白魔導師、鍛治仕事を手伝う
◇
そんなわけで、俺は一度ガオンと別れることとなった。
今回、俺の協力はなしで行きたいとのことだ。
自分を嘲笑った彼らに対し、あくまでも一人の力で達成させたと、示したいのだろう。
となると、俺は冒険者の目につきやすい場所にいるのが、ガオンにとって良いだろう。
「まだ、足が痛い……」
本当は今すぐまだベッドで横になりたいところだが、宿に篭れば俺の居場所を知る人は大幅に減る。
仕方がない。ここは少し無理をするとしよう。
なるべく冒険者の目につくところとなると真っ先に思いつく場所は冒険者ギルドだ。
しかし一人で丸一日潰すほどのものはない。
しかも、まだ早朝。
ガオンはギリギリまで依頼に励むだろうし、戻ってくるのはかなり遅くなるだろう。
「俺は俺で全く別の依頼をこなすか」
再度、冒険者ギルドに足を運ぶと、多くの冒険者の目が俺に集まった。あんなことがあったばかりだ。注目を集めるのも無理はない。
そう言えば、聖教国での例の一件でランクが上がっていた。
今の冒険者ランクはA。大抵の依頼を受けれるランクではある。
とは言え、支援職一人で受けれる依頼となるとかなり限られるだろう。
「あの、すみません」
「あぁ、先ほどの」
「受けれる依頼を探して欲しい。なるべく、支援職一人で受けれるくらいのやつを」
そう言いながら、冒険者プレートを見せると受付の職員は驚いた様子で、こちらを見つめた。
この辺りであれば珍しいランクだからな。
あるいは、これほどの高ランクなのに、何故ガオンのサポートをしないのかという驚きかもしれない。別に俺が手伝おうと、冒険者ギルドにそれを確かめる術はない。
「えーと、少々待ちください。高ランク……ですが、支援職一人でも受けれるものですね」
「別に、ランクはそこまで気にしなくていい。報酬も別に高くなくていい。その代わり、なるべく今日できることで頼む」
「承知いたしました。そうなると……」
支援職一人で受けられる依頼となると、かなり珍しいはずだ。
色々と譲歩するようなことを言ったが、実際はかなり難しい注文をつけている。
やはりと言うべきか、依頼書をめくり、要望にあった依頼を探すも中々見つからないようで、もうほとんど確認してしまった……その時。
「あっ、ありましたよ! 一件だけ」
「そうか、それで内容は?」
「えっとですね、この街にある鍛治師からの依頼です」
「鍛治師?」
依頼主が鍛治師ということは、鉱石系の素材の回収だろうか?
「はい。この街に一軒、鍛冶屋があるのですが、そこの鍛治師ですね」
この街では誰もが知っている有名な鍛治師で、冒険者だけでなく、農家や飲食店など、様々な方がお世話になっている鍛冶屋らしい。
「それで、依頼内容は?」
「それが、鍛治仕事の支援としか」
「それはまた、かなりざっくりとした内容だな」
「そうですね。でも、信頼のできる方ですので、そこまで無理な依頼内容ではないはずですよ」
この街で信頼を寄せる鍛治師というのであれば、あえて評判を落とすような依頼を冒険者ギルドに出すほど、バカな真似はしないだろう。
俺は受付の職員の言葉を信じ、その依頼を受けることに決めると、すぐに目的の場所へと向かった。
その鍛冶屋は街の端にあり、それなりに大きな工房だった。
というのも、店舗と工房、さらに住居の一体型らしい。
とりあえず、入りやすい店舗部分に足を踏み入れる。
お店の方の店員に言えば、わかると言っていたな。
店の中にはずらりと武具や刃物類の日用品が並べられ、そこそこの値で売られていた。質を考えれば、妥当な値段なのだろう、多分。
また、これ以上質が高いものとなると、直接依頼をする必要があるそうで、受付中との張り紙がされていた。
ちなみに、店内を見回してみたが魔法使いが使うような杖はない。
商品を眺めながら、店員の元まで向かう。
レジには栗色の髪をした女性がいるが、読書に夢中でこちらには気がついていない様子だった。
