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白魔導師、釣りをする


 ◇


 リョウエンとの約束の日の朝。

 例の場所に到着するもリョウエンの姿は見当たらなかった。

 まだ約束の時間ではないが、不安が込み上げてくる。

 そんな不安とは裏腹に意外にも何てことない、普段と変わらぬ様子でリョウエンは約束の場へとやってきた。

 だが、リョウエンの周囲にそれらしき人影はない。

 

「失敗したのか?」


「いや、成功じゃ。しっかりと約束は取り付けたのじゃ。ま、今日だけじゃがな。そろそろくるはずじゃぞ……ほれ、噂をすれば」


 俺とユイの背後に視線をやるリョウエン。

 どうやら回復職の人間は見つけられたらしい。


「すみません。お待たせしました」


 聞きなれた声を聞き、振り返るとそこにはブロンドヘアの女性……アシリアがいた。

 普段の修道服よりかは幾分か動きやすそうな服装だが、間違いなくアシリア本人である。


「あ、アシリア⁉︎」


「えっ、ユイさん、それにロイドさんまで⁉︎」


 驚きの声をあげる三人を見て、リョウエンは「世間は狭いのぉ」などと呑気な感想を溢している。


「何じゃ? 主ら、知り合いじゃったのか?」


「えぇ……って、そんなことより、えっ、これってどういうわけ?」


 ユイの疑問は最もで、俺にも訳がわからなかった。

 リョウエンとアシリアに縁がある方が俺には意外なのだが。


「その、実はリョウエンさんには資金や魔道具を寄付していただくなどで、かなり世話になっておりまして」


「うむ。孤児院に特殊な警備用の魔道具を寄付したりしておるのじゃ。金銭面でもちょいと工面してやっておる」


「へぇ、意外ね」


「あぁ、意外だ」


 俺もユイも同意見で、意外だと感じていた。

 元々、よくわからない……少なくとも俺のような凡人には理解不能な思考回路をしているのは察していたが、本当によくわからない人……いや、獣人だ。


「ほれほれ、どうじゃ? 見直してくれてもいいんじゃぞ?」


「こういうこと言わなければ、素直に尊敬できたのに」


 リョウエンのテンションがウザいのは置いておくとして、お陰様で依頼は問題なく受けるだろう。

 アシリアは冒険者登録こそされていないが、俺が初めてユイと組んだ時と同じように、問題はさしてない。

 回復魔法の腕の良さは疑うまでもないし、そっちの心配も無用だ。

 聖地から連れ出しても良いのかという不安は抱えつつも、これ以上ない回復職を仲間に加え、俺たちは冒険者ギルドへと足を進めた。

 

 

 冒険者ギルド聖地支部。

 一応、聖教国内で最も大きな冒険者ギルドのはずなのだが、規模感はイシュタルの冒険者ギルドと大差なく、学院や教会を含め、衣装に凝ったお洒落で豪華な建物を見た後では、見劣りする建物だった。

