし、おそらくは弟、妹だろう。
「あなたたち、なんでここに……それに、ストーカー?」
困惑と心配の混じった言葉を聞き、五人の中の一人でツインテールの子供がゆっくりとその口を開く。
「あのね、あの冒険者をなんとかしてくれる人を見つけるために、冒険者ギルドに張り込んでたの。そしたら……なんか凄そうなお姉ちゃんを見つけて」
「それで、追いかけてきたのか」
「う、うん」
バツが悪そうに頷く少女。
冒険者ギルドから俺たちをつけ回していたものの正体は彼女たちで間違いないようだ。道理で、簡単に負けたわけだ。それに、俺の聞いた幼なげな声も聞き間違いではなかったということになる。
「まさか……」
ガオンは俺より遥かに耳がいい。
そんな彼女ならきっと、俺には聞こえなかったことまで聞こえてきたはずだ。ひょっとすると、この子らの会話の内容まで聞こえていたのではないだろうか。それこそ、ストーキングされていた時からずっと。
「これも計算のうちか?」
「いや、偶然だろ」
そう言葉を返すガオンは何故か、笑っていた。
「本当に?」
「多分な」
色々と疑わしいところだが、あえてツッコミはしない。
そう、こう言う場合、ツッコむだけ無駄なのだ。
「さ、それじゃ作戦会議と行くか」
タイトルミスではないです!




