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白魔導師、事件を追う


 ◇


「酷いわね……」


 ビクターの体は肩から腰の高さまでバッサリと切り裂かれており、折れた剣先が近くに転がっていた。

 剣は構えていた、つまり不意打ちではない。

 相手の存在をはっきり認識していて、その上で正面から斬られた。

 それもたった一振り。

 それだけでビクターを死に追いやった人物がいるということ。


 しばらくの間地に膝をつき、ビクターの死を悼んでいたアシリアがゆっくりと立ち上がり、口を開いた。


「ビクターは……元は聖騎士団で、剣の指南役を務めたこともある程の剣の達人です」


「ユイの言っていた通り、只者ではなかったってことか」


「はい。心優しい方でもあり、彼が引退後、副院長としてのお話を持ちかけた際は、迷わず、快諾してくださいました。お金だって十分あるでしょうし、老後をのんびりと過ごすという選択肢だってありました。それでも彼は……」


 何故、そんな彼が殺されなくてはならなかったのか。

 可能性は幾つもある。俺やユイは当然として、アシリアでさえビクターの全てを知っているわけではない。人間関係のトラブル、遺恨を抱かれていたかもしれない。

 だが、それ以上に濃厚な可能性が一つ、俺たちの脳内には浮かんでいた。

 アシリアもそれを察してか、俯いている。


「やはり、狙いは大聖人……」


「で、でも、それだとおかしくない? たった一振りで、ビクターを倒せるような猛者が、どうしてビクターを殺すだけ殺して帰っていったの?」


 ユイの言葉を聞き、アシリアは首を横に振った。


「いえ、おかしくはありません。この館ですが、リョウエン様から頂いた魔道具がございまして、それで常に結界魔法を張り巡らせてあります」


 そう言うとアシリアは結界を目に見える設定に変換してみせた。

 職員用の館を見た際に俺は気がついていたが、ユイは全く知らなかったらしい。


「結界があるのは分かった。だとしても、これ……多分私でもぶったぎれそうな結界みたいだし……」


「はい。おっしゃる通り、ユイ様のような優れた剣士や、熟練の魔法使いからすればこんな結界、大した障害ではないでしょう。しかし、この結界の真価は破壊されたときにこそあるとも言えます」


「破壊された時? どうなるの?」


「孤児院内でアラームがなり、聖騎士団長やラミスさんといった聖地内でも屈指の強者たちの元に緊急信号が送られます」


 敵がそれを知っていたとすれば、アシリアを狙えなかった理由にはなる。

 ビクターがいくら強いとはいえ、ここは聖地。

 ビクターを遥かに上回る猛者は何人もいるだろう。

 これはあくまでも直感だが、ラミスの方が明らかに強い気がする。

 戦闘が本職ではない俺でさえ、強さを感じ取れるくらいだ。


「到着までは? 持ち堪えられるだけの装備があるのか?」


「地下にいざという時の強固なシェルターがありますので、そこで籠城。外部からの応援を待つ、という手筈になっています」


「それを恐れて逃げたってこと?」


「おそらくは。結界を破壊するなんて無茶をせずとも、私を殺すタイミングなんていくらでもありますから」


「うーん……」


 それでも納得行かない様子のユイ。


「どうした、ユイ。理解が追いついていないのか?」


「ば、馬鹿にしないでよね! 流石に分かるわ、この程度! ただちょっと引っかかる点があるってだけ!」


「引っかかる点?」


「うん、もしね、私が襲撃者だとしたら、ビクターは殺さない。ビクターは実力も経歴もある。そんな人をあっさりと殺したら、警備が厳しくなるなんて目に見えてるじゃない?」


 ユイにそう言われ、俺もはっと気がつかされる。

 ユイの言う通り、もしアシリアの暗殺が目的であるのであれば、ビクターを殺すのは得策じゃない。仮にこの一件で、アシリアがさらに強力な護衛を雇ったり、別の守りが強固な場所に移動しようものなら、暗殺の難易度はぐんと上がる。


