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白魔導師、トラップ屋敷に挑む

 


 孤児院に着くと、大勢の子供達に迎えられた……なんていうことはなく、俺は真っ直ぐユイの元へと向かった。

 相変わらず、ユイは元気がない。

 部屋に入るための一歩が躊躇われる。

 この一歩が重く、踏み出せない。

 まだ、今の俺にはユイの横に立つだけの力はない。

 そう思い、踵を返す。

 それから寝室に向かうと、一通の封筒が置かれていた。

 差出人は……書かれていないな。

 一体、誰だろうか。

 至って普通の、どこにでも売っていそうな茶封筒は、しかし想像以上に丈夫でどっしりと重みがある。

 この部屋はあの一件以降に改めてアシリアに使用して良いと言われた空き部屋で、狭いが俺専用の部屋となっている。基本、俺以外は入らないし、クラウンの事件があって以降、皆警戒心を高め、あまり他人の部屋に勝手に入るのは良くないという空気感になった。

 その結果、清掃なんかも入らないようになった。

 まぁ、自分たちですればいいしな。

 子供達の部屋は流石に、清掃が入るが……。

 そういう雰囲気の中、それでも勝手に誰かが入ったと言うことはよっぽど重要ということだろう。

 きっちりと閉ざされた封を開け、中身を確認した。


「……なるほど」


 内容はざっくりと言えばこうだ。

 まず差出人だが、エルだった。

 Sランク冒険者でありながら、聖教国とも深い繋がりを持つ。

 ということは、この部屋にこれを置いたのは同じく聖教国と深い繋がりを持つ、アシリアだろうな。彼女であれば、孤児院内のどの部屋であれどすんなりと入れる。


「えーと、どれどれ」


 要件は依頼で、エルと一緒にある街の調査をして欲しいとのこと。

 なんでもその街に魔族が潜伏していた可能性があるそうだ。

 最悪の場合、数名の魔族とやり合う可能性もあるそうだが、その可能性は極めて低いと考えられてるらしい。と言うのも、クラウンの一連の無差殺人が実行される直前、不自然に姿を消した人が数名いたらしいが、これが不思議で消えた原因が全くと言って良いほど見当がつかないようだ。金銭面で困っていたわけでもない、トラブルがあったという話も聞かない。それなのに夜逃げでもするかのように消えた人たち。

 その数は合計二十名。

 かなりの人数と言える。

 初めは誘拐や殺人などの事件に巻き込まれた線で捜査を進めようとしていたらしいが、タイミングがどうにも怪しく、また調べれば調べるほど怪しい点が浮かび上がってきたそうだ。

 街も聖地からさほど遠くなく、クラウンが隠れ蓑にするにも打ってつけの街ではある。もし聖教国の読み通りクラウンやアレンを匿っていたのであれば、失踪する理由にはなるだろう。ひょっとするとまだいるかもしれない。

 まぁ、俺個人の見解としてはあのクラウンがそんな尻尾を掴ませるような真似をするとは思えないし、掴めたとして、それはそれで罠のような気がして怖い。


 とまぁ、そんなわけで、最悪の可能性を考慮し、実力のある人たちが調査に赴くことに決まった。


 ちなみに、今回の一件、聖騎士は頼れない。

 聖騎士が出向かない理由は主に二つ。

 可能性は低いが仮に魔族がいた際は聖騎士が来ることで警戒を強めるかもしれない。とは言え、魔族が相手となるとある程度名の知れた実力のある聖騎士が求められる。


 二つ目は単純に人手不足。こっちがメインの理由とも言える。

 聖地の守りを固めながらアレンの捜索するのは容易ではない。アレンの追跡に至っては今、聖騎士が血眼になりながらしているところだろう。聖教国はその思想や立場上、何が何でも聖剣を取り戻さなくてはならない。