「すみません」
「あ、こっちこそすみません。何をお探しで?」
「いや、そうじゃなくて、依頼を受けにきたんだが」
そう言い、冒険者ギルドからもらっていた紙を取り出そうとするが、その言葉だけで伝わったようで、俺が紙を取り出すより早く、女性が口を開いた。
「あー、そっちね。なら、そこの扉から工房に向かって。多分、そこで仕事してるはずだから」
「あ、あぁ……分かった」
「それにしても、あなたも災難ね」
「どう言う意味だ?」
「なんでも」
そう言い、笑みを溢すと再度本へと視線を落とした。
どういう意味だろうか。気になりはするがまずは仕事が優先だ。
頭を切り替え、言われた扉を開け、工房に進んだ。
工房に向かうと、鉱物を打つ男性の姿があった。捲られ、露出する腕は太く、俺より一回り以上のサイズがある。年齢は三十後半、と言ったところか。顎髭が似合う、カッコ良い中年だ。
「失礼します」
こちらも熱中しているようで、気がついていないため、同じように声をかける。
「あぁ、えーと、どちら様でしょうか?」
「依頼を受けた冒険者だ」
「あぁ、例の! そっちに、客間があるから、少し待っててもらえますか」
「分かった」
俺はその「そっち」へと進み、客間を探した。
先に客間にむかい座っていると、程なくして先ほどの男性が汗を拭いながらやってきた。
「初めまして。依頼主のヴェルンです。いやぁ、こんな格好で申し訳ない」
「大丈夫だ。それより早速で悪いが、依頼内容について聞いてもいいか?」
「あぁ、そうだね、うーんと、どこから話したものかな……ファトスって鍛治師は知っていますか? 十数年前までは帝国で最も優れた武器職人として名を馳せた鍛治師なんですけど……」
「すまないが、知らない」
「そ、そうですか」
残念そうな表情で、そう言葉を返す。
王国出身だから、と言い訳することもできたが、その言い訳にはきっと大した意味はないだろう。
「それで、その方が関係しているのか?」
「はい、私の親父でして。と言っても、実の父ではないのですが……その、もう長くないんです。歳も歳ですし、仕方がないことではあるんですが、そんな親父の最後の願いが、武器を作ることでして」
「なるほど。つまり、強化魔法の力が借りたいわけか」
「はい。最後にもう一度、鍛治師として武器を作りたい。しかし、衰え切った体では鉄を打つことさえ叶わない。そこで、なるべく凄腕の支援職の方をお招きして、そのお力をお借りしようと」
なるほど。最後のモノづくりの手伝いが仕事とは、想像より荷が重い依頼内容だな。
俺なんかで、力になれればいいが。
「作るものは?」
「それは特に聞いてません……」
まぁ、俺の仕事は強化魔法をかけ続けることだろうし、そこはなんでもいいか。
そう思いながら、仕事に取り掛かろうとヴェルンの顔を見ると、どこかバツが悪そうな様子だった。何か言いにくいことがあるそうで、目が泳いでいる。
「それだけじゃないのか?」
俺の問いに、ヴェルンは申し訳なさそうな表情をしながら頷いた。
「えーと、実はですね、この依頼……私が勝手に出したものでして、実は親父の了解をとっていないと言いますか。いや、最後に鍛治師として、何かを作りたいっていうのは本当ですよ! 毎日のように言ってますから。ですが、その……」
「その?」
「頑固と言いますか、こだわりが強いと言いますか、武器を作る工程において、魔法だったり、自分以外の力を借りるのをめっぽう嫌がる人でして」
これは先行きが怪しくなってきたな。そこに関しては、魔法でどうこうできるものではない。
ヴェルンもそれがわかっていたから、あんな様子だったのだろう。
「まさか、その説得も込みの依頼じゃないだろうな」
「えーと、そのつもりです」
「嘘だろ……」
思わず本音が口からこぼれ出る程度には衝撃的だった。
これはもはや俺の冒険者としての実力云々でどうにかなる話ではない。