 立地も中心地からやや離れているなど、この国ではいかに冒険者ギルドの人気がないのかを物語っていた。

 多くの若者は聖騎士になるため学院に入り、その後聖騎士やそれに関わりのある職につく傾向が強いのかもしれない。


「他の国の首都の冒険者ギルドよりうんと小さいのぉ」


「そうね……王都の冒険者ギルドの方が立派ではあったわ。聖地の冒険者ってそんな人気ないの?」


 そう言えば以前出会った聖教国の冒険者がそんな話をしていた気がする。


「そう言うわけではありません。むしろ王国の冒険者人気が異常だと私は思いますよ。そもそも王国でだって大賢者登場以前は今ほどの人気はなかったはずです」


「それは間違いないのう。王国の国王はお陰様で優秀な騎士が集まらんと嘆いとった」


「大賢者は王国の出身ですからね。元の文化の違いもあるのでしょうが、それが大きいことは間違いありません」


 イシュタル含め、王国内では至る所で大賢者の像を見ることができるが、聖教国に入ってからは一切見ていない。


「そう言えば、ユイも大賢者のファンだったな……」


 ひょっとすると聖教国はユイのような優秀な人材が冒険者に流れるのを防ぐため、意図的に大賢者の影響力が及ばないようにしていたりするのかもしれない。

 いや、それは流石に……


「妾が大賢者を布教しようと自費で銅像を設置しようとしたら、聖騎士の奴らに止められたなんてこともあったの。全く、大賢者の偉大さがわからんとは、節穴過ぎるのじゃ」


「…………」


 途端にアシリアが一切口を開かず、視線まで逸らし始めた。

 これは、何かを知っているな。


「アシリア?」


「…………」


 口さえ聞いてくれないとは。

 これは俺の予想が当たったと見ていいだろう。


「……行きましょうか」


 アシリアのこれ以上聞かないでください!と言わんばかりの圧に押されて、会話を切り上げ建物内へと入った。

 それから受付嬢の元まで行き、俺たちにあった依頼をいくつか厳選してもらった。

 数十枚の依頼書をユイがペラペラと捲っていくのを後ろから眺める。


「どの依頼を受けましょうか……」


「まぁ、あまり遠出はできんからの。それにタンク役がいないことも考慮さないかん」


 依頼の内容は様々で「巨大土竜の討伐」「人喰い魚の討伐」など物騒なものから「希少な花の採集」「迷子のペットの捜索」など、軽めなものまである。前者はアシリアを連れていくには危険すぎるし、逆に後者ではせっかくアシリアに時間をとってもらったのに、わざわざ受けるような依頼ではない。

 そんな意見を出しながら依頼書をめくっていて、ある依頼でユイの手が止まった。


「ねぇ、これなんてどう?」


 そう言い、ユイが手に取った依頼書に難易度Cと書かれていた。

 俺でも問題なく受けれるレベルだ。


「えーと、これは?」


「ミス湖で、ピスキス釣り……そうかなるほどな」


 依頼内容はピスキスという魚型のモンスターを釣り上げ、討伐するというものだが、他の依頼と違う点はボートに乗ってその上から釣り上げるという点だ。

 ボートや釣りに必要な道具は近くに住んでいる人が貸出してくれるらしい。

 元はその人がピスキスを釣りあげ、聖地で売り捌いていたようだが、年もあってか腰をやってしまったらしい。


「ボートで釣りって楽しそうだし、何より多めに釣れば調理して食べさせてくれるって! 前に学院で聞いたんだけど、このピスキスって魚、聖教国限定でしか食べれないすごく美味しいモンスターらしいわ」


「日持ちしないので、王国では食べれないモンスターですからね。それに希少な高級魚ですので聖地以外にあまり出回らないそうです」


「リョウエンは? どう思う?」


「まぁ、良いのではないか? 多分」


 特に異論もなかったため、俺たちが受ける依頼はこの「ピスキス釣り」に決定した。

 ピスキス自体、それなりに大きく、そこそこ戦える肉食モンスターとのことだが、水中にいるという厄介さを加味した上で難易度がCなのであれば、ユイやリョウエンからすれば大した敵ではないのだろう。