 それに、元々多くの聖騎士がアレン捜索のため、聖教国内に広く散らばってしまっている。

 今、聖騎士団は情報が錯綜し、半ば混乱状態にあるらしい。

 そんな中、動かせる強者。

 学院長は学生の置かれた状況を考慮すれば動きにくいだろうし、彼女が聖教国の上層部と何らかの繋がりがあると考えるのはそんなにおかしな話じゃない。


 そんな中で白羽の矢が立ったのが冒険者エルだったわけだ。

 また、エル以外にも二人ほど信頼のおける冒険者をつけてくれるそうだ。

これらの一連の情報を整理し、思う。

 お断りしたい。

 俺じゃなくても良くないか?と言うのが素直な感想だが……。

 だがそんな俺の思考は向こうも推測済みなようで。

 なんと、この依頼を成し遂げた暁にはAランク冒険者にしてくれると書かれていた。

 ゴクリ、と唾を飲む。 


「やるか……」


 魔族と遭遇しない可能性に賭け、俺は依頼を承諾することにした。

 


 二日後。

 指定の場所に着くとすでに馬車が用意してあった。

 俺の護送に使われたような馬車ではなく、至ってシンプルな良く見る馬車だ。今まで乗ってきた馬車が良すぎた分、普通のはずなのだがやや乗り心地が悪く感じた。

 慣れって怖いな。

 馬車に乗り込むと二人ほど俺の知らない人がいた。

 この人たちが例の冒険者か、などと考えているとこちらの考えを察してか、そのうちの一人が口を開いた。


「うっす、どうも。初めましてっすよね! 私、ハルカっていうっす! Aランク冒険者っす!」


「どうも、初めまして」


「うっす、ちなみに武器は槍、あと格闘技もいけるっす」


 オレンジ色の髪のボブカットの女性はそういうと「シュ、シュ!」と言いながら拳を突き出して見せた。


「私はアネッサ、魔術師よ。Aランク。よくエルとハルカと一緒に冒険者として旅してる。あなたは?」


 茶髪のパーマのかかった長髪の女性がアネッサ、と。

 それより、見逃せない発言があったな。


「よく、か。随分と親しいようだが、それはつまり……」


「お、鋭いっすね。そうっす、私らも一応、聖教国側の人間すよ」


 聖教国側の人間……つまり、エルと同様に本来は国に縛られない、自由が売りの冒険者でありながら、聖教国のもとで働き、必要とあらば指示に従うという変わり者の冒険者ということ。

 ここで俺は前々から疑問に思っていたことを質問する。


「なぁ、それってどういう仕組みなんだ?」


「私らは元聖騎士学校の出身なんすよ。でも訳あって中退したり、聖騎士にならなかった人たちの一部がこうして冒険者兼、隠れ聖騎士?みたいなことをやってるんす。あっ、私の場合は学力不振で中退っす!」


 そこまでは聞いてないが、お陰様でやっと謎が解けた。

 彼女らは聖騎士として活躍するだけの力はありながら、聖騎士になれなかった訳あり集団ということらしい。

 ということはアネッサも……、


「私は単純に退屈だったからやめたわ。くれぐれもハルカと一緒にはしないで」


「あっ、それなんか酷くないっすか⁉︎」


「事実でしょ。ちなみに学力は常に上位よ」


 こうして見ているだけで個性的な面々だと分かる。

 確かに聖騎士に向いているかと言えば、お世辞にもイエスとは言えない性格をしている。ハルカは脳筋の感じがするし、悪い子ではないが指示を理解していない結果、やらかしそうなタイプだ。アネッサは上官の指示を素直に聞かなさそうだな。