どうしたものか。
依頼はすでに受けてしまっているが、これは明らかな依頼内容の説明不足になるだろうし、俺に責められるところはない。途中でやめたとて、さして問題にはならないだろう。
しかし、ヴェルンの父親が最後に武器を作ることを望んでいることも事実。
そして、一人で暇している白魔導師なんてそうはいない。
「とりあえず、会って頂けませんか? 会って頂けば、何かわかることもあるかもしれませんし」
「まぁ、そうだな」
こうして話していても仕方がない。
ヴェルンに案内され、俺はあれやこれや説得の言葉を考えながら、その父親の部屋へと向かった。
「親父、入るよ」
その白髪の老人はベッドに座りながら、窓の外を眺めていた。
首や腕はかなり細っており、全体的に痩せこけている。
これでは鉄を打つどころか、一人で日常生活を送ることでさえかなりの体力を要するだろう。
部屋に入り、足を進める中、ふとベッドの横の机の上に置かれた無数の紙が目にはいった。風に吹かれてか、少し散らばったその紙を横目に見る。
そのどれもが武具の設計図だった。剣、短刀、防具類まで様々な武具の設計図やそこに込められたアイデア、使えそうな素材などが事細かに書き記されている。あとは形に起こすだけと言うところまで、出来上がったそれらの横には、複数のペンと日常では中々目にしないような特殊な定規も置かれていた。
「誰だ、そいつは」
「冒険者で、白魔導師……つまり、支援職の方だよ」
その言葉で、ヴェルンが何を言いたいのか察したファトスは声を荒げる。
「わしは他人、それも魔法に頼るつもりなんぞないぞ!」
「でも、武器を作りたいって、いつも言ってるじゃないか!」
「あぁ、だが、あくまでもわしは、わしのこの手で作りたいのだ! わしの意思で、わしの実力で、わしの思う通りの武具を作り上げる! でなければ、それはわしの作品とはいえん!」
そう言い、握りしめた拳は微かに震えていた。怒りに、といよりは歳のせいだろう。
しかし、今の一言とこの部屋の状況でこの人の思いは伝わってきた。
おそらく、この人は本当に武器作り……というより、モノづくりが好きなのだろう。そして、そこに他人の手や意志が介入することを嫌う。
共感はできないが、理解はできる。
「もう良い! さっさとその小僧を連れて出てゆけ!」
ヴェルンも父親には弱いのか、あるいは何度も試みたあとなのか、一瞬何かを言おうと言葉を探したが、すぐに諦め俺を連れ引き下がった。
再び、客間に戻り、腰を下ろす。
「すまない。少しは話を聞いてくれるかもと、期待したんだけど」
「いや、どう考えても無理だろ、あれは。むしろ、どうして可能性を感じたんだ?」
「それは……」
そう言い、チラリと壁を見る。
その壁には何もないが、俺の方向感覚が間違ってさえいなければ確か、この人の奥さんがいたいた方向のはずだ。
「私も昔は、あんな頑固で、人の話なんか聞かない人だったんだ。親父の姿を見て、あれをかっこいいと思い、信じて生きてきたからね。だから、鍛治師として腕はそれなりに立つけど、嫌われていてね。職場の人間関係もダメで、だから自分で店を開いたけど、そこでも上手くいかなくて」
「今の姿からは想像もつかないな」
「うん、私は彼女のお陰で変われたんだ。彼女の言葉で、僕は変わることができた。その時に確信したんだ。人の言葉には、それだけの力がある。人は変えられるんだって」
その瞬間、何故だがアレンとユイの姿が脳裏に浮かび、同時に「確かにその通りだと」確信する自分がいた。人を変えるだけの力を持った人は確かに存在する。
しかしだ。
「初対面の相手にそれを期待するのは、難しすぎるんじゃないか?」
「そうかもしれない。でも、いろんな経験を積んでいるであろう冒険者なら、何か、親父を変えられるものがあるんじゃないかって」
「そうは言われてもだな。そもそも、無理に変える必要はあるのか?」
