白魔導師、生徒を救いに向かう
課外授業四日目。
時刻は日が登り切ったあたりだが、現時点での得点は844。
流石にやりすぎだという罪悪感が込み上げていたため、今はある程度加減し、ゆっくりとモンスターを討伐してまわっていた。
本来の計画では、目標のモンスターを狩るために森の奥の、エリアギリギリの地帯まで向かう予定だったが、もうその必要はないらしい。後で知ったのだが、去年の優勝パーティーの獲得ポイントは459、最終日を前にダブルスコアをつける勢いであり、ラタールいわく、ギースのような優勝候補者でも挽回は不可能とのことだ。
先日、事実確認のため教師が接触してきたが、事実だと知るとポカンと間抜けな表情のまま静止してしまっていた。
優勝は確実……と断言はできないんじゃないかと、俺とユイは考えていたが、俺たちよりもこの学院を知るラタールが「そんな心配は無用!」と断言するため、今日はのんびりと、開始地点から一時間と少しくらいのあたりで狩りを行っていた。
「それにしても、探知魔法禁止縛りはいるのか? 俺の数少ない仕事の一つなんだが……」
「いるよ……確かに、ユイの身体能力と剣の腕も、学生とは思えないほど凄まじさだよ。でも、こんな結果になっているのはどっちかっていうとロイドの探知魔法のせいだからね? 数キロ以内のモンスターの気配を全部把握できるなんて、ちょっと反則だよ」
「そう、なのか?」
「そうだよ。はぁ、他の生徒が知ったら、なんて言うか」
納得がいかない。師匠ならもっと広範囲で精密な探知をやってのけるだろう。
それと比較すれば、俺はまだまだ未熟な方だと思うが……
「それに、この強化魔法もちょっと凄すぎない? 一撃とはいかないけど、魔法職の私がゴブリンと杖で戦えるって……」
「別に、ゴブリンはそこまで強いモンスターじゃないからな」
カンナも貢献したいと言っていたので、今は身体強化の強化魔法をかけている。その甲斐もあってか、杖を用い、魔法ではなく物理的な攻撃でゴブリンを倒せる程度には動けるようになっていた。
元々剣士として剣術を学び、鍛錬を積んでいるラタールも、ユイほどとはいかないが、それなりの数のモンスターを討伐している。
そんな中、俺の討伐数はゼロだ。
俺が前に出ようとすると、ユイに下がって置くよう指示されるため、俺は三人が頑張る姿を強化魔法分の魔力を消費しながらぼんやりと眺めるだけ。
探知魔法も封じられた今、俺に仕事はなかった。
「暇だな……」
やることもないため、自分の今後を……どうやってこの面倒な肩書きから逃げるかを考えながらぼーっとしていると、遠くから慌てた様子で走ってくるパーティーの姿を見つけた。人数は四人。全員、クラスメイトだ。顔は見たことがある。だが、名前は知らない。
装備は身につけておらず、武器も持っていない。
大きな怪我をしている様子はないが、必死に逃げる様から、ナニカから逃げていると分かる。そのために、装備をすて、なるべく身軽に動けるようにしているのだろう。
すぐ近くにモンスターの姿は見えないが……
「流石に探知魔法を使ってもいいかな」
俺たちを発見したパーティーは、こちらへと駆け寄ってきた。
ユイたち三人は少し遠くで、まだ狩りを続けている。
ここは暇を持て余している俺が対応するか。
「何かあったのか?」
「た、大変だ! あっちの方で、馬鹿みたいにデカくて、なんでも吸収する赤いスライムが出た……俺たちを逃がそうと聖騎士が立ち向かったけど、め、め、目の前でのみこまれちまったんだ!」
聖騎士がなす術なく、スライムに飲まれていく様を直接見てしまったらしく、後ろで疲れ果て座り込んでいる女子生徒は真っ青な表情をしながら、涙を流していた。
異様な様子の四人組に気がついたユイたちも武器をしまい、こちらへと急足で戻ってきた。
「もう、おしまいだ……」
死を悟ったような表情で、恐怖に塗れ疼くまる四人の身に起こったことを、ユイたちに簡潔に説明する。
「赤くて、馬鹿でかいスライム……うーん、そんなのいたっけなぁ」
「俺たちが知っている弱いスライムとは違うのは確かだが、情報がなさすぎる」
俺も聞いたことがないし、冒険者として様々なモンスターを討伐してきたユイも心当たりがないらしい。
「ねぇ、それってグラトニースライムじゃない?」
カンナの口かっら、俺の知らないモンスター名が出てきた。
「カンナはそのグラトニースライムってやつ、知ってるの?」
「うん、まぁ、この間、ちょっと興味本位で冒険者ギルドに入ってみたの。ほろ、ユイに言われて、あの場では否定したけどさ……冒険者って選択も、実は悪くもないんじゃないかって。その時にたまたま見た、張り紙に書いてあった気がする。グラトニースライム討伐のため、冒険者募集って」
「危険度は?」
「確か、Aだったかな?」
「Aか」
Sランク冒険者が動いてもおかしくはない危険度だ。
「他には? 何か情報はなかった?」
「えーと、なんか大規模パーティーの編成を考えている、とか書いてあった気がする。多くの魔法の使い手を集め、一斉攻撃を仕掛けるとかなんとか」
「なるほど……それは、不味いかもしれないわね」
