白魔導師、友人を作る
「ユイとロイドの席は後ろのあの二つだから、二人で話して好きな並びで座って」
この教室は前の席の人で黒板が見えなくなることがないようにと、段差になっており、何処の席でも問題なく、講義に集中できる造りだ……なんて、考えている場合じゃないな。
席に着いてすぐ俺は、平然と、何事もなかったかのようにそこにいるユイに小声で話しかける。
「ユイ、何でここにいるんだ?」
「なんでって、そこにロイドがいるから?」
「理由になってないんだが……」
「だってロイドを一人にするのは可哀そうだし、ほら。私がダンジョン攻略に参加したいって言って、こうなったっていうところもあるしね」
ユイなりに、この一件には責任を感じていたらしい。
「そんなこと思わなくていいのに」
「いや、ロイドには言われたくないなぁ。どうせ、私たちに迷惑はかけられない、とでも考えてたんでしょ?」
図星だ。返す言葉が見つからない。
「ダッガスたちは? ユイが抜けると大変だろ?」
「そこは大丈夫。イシュタルから優秀な白魔導師と、病み上がりだけの元は強―い剣士がやってきてるから」
ユイの言葉には迷いがなく、心からその2人を信頼していることが伝わってくる。
なるほど、そういうことか。
「シルビィーはもう大丈夫なのか?」
「まだ、現役時に比べると全然って感じらしいけど……でも、順調に回復はしているっぽいし、そこらの剣士よりかは強いわ。ま、私には遠く及ばないけどね」
「病み上がりの人間と競ってどうするんだ……」
「そう言うわけだから、ダッガスたちは大丈夫よ」
ユイがこうしてここにいる、ということはダッガスたちも同じ考えだと思ってもいいだろう。ユイはこういう性格ではあるが、無断でパーティーから抜けるような真似は流石にしない。たぶん……
「よくこの学校に入学できたな。名門らしいぞ、ここ」
「あのね、私Sランク冒険者なのよ? この程度の学校、余裕よ。それに……」
「それに?」
「よくわかんないけど、困ってたらリョウエンっていう研究者に声かけられて。お主の力になってやるぞ、って。なんか、凄い研究者っぽいいんだけど……知り合いなの? めちゃ、ロイドのこと探してたよ」
「……一応、知り合いかな」
そういえば、今度会おうなんて約束をしていたような……一方的に押し付けられていたような……。
俺は色々なことが起こりすぎてすっかり忘れていたが、リョウエンの方はしっかりと覚えていたらしい。凄い研究者っぽいし、そのコネとユイの実力ならば、いくら有名な聖騎士学校とは言え、入学はそう難しくないのかもしれない。
「あ、ちなみに部屋は横だから、朝はよろしくね」
俺の部屋の壁が金庫なみの分厚さと強度じゃなければ、壁を叩いて起こせ……はしないか。そんなことで起きるなら、シリカは苦労していない。
「はぁ……了解した」
遅刻を繰り返し、退学……なんてことは避けたいし、ユイの目覚まし時計役もずっと続くってわけじゃない。ユイに友達ができれば、その友達に任せればいい。ユイであればすぐにこのクラスに溶け込むことだろう。
一限は座学で、途中から入学してきた俺やユイには少しきつい内容だった。事前に渡された教科書のページを前後しながら、講義内容を理解するうえで足りていない知識を補完していく。
ちなみに、いうまでもないかもしれないが、ユイは理解を早々に諦め寝てしまっていた。
まぁ、正直、ここを卒業するつもりはないため、俺も座学は最低限出来ればいいし、ユイも俺が卒業まで残るつもりがないことは分かっているのだろう。とは言え、入学初日の初授業を開始10分待たずして眠るのは流石というか、ある意味尊敬する。
そんなこんなで、何とか四限までの講義を終え、昼休みを迎えた。
「ロイド、購買いこ! 私、朝食べてなくって。もうお腹ぺこぺこ」
「相当急い来たんだな」
「当たり前でしょ、流石に初日から遅刻はしないわ」
「遅刻スレスレ……いや、ギリギリアウトじゃなかったか?」
「セーフよ、セーフ」
ユイと共に購買にでも行こうかと立ち上がると、男女のペアがこちらへと歩み寄ってきた。
……敵対心はなさそうだ。
まぁ、そりゃそうか。
勇者候補者という肩書きのせいで、神経質になっているな。
「初めまして。僕の名前はラタール、クラスメイトだよ。これからよろしくね」
ラタールという俺と同じくらいの背丈の茶髪の男は、そう言うと握手を求めて来た。
「よ、よろしく」
握手してみて分かったのだが、手にはマメがあり、皮膚が固い箇所があった。日頃から剣を握り、鍛錬に励んでいるのだろう。
「私はカンナ……