「それはそうですね……私を殺したいのだとすれば、ビクターを殺したのは確かに悪手ですね。仮に侵入した際、運悪くビクターに発見されたとのだとしても、敵わないフリをして逃げるのが得策です。そうすればどこにでもいそうな賊か盗人程度の相手と判断され、今よりはまだ私を殺しやすい状況が保てたでしょう」


「自分が殺されそうってわりには、随分と平然としているのね」


 ユイの言う通り、自分の命が狙われていることにはあまり驚いていないように見える。恐怖もそこまで感じられなかった。


「まぁ、たまにありますから」


「恨まれる理由なんてなさそうなのに」


「どんな人であろうと、すべての人から好かれることなんて不可能です。何をしても、それをよく思わない人、嫌う人は絶対に現れます。私の行動を偽善と罵るものも、それなりにいるようですしね」


「偽善、ね。アシリアを見て、それでもそう罵るその人は、よほど人を見る目がないんでしょうね」


 先日、疲れ果ててソファーで眠るアシリアの姿が思い出される。

 人のためにあそこまでできる人間の悪口を言う心理は俺には理解できない。だがもし、アシリアを噂程度でしか知らない人であれば、そんな聖人振りを俄かに信じられないと思うばかり、偽善と思ってしまうのかもしれない。

 あるいは、ユイが言うようによほど目が曇っているか。

 最も、アシリアにそんな気遣いは無用だろう。


「気を遣ってくださり、ありがとうございます。でも、大丈夫です。例え私の行いが偽善であろうと、間違っていると言われようと、今の私を変えようとは思いません。私は困っている人を見て見ぬふりができるほど器用な人じゃないので」


 そう言い微笑むアシリアの姿は、ユイと似ているものがあった。

 自己犠牲を厭わない、危うすぎる優しさ。

 初めて出会った時、ハイウルフの猛威に晒される農園の主を助けようと町中を駆け回り、白魔導師を探し、無理をしてでも依頼を受けようとしていたユイの姿を思い出す。

 

「それで、今後はどうするの?」


「そうですね……とりあえず、子供達の精神状態が心配です。あとは、より強い護衛を数人雇い、孤児院の守りを固めておかなくては」


「ここの守りを固めるのね」


「はい、敵が子供たちを人質にとる可能性は十分にあり得ますので、ここの警備を固めるのが得策かと思います」


「ねぇ、どうせだったらその護衛に私たちを雇わない?」


「ユイさんとロイドさんをですか?」


「うん、私は剣の腕が立つし、ロイドなら探知魔法で探知しながら、いざってときはサポートにも回れる。ロイドの強さならもう知ってるでしょ?」


「……分かりました。では、こちらの護衛をお願いします。報酬は、弾むつもりです」


 勝手に話が進んだが、異論はなかった。

 仮に報酬がなくともやるつもりだ。


 そう言うわけでその晩、俺は探知魔法で敷地内の気配全てを監視し続けた。

 万が一、相手に気配を消すなどといった探知魔法を掻い潜る術があったとしても、こちら側の、味方陣営の気配までは操れはしないだろう。もし仮に、味方の誰かが襲撃者と遭遇し戦闘に入れば、持ち場から動くなりと、気配になんらかの異変が見られるだろう。最悪の場合、誰かが襲撃者に殺されたとしたら、その殺された者の気配は薄れていくため、それでも異変を感じ取ることができる。

 問題は殺されず、気絶させられた場合だが、一定時間ごとに少しは動くようお願いしているため、発見は遅れるが、気がつくのは時間の問題だろう。

 俺はアシリアと同じく結界の張られた館の中にいるため、俺が暗殺されるという心配はあまりない。

 そこまで万全を期して挑んだわけだが、この晩、敷地内で異変は一切起こらなかった。


「うーん、相手も流石に二日続けてはこないかぁ」


「これは、想像以上に長期戦になるかもな」


 そう言った直後、扉が開かれ、聖騎士の一人が息を切らしながら入ってきた。

 ユイが剣を鞘から抜き警戒態勢をとるが、アシリアは「大丈夫です」と静止する。


「ほ、報告いたします! 先ほど、聖地内のある酒場にて、聖騎士四名が惨殺されているのが発見されました!」


「なっ……そんな」


「別の場所で殺人、だと?」


 全く予想していなかった事態なだけに、ただただ困惑するしかなかった。


「ビクターを殺したやつとの関係は?」


「はっきりは……ただ」


「ただ?」

 