「長年見てきたからわかるんだ。今、親父はどこか寂しげで、何より退屈してるんだって。その退屈を紛らわすために、必死に設計図を書き続け、そうすることで退屈じゃないって、生きる意味があるんだって、そう思おうとしてるんだって」
「そう、なのか」
まぁ、長年いるからこそ、わかるものがあるということは理解できるし、そういう体験は俺もある。
俺に何ができるのか、改めて考えてみる。
アレンならなんて言うだろうか。
ユイなら何を語るのだろうか。
「分かった。やれるだけやってみる」
「いいのかい!」
「あぁ、でも期待はしないでくれ」
喜ぶヴェルンにそう念を押し、今度は一人でファトスの部屋へと向かった。
扉の前に立ち、大きく一度深呼吸をする。
そして覚悟を決め、部屋へと入った。
予想通り、嫌な顔でこちらを見るファトス。
「お前と話すことなんてない、金が欲しいなら依頼分はくれてやるからさっさと失せろ」
「そうじゃない、聞きたいことと、言いたいことがあるから来たんだ」
「何ぃ?」
その言葉を聞いたファトスの機嫌がより一層悪くなる。
そんなファトスの鋭い睨みを受けながら、俺は近くにあった椅子に腰掛けた。
そしてまっすぐとその瞳を見つめ、問いかける。
「どうして魔法や、人の手を借りることが悪いことだと思うんだ?」
「魔法や人の借りることが嫌なんじゃない。わしの、わしだけのモノに他人が介在することが嫌なんだ」
「それは、自分の趣味を禁じてまで固執するようなことなのか?」
この老人が、相当なものづくり好きなのは明らかだ。
だから、形には起こせずともこうして延々と設計図に線を引き続けている。
創造をやめずにいる。
「そうだ。わしは、自分だけでモノを作り上げるのが好きなんだ。他人が入れば駄作になる。わし一人ならそんなことにはならない。これで満足か、小僧」
俺の問いにファトスは迷いなく、そう断言してみせる。
「そうか、それは少し、羨ましいな」
「何?」
俺の言葉が意外だったのか、ファトスは驚いた様子でこちらを見つめる。
別に俺は「そんなこだわりはくだらない」と言うつもりははなからなかった。第一、そんなことは思っていない。己の力一つで作り上げる、素晴らしいことだと思う。
ただ、聞いてみたかったのだ。
俺は一人じゃ何もできやしない支援職だから。
「俺は白魔導師……つまり、支援職だ。魔法は、なんだかんだ好きだし、この支援魔法の才を得たことを悔やんではいない」
もし、魔法が本当に嫌いなら、きっと今頃トラウマにでもなっていたはずだ。
それこそ、師匠のせいで酒にかなりの苦手意識ができたように、魔法に苦手意識ができていたはずなのだ。
そうはならないのだから、きっと魔法はそれなりに好きなのだろう。
「でも、俺がどれだけ魔法の腕を磨いても、俺一人じゃ何もできはしない。俺の能力は仲間がいて初めて意味をなし、価値がつくものだから。仲間がいて初めて、俺の魔法は傑作に成る」
支援職には致命的な欠陥がある。それは一人では、なんの価値もないという点だ。支える存在がいて、初めてその魔法に価値が、意味が生まれる。ユイがいるから「身体強化」が、シリカがいるから「魔法威力上昇」がその真価を発揮する。
第一、魔法自体が大勢の叡智と想いの塊であり、それを学んでいる時点で、もう一人の功績ではないのだ。強化魔法だって、基盤はずっと昔に誰かが考えて生み出した産物だ。
「魔法を学ぶ工程から、使うまで、何から何まで俺は一人じゃできやしない。だから、逆に俺はゼロから百まで一人で何かをなすことの喜びは、きっと知らないんだと思う」
だから、俺にはファトスの気持ちがどこか共感できずにいるのだ。
でも、だからこと知っていることもあったりする。
「確かに、仲間に頼ってばっかりな自分に思うところはある。自分一人の無力さを何度も痛感させられてきた。でも、他人と、仲間と何かを作り上げる、何かを成すってのは、結構良いものだ」
