白魔導師、殺されかける
風邪を引いていました(言い訳です)。
投稿遅れてすみません。
◇
魔王軍四天王……万化の道化師との一件から、三日ほど経過した。
ユイは目を覚ましたものの、やはり冒険者として活動するにはまだ難しい状態だった。
心身共にかなりやられているらしく、普段は元気いっぱいで、明るくて、落ち着きがなくて、騒がしいユイだが……。
今回はアシリアに言うことを素直に聞き、安静にしていた。
また、これは俺の感想だが、ベッドから上半身を起こし、窓の外を眺める姿はどこか元気無さげに見えた。
起きてからずっと口数も少なく、ずっと窓の外の景色をぼんやりと眺めている。
脳に異常が及んでいなことはアシリアの魔法でも確認済みだが、心配にならずにはいられない。
心配し、話しかけたものの、しばらく一人にして欲しいとのことだったので、俺は孤児院内のユイとは別の部屋のソファーに腰掛けていた。
そして今、目の前には暗い表情のリョウエンが座っている。
「すまなかったの。妾がもっと早く、敵側の意図に気がついておれば」
「いや、改めて今回の騒動を振り返ってみたが、それはおそらく不可能だ。俺が気がつけたのだって偶然だったし、今回は……認め難いが、クラウンが数枚上手だった」
クラウンのは犯行はかなり緻密に練られたものだった。
容姿、服装、話し方……そこから連想される性格からはとても考えられないほどの策略家で、何重にも策が張り巡らされていた。武具の扱いも、これは素人の感想でしかないがどれも洗練されていて、その上でしっかり自分にあった形へと落とし込まれた見事なものだった気がする。
才能もあるだろうが、そこに至るまでの努力も並々ならなかったはず。
それに俺にはクラウンという魔族が、どこか人間臭く見えた。
ひょっとするとそこに攻略の糸口があるかもしれない。
人は見かけによらず、か。
「にしても、マーリンの弟子……おそらく現代じゃ最高の白魔導師のサポートを受けても敗北するとは」
俺が一人、クラウンという魔族の考察に耽っている間、リョウエンもまた何か考え込んでいる様子だった。
「何か言ったか?」
「いや、独り言じゃ。気にするでない」
「そうか?」
そう言えば……、
俺はふと思い出したことをリョウエンに問いかけてみる。
「聖騎士団長は戦いの最中、クラウンの言葉にかなり揺らいでいるように見えた。あれは一体……」
「あぁ……それかの。ロイドは聖騎士団長のいくつか上の代に、史上最強の学生と言われる者がおったのは知っておるか?」
「そう言えば、そんなことを言っていたな」
クラウンが揺さぶりをかける際、言っていた言葉を思い返す。
本来、聖騎士団長の座に着くはずだった人間……俺からすればリヒトも十分、ほんの一握りの強者側の人間だったが。
圧倒的強者のリヒトさえもが一目置き、そして羨むほどの人物。
「どんな人だったんだ?」
「そうじゃのぉ。有名な話じゃと聖騎士学校に在学中に、実技の演習で当時の聖騎士団のナンバー2、副団長を圧倒したという話がある。本来、聖騎士の凄さを実感してもらう趣旨の授業だったそうじゃが、まぁ、当時は随分と大荒れしたと記録に残っておる」
ちなみにその一件以降、その授業は消えたそうだ。
「その人は今何を……」
そんなすごい人物だ。
聖騎士団長にならなかったとしても、何かしらの分野で活躍し、有名になっていてもおかしくはない。
「行方不明……あるいは、死んだと言われておる」
リョウエンがそう言い出すまでには若干の間があった。
随分と慎重に言葉を選んでいたようだが、出てきた言葉は簡潔だった。
「そんな強い人がか?」
「名前はリリィ。伝説と称されるSランク冒険者の一人で、剣聖と呼ばれた女剣士じゃ」
「剣聖……」
イシュタルでそんな肩書きを持つ人の存在を聞いたことがある。
確かクルムのところを訪ねた時だ。
剣聖、剣鬼……それらの異名から剣の腕が非常に優れた人物だということが窺える。
「大賢者と同格に扱われる冒険者……最も、妾はそうだとは思わんがな。大賢者の方が断然、格上に決まっておろう!」
何故か熱くなり、力説するリョウエン。
とりあえず、それが落ち着くまで聞き流し、適当に相槌をしておく。