 なるほど。

 楽しそうでかつ、危険も少ない。

 おそらくこの場に来るのがアシリアでなければもっと難しい依頼に挑んでいたはずだ。

 このレベルの依頼であればアシリアなしでも何とかならないことはない。

 人手が多いことに越したことはない内容の依頼ではあるが、それでも何とかはなるだろう。

 それでもこの依頼を選んだのは、アシリアの安全を最優先したのと、少しは楽しんでもらいたいという思いがあったからに違いない。

 ユイはユイなりに気を遣ったわけだ。

 それをここで口に出すのは野暮だろうと思い、俺はユイの気遣いに気が付かないフリをした。


 聖地から馬車で揺られ、そこから更に歩くこと一時間。

 俺たちはそのミス湖に到着した。

 ミス湖は聞いていた通り、かなり広い湖で今立っている位置からでは全貌を見渡すことができないほどだった。

 端が見えないほどデカく、水は綺麗なのだがそれでも底が見えないほど深い。


 そんなミス湖の近くに一軒の小屋があった。

 服が干してあったり、古い小屋でありながらも修繕が行き届いていることから、しっかりと人が住んでいることが窺える。

 周囲を見渡すが他に家がある様子はない。

 あそこが依頼主の家で間違いないだろう。

 小屋の扉をノックすると杖をついた長い白髪の老人が出てきた。

 いや、老人という表言も些か違和感はある。

 中年、というよりかは老人という表言が正しい年齢だろうが腕は俺よりも一回り大きく、全体的に鍛えられた良い意味で年相応とは言い難い体躯だった。

 しかし、それでも年には叶わなかったようで腰にはサポーターが巻いてあった。


「冒険者ってこたぁ、あんたらが依頼を受けてくれた人たちかい?」


 そんな威圧感のある雰囲気とは裏腹に、優しい声色でそう問いかける老人。


「はい。私はアシリアと言います。よろしくお願いします」


「アシリア……アシリアって言えば確か大聖人様がそんな名前じゃ」


「その大聖人本人じゃぞ。そこにいる娘が」


「な、なんと!」


 まさか、大聖人がこんなところに来るとは思っていなかったらしく、今にも腰を抜かしそうなほどの驚きを見せる。

 これ以上はおじさんの腰が心配だが、驚くのも無理はない。

 大聖人が受けるような依頼じゃないし、そもそも大聖人は冒険者ではない。


「わざわざこんな辺鄙なところまで来てくださるたぁ、ありがてぇし、申し訳もねぇ」


「いえ、私も噂のお魚、食べてみたかったんです」


「あぁ、いくらでも持ってってくれ」


「いくらでも、とは言いませんが……もし良ければ、孤児院の子供達の分も、余分に採れた際でいいので、譲っていただいてもよろしいですか?」

 

 こんな時にまで孤児院の子供を気にかけるアシリアの優しさは尊敬するが、同時に心配も強まる。

 これまでが大丈夫だったのだから、きっとこの先も問題ないのだろうが……。


「えぇ、構わねぇ。是非、食わせてやってくれ。こっちは最低限卸す分だけありゃ十分だ」


「ありがとうございます」


 アシリアが深々と頭を下げる。


「私たちも頑張らないとね」


「そうだな」


 依頼をこなしながら、孤児院の子供達にも振る舞うため、事前の予定より多く釣らなくては。


「にしても大聖人様がこんな場所に来るなんて大丈夫け?」


「はい。こちらには大陸屈指の研究者と、ダンジョン攻略の功績もあるSランクの剣士、そしてそのダンジョンから発掘された武器を扱い、王国のとある街を魔族から守った英雄がいますから」


「そ、そんな大層な人たちがこんな依頼を⁉︎」


 老人と、老人の腰が悲鳴にも似た声をあげた。

 いや、腰の方はただの悲鳴か。

もうこれ以上驚かさないでやってほしい。

 確かに言われてみれば、この場にいる全員がそれはそれは大層な肩書きを有している冒険者で、本来難易度C程度の依頼を受けるような冒険者たちじゃない。

 肩書きだけの男が一人混じっているが。


「こりゃ、今日は大量じゃ!」


 それから老人の指示に従って堂具の用意を済ませ、ボートを漕ぎ出した。

 ちなみにあの老人はグレイピオというらしい。

 グレイピオから釣りのコツは軽く教わったが正直自信はない。

 ユイだけが自身有りげな様子だったが……どちらに転ぶか。

それから数分かけ湖の中心地まで漕いだ。


「この辺はどうかしら……ちょっとロイド、探知してみて」


 ユイの指示を受け、俺はオールを置いた。

 探知魔法だけではモンスターの特定はできない。ある程度動きや魔力の癖が分かれば判別もつけられるが、俺は目標のモンスターをよく知らない。

 それこそ、美味しいということくらいしか知らない。

 だが一匹釣れば、魔力や動きの癖で特定もできるはずだ。

一匹釣るまでが勝負だろう。


「この辺にいくつか気配がある。目的のモンスターかどうかは分からないが、何かしらは釣れるんじゃないか?」


「よし! じゃ、始めましょう」

 



 一時間後……、


「うーん、釣れはするんだけど」


「どれも目標のものとは違いますね」


 釣れはする。

 しかし、目標のモンスターだけが釣れない。


「ねぇ、リョウエン。何かいい道具はないの?」


「そんな便利なものはない。が、見当はつくのじゃ。何故、こんなに需要のあるモンスターなのに、獲る人があの男一人しかおらんのか。それはきっと、釣るのが相当難しいからじゃろう」