本音ではあるが、小っ恥ずかしいことを言っていると思う。
これは説得ではない。どちらかといえば、俺個人の感想だ。
それでも伝えておきたかった。
いつだって、ユイが俺にそうしてくれたように、俺も本音をぶつけたかった。
打算なしの本音を。
「ただ、それを言いたかったんだ」
言いたいことは全部言った。
だから立ち去ろうと席を立った。
「おい」
ファストがゆっくりとベッドから降りる。
「そう言うからには、腕は確かなんだろうな?」
力強い瞳が俺を射抜く。
「いいのか? ここに来て自分のこだわりを曲げても」
「ふん、違う。追い先短い人生……どうせなら、改めてその真偽を確かめてから、逝ってやろうと思ったまでだ」
そうは言うものの、こうしてみると俺が聞いていたよりずっと元気そうだし、もう数年は長生きしそうだ。
「自信があるとは言えないが、全力で、やれるだけのことはする」
そう言い、俺は魔杖を取り出した。
一瞬、ファトスが魔杖を見て、目を見開いていたが、特に言及してくることはなかった。
「何がいい?」
「何がいいって?」
「作る武具だ。見たところ、お前はもう十分なものを持ってるようだが」
「いいのか?」
「あぁ」
ファトスはそう言い、こちらをじっと見つめる。
「そうだな。それじゃ……」
俺はベッドの横にある紙から一枚、取り出す。
「これを頼む」
…………
どれほどの時間が経ったか。
黙々と、それでいて力強く作業を続けるファトスを俺はずっと見守り続けた。
筋肉痛のこともあるため、少し遠くに椅子を置かせてもらい、強化魔法を適時かける。
そうして、日が沈んだ辺りで、やっと武器が完成する。
「凄いな……一日完成するとは」
「すでに設計書は出来上がっていたし、何しろお前の強化魔法の腕が想像より遥かに良かった。強化魔法を体感するのは初めてだが、帝国軍と関わりがあった際、魔法についてあらかた話は聞いていた。防具の強度を考える材料にもなるからな。その中には支援魔法もあったが……聞く限り、これほどの効力を出せる支援職はいなかった。その杖といい、お前、何者だ?」
「別に? これと言って何もないが」
「そうか」
ちょっと前までは勇者候補とかいう面倒な肩書きがあったりしたが。
ランクも、色々な人と依頼を受けていたらいつの間にか上がっていただけだし。
「それで、どうだった? 人に頼る、人と作るって言うのは」
「ふん。わしも、初めからこうだったわけじゃない。仲間がいた時期はあった。しかし、仲間との初めての武具作りで色々あってな。そうして出来上がったモノは、わしの人生の汚点と断言できるほどの駄作だった。やはり、他人の腕など信用できん、他人のアイデアなど信頼できんと、そう思った」
多くの人の手や意志が混じれば、時としてうまくいかないこともあるだろう。全員が全員、各々のアイデアや想いをぶつけるだけでは、良いものは出来上がらない。それが綺麗にまとまって初めて、相乗効果になる。
「ただ、そうだな。たったあれだけの経験で、そう断じたのは惜しかったなと、今更ながら思う。ひょっとしたら、あいつらと合わなかっただけで、もっと場所を変え、相手を変え、続けていれば今のわしにはない何かを得て、今以上のものを作り上げられた人生だったんじゃないかと」
要は悪くなかったと言いたいのだろう。
「それはそれで、ひょっとすると、今ほどの鍛治師にはなれなかったかもしれないがな」
間近で作業を見て、完成品を見て、分かった。
彼が何故、帝国一と謳われていたのかが。
正直、こんなものをいただいていいのか、躊躇うほどに、完成した武具は素晴らしいものだった。
単純に使用している素材が結構高価というのもあるが、流石にその分を今の手持ちで支払い切れる気もしなかったので、お言葉に甘え、無料でいただくことにした。
「いい経験をさせてもらった。ありがとう」