 しかし、Aランク冒険者としての実力はある、と。

 だが二人とも集団行動が苦手。

 とは言え、戦力には違いない。

 エルの方はどういう経緯で冒険者になったのか不昧だが、自分から語らないということはあまり口にはしたくないのかも知れない。

 であるなら俺が聞くのも無粋だろう。

 今回の依頼とは関係ないしな。


「俺の自己紹介がまだだったな。俺は……」


「ロイドさんっすよね。知ってますよ。なんせ、元勇者候補っすからね」


「現在Bランク冒険者、魔杖保持。元は色々な意味で今をときめくアレンのパーティーのメンバー。そこに至るまでの経歴は一切不明」


「自己紹介の必要はなさそうだな」


 師匠の元を飛び出してからのことはほぼ全て把握されているらしい。

 全く、俺の個人情報の取り扱いはどうなっているのやら。


「わ、私はエル……です。Sランク冒険者、です。ああ、改めて、よ、よろしくお願いします」 


「あぁ、よろしく」


 相変わらずのオドオドとした様子でそう自己紹介するエル。

 そんなエルだが、単純にランクで判断するのであればこのパーティーの主戦力とも言える人材だ。

 実際、一度俺はその強さを見ている。どういう理屈か、敵の攻撃を一切通さない鉄壁の肉体は守りだけでなく攻撃でも猛威を振るう。

 近接戦闘特化のSランク冒険者。

 当然、耐えられる威力には限度があるだろうが、そこが知れない強者であることは明白だ。

 こんな性格でこそあるが頼りある存在。


「うっす、じゃ、自己紹介も済んだんで、今回の依頼の詳細を伝えるっすね」


「そういうのってもっと事前にいうもんじゃないのか?」


 封筒が来た日の翌朝、指定の方法で承諾の旨を伝えたのだが、「了解」とだけ返答が来た。

 そういうのは事前に話しておくべきだと思うのだが。


「それはすみませんっす……ただ、ロイドさんが断る可能性もあったんで、一応、さわり程度に留めておいたんす。部外者には、話せないし聞かれたくないこともあるっすから。そういう意味でも移動中って最適なんすよ、って、アネッサが言ってたっす!」


「なるほど……そうだったのか」


「うっす」


 それなら仕方がないだろう。

 移動時間はたっぷりあるし、情報共有には十分だ。

 おおよそ、どう行動するかは聖教国側が考えてくれているだろうし。


「今回調べるのはこの宿屋、『羽休め』って店っす。創業六年と歴史は浅く、それもあって建物は綺麗と評判らしいっすね。従業員は二十名……特徴的なのは全員が若いってことっすかね……二十歳ちょいってとこっす。そしてここで不思議ポイント!」


 ハルカはそう言い、人差し指をビシッと立てた。

 不思議ポイントってなんだ、という疑問は胸にしまいつつ、話に耳を傾ける。


「なんとこの若者たち、全員、それまでの経歴が一切不明なんすよ。親も不明、故郷も不明、宿屋を開業するまでどこかで働いていた形跡もない……どこでどうやって育ったのかが一切分からない……まるでロイドさんみたいっすね!」


「笑えない冗談はやめてくれ……」


 俺も人のことを言えた義理はないが、確かに不自然だ。

 一人か二人、そういう人がいるならまだ偶然で片付けられるが、果たして全員が全員経歴不詳、そんなことがあり得るだろうか?

 どこから湧いて出てきたか分からない二十人の若者に不気味さを感じずにはいられない。


「そして不思議ポイント二つ目! どこかから融資を受けた形跡がない!……すよね?」


 アネッサの方を向き、確認を求める。


「宿屋……それもそれなりに大きなものを建てるとなればそれ相応の金がいる。手段は色々あるけれど、宿の規模から推測するに、融資してもらわなきゃ厳しい額でしょうね」


「そうっす!」


「でもそう言った形跡が一切ない。本人たちだけで資金を用意したみたい。ありると思う? どこかで働いていた経歴も、まだそんなに社会での経験もないであろう若者が、自己資金だけで開業を成し遂げちゃうなんて」


 これが小さい宿屋なり、飲食店であればまだ可能性はあるだろう。

 ただ話を聞いた感じだとそれなりに大きな宿屋だそうだし、自分たちの資産だけで全てなんとかするのは難しいだろう。二十歳ちょいで、開業が六年前ということは、当時はまだ十五かそこらということになる。


「それって開業当時、何も言われなかったのか? その、なんというか怪しい点だらけだろ?」


「もちろん、疑問に思った客もいたそうっす。でも、どんな質問にも当時の彼らはこう返してみたいなんすよ……『信頼できるオーナーが別にいる。だから大丈夫。私らはオーナーに従うのみ』って。融資も、運営も、そのオーナーとやらがやっていると言ってたみたいなんすよね。調べたところ、そのオーナーって人物、本当に実在するのか怪しいレベルでなんの記録もないんすけど」


 二十人の若者と、都市伝説のような未確認オーナー。


「そのオーナーが魔族だと、そう思っているんだな?」


「流石、ロイドさん。理解が早くて助かるっす。まぁ、まだ半々ぐらいの感じらしいっすけどね」


 今の話を聞いていて、怪しい宿屋であるということは分かった。何か、裏がある宿屋なのは明白だ。だが、魔族との関連を紐付けるものがその『失踪のタイミング』以外にない。クラウンが一連の事件を起こしたタイミングと重なるだけ。