 グレイピオはなんてことないといった感じで「慣れれば簡単に釣れる」と言っていたが、あの男が異常なまでに釣りの才能と豪運を兼ね備えていただけの説が浮上する。


「まぁ、釣れてるからまだ楽しいちゃ楽しいんだけど、これじゃ依頼が……いたっ!」


 話しながら作業をしていたせいか、釣り針が指に刺さってしまったらしい。

 幸い、軽く刺さっただけで、回復魔法を使うまでもないような傷だ。


「大丈夫ですか!」


「えぇ、このくらい……」


 ユイの指から流れる血が船底に落ちそうになる。

 ボートを汚しては悪いと思ったのか、ユイは垂れる血を水面へと落とした。

 

「一応、回復魔法を……」


 アシリアが回復魔法を唱えると、傷は一瞬にして治癒した。


「根気よく頑張るしかないようじゃのぉ」


 まだ日は高く登っており、時間はたくさんある。

 その中で運良く一匹でも釣れればこちらの勝ちだ。

 そこからは探知魔法でズルさせてもらう。

 それからも魚との格闘を続けること一時間、

 

「おっ、釣れたのじゃ! これじゃろう、ピスキスというやつは! 特徴も一致しておる!」


 目的のモンスターを釣り上げたのはリョウエンだった。

 一メートル弱のピスキスを重そうに釣り上げるリョウエン。


「見よ、釣れたぞ! これであとは……」


 そんな一メートル弱の上げたピスキスに更に何倍も大きな、そして恐怖感を抱かせる風貌のモンスターがバクリと喰らい付いた。

 ギョロリとした真っ赤な瞳に鋭い牙。

 妙に大きく尖った背鰭。

 サイズは大体七メートルと言ったところだ。


「こ、こいつは……」


「この湖からつながる川に、人喰い魚がいると依頼に出ていた。きっと其奴じゃろう!」


「それって確か難易度Aの⁉︎」


「川を登ってきたってこと⁉︎」


 思い返してみれば、「人喰い魚の討伐」の依頼の出されていた川は近くはないが移動が不可能なほど遠い距離でもなかった。

 餌を求め、たまたま湖に来たところで人間の血の匂いでも嗅ぎつけたってところか。


 難易度A。ユイの実力ならば苦戦することはあっても負けはしないだろう。

 だが、それはいつもの環境であればの話だ。

 元々グレイピオが一人で乗っているようなボートに四人が乗っている状態……普通に釣りをしている分には狭さをあまり感じないが、戦闘となれば別だ。

自由に歩ける足場なんてほぼないに等しく、更に安定しないボートの上で普段と変わらずこのモンスターとやりあえるか。

 ユイは剣を抜き構えるが安定がしておらず、そしてその表情は不安げでユイ自身、狩れる自信がないことを示していた。

 

「リョウエン! 魔法は?」


「魔法を放つ準備はできておるが、姿を目視できん!」


「場所さえわかればいいのか?」


「いや、それでも難しいじゃろう。時折影は見えるが……あやつ、このボートの下をなん度も行き来するように動いておるようじゃし、あまりボートの近くに打ち込むと転覆しかねんのじゃ」


 刻一刻と敵の牙が迫る中、打開策が見えないことに焦りが募る。


「く、こうなったら私が潜って水中戦を!」


「できるのか?」


「知らないわよ! 水中戦なんてやったことないし!」


「じゃ駄目だ! 敵についてわからない事だらけすぎるのに突っ込むなんて、自ら命を捨てにいくようなものだ」


「じゃ、どうしろっていうのよ!」


「くっ……」


 悩んでいる暇がないことは百も承知だが、無策で挑めば最悪の結果に繋がりかねない。

 水中戦。

 再度考えてみるがやはり現実的ではない。

 強化魔法……身体強化でどうこうなる敵でないことは明白。

 アシリアと俺が全力で回復魔法と支援魔法を掛け続け戦う不死身戦法……これは最終的にどうしようもない時の案だ。俺が傷つく立場なら迷わず実行したが、この場合、その役割はユイが担うことになる。