「そうじゃ、話があってここにきたんじゃ。ロイドよ、ユイが元気になるまで、どうするつもりなんじゃ?」
目を覚すまでどうするか……。
特にこれといって考えてはいなかった。
今の俺にできることは限られている。
「今のところ予定は孤児院の子に魔法を教えるくらい……だな。あと、何かしら手伝いをしようかと」
他の子達も気にかけておくことで、少しでも不安を減らせれば。
アシリアの力になれれば。
きっとユイならそう動いたんじゃないかと思うから、ユイが動けるようになるまでの間はそう動こうと考えていた。
「なら、時間はあるんじゃろ? ちょっと妾の依頼を受ける気はないか?」
思ってもみないリョウエンの提案。
俺自身の気晴らしのために受けてみるのもありかもしれない。
「依頼次第だな」
「妾と一緒に、城に来て欲しい」
予想の斜め上をいくリョウエンの言葉を聞き、一瞬思考が停止する。
城……と言えばあそこしかないよな。
「城? 別に構わないが……それは俺じゃなきゃダメか?」
もっと俺の身の丈に見合った内容が、それこそ気晴らしできるような軽い内容がいいんだが……。
「他に用もないんじゃろ?」
「それはそうなんだが……」
「なぁ、主は今回の一件で自分の無力さを痛感しておるんじゃろ?」
「あぁ……別に今回に限った話じゃないが」
今回は特別、自分の非力さを痛感させられたのは否定できない。
「なら、尚更ついて来るといいと思うぞ? ひょっとすると新たな力が手に入るかもしれん」
「新たな力?」
何故、聖教国の城に行くことと、俺が新たな力を手に入れることが関係あるのか、イマイチ繋がりが感じられないが、リョウエンは何をするつもりなのだろう。
問い詰めようかとも悩んだが、リョウエンを見れば答える気がないことは明白だった。説明する気があるならとっくにしてるだろう。
聞くだけ無駄だと悟る。
「分かった。それで、日時は?」
「明日の昼過ぎ。この孤児院による。絶対に魔杖以外にも杖を持って来るんじゃぞ?」
「あ、あぁ……分かった」
今のでリョウエンの目的はなんとなく察した。
魔杖の研究こそ、リョウエンの狙いだろう。
十中八九、俺はこの魔杖の力を最大限引き出せていないことが、今回の一戦でなんとなく分かった。言葉で説明することは難しいが、確かにそう感じた。
間違いない。
同時に、それじゃ何故、百パーセント力を引き出せていないような奴を持ち主に選んだのかという疑問が浮かんだが……。
「新しい力、か」
それからしばらく、魔杖の力について考えていた。
俺は魔杖の力は『借り物』であり、この力に頼るのはどうかと思っている節がある。
だが、それでも。
それが借り物であろうと、今の俺には力が必要だ。
ユイの横で戦えるだけの力が。
「どうしたんですか? 難しい顔をしていますが……」
「あ、あぁ……悪い」
ユリハに教えている最中だったな。
今、考えるべきことではないと反省する。
「アシリアお姉ちゃんも時折、そんな表情をしてます……そういう時は大抵、他人のことで悩んでいる時です」
ユリハの子供らしからぬ発言に一瞬驚きはしたものの、うっすらと過去の自分が重なった。
俺も子供の頃、師匠……マーリンが時折見せる悲しげで、寂しげな顔を見ては、何かを後悔し続けていることくらいは察していた。そして安易に踏み込んではいけないことも。
意外と子供というのは俺たち以上に人の顔色を窺い、察する能力に長けているのかもしれない。
経験や知識ではなく、本能的な部分で他人の感情を感じているのかもしれないな。
「勘が良いんだな」
「勘の良い餓鬼は嫌いですか?」
子供らしくない……そう思いはするが嫌いかと言えばそんなことは全くない。
いや、大前提として俺の思う子供らしさをユリハにぶつける事自体が間違いなのかもしれないな。
「いいんじゃないか? 将来が楽しみだ」
「それじゃ、そんな勘の良い餓鬼からの助言です。ロイドさんは将来、きっと優れた白魔導師になります。勿論、私はその上を行きますが」
そう言うとユリハは自慢げな顔で回復魔法、ヒールを発動して見せた。
この短期間で、見事に最初の目標である回復魔法の習得を成し遂げたユリハ。