 ただただ怪しい、裏でちょっと違法な取引が行われている宿屋の可能性だってある。

 最も、それもそれでかなり不味いんだろうが……。


「そんなに緊張しなくて大丈夫っすよ。私らの仕事はあくまでの調査に踏み入っていいのかの安全確認っす。戦闘になる可能性は高くないし、調査だって、安全だと分かればすぐに他のものも駆けつけるらしいっす」


 高くない……ということは、戦う可能性はある、ということだ。

 緊張しないわけがない。

 探知魔法を使えば気配は分かるが、相手がクラウンである可能性を加味すれば……。


「はぁ……報酬に釣られるんじゃなかったな」


 俺たちが到着する頃にはすでに深夜で人通りも全くと言っていいほどなかった。

 聖地での連続殺人事件の影響だろう。

 結構、それこそ聖教国中で話題になっているみたいだし。 


 宿屋は噂通りまだ新しく、綺麗な五階建ての建物だった。

 聖教国の冒険者ギルドよりうんとデカいし、立派な建物だと断言できる。

 中は薄暗く、扉はしっかりと施錠されていた。

 探知魔法を発動したが人のものと思われる気配は無かった。

 魔族の気配もない。

 宿屋の外からできる確認を終えるとエルは「ごめんなさい」と言いながら、施錠された扉を蹴破った。

 一階はちょっと豪華でお洒落なエントランスとなっており、受付だけではなくソファーやテーブル、装飾用の美術品などが飾ってあった。

 俺は受付まで進み、そっとカウンターの上を人差し指で撫でた。


「埃はある……が」


「汚い!って叫ぶほどじゃないっすね。全体的に見てもそんなに荒れた様子はないっす」


 そんな風に、しっかりと注意しながら館内を見て回ったが、特別不審な点は見当たらなかった。二階以降の客室も変なものは何もなく、ここしばらく人が立ち入った様子もない。床には微量の埃が広く薄く積もっているだけ。

 そのため歩けばうっすらと足跡が残るが、俺たち四人以外の足跡はなかった。


「ただの夜逃げって感じだな」


「でも、経営難だった様子もない。設備も従業員も充実していて、かなり人気だったみたい。状況が状況だから、建物になんら不審な点がないことが逆に不気味に思えてくる」


 アネッサと同感で、聞いていた話に対し、あまりにも不審な点が無さすぎる宿屋には不気味さを感じていた。

 何かを見落としている可能性……。


「そ、その、ここって上だけなんですかね」


 エルはそう言い、下を見つめていた。


「下って……地下室があるってことっすか?」


「そ、それはまだ、分からない……でも」


 確かに、隠れ家として使うなら一般客が入る地上より地下の方が良い。

 

「探知魔法で調べた感じ、少なくとも地下に魔力はないが、調べてみる価値はあるな」


 一度一階へと戻り、四人で手分けして怪しい場所がないか探した。

 手荒ではあるが、怪しい場所や家具は壊すくらいの気持ちで、徹底的に調べ上げる。

 エルの勘は正しく、一階の従業員用のロッカールームの床に地下への入り口が隠されていた。

 床の一部が持ち上げられるようになっており、下へと続く階段が伸びている。

 これを発見したのはハルカで、踏んだ時の音の違いで分かったらしい。

 ちなみに俺もそこは通ったが気が付かなかった。

 聖騎士には向いていないが、それでもハルカを聖教国の指揮下に置いておきたいのは、こういう他の人にはない優れた長所があるからなのだろう。

 地下への階段をエルを先頭に歩いていて、ちょうど最後の段を踏んだ時。

 ガコンと何かが踏まれ、起動した音がした。


 次の瞬間、正面の暗闇から複数の矢が飛来する。

 幸い、人並外れた防御力を持つエルが先行しており、エルだけが矢の当たる位置にいたため全員無事だった。エルに当たった矢は弾かれ、地面に落下していた。

 なんで生身で矢を弾いてるのだろうか。

 服装は至って普通、より薄そうだし。

 俺は転がる矢を一本拾い上げ、あることに気がつく。


「っ! これは……」


「毒、ね。多分だけど」


 俺も毒物に詳しいわけではないので断言はできないが状況から見て、矢先に塗られている何かは毒と見て間違いないだろう。

 魔力を使わない古典的なトラップは、探知魔法に引っかからない。魔力がないため、感じ取ることができないのだ。

 火力は魔道具に劣るが、人を殺めるだけの威力はある。

 下手に魔力を放つものを地下に置けば、地下室の存在に気が付かれるかもしれないため、このトラップはこの状況では極めて合理的だと言える。

 矢が飛来してきた正面に続く長い廊下を眺める。

 矢は廊下の先から飛んできた。

 わざわざ長い廊下の先から。


 ――違和感。

 