 俺じゃ、いくら回復しようがまともに戦えるだけの戦闘力がない。

 リョウエンも水中じゃ十分に実力を発揮できないだろうし、そうなると消去法でユイになってしまう。

 だが、


 駄目だ。そんな事は絶対にさせられない。


「ロイド、何か案はないの?」


「あぁ……ぱっとは思いつかな」


 そこまで考えたところで、一つの案が脳裏をよぎった。

 チラりと自分の手に握られた魔杖に目をやる。


「アシリア、俺に回復魔法を全力でかけ続けられるか?」


「可能です……まさか!」


「それじゃ、頼んだぞ!」


 俺はそう言い残し、水面へと飛び込んだ。

 水中は澄んでいて、敵の姿がばっちりと確認できた。

 向こうもまた俺の存在をはっきりとその真っ赤な瞳で捉えたようで、俺を喰らうべく猛進する。

 右手でグッと魔杖を握り締める。

 チャンスは一度きりだ。失敗すれば俺は死ぬだろう。そうでなくとも片腕くらいはもがれるかもしれないが……。

 俺は自身に身体強化と防御量上昇をかける。

 腕はくっついていれば御の字って感じだな。


 真っ直ぐと突っ込んでくるモンスターが口を開けた瞬間、俺は魔杖を握りしめた腕をサメの口の中へとツッこんだ。


「っ!!」


 名も知らないモンスターの鋭いの牙が俺の腕に数センチ食い込む。

 水中に俺の腕から流れ出た鮮血が滲み出す。

 腕は貫かれてこそいないが鋭い歯が深く食い込んでおり、激痛が走っている。


 腕の力が抜け、俺の手から魔杖が滑り落ちた。

 魔杖がモンスターの体内に触れる。


 するとどうなるか。

 魔杖を喰らったモンスターは魔杖を吐き出すまで拒絶反応に襲われる。

 この魔杖に触れることができるのは俺一人だ。

 バチバチと稲妻が走り、そのモンスターは激痛と驚きで口元を緩めた。

 その隙を見過ごさず、俺はすぐさま腕だけを引き抜き水面へと浮上する。


「ぷはぁ!」


「ロイド!」


 ユイとリョウエンにいよってボートの上へと引き上げられた。

 噛み付かれた腕はアシリアの回復魔法で数十秒で傷跡すら残さず完治してしまう。


「全く、勝手なことして!」


 心配そうな表情のユイから叱責が飛ぶ。


「だって言ったら止めただろ?」


「それは、そうだけど」


 悪かったとは思っているがこうするしかなかった。

 俺がこうでもしなければユイは自分を犠牲にしてでもモンスターと戦い、俺たちを逃がそうとしただろう。

 そんなことはさせない。


「まあまあ、無事なんだし良いではないか。じゃが、国宝級の武器をそんな使い方するとはのぉ」


 飛び込む時は持っていた杖がなくなっていたことから、俺が何をしたのか察したリョウエン。


「無くした場合は方々から説教……どころじゃ済まないか」 


「あぁ、聖剣に続き、魔杖まで無くした……なんてことになったら、世論はどう思うかのぉ」


「やめてくれ。想像もしたくない」


 だが、おそらくその心配はないだろう。

 死んだモンスターが浮かんでくればそれがベストなのだろうが、そうでなくとも俺の魔力が貯蓄された魔杖であれば探知魔法で探し出せる。

 そうしたら、あとは頑張って釣り上げるなりなんなりすればいい。


 影をしたはずの右腕を軽く動かしてみるが違和感はない。

 毒物……の心配もなさそうだ。


「にしても、せっかく一匹釣ったというのに、これじゃまた振り出しか」


 リョウエンがガックリと肩を落とす。


「いや、もうどの気配がピスキスかはおおよその見当はつく。そんなに不安に思う心配はないと思う」


「本当か?」


「あぁ……」


 俺は一時釣りからは離脱することになるが俺が探知魔法で得た情報を三人に魔法で共有すればどの位置にピスキスがいるのかを把握しながら釣ることができる。

 これで大量ゲット!とまではいかないだろうが、それでも今までよりは格段に釣れる速度は上昇するはずだ。


「孤児院の子供達のためにも頑張らないと、だろ?」


「えぇ、そうね」


「はい。頑張らないとです!」