カンナの話を聞いたユイの表情が険しくなる。
「大規模な編成が前提のモンスターを、少数で挑むとなれば、当然危険度は増す……危険度Aはあくまで大勢で挑むことを前提に設定された危険度だから」
「普通の一パーティーの依頼に換算するとS相当の可能性もあるってことか」
「えぇ、十分にありうるわ。物によるから断言はできないけど」
危険度Sなんて滅多にお目にかかれない危険度の依頼だし、そのレベルとなるとSランク冒険者のパーティーが最低条件だったはずだ。
「そ、それって本当?」
先ほどまで疼くまり泣いていた女が立ち上がる。
「だ、だめ、まだあの近くにはクラスメイトがいっぱいいるし、その中には友達もいるの……」
そうは言われてもな。
「聖騎士と教師がうまく立ち回っていることを祈るしかない」
「で、でも……あなたたちって、ダントツでトップを独走しているっていう……」
俺たちなら、何かできるんじゃないかと言う意図での言葉だろう。
だが、そんな何かを懇願するような顔でこちらを見つめられても、俺たちは何もしてはやれな……
「ロイド、行きましょう」
「……本気か?」
「えぇ」
ユイの瞳をじっと見つめる。
こちらを見つめ返すユイの力強い瞳からは、固い決意が感じられる。
こうなっては、俺ではどうしようもない。ユイを止めることはできないだろう。
それに、
「そのグラトニースライムとやらを、倒そうってわけじゃないんだろ?」
「勿論、無謀なことはしない。生徒を逃すために時間を稼ぐ……あるいは、避難の手伝いね」
戦闘には加わらず、あくまでもそのサポートをするだけ。
そのくらいなら、俺たちにも何かできることはあるだろう。
「分かった。俺とユイはその生徒の様子を見に行く。ラタールとカンナは彼らを連れて逃げてくれ」
「いや、僕もいくよ」
ラタールも覚悟を決め、そう決断したようだが連れてはいけない。ラタールは学生の中では優秀な部類で腕も立つかもしれないが、危険度が高すぎる。
「危険すぎる」
「それはロイドたちも同じだよね? ロイドとユイが強いのは認める。僕も詳しくはないけど、そこらのDランク冒険者よりも強いんじゃないかと感じた。それでも、Dランク冒険者やそこらの冒険者の手に負える敵じゃないことは僕でもわかる」
「あ、あぁ、そうだな」
俺の横に立つ、危険度がAでも手に負えるレベルの高ランク冒険者に、チラリと一瞬視線を向ける。
なんとか表情に出さないよう努力しているようだが、そわそわと落ち着かない様子のユイ。分かりやすすぎだろ、と内心突っ込むが、幸いラタールもカンナも気がついてはいないようだ。
「私も行く」
意外なことに、カンナまでもが行くと言い出す。
「カンナ、無理しないで」
ユイがついて来ないよう促すも、カンナは首を横に振る。
「ううん、私も頑張りたい。それに、私の予想通りの敵なら、ひょっとしたら役に立てる、かもしれない」
「カンナ……」
小刻みに震える手を見るに、無理をしているのは明らかだ。
だが、役に立てるかも知れない、という言葉にはどこか自信が込められており、それなりに根拠があっての発言なのだろうと思えた。
だが、それでも即決はできない。
せめて、何を考えているか分かれば判断のしようもあるが、カンナもこの場では答えてはくれないだろう。そもそも、その策が素晴らしくとも、カンナが土壇場でパニックを起こすという不安が残る。
「ロイド、連れて行きましょう」
「ユイ……」
カンナの職業について何も知らないはずのユイがそう言い切った。
「そう考える根拠は?」
「勘?」
「大丈夫か、それ」
「えぇ、でも、それなり自身はあるわ。だって……」
不意にユイがつま先を上げ、口を俺の耳元へと近づけた。
突然のことに驚き、反射的に距離を取ろうとするが、それを阻止するようにユイが力強く腕を掴んだ。
「これも私の勘なんだけど、ロイドはカンナについて何か聞いてるんでしょ? 学院長から」
「っ⁉︎」
まさか、バレるとは微塵も思っていなかったが故に、隠せないほどに動揺してしまう。
「どこでそれを……」
「ふふふ、実は見ちゃったのよね。課外授業前日の夜に、ロイドの部屋に入り込む褐色の女の姿を」
言い方が多少気にはなるが、今はそれどころではないのでツッコミはグッと堪える。
「見ていたのか?」
「たまたまだけどね。それに、ロイドってカンナの実力を疑っていない感じだったから。何かしらの根拠はあるんだろうなってくらいは、察してた」
言いたいことを言い終えたユイは、俺の腕を離し元の距離へと戻った。
「連れて行くのか、行かないのか、考慮する余地はあるんでしょ? だったら、私は連れて行ってうまくいく方にかける」
ユイの力強い眼差しが、言葉が、俺の迷いを晴らす。
決して、不安が消えたわけではない。
でも、これ以上悩んでいたって答えが出るわけでもないし、カンナがここで実力を示せば、聖騎士へのチャンスが生まれるかもしれない。
「そうだな、連れて行こう。もし、上手く行かなかったら、その時は全力疾走で逃げよう」
「そ、そうね。意気込みとしては、どことなく情けない台詞だけど……行きましょう」