アシリアの一件から孤児院の子供達の間には不安が広がっていった。当然だ。昨日まで一緒にいたはずの親代わりとも言えるビクターが殺され、アシリアまで誘拐されかけた。
ほとんどの子供達が未だ元の生活には戻れずにいる。
そんな中でも、ユリハは回復魔法の練習をやめなかった。
ユリハだって不安だろうし、思うところはあるだろう。それでも今の自分にできることを続ける。それこそがきっとこの先の、未来を好転させる道だと信じて。
まさか、自分より遥かに年下の子供にこんな大切なものを教わることになるとはな。
「本当に、将来が楽しみだ」
翌日。
リョウエンと合流し聖城に着くと、すんなりと内部への侵入が許された。
身分確認さえされる事はなく、門を素通りした俺とリョウエンは聖城の長い廊下をゆっくりとした足取りで進んだ。
それから少しして別の塔への連絡通路の前で足を止める。
そこには白衣を着たメガネの、ソワソワした女性が待っていた。
連絡通路の入り口のは『研究塔』と書かれている。
「リョウエン様……その方は!」
「幸い、とは言えん状況じゃが、ロイドの予定が空いた今のうちに、魔杖の研究を行おうと思っての。事前に通告はしとったじゃろ?」
「はい。すでに魔杖の研究を心待ちにした研究者の方々がお待ちしております。研究棟までご案内いたしますね」
「研究棟か」
よくよく考えれば何故、城の中に研究のための塔があるのだろうか。
気になったため、メガネの女性にといかけてみる。
「はい。この聖教国でも重要な書物や研究データが保管されていたり、外には出せないような研究が行われています」
「外には出せないって……」
「ロイドよ、案ずるでない。それだけ重要というわけであって、決して非人道的故だとか、そういう話ではない……と思う」
「確信はないのかよ」
「まぁ、研究者には変わり者も多いんでのぉ、断言はちょっと……それにこうして聖城本体と離されているのも、研究棟の爆発事故なんかを危惧しての事らしいしのぉ」
リョウエンの目が泳いでいる。
さてはリョウエンも例外ではなく、何かやましい研究をしているな。
「リョウエン様、誤解を招くような言い方はお控えください。外に出せない、と言うのは何も研究データ的なものだけではなく、国家機密に値するような記録や歴史的資料、また魔族の情報なども含まれます。それに過去に一度も塔が爆発した事はありません」
「そうなのか」
それなら安心……
「はい。起こったことと言えば実験中の発火による塔の半焼、塔内部の水没、床が数枚ぶっ壊れて吹き抜けになったことくらいです」
なるほど。聖城本体と距離を取り研究棟を作った設計者、あるいは発案者の考えは正解だったと言うわけだ。こんな危険な塔が身近にあっては夜も眠れない。
「妾が言うのもなんじゃが、こんなところに魔杖を大丈夫なんじゃろうか」
チラリと不安そうな顔でリョウエンがこちらを見るがその心配はない。
魔杖は壊れることがない。この研究棟と違って。
それに、
「魔杖はたまたま、偶然、運よく、いや、運悪く俺が握れてしまったってだけで、俺だけのものだとは思ってないからな。存分に研究してくれて構わない」
それを聞いたメガネの女性の顔がパーっと明るくなく。
そしてそれは次第に不気味で狂気じみた笑いに変わっていった。
よし、見なかったことにしよう。
魔杖のために用意された研究室に入ると十数人の研究者に出迎えられた。
だが、魔杖を指定の位置に置くともう俺は用済みになったらしく、すぐに相手にされなくなった。
当然だし、分かってはいたことだが、俺の価値は魔杖に大きく劣るという事実にちょっと虚しさを感じた。
呆然と立ち尽くす俺にリョウエンがそっと耳打ちする。
「研究者どもは魔杖に釘付け。さらに、研究棟内の警備はロイドを脅威とは見ておらん」
「そうみたいだな……」
「隠蔽魔法で気配を消し、この地下にある研究データが保管された書庫に侵入して欲しい」
ここに来て、予定にはない話がリョウエンの口から飛び出した。
「そんなことをして俺に何のメリットがある?」
「手っ取り早く強くなれる」
「うっ」
それは今、まさしく俺が欲しているものだった。