 それから夕暮れまで釣りは続いた。

 一時はどうなることかと思ったが、結果的に二十三匹のピスキスを釣り上げることができた。

 依頼では十匹だったため、十三匹はお持ち帰りできるだろう。

 ずるした甲斐があるな。

 グレイピオは1日に四十匹前後釣るらしいが、これがいかに異常かを痛感させられた。

 グレイピオは探知魔法を使えない。それも踏まえると恐ろしい限りだ。


「ねぇ、この魚って高級らしいけど、一日四十匹って相当よね。年収、いくらになるんだろ」


「少なくともあんな小屋じゃなくて、もっとでっかい屋敷に住むくらいはできるんじゃないか?」


「私、転職しようかしら」


「やめておけ。あのグレイピオって人が異常なだけで、すぐに廃業することになるぞ」


 気配を探ってみたところ。ピスキス自体はさして珍しくはないことも分かった。

 それでも希少な高級魚、ということはつまりそういうことだ。


「グレイピオ……名前を聞いてすぐには思い出せんかったが、奴はそれなりに有名だった冒険者じゃな」


「そうなの?」


「と言っても大賢者の時代より前の話じゃ。Sランクへの昇格を目前に、聖騎士と揉めたらしくてな。冒険者ギルドはグレイピオを冒険者ギルドから永久追放することでことを収めたらしい」


「へぇ……一体何をしでかしたんだか」


「記録によれば女一人を取り合って喧嘩し、その被害は複数の家屋を半壊させるほどだったらしいのぉ。相手の名前は……えーと、何じゃったか。ビ、いや、ヒか?」


 リョウエンも偶然思い出しただけでそこまで詳しくは知らないとのことだ。

 とにかく、グレイピオがすごい人物だったことは間確かだそう。

 本人が口にしない点や、こうしてひっそりと過ごしていることから、あまり触れてほしくはない過去なのかもしれないと考慮し、この話はこれで終わりとすることにした。


「さ、あんまり遅くなる前に早くかえりましょ!」


「早く食べたいだけだろ?」


「えぇ、当然でしょ!」


 本当はこの場で調理して食べたかったが、孤児院の子供達のことも考え、食べずに帰還するという結論に至った。

 ユイもアシリアも数は十分だが、せっかくなら孤児院の子供達と食べたいとのこと。

 その時はリョウエンも魔道具のメンテナンスも兼ねてお邪魔するそうだ。

 帰りは馬車はないため、強化魔法を用い急足で帰還する。


 聖地に到着する頃にはすでに日は沈んでいたが、幸い夕食はまだだったらしく、普段より遅い夕食になることは承知で、ピスキスを調理することとなった。

 その間、アシリアに怪我がなかったかなど、今日の出来事をビクターに報告していたのだが何故かグレイピオの話が出た際、恥ずかしそうに下を俯いていた。

 そして話が終わる頃には何故かホッとしていた。

 まるで、俺が何かに気がついていないことにホッと安堵したかのような態度。とても気になるし、是非追求させて頂きたいところだが、そうこうしている間に夕食が出来上がってしまった。

 子供達を待たせてはいけない、と言われては俺は何も言い返せない。


 食卓には塩焼きからフライ、ムニエルなど様々な手法で調理されたピスキスが並んだ。

 食卓はいつも増して賑やかな雰囲気に包まれた。


「それにしても凄いですね……ロイドさんは」


「あの場じゃそれどころで気づかんかったが、例の人喰い魚は装備を纏った人を一口で噛み殺す凶悪なモンスターじゃ。その牙を強化魔法一つで防ぎ切るとは……」


 何を話しているかは聞こえないがアシリアとリョウエンも楽しげに会話してる。

 俺はというと酒を飲もうとするユイを必死に止めている。

 子供達の前ではやめなさい、と。

 そんなこんなで盛り上がり、1日は終わりを迎えた。


 そして新たな1日が始まる。



 


 

 翌朝。

 緑生い茂る庭の真ん中で、折れた剣を握りしめたまま惨殺されたビクターの姿が発見された。




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