「酒場にはその時間、聖騎士四人と酒場の店主しかいなかったとのことですが、店主が酒を裏の倉庫から運んできていたほんの一瞬の間に殺されたとのことです。しかも、四人各々が一撃でやられており、その傷はビクターのものとかなり似通っていました」


 聖騎士四人を一瞬で屠れるほどの手練れと言われても、驚きはなかった。

 ビクターの一件で、相当の腕の持ち主であることは分かっている。


「この調子じゃ、今晩もまた」


「聖地全域の警備を厳重にして、これ以上被害者を出さないようにしなくては……」


「大聖人様……残念ですが、それは難しいかと」


「どうして? また人が殺されるかもしれないと言うのに!」


 アシリアが珍しく声を荒げ、聖騎士に意見する。

 しかし、


「今、聖騎士の多くはアレンの捜索に尽力しており、人手が不足しているのです。それに、相手はビクターさえ圧倒される猛者……人手をさけども、大した効果は期待できないでしょう。そのため上は、アレンの捜索に人員を回すことを優先すると考えているようです。何より、アレンは聖剣を持っていますから、よほどのことじゃない限り、そちらが優先されるかと」


「人の命より、武器ですか……」


「聖剣があればこそ、守れる命もありますので」


 聖騎士の言い分も、アシリアの言い分も、間違いはない。

 聖剣がなければ後々、多くの被害が出る可能性が高い。

 あれは対魔王軍には必須だと聞いたことがある。

 だが、聖地の守りを固めなければ、今晩にでも死者が出る可能性が高い。

 とは言え、この聖騎士が言うように、効果の有無は懐疑的だ。果たして、一連の事件の犯人は聖騎士を恐れるだろうか?

 少なくとも、実力面で言えば聖騎士は敵ではないはず。

 全く効果がない、とは言わないが、その可能性もあり得る。

 そう言った考察も踏まえ、今起こっている危険をとるか、後に迫る大きな危険をとるか。


「聖地全体を探知魔法で監視し続けることは可能だが……」


「……そんなことが可能なのですか?」


「一晩中そんな広範囲を対象に魔法を発動し続けるとなると、魔力消費は激しいが可能ではある。気配が消えればそこで何かあった……人が死んだと判断はできる」


 その言葉を聞き、アシリアは長考したが、首を横に振った。


「いえ、やめておきましょう」


「いいのか?」


「はい。毎晩、犯行は一箇所で行われています。今晩もそうであるという確証はないのですが……確かに、探知魔法を使えば異変の察知はでき、被害者の発見は早まるでしょう。しかし、発見はできども未然には防げませんし、それを報告して、聖騎士が到着するころにはすでに遅いでしょう。ビクターの傷を見るに、どれだけ早く到着しても助けることは叶わないでしょうしね」


「それもそうか……」


 相手が魔族やモンスターならまだ気配の違いを感じ取れるかもしれないが……。

 服装や挙動が直接目に見えているならまだしも、気配の動きだけでは明から様に不審な動きでもしてくれない限り、どれが襲撃者か判断をつけるのは難しい。持ち主の魔力量で気配の強弱はあるが、それでも気配が強いだけで襲撃者だと判断はできないし、優れた剣士であれば魔力量は関係ない。

そもそも、探知魔法を掻い潜る術を持っている可能性もあるわけだし。


「分かった。孤児院の警備に力を注ぐ」


 全部を守ろうなんて、俺ごときには烏滸がましい考えだと割り切る。

 せめて子供達だけでも守り切る。


「何も起こらないといいけど……」



 しかし、そんなユイの期待も虚しく、翌日、今度は教会に勤める一人の聖職者が遺体で発見された。

 その翌朝は主婦が一人惨殺された。

 その主婦には子供がいたらしく、その子はアシリアの運営する孤児院で引き取ることが決まった。

 それからアシリアの必死の訴えもあって、夜間の外出自粛と警備の強化が行われたが、


 そんな努力も虚しく、次の日には、俺とユイの通っていた学院の生徒が二人、遺体で見つかる。




「全く、どうなってるの⁉︎」


「わからない。だが、殺された人たちに共通点はない。見落としているだけかも知れないが……」


 一見すると、非道な無差別殺人。

 だが、無差別殺人で片付けるにはどうにも最初の一件の、ビクターが引っかかる。

 孤児院の壁は高い。

 夜間、門の前に警備員は配置されておらず、ただ施錠されただけになっているとは言えども、子供たちが寝ている館も含め、建物内には常に警備員が歩き回っているし、職員用の館にも数名の護衛が控えている。