「こちらこそ、こんな良いものを無料でいただけたこと、感謝している」
「それで、その武器を使う奴ってのはそれ相応の人なんだろうな」
「あぁ、間違いなく」
「ならいい」
それだけ確認するとファトスは自室へと引き返していった。
久々の鍛治仕事だったろうし、流石に疲れたのだろう。
それに、普通にもう遅い。
工房を出ると、そこには心底嬉しそうな顔で待つヴェルンの姿があった。
「ありがとね。まさか、あの頑固な親父が他人を頼るなんて。何を言ったのかい?」
「別に、ただ、俺が思ったことを素直に言ってみただけだ」
アレンでもない。ユイでもない。
誰かならこう言うだろう、こうするだろう、ではなく、自分の本音を言葉にした。
「うまく行ったのは偶然だ」
「それでも私にはできなかったことだ。お陰で、あんな嬉しそうな姿を見れた。ありがとう」
それから依頼達成の報告を冒険者ギルドで済ませ、俺は宿に戻った。
俺が冒険者ギルドにいった時にはすでにそこそこ遅い時間帯だったが、まだガオンは戻ってきてはいないようだった。
受付の職員は心配そうにし、遠回しに俺に探すよう促していたが、俺はそれにあえて気が付かない振りをし、宿に戻った。
ガオンなら問題ないだろうし、ガオンにとって問題となるレベルの事態が生じているのなら、もはや俺の手におえるものではない。それでも、明日になっても帰ってこないようであれば、流石に探しに行くが、今日のところはガオンを信じ眠りについた。
◇
その翌日、ガオンのランクが一つ上への上がった。
ゆっくりと宿を出て、昼前ごろに俺が冒険者ギルドに行くと、すでに冒険者ギルドの様子がいつもと違っていた。一応、宿を出る際に受付でガオンが昨晩帰ってきて、今朝方には宿を出たことは確認しており、こうなっていることは薄々察していた。
たった一日で、ランク昇格に必要な依頼数を達成してみせたのだ。過去、長い歴史の中でこう言うことが全くなかったと言うわけではないそうだが、ほぼ個人でこの偉業を成し遂げたのはひょっとすると彼女が初めてかもしれないと、受付の職員は語っていた。
「嘘だろ……」
「なんなんだ、あの新人?」
昨日までは冷やかしの対象程度の認識だった新人が成した快挙にギルド内は騒然としていた。
真っ先に冷やかしの声援を送った冒険者に至っては、バツが悪そうにギルドの端からこちらをチラチラと見ていた。
ガオンはというと、心底興味なさそうに受付の女性と話している。
昨日の今日でランクを上げたことは、冒険者たちの間にすぐに広まり、ガオンは話題の人物となっていた。この街は決して大きいとは言えない。故に、冒険者の数もそこまで多くはなく、新規の冒険者がいればすぐに分かる。 ガオンが昨日登録しているところを見ている冒険者は少なくはなく、また例の言動もあって印象に残っていた。 昨日のことはこの街の冒険者たちの間で広がっており、その結果を確認するためにも、多くの冒険者が集まっていた。
まさか、こう成るとは誰も予想していなかっただろうが。
ランク昇格から少しして女性の冒険者パーティーがガオンに声をかけたことを境に、様々なパーティーからも勧誘され、今もその最中である。
「なぁ、俺のパーティーに入らないか?」
「ちょっと、そっちのパーティーより私たちのパーティー方がおすすめよ! ランク上げは最優先で手伝うし、報酬の分配も…」
「いや、この街唯一のBランク冒険者である僕のいるパーティーこそ、君には相応しい」
こんな風に、大人気である。初めは手のひらを返すことへの抵抗や、ガオンへの恐怖心もあったものの、周囲が勧誘を始めたことでそれらは薄れていった。
ガオンのランクが低いうちなら、パーティーに加入してもらえる可能性があると思っているのだろう。
そう遠くないうちに、ガオンは俺含め、ここにいる冒険者の手の届かないところに行ってしまう。また、ガオンは冒険者について詳しくは知らない。下手に知識が着く前の方が引き入れ易い。
