白魔導師、と死霊術師
◇
グラトニースライムを回避しながら、俺たちはスタート地点へと目指した。範囲を広げ、探知魔法を使ってみたが、案の定、多くの生徒が集中していた。
また、モンスターと思われる気配も多数、そこへ向かうのが確認された。実際、何匹かはすでに到着しており、今は徐々に後退しながらも、なんとか持ち堪えていると言った様子だ。
ちなみに、未だ援軍の気配は捉えられてはいない。
「一体、聖教国は何をしているんだ?」
このままでは多くの被害が出かねない。
気が付けば、怒りと、戸惑い混じりの声が俺の口から漏れていた。
グラトニースライムの対処は一旦、後回しにし、スタート地点へと急いだ。
到着すると、そこでは聖騎士、教師、そして笑みを浮かべ大剣をモンスターへと振り下ろすギースの姿があった。
「なんだ、あの男子生徒は……一年生とは思えないほど強いし、笑っていないか?」
ギースを見た聖騎士はかなり困惑しているようだ。
俺も、予想以上の強さに驚きはした。
なるほど。ラタールがあそこまで実力を賞賛するのも分かる。
「全く、今年の一年はすごい奴らばかりだな……実力だけ見れば、熟練の聖騎士と言われても疑わないレベルだぞ」
実際、ギースは聖騎士にも負けず劣らずの勢いで、襲いかかってくるモンスターを切り倒していた。
だが、それをみて鼻で笑う人も一人いた。
「いーや、あれじゃまだまだね。あんなの巨体と大剣の重さ頼りに、剣を振り回しているだけじゃない。私には到底敵わないわ」
なぜ、ユイが一方的にギースと張り合っているのかはわからないが、ユイのいうこともあながち間違いではない。ユイの戦いを見てきたから分かるが、ギースはまだ、ユイには遠く及ばない。恵まれた体格頼りなのは確かだ。剣の扱いも、出鱈目で力任せ。それでも、Aランク程度の実力はあるんじゃないかとは思えるほどに、強いのも事実だった。
「ユイ、あいつ嫌いなのか?」
「当然よ、あいつはカンナを傷つけたんだから!」
「なるほどな、それでか」
確かにそれは許せない。
どんな理由があったにしろ、カンナは大きく傷ついた。
「あの生意気な小僧に、格の差を見せつけてやらないとね」
「小僧って。ユイと歳、そんな変わらない気がするが」
あったとしてもせいぜい二、三歳の差だろう。
それに、この学院では何歳に入学するという決まりはなく、ただ何歳から何歳までと範囲が決められているだけなため、同い歳という可能せも全然あり得る。
「格の差を見せる上で質問だが、強化魔法はどうする?」
「そうね。無しでと言いたいところだけど、流石にそんな縛りを設けていい状態じゃないし……ギースにも同じものを頼むわ。それでフェアでしょ?」
「了解した」
ユイはその言葉を聞くと、加速し、モンスターの元へと駆け出して行った。
俺は杖を構え、ギースだけでなく、戦っている人全員に強化魔法をかける。
モンスターを軽々と斬り倒しながら、戦場を駆けるユイの姿に気がついたギースは、一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐに口角を上げ、楽しそうな笑い声を上げた。
「いいぜいいぜ! 俺も負けてらんねぇな! それに、誰だがしらねぇが、悪くね強化魔法だ。これなら、もっとモンスターをぶった斬れる」
ユイに負けじとモンスターを斬り伏せるギース。
そこに合流した聖騎士と教師、そしてラタールとカンナも加わる。
それにより、モンスターはわずか数分で掃討され、ひと時の安寧が訪れた。
すぐに、もっと危険なモンスターが控えているが、数分は休息できるだろう。
「おい、テメェ、やるじゃねか! 名前は?」
「ユイよ、あんたも学生にしてはやるわね」
「当然だ。あんな腑抜けどもと一緒にすんな」
「あっそ。でも、それはそうとして、カンナに謝りなさい」
「あ? 断るに決まってんだろ」
ユイに睨まれてなお、ギースの余裕の態度は崩れない。
さらにギースは言葉を続けた。
「優れた力を持ちながら、それを使わない腑抜けは、馬鹿にされて当然だろ?」
「人それぞれでしょ、そんなの。馬鹿にしていい道理にはなっていないわ」
「甘い考えだな」
ギースの考えも理解できないわけじゃない。だが、だからといってユイの言う通り、馬鹿にしていいわけではない。
二人で言い争いをするのは勝手だが、カンナの前でするのはよして欲しいところだ。
「ユイ、今は言い争っている場合ではない。次期に、グラトニースライムが来る」
探知魔法で気配を追っているが、グラトニースライムの進路は変わらず、この地点へと向かってきている。
いや、もう探知魔法すら不要か。
木々をへし折る音が聞こえてくる。
徐々に、赤く巨大な体が姿を現す。
その姿は、後方に避難している学生にも見えているのだろう。悲鳴や混乱の声が聞こえてくる。
聖騎士たちを見るが、打つてなしといったと言った様子。覚悟を決め、猛攻を仕掛けようとしているようだが、それでなんとかなるとは思えない。それは聖騎士や教師もわかっているようだが、何もしないくらいなら、猛攻を仕掛け、一かばちかに賭けようと言った考えなのだろう。