今までの俺なら、それでもここで止まっただろう。
しかし、そんなことを言っていては……ユイの力になれない。
成長するためなら、俺は、
「って、意気込んできたはいいが……」
目の前には、おそらく俺が学院で寝泊まりそた寮の扉より遥かに頑丈そうな扉があった。
これはユイでも破壊するのは難しいだろう。
一体、リョウエンは俺のことをどう思っていて、この鉄壁の扉をどうしろと言うのか。
下手に触れるのも不味そうなくらい厳重な扉を前に数分の間立ち尽くしていると、背後から足音が聞こえてきた。
まずい、と思い振り返る。
するとそこには見知った人物の姿があった。
「アシリア……」
「ここに用がおありなのでしょう? 実は私も何です。良ければ、ご一緒しませんか?」
「いいのか?」
「本来はごく一部の限られた人しか自由に立ち入りはできませんが……ロイドさんであれば、問題ないかと思います」
であれば、初めからこんな周りくどいことをしなくてもよかったんじゃないか?
いや、今の話から俺が特別に許された……と受け取るべきか。
深く考えても答えは出なさそうだし、今の俺にとっては都合が良い展開だ。
事情はどうであれ、この状況をうまく活用させて貰おう。
外装からしてもそうだったが地下の書庫は書庫というよりは、巨大な金庫という印象を受けた。本当に保管が目的に造られた構造物といった感じで、壁も本棚も白い無機質なものとなっている。
「聖教国にもこういう建物があるんだな」
「聖教国の建物は意匠を凝らしたものが多いですからね。ガッカリしましたか?」
「ガッカリはしてない。ただ、ちょっと驚きはしたな」
俺がみてきた聖教国からはちょっと想像がつかないほど無機質な空間。
「一般には解放されていない場所ですので、それにここはマキナの管轄……」
「マキナ?」
「いえ、なんでもないです。忘れてください。それで、ロイド様の目的は?」
「今回の一件で、無力さを痛感した。だから、もっと色んな技術を身につけたい」
本棚を漁りながら、そう言葉を返す。
「ロイド様に魔法を教えた方は誰なのですか?」
「別に、そんな大層な人じゃないぞ。誰も寄りつかないような山奥の家で、毎日酒を飲んだくれて、碌でもない魔法の研究に明け暮れている、生活力皆無のダメ女だ」
「そ、それは……えーと」
「気を使ってポジティブな言葉を探さなくていい」
俺が言ったことは全て事実であり、ダメ人間であることは変えようがない。
悪いところばかりでないのも確かだが、それでも総合すればダメ人間という言葉に落ちつく。
「そう言うわけでは……ちなみにお名前は?」
「マーリン」
「え⁉︎」
想像以上のオーバーリアクションに、俺も少し驚いた。
「どうかしたか?」
「い、いえ……なんでもありません」
おおよそ、あの有名な大賢者と同名だから驚いてしまったのだろう。それは勘違いだと訂正しようかとも悩んだか、向こうも分かるだろう。
大賢者の弟子にしては、俺は弱すぎる。
「すみません。私の用事は済んだのでもう行きますが、ロイド様はここにいて大丈夫ですよ」
「そうか? それは助かるが」
なんだろう。
先ほど師匠の話を聞いてから、アシリアはどことなく忙しないというか、落ち着きがない気がする。
本人に聞くと、「そうですか?」とはぐらかされるが、様子がおかしいのは明らかだ。
俺の中で勝手にアシリアは優しい人だと思っていたが、少し変な優しい人とへ認識が改まる。
アシリアが書庫を出て、しんと静まり返る。
「集中させてもらうか」
ちょっと変なアシリアのお陰で、ここの出入りが可能になった今、焦って読み漁る必要はない。
ユイの完全回復にはまだ時間がかかるし、リョウエンたちはきっと時間の許す限り、研究を続けるだろう。
数冊、新たに本を手に取り、パイプ椅子に腰掛ける。
もっと、もっと、魔法を鍛錬しないと。
「ユイたちの横で戦い続けるために」
白魔導師の基本は回復と補助。
俺の場合はそこに加え火属性魔法への適性があるが、職業ゆえか火力は期待できない。さらに俺は火属性魔法を攻撃魔法ではなく補助魔法へと昇華させる手法はもう使ってしまっている。
伸び代が少ないと思われる火属性魔法のことは一度忘れるのが英断だろう。