「わわ、私が先頭に行きます。私の防御力なら、この程度の矢で、傷、つきませんから」


「いや、待ってくれ」


 俺は先頭を歩こうとするエルを手で静止する。

 エルの防御力を心配したわけじゃない。

 本能が警鐘を鳴らしている。

 この感覚……まさか。


「やはりクラウン……なのか」  


「クラウンって、あの聖騎士団長とやり合ったという、あのクラウンっすか!」


「クラウンがここと何か関係があるの?」


 そうアネッサに問われ、返答に困る。

 これはあくまでも俺の勘でしかない。


「いや、ただ……根拠はないが、彼女の気配がするんだ」


「えっ、探知魔法で気配はないって言ってたじゃないっすか⁉︎」


「そういう気配じゃなくてだな……」


 アネッサも大きなため息をついているが、ということは俺の言いたいことを正しく解釈してくれたと見ていいだろう。


「ロイドはここのオーナーがクラウンじゃないかって思ってるってことでしょ。それこそ、根拠なんてない、勘でしかないけど」


「あ、そういうことっすか!」


 もし仮に、ここのオーナーがクラウンだとすればこの地下室はダンジョン並みに警戒して進まなくればならない。下手したら、ダンジョン以上危険だ。ダンジョンとは違い、こっちの意図を予想し、意表を突いた攻撃を仕掛けてくる。明確な悪意と殺意を持って、こちらを殺しに掛かってくる。


「俺が先に行く」


 クラウンと合間見えて以降、俺はクラウンという魔族について考え続けた。

 クラウンならどう考え、どう動くか。

 思考の癖を読み解いていく。

 地下を降りてすぐにあった毒矢の即死トラップ。

 これを回避するということはかなりの手練れと判断できる。

 毒矢の即死トラップのこともあり、警戒心はより高まっていることだろう。

 床、壁……まず警戒する。

 そしてトラップとして魔道具は使用できない。

 となると、一番注意が薄く、かつ古典的なトラップを仕掛けやすいのは……


「天井……」


 天井を目を凝らし、注視していると一部だけ妙な箇所があった。

 ここだけ一部、天井の色が違う。

 何らかのトラップ……なんて、甘いことは彼女はしてこない。

 クラウンであれば僅かなヒントも残さないだろう。

 つまりこれはフェイク。

 そしてわざわざ長い廊下の先から放った理由。


「後ろか」


 俺の背後には今、ちょうど降ってきた階段がある。

 先ほど、毒矢のトラップがあった階段だ。


「アネッサ、土属性魔法で壁を後ろに作ってくれ」


「えっ、えぇ、了解」


 アネッサは詠唱し、土属性魔法で壁を作り出す。

 厚さ二十センチの土の壁が俺たちの退路をたった。


「ねぇ、これに何の意味が」


 アネッサが問いかけたその時、背後で何かが数発、土の壁に刺さる音が聞こえてきた。


「うわっ、なんすか⁉︎」


「おそらくさっきと同じ毒矢だ。一発目の毒矢が放たれてから数秒後に放たれる仕組みになっていたんだろう」


 階段を降りた先の廊下が真っ直ぐで長いのは、そんな廊下を警戒し、ゆっくり進む俺たちを背後から射抜くため。

 わざわざ、廊下の横の壁ではなく距離のある正面から飛ばしたのは、そちらに注意を向けさせ、背後から気を逸らすため。一度自分たちが通り、その上トラップが作動した場所から、攻撃が仕掛けられるという可能性を無意識に排除させるため、と言ったところか。