 ここが大聖人の孤児院であることは有名だし、それ相応の警備が敷かれていることは容易にわかることだ。

 無差別殺人を犯すには向いていなさすぎる。


 さらにビクターはその時間、結果が張られた職員用の館で休んでいた。

 それをわざわざ結界の外まで誘き出し、そして殺した。

 それも、自分の実力を見せつけんばかりに、一撃で。

 俺は名探偵じゃない。だからきっとこの推理は随分とお粗末で、見落としも多いかもしれない。

 だが、何故だかここを、そしてビクターを選んだのには何か、明確な意図があるように思わずにはいられない。


「ユイ、俺は少し、この件について調べてこようと思うんだが、構わないか?」


「私は?」


「子供達が不安がっているから側にいてあげてくれ」


 そう言うことは、俺より遥かにユイの方が得意だろう。

 第一、俺がいたところで子供達が安心することはないだろうし。


「わ、わかったわ。絶対に無茶はしないでね!」


「あぁ、軽く調べてくるだけだ」


 一連の殺人事件の解決の糸口を見つけるため、俺は私立聖鴎騎士学院へと向かった。

 職員室へ向かい、それからラミスの元へと向かう。

 ラミスも一連の殺人事件は詳しく把握しているらしく、何故、その事件を追っているのかを伝えると、校内を自由に歩き回る許可と、殺された学生と前日話していたという友人の名前を教えてくれた。

 驚くことに、その友人は俺の知る人物でラタールとカンナだそうだ。

 久しぶりの再会に嬉しさもある反面、結局しっかりとした別れはできないまま、逃げるように去ったことへの罪悪感と緊張が俺を襲った。


 廊下を歩く最中、妙に多くの視線が注がれた。

 今の俺は制服じゃないし、学校関係者といった雰囲気の服装ですらない。

 それにしても注目が集まっているような気がするが……。

 許可はとっているため、気にすることはないのだろが、気にせずにはいられない。


 さっさと用事を済ませて帰ろうと歩く速度を上げ、ラタールとカンナのいると思われる教室へと向かった。

 教室の扉を開くとすぐに、俺を見つけたラタールとカンナが駆け寄ってきた。


「ロイド! 久しぶり」


「あ、あぁ」


「本当に……ろくに別れの挨拶もしないで」


 カンナからは鋭い視線が注がれる。


「それは本当にすまない……あの時は」


「いいよ、事情は聞いたし、納得してるから。でも、そのあとで会いに来てくれてもよかったんじゃない?」


「そうだな……すまない」


 俺が次の言葉を発しようと口を動かした時、俺が話すより先にラタールが遮るように口を開いた。


「今日は何か、それこそ重要な用事があってきたんでしょ? ここじゃ目立つし、場所を移そっか。郊外でも大丈夫?」


「あ、あぁ……でも授業はいいのか?」


「まぁ、本当はダメだけど、少しくらいはね。それに、わざわざ気まずいのを承知で、しかもこんな時間に来るってことは何かそれなりに重要な用事があったってことじゃない? そもそも、それ相応の用事でもなければ、もう学生じゃないロイドが学院内をこうも自由に動き回れるとは思わないし。ラミス学長からの許可も得てるんでしょ?」


 であれば自分たちが授業をサボろうが、そこに真っ当な理由があれば問題ない、と。

 その通りで、ラミスにはすでに話は通してあるため、ラタールとカンナが授業をサボろうと出席や成績面での問題はない。ただ、授業を受けなかったことによる学習の遅れだけはどうしようもないが。