本をいくつも読み漁ってみたところ、回復魔法についての知識はかなり頭に叩き込むことはできた。
しかし、あまり画期的な新たな回復魔法は無かったし、得た知識を利用できるかは別の話。
収穫はイマイチ、と言ったところだった。
想像より収穫がなかったことに肩を落としながら本を本棚に戻していて、ある古く分厚い一冊の本に目が留まった。
こんなに厳重かつ、丁寧に取り扱われているのに、この一冊だけ不自然なほどに古びており、手に取るとずっしりと重い。
表紙も掠れており、ほとんどの文字は読めなかった。
読めたのは聖典という文字だけ。
あまり魔法とは無縁そうな本だが、なんとなく気になったためとりあえず読んでみることにした。
と言っても、目次を見て気になったところだけをざっと流し読みする程度だが。
「えーと、なになに……天使の力を降ろす魔法?」
いかにも聖教国と言う感じの俺の知らない魔法だ。
少し気になる。
俺は早速そのページを開いた。
………………
…………
……
「ロイド様⁉︎」
アシリアの声が聞こえ、俺は本から目を離した。
「あー、アシリア。どうかしたのか? 急用があるんじゃ……」
「いえ、そうなのですが、あれからもう1日は経ってますよ!」
「えっ、そうなのか? そんなに時間が経ってたのか」
「……すごい集中力ですね」
「この本、ちょっと内容が難解で、噛み砕きながら読むのに苦戦して」
「古そうな本ですが……って、あっ!」
俺の持っている古い本を見て、アシリアは目を丸くしていた。
アシリアも職業的に、魔法への適性は俺に近い。
ひょっとしてアシリアも読みたいのだろうか?
「その本、どこに!」
「ん? 普通に本棚にあったぞ」
「まさか、そんな……」
「えーと、読んじゃ不味かったか?」
「いえ、そんなことはないかと思います。ただ、その本、本来はここにあるべき本じゃないので」
「ここにあるべき本じゃないって……」
それはまるでここ以上に厳重に管理できる場所があると言わんばかりの言葉だった。
この古い本は俺が想像している以上に価値のあるものなのかもしれない。
事実、難解だが俺が知り得ない、有益な知識が多々あった。
「やっぱり、読んじゃまずい……」
「あぁ、いえ、なんでもなです!」
引っかかる言い方だ。
逆にここに収納するほどの価値はない、と言う意味だったのだろうか。
であればしばらくお借りさせていただきたい。
「あの、アシリア……」
集中か切れた途端、一気に睡魔と疲労感が襲ってきた。
「ロイド様!」
俺がふらついたのを見逃さず、アシリアは慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。ちょっと眠気が……」
「当然です。もう1日以上寝てないんですから」
「師匠に、眠らなくても動ける魔法、教わっておくべきだったか……」
「便利な魔法ですが、大陸中で普及すると先が恐ろしい魔法ですね」
「疲労感はたまるからな」
「であれば覚えないことをお勧めします。生きる上で睡眠が欠かせないから、睡魔があるんです。それを魔法で打ち消すのは極めて不健康ですよ」
「はは……その言葉、師匠にも言ってやってくれ」
「はぁ……上に、研究者たちの仮眠室があります。孤児院までは距離がありますので、そこで寝ることを強くお勧めします」
「そうさせてもらう」
本当はあの魔法を使えるようになるため、今すぐにでも実践してみたいところだが、流石に限界だ。
アシリアに勧められた通り、俺は仮眠室に向かい、しばらく休むことにした。
◇
「おーい」
重たいまぶたをゆっくりと開くと、眼前にはリョウエンの顔があった。
「リョウエン?」
「よく寝とったようじゃな。睡眠を忘れ図書館に篭っとったとのことじゃが、面白い魔法でも見つかったのか?」
「あぁ、天使の力を降ろす魔法ってやつだが」
「天使の力を降ろす魔法? うーむ、妾も聞いたことがない魔法じゃな。ロイドが知らん、ということはマーリンも知らない? いや、まさか、そんな魔法が存在するのか……」
リョウエンでも聞いたことがない魔法……となるとやはり、あの本はかなり希少なものだったのではないだろうか?