 トラップの引き金はさっきのど毒矢のトラップと同じ。時間差で起動するように回路を組んでいたな。


「あ、あの、なら多分私何とかなりますよ。そのあの程度の威力なら、かすり傷さえ付きませんし、きょ、今日は特別お腹空いてるので」


「そ、そうか?」


 お腹が空いていることと何の関係があるのかは不明だが、確かにエルの防御なら、これらの攻撃は問題なさそうだ。

 やはり古典的なトラップである分、どうしても上級魔法のような火力は出ない。

 それでも不安……


「私、その……今なら、じょ、上級魔法でも全然余裕なので」


 やはり、不安はなさそうだ。


 それ以降も古典的なトラップが続いたがエルの防御力を上回ることはなかった。

 中には棘のついた高重量の鉄球が振り子となって襲いかかってくるなんていう、それ相応の威力のトラップもあったが、それさもエルを傷つけることはできない。

 地下五階が最下層らしく、ここには何のトラップもなかった。

 そして厳重に鍵の掛かった部屋に到達した。

 その扉を蹴破ろうとするのを俺は慌てて止めた。


「ここのオーナーがクラウンじゃないにしろ、相当、警戒心の強い人物なのは間違いない。だから、扉は使わない。アネッサ」


「了解。ホールパンチ」

 

 扉の横の壁に人一人入れるような綺麗な円形の穴が開く。

 部屋の中心にはテーブルがあり、壁には大量の本が敷き詰められている。

 テーブルには聖地の地図が広げられ、幾つもの書き込みがしてあった。

 細かく、丁寧に。


「これ、扉が開くとトラップが作動するようになってる……開けたら不味かったかも」


 トラップの内容は開けてみるまで不明で、当然開ける気は全くもないが、この部屋ごと木っ端微塵にするようなトラップだろう。


「うわぁ、この地図、膨大な量の書き込みがしてあるっすよ……見てるだけで頭が痛くなりそうっす」


 聖騎士の巡回経路、人気の少ない路地、逃走経路などが書き込まれている。

 やはり、ここにいたのはクラウンで間違いない。

 また、地図に貼られた付箋を読んでいくと、聖騎士や聖職者も、その場その場でランダムに殺されたわけではないと言う事が分かった。予め、手下を使い暗殺対象の行動パターンを把握しており、不測の事態に備え暗殺対象を第三候補くらいまでは考えていたらしい。

 学生に関しては、彼らの警戒が薄い昼間に拉致した上で夜に殺していたことが判明した。

 今にして思えば、連続殺人の起こる夜の聖地を学生が歩いていたのはおかしい。


 ここにある資料を読み解けば、クラウンの例の事件での動きが鮮明に分かる。

 だが、クラウンのその後の動向や他の魔族とのやり取りなど、俺たちが最も欲している情報は一切、見つからなかった。

 ここまでトラップを仕掛けておきながら、重要な情報は全て消し去っている。


「でも、新たにわかった事もある。クラウン……いえ、魔族が人間を手下として扱っているのは間違いない」


「あぁ……そういえば、確かここの従業員はこれまでの経歴が一切不明なんだよな」


「えぇ」


「それって、ひょっとして魔族に育てられた人間って可能性はないか? 時間はかかるが時間をかけてゆっくりと、確実に洗脳していけば……」


「絶対に言うことを聞く、それでいて絶対にバレない手駒が作れるってわけね。想像したくないけど」


 有益な情報であることには違いないが、聖地……いや、三大国に混乱を招きかねない、取り扱いが難しい情報でもある。

 どこに魔族に育てられた人間が隠れているか分からないと言うのは恐怖だろう。

 

「まぁ、よく分かんないっすけど、私らの仕事は終えたんで一度出ないっすか? 私らだけで調べるのは骨が折れそうっすよ、これ」


「それもそうだな」


 それから気をつけて地下を後にし、後は専門の調査員に任せることにした。

 トラップは一度きり師か作動しないようだし、彼らは戦う術は持っていないが問題はないだろう。

 馬車に乗り込む頃にはすっかり日は登ってしまっていた。


「いやー、疲れたっすね」


「えぇ、ずっと集中してたから、想像以上に疲れた」


「そ、そう、ですね」


 そう言い共感を示すエルは、その言葉とは裏腹に疲れている様子はない。

 全くと言っていいほど、疲労が見えない。

 強いていえば、かなりお腹が減っていそうだ。先ほどから何度かお腹の鳴る音が聞こえてくる。わざわざ誰かを特定はしないが、まぁ、十中八九エルだろう。


「俺も疲れた……」


 帰ったら、シャワーを浴びてさっさと寝よう。

 

 


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