「相変わらず、すごい洞察力だな」


「勇者候補だとは見破れなかったけどね」


「もう昔の話だ」


「ねぇ、とりあえず外いこ。ここじゃ、何を話すにも注目を集めすぎるから」


「そうだね」


 それから、ラタールとカンナに連れられ、学院からそう離れていない喫茶店に入った。

 適当に注文を済ませ、俺は要件を話し始める。


「ここ最近、聖地内で連続殺人が起きていることは知っていると思うが、その件できたんだ」


「なるほどね。それじゃ、ロイドは僕たちが被害なあった生徒の友人だと聞いてきたんだね」


「そうだ。何か、引っ掛かる点はなかったか?」


「うーん、そうだなぁ……特別何かあったかと言われると、思い当たらないかな。カンナは?」


「私もこれといって……あそこの店の限定メニューが美味しいらしい、とか、この間大聖人様とすれ違って挨拶したけどめちゃ可愛かった、とか、あとは……」


「あとは?」


「死霊魔法ってかっこいいね、とか」


 カンナは照れているのか視線を外しながら言う。

 これ以上、自分の口から言うのは無理だと、照れ死にしてしまうと感じたラタールが話を続ける。


「あの一件以降、同学年の間で死霊魔法に対する認識に変化があってね。まだ他学年にはよく思わない人もいるみたいだけど、それでも少しずつ認識は変化しはじめている」


 ラタールは自分のことのように嬉しそうにそう語った。


「それは良かったな」


「ちなにに、ロイドもあの件以降、かなり有名になってるんだけど、その自覚はあるかな?」


「有名? 俺が?」


「やっぱりなかったんだね……」


 心当たりがない、と言えば嘘になるが、ユイやカンナの活躍には敵わない。

 あれだろうか。


「金魚のフン的な?」


「違う。学院の生徒を守った白魔導師……言ってみれば、聖鴎騎士学院内の大聖人様的な?」


「俺はそんな大層な人物じゃないんだが」


 大聖人を近くで見てきたからこそ、本物を見たからこそそう断言できた。


「そうは思わないけど……まぁ、でも確かに、噂の中にはちょっと過剰に盛られたものもあったかな」


「例えば?」


「ロイドの力は赤子を一騎当千の騎士にする、とか」


「それは、多分どんな白魔導師でも不可能じゃないか?」


 赤子をいくら強化しようが所詮赤子だ。


「でも、赤子じゃなく、それが生徒であれば可能じゃない?」


「いや、それも難しいだろうな。例え力を与えても、それをどこまでうまく使いこなせるかはその強化魔法をかけられた人自身の力量次第で大きく変わる」


「論点がちょっとズレてる気がするけど……まぁいいや。そういうわけで、ロイドは今、聖鴎騎士学院内じゃ超がつくほど有名だから。街中ですれ違った時は、軽く挨拶してあげると喜ぶと思うよ。勿論、全員が全員ってわけじゃなくて、そんなロイドの存在をよく思わない人もいるけど」


 なら、街中ですれ違ってもこちらから挨拶するのはやめておこう。

 これでもし、そのよく思っていない人に当たってしまった場合、相当気まずいことになる。

 向こうもいい迷惑だろうし、そんな展開、想像するだけでゾッとする。


「挨拶をされたら返すが、自分からはやめておこう」


「そうだね……それがいいかもしれない」


「カンナも……被害者とは面識があったみたいだが、その人たち以外にもその、友達は増えたか?」


「えぇ、それなりにね。ラミス学院長も今以上に期待してくれているし。今は、ラミス学院長が紹介してくれた魔法職の聖騎士が時間を割いて訓練もつけてくれていて、大変だけど充実した日々を送れてる」