需要は間違いなくある。
それなのに供給がない、と言うことはあえて秘匿されている魔法の可能性はある。
「いかにも聖教国という魔法じゃな……その効力は?」
「強化魔法の一種……だと思う。効力は、聖剣に近いかも知れない」
「聖剣じゃと⁉︎」
「あぁ、おそらくは聖剣をモチーフにした魔法だと思うが……」
「思うが?」
可能性はもう一つある。
だが、その可能性が成り立つとすると、ある話と矛盾するとまでは言わないが、おかしな点が出てきてしまう。
「鶏が先か、卵が先か」
「ん? なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
何せ、どちらにしろ、俺にはどうだっていいのだから。
それより、
「どうしてリョウエンはここに?」
「あぁ、実は魔杖の研究が行き詰まってしまっていての。魔杖の異常な硬度や、拒絶反応に関する研究はぼちぼち進んでおるのじゃが、この魔杖固有の力なんかはロイドがおらんことにはどうにも発動せぬようなのじゃ」
「俺も行けばいいのか?」
「うむ。急ぎ来るのじゃ」
「分かった」
ぐっすり眠れたおかげか、体が軽いし、頭もすっきりとしている。
新たな魔法……特に先ほどの聖典に書かれた魔法を習得を今すぐにでも試みたいところだが、そうは言っていられなさそうだ。
リョウエンに連れられ、研究室へと向かう。
「聖剣の力には魔力の無限供給、結界魔法によるバリア、そして複数属性の魔法効果の付与などが挙げられる。妾たちはこの魔杖にもそれと同程度の力があると考察しておる」
「今のところ、魔法が使いやすいことと、頑丈なこと以外取り柄がないからな。同じダンジョン産のアイテムにしてはかなり見劣りするし、攻略するでの苦労に見合ってない」
「扱い手が悪いからかのぉ」
「そうかもしれない」
「い、いや、冗談じゃから、そんな納得せんでくれ」
そんなこんなで、魔杖を手に取った俺は他の研究員たちと共に別の部屋に移動させられた。
一体、どうやってこの杖に秘められた力を覚醒させるつもりなのだろうか。
便利な魔道具があるんだなぁなんて呑気なことを思いながら部屋の扉を開けた。
その先には広めの空間が広がっていた。
ただ、それだけだった。
魔道具の類どころか、家具一つない。
何もかもが綺麗さっぱり片付けられた空間。
今、この部屋にあるものは、それこそ微細な埃くらいだ。
「えーと、こ、これは?」
「潜在的な才能は機器的状況でこそ開花する、そう妾は考えておる」
「は、はぁ……」
それには同意するが、今その話が何の関係があるのだろう。
ん? 待て……
リョウエン、その手に持っているのは杖じゃないか?
嫌な予感がする。
「と、いうわけで、ロイドには機器的状況に陥ってもらう」
「いやいやいや、ちょっと待て」
「いや、待たん!」
リョウエンが杖を構え、詠唱を始める。
「メガフレア」
巨大な火球が俺目掛け発射される。
当たったら大火傷……いや、下手すれば死ぬ。
嘘だろ……と思ったが、リョウエンは本気らしい。
「くそ、殺すきか!」
俺にまともな防御手段はない。
天使の力を降ろす魔法。これもまだ未完成。
まだこれが剣や弓などの物理攻撃であれば、多分、めちゃくちゃ頑張れば魔杖で弾けないこともないが、巨大な火の球を魔杖で防ぎ切ることはできない。
となると回避一択だが、そこまではリョウエンの想定内。
Aランク冒険者としての実力もあるんだったな……これは不味い。
すぐさま次の魔法が俺目掛け飛来する。
俺は自身に身体強化と、念の為の防御力上昇をかけ、部屋の中を逃げ回った。
そんな俺に対し、リョウエンはあろうことか、他の研究員たちにも俺の狙うよう指示してきた。
するとどうだろう。
彼らは一切の迷いなく、躊躇なく俺へと一斉放火を始めた。
正気じゃないな、ここの研究員。
「はぁ……はぁ……こっちの、体力が、持たない」
こうなった以上、魔杖の秘められた力とやらを引き出すしかない。
だが、そんなもの俺は知らないぞ。
「仕方ない……魔杖に貯めていた魔力をありったけ使って、リョウエンを倒すしか!」
そんなことが出来るかは分からないが、こっちも本気で、持ちうる技術の中で戦うしかない。
向こうは俺が攻撃を仕掛けてくるとは考えていないようだ。
自分たちが殺すきでかかっているのに、俺が一切手を出さない、と?
甘い。
魔杖との間で魔力の取り出しをしようとした……その時。
魔杖が突如光り輝き、人の形をした何かを形成し始めた。
目の前の現象に理解が追いつかず、俺は回避することもやめ、その場に立ち尽くしてしまう。
そんな俺をリョウエンの放った火球は容赦なく襲う。すでに放ってしまった以上、リョウエンにもどうしようもないのだろう。
慌てた様子のリョウエン。
しかし、その人の形をした何かが盾となり俺への被害は防がれる。
「こ、これは!」
リョウエンが人の形をした何かから俺の方へと向き直る。
「ロイド、その状態を維持せい! すぐに妾らで解析に入る!」
突然、本気で殺しにかかったり、かと思えば解析するから維持しろと言い出したり、色々と思うところはあるが、今は俺自身のためにもグッと堪える。
魔杖の扱いが分かれば、俺は簡単により一層強くなることができる。
俺の実力ではないが、強くなるために手段は選んでいられない。
部屋の中にさまざまな魔道具が運び込まれる。
俺はどことなく俺に似た形容の謎の物体を眺め、自分なりの考察を巡らせていた。
十分くらい経っただろうか。
俺が魔杖に貯蔵していた魔力が尽きると同時にその何かは魔杖へと形を戻した。
「あ……」
そんな残念そうな声が上がる。
それからもう少しして、リョウエンは何かをまとめた資料を持ちながら俺へと歩み寄ってきた。
「ロイドよ……これが、先ほどの現象を簡易的にまとめたレポートじゃ」
リョウエンに手渡されたレポートに目を通す。
「これは……」
「端的に言えば、魔力からその魔力の持ち主の分身を作り出す魔法じゃ。魔力に宿った情報をもとにして作られた思念体……と表現しても良いかもしれん」
なるほど。
これが魔杖に込められた力。
「つまりは、仮にここに先代魔王の魔力を注ぐことに成功すれば、一時的とは言え、魔王の力をこの世に顕現させることも可能といことじゃ! 死者の力、あるいは死者そのものを復活させられる、見方によっては聖剣より遥かに常識離れした力!」
「そ、それは!」
世の断りを逸脱したダンジョン産に相応しい権能。
リョウエンが熱弁する理由は分かる
確かに分かる。
だが、
「……使いにくすぎないか? 大体、俺しか触れられないのに、他の人間の魔力を蓄えるって、全く使えないとまではいわないが、結構きついぞ」
「ま、まぁ、それはそうなんじゃが、これは大きな発見であり、無限の可能性を秘めておるのだぞ! まずは喜ぶべきとこじゃろが!」
「俺としては聖剣の権能の方が羨ま……」
「隣の芝は青く見えるというやつじゃ!」
言わんとしていることは分かる。
可能性、という意味では聖剣を超えるかもしれない。
扱いにくい分、強力ではある。
魔杖にすっと視線を落とす。
「魔杖に相応しい人になれ、ってことか」