彼らにとってガオンを引き入れるチャンスは今しかない。
今この場にいない、パーティーのリーダーを慌てて呼んでいる冒険者の姿も見えた。
だが、これは俺の見解になるが、ガオンに釣り合うパーティーはこの中にはなく、おそらくこの街にもないだろう。
もっとも、それはガオンが決めることであり、俺が口を出すようなことではない。だから俺は隅っこの方で、そんな様子を他人事のように横目で見ていた。
冒険者ギルドの端に備えられたテーブルに頬杖をつき、今後について考えを巡らせる。
「ぶっちゃけ、どのパーティーもそそられないわ。それに、悪いけどこっちにはもう連れがいるんでね」
ガオンはスタスタとこちらへと歩みを進め、俺の肩に腕を回した。
その瞬間に向けられる、凍りつきそうなほど冷たい視線に、思わず肩を震わせてしまう。
「いいのか?」
「あぁ、っていうか、昨晩聞いたんだけど、Aランクなんだろ? なんで言ってくれないんだよ?」
「自分の力量に見合ったランクだとは思っていないからだ」
そこまで腕を買われるほどの技量はないし、ガオンと俺では間違いなく釣り合わない。実力的に。
「あはは! 相変わらずだなぁ。うん、やっぱりロイドがいいや」
「そんな勝手な……」
とは言え、今はどのパーティーにも属していないし、すでにこの旅にガオンが同行することを許可してしまっている。
「分かった。しばらくの間な」
「おう、姉が見つかるまででいいからよ! こっちはモンスターやら冒険者としての知識ねぇから、そこんとこ教えてくれ」
ガオンは村から一度も出たことがなかった。そんなガオンの心境は、少しだが俺にも共感できるところがある。俺も、イシュタルに出た時は、右も左もわからず苦労した経験がある。俺なんかでも、いないよりかはマシだろう。
本人を見る限り、不安……そうではなさそうだが。
「こちらこそ、よろしく頼む」
「おう」
「そうだ。これ」
「ん?」
そう言い、昨日作って頂いた金色手甲を渡す。
拳から肘あたりまである手甲の大部分はかなり頑丈な鉱石で作られており、指だけは露出しているような形状となっている。また、金色とは言ったが、使用されている素材は金ではないし、くすんだ金色という感じで、そこまでの輝きはない。
「これって……」
「昇格祝いだ。前に戦った時、散々手は見たし、握手した時の感覚から、大体サイズはあっているはずだ。それに合わないようなら、ファトスがまた来いって言ってた。なんあんら、今日にでも調整しようと思うが」
その言葉を聞き、冒険者ギルドがさらにざわつく。
「ファトスって、あの腕はいいけど、クソ頑固な鍛治職人だろ? そう言えば、昨日あそこの息子からの依頼を受けていたが……」
「もう一人で武具をつくれる状態じゃねぇって話だが……まさか、あの頑固親父が他人の手を借りたってか?」
「そうでもしねぇと、とても仕事できる体調じゃねぇだろ」
「ってか、さっきAランクって……」
目立つつもりはなかったが、俺もガオンなみに目立ってしまったらしい。
冒険者ギルドに足を運んだのは失敗だったかもしれないな。
そんなことを思いながら、ガオンが手甲を装備するのを眺める。
「おぉ、すげぇ! ちょうど良い重さだし、そんなに邪魔くささも感じねぇ。それにこの硬さなら、私が全力で振るっても壊れる心配はねぇな!」
拳と拳を叩き合わせ、金属音を響かせるガオン。
予め、ガオンの異様なフィジカルを伝えた上で、ファストがちょっと重く作りすぎたかもしれんといった手甲を、程よい重さと表現するガオンには、驚きを通り越して、少し引くが。
何にせよ、気に入って頂けたようなら何よりだ。
「ありがとな、ロイド!」
「礼ならその鍛治師に言ってくれ」
「おう! 少しだけ調整したいとこもあるし、すぐにでも行こうぜ」
こうして新たにパーティーを結成した俺は、昨日とは違う視線を集めながら冒険者ギルドを後にした。
また来週!