「聖騎士から直接教わっているのか……凄いな」


 友人がいるか聞く際は以前のカンナを取り巻く環境を知っているため、やや躊躇ってしまったが、どうやら無用の心配だったようだ。

 カンナはあれ以降、俺の想像よりずっと上手くやっているらしい。

 学業も、人間関係も。


「カンナは一部では期待の星と言われているからね。どこまで力が伸びるか次第だけど、このまま成長を続ければ、一個人で不死の軍隊を率いる、史上初の聖騎士が生まれる」


「そんな期待しないで。まだまだ、その段階には遠く及ばないから。それに、やっぱり私の力をよく思わない人もいるみたいだし」


 しかし、そう話すカンナの表情は決して暗いものではなく、以前とは違い、堂々としていた。あまり、不安や心配、といった様子は感じられない。


「勿論、聖騎士になれるよう最大限努力はする。でも、もしダメだった時は、冒険者としてその力を振るって反対派の連中を見返してやればいいだけの話だと思ってる」


 その台詞にカンナの大きな変化を感じた。

 以前の二人に、特にカンナには冒険者という選択肢はなかったはずだ。

 少なくとも前向きに検討するような選択肢ではなかったはず。


「その時は僕もお供するよ。だから、僕も早く強くならないと」


 それからも他愛もない話をしたのち、次はユイも一緒にという約束をして俺たちは解散した。

 聖地の街並みを眺めながら、これまでの流れを整理し、思考を巡らせる。

 襲撃者の狙いはなんなのか。

 次の一手は、いつ、どこで打たれるのか。


「被害者の共通点はなし、年齢も、職業も、性別も。被害者の中には戦闘経験者もいれば、そうでない一般人も含まれる。弱いものを狙っているわけでも、強いものを狙っているわけでもない」


 強いて言えば、目撃されることだけは頑なに避けている。

 見つかっても相手を切り伏せるなり、逃げ切るなりができるだけの力量はありそうだというのに。


「見られること自体が不味い?」


 だとすれば、誰もが知っている有名人ということか?

 いや、この推理はしっくりこない。

 どんな有名人であれ仮面をつければ正体くらい隠すのは難しくない。

 

「そもそも、現段階での犯人当ては無理があるな」


 そもそも有名人に関する話題に明るくない。

 大賢者とか、聖騎士団長とか、そういった人たちのことでさえ詳しくは知らないほど、無知なのだ。

 そうなると、殺人犯の目的か次の一手を予測するのが優先か。


「いや、待てよ……」


 一つの可能性に辿り着いた俺は踵を返し、俺は主婦が殺された現場へと急いだ。

 そうであって欲しくはない。

 そう祈りながら。




 そしてその晩、事態は急変する。

 大聖人アシリアが失踪した。



 