「ロイド、魔法の効果を高めるような強化魔法を頼める?」
カンナが杖を握りしめ、前へと踏み出す。
「やるんだな?」
「えぇ。だって、打開できるとすれば、私の力だけだから。それに、ここで逃げたら、後悔する。一生、自分には聖騎士を目指す資格すらないんだって、そう思っちゃう気がする」
この力強い言葉を聞いてなお、止めるのは野暮だろう。
それに、止めるくらいなら、そもそもここまで同行させたりはしない。
「分かった。いざとなれば魔力もき供給できるから、必要なら遠慮なく言ってくれ」
強魔法の効果を高め、魔力の消費量も軽減するよう、強化魔法をかけた。
出し惜しみはしない。
「ねぇ、ロイドってあの中に消えていったモンスターの気配はわかる?」
「ん? いや、仮に食われたモンスターの残骸や魔力が残っていたとしても、より強大な魔力をもつスライムの体内は探れないな」
「……そう」
何故、そんな問いをしたのか。
その疑問に対する答えはすぐに分かった。
「サモンズ・イモータル・ビースト」
グラトニースライムの動きが鈍くなったかと思うと、体内から続々と様々な形の漆黒の何かが這い出てくる。ハイウルフ、ゴブリン……他にも先ほどまで戦っていた大きな蜥蜴や熊に似たモンスターなどが、漆黒の魔物となり、スライムを内から食い破り、貫き、姿を現す。
あのスライムの体内には多くのモンスターが取り込まれ、殺されてきた。
それらに一時の仮初の身体を与え、命令することで内側から攻撃させる。奴らはカンナの魔力がある限り再生を続ける。魔力で動く奴らは、体をどれだけ欠損しようと動きを止めることはない。
「……っ」
ふらつくも、踏ん張り堪えるカンナの肩に手を置き、魔力を補填する。
流石にこれだけの数、しかもそれなりに強いモンスターを死霊化させ、維持するとなると、消費する魔力の量が尋常じゃない。まだ、魔法を使い慣れていないのもあるだろう。
この調子だと、持って3分ってところだろうか。
だが、その間に、コアを破壊できれるか否か……
刹那、幾つもの魔法がグラトニースライムに打ち込まれた。
「魔法を使える聖騎士は魔法を、出来ぬもの剣でも石でも、とにかくなんでもいいから、やつに全力で投擲してやれ!」
ヒッツが他の聖騎士に指示を飛ばし、それを聞いていた教師たちも一斉に攻撃を仕掛け出した。
再生が追いつかなくなり、中心部が見え始める。
だが、このままでは間に合わない。
これ以上、他所に魔力を割く余裕はないが……
「やるしかないか」
手段は選んでいられない。
俺は収納魔法を発動させ、持っていた杖をダンジョンで得た魔杖と交換する。
魔杖を握った途端、半透明で、かつ半分がごっそりと破れなくなっている本が出現するが、今は気にしている場合ではない。
魔杖には事前に魔力や魔法を貯蓄できる機能がある。
馬車での暇な時間、いざという時に備え、魔力だけは上限まで蓄えておいた。
それを一気に引き出す。
「強化魔法・炎舞」
燃え上がる刀身を見て、俺の意図を察したユイは、グラトニースライム目がけ走り出した。
コアに迫るユイの存在に気がついたグラトニースライムが進行を阻止しようと、体を変形させ触手を作り出し妨害するが、ユイはそれをものともせず、さらに加速する。
「これで、終わりよ!」
ユイの剣撃により粉砕されたコアが砕け散る音と同時に、グラトニースライムは形を失い、ジェル状の体が勢いよく飛び散る。
「危なっ!」
ユイは飛び退きながら、撒き散らせれたスライムの体を回引いていく。
聖騎士や教師も交代したり、盾持ちが前に出てそれを庇う。
そんな中、俺とカンナの方にも、一部が飛来してきた。
「カンナ、下がるぞ」
収納魔法で隠すように魔杖を収納しながら、飛来するジェルを避けようと声をかけるが、カンナからの返事がない。
「おい、カンナ?」
「はぁ、はぁ……」
魔力を激しく消耗したせいか、カンナは息を切らし、尻餅をついてしまう。
「足に、力入んない」
しまった……現状、魔杖の存在は隠し通さなければならず、そう易々と人前でつかていい物ではない。だから、魔杖を見られないようにと、即座にしまったのがそれが仇となった。
今から急いで収納魔法で杖を取り出し、構え、ファイアボールを放っても間に合わうか怪しい。それに、あのジェルを焼き尽くすのに、未強化のファイアボールの威力で足りるか否か。
「カンナ!」
ラタールが必死に叫びながら、駆け寄ってくるが、その速度じゃ間に合わない。
こうなったら、俺が……
カンナの前に出ようと俺が決意を決めた時には、すでに別の大きな人影がカンナの前に立ち塞がっていた。
男は握りしめた大剣で、飛来する物質を薙ぎ払う。
「……ギース」
カンナは肩で息をしながらも力強い瞳で、目の前に立つギースを睨む。
「やりゃできるじゃねぇか」
僅かに口角をあげ、それだけ告げるとギースはどこかへと去っていってしまった。
「まさか、あいつに助けられるなんて……」
「あぁ、読めない奴だな」
ギースの大きな背中を眺めながら、俺とカンナはそう呟いた。