 ◆



 月明かりに照らされた木々の間をゆっくりと一人で歩くブロンドヘアに修道服の女性。

 杖を握りしめるその手は微かに震えており、普段の穏やかな表情はそこにはなかった。

 もうどれくらいらい歩いたか。

 それすら分からないほど聖地から歩き、離れたところで、アシリアは足を止めた。


「もういいでしょう。見ての通り、私は一人です。出てきてはどうですか?」


「あはは! うんうん、いい表情だねぇ」


 半分を境に赤と黒の髪色の道化師の格好をした女が、狂気じみた笑みを浮かべながら、フラフラとした足取りで暗闇から姿を現す。

 その女からは、底の知れない不気味で、異様な気配が漂っていた。

 それを肌で感じ、アシリアは自分の考察が正しかったのだと確信する。


「あなたがこの一連の事件の犯人ですね」


 まだ彼女の実力を直接、何か明確な形として目にしたわけではないが、そんなものはどうでも良くなる程に、圧倒的な存在感がそこにはあった。


「ピンポンピンポン! 大・正・解! 僕が一連の愉快なショーの主催者……クラウンっていったら、聞いたことくらいはあるかな?」


「クラウン……魔王軍四天王、万化の道化師クランですか」


 万化の道化師クラウン……魔王軍の四天王の中で、最も厄介な魔族と名高い女だ。

 あらゆる武器の扱いを極めているだけだなく、頭も回る切れ者。

 実力以上に、その非道でなんでもありな、常識から逸脱した思考が彼女が「最も厄介な魔族」と言われる所以である。

 しかし、自己中心的で快楽主義なクランは他の四天王や部下と比べても圧倒的に忠誠心が薄く、魔王軍屈指の問題児として身内にも厄介がられている存在だったりする。


「君の方から来てくれるって信じてたよ」


「全ては私を自らの足でおびき寄せるためだったのですね」


 完全にクラウンの思惑通りの展開に陥ってしまった。

 敗北を認めざるを得ない。


「うん……心優しい君は、この現状を見過ごすことはできない。自分が狙いともなればなおさら、ね」


 一連の殺人。

 それはアシリアに向けられたクラウンからのメッセージだった。


「……昨日、確認してきました。殺された者の名前、顔を……その全員が」


「直近で君と関わりがある人間……うんうん、いいねぇ。遅かれ早かれ、君なら気がつくと思っていたよ」


 街中で軽く挨拶を交わした人間、教会で助けた大勢のうちの二人、数多くいる聖騎士の中でアシリアと最近関わりがあった聖騎士。

 そしてこれらを偶然で片付けさせないために、初めにアシリアと深い関わりのあるビクターを殺害した。

 これがなければ、アシリアもこれらの一件を自分と結びつけるのは難しかっただろう。


「なぜ、学生や主婦まで殺したんですか⁉︎」


 アシリアの怒り混じりの真剣な問いかけに、クランはポカンとした様子で首を傾げていた。


「だってぇ、聖職者や聖騎士だけじゃ、君以外の人でも共通点に気がついちゃうかもじゃん? でも、君が回復させた女や、ちょっと街中で挨拶した程度の学生なら、君以外、だーれも気が付かない! まさか、君と接点があるなんて! つまりは殺すには打ってつけの人材だったって、ワ、ケ」


「彼らは、魔族との戦争とは無関係な人間です!」


「はぁ? この地に生きている以上、無関係なわけないでしょ? 大体さぁ、誰かが自分の代わりに戦っているという現実から目を背け、のうのうと平和を謳歌しようって連中、嫌いなんだよねぇ。自分は剣も杖も手に取ってない無害な一般人、だから巻き込まないでぇって? そんなの虫が良すぎじゃない? 他人に剣を、杖を握らせてる分際でさ。ちなみに僕はね、そんな人間が今まで目を背けてきた現実の残酷さに殺される様を見るのが大好きなんだぁ」


 アシリアとは絶対に理解し合えない存在。

 きっと、問いただそうとするだけ無意味なんだろうと悟る。


「あなたが、私を狙う理由は?」


「そーだねぇ……大聖人サマなら可能なんじゃないかって話が、魔王軍の中で上がってね」


「なんのことですか?」


「死者の蘇生」


 蘇生魔法。

 今まで多くの研究者や魔法職の猛者が挑み、しかし叶うことのなかった魔法。

 実現不可能な魔法として広く知られている。

 だが、アシリアはその魔法が実在することを知っていた。

 故に、言葉を選び間違える。


「それじゃ、あなた……いえ、魔王軍の目的は」


「へぇ……驚いてはいた。けど、蘇生魔法の存在そのものには一切の疑いを抱いていなかった。存在する前提で話を進めた。それはなんでかにゃぁ?」


 見透かしたような瞳でケタケタと笑うクラウンに、底知れない不気味さを感じる。

 同時に、自分がリアクションを間違えていたことに気がついた。


「今更気がついたって感じ? ま、いいけど。えーと、目的ね。目的は先代の復活。ね、とっても楽しいことになりそうじゃない?」


「それで蘇生魔法を……」


「そ、てなわけで、君にはついてきてもらいまーす」


「……お断りします」


 アシリアが杖を力強く構える。

 抵抗したところで無意味なのは分かっているが、それでも万が一の可能性に賭け戦う。


「それじゃ、痛い目に遭ってもらいまーす」


 クラウンが何もない空間から背丈より大きな剣を取り出す。 


「クラウン……四天王一の器用貧乏」


「万能っていてくれないかなぁ? ね!」


 クランがその細い体に見合わない大剣をアシリアに向けて振り下ろした。

 そんなクランの元へと小さな火球が飛来する。

 予想外の攻撃に、油断し切っていたクランは反応しきれず、直撃してしまう。


「ッ⁉︎ 誰だぁ!」


 火球の飛んできた方向を、怒りと喜びが混じった狂気的な顔で振り返る。


「あ、あなたは……」


「いや、まさか推理が当たるとはな」


 森の影から姿を表したのは黒髪の青年……


「ロイド様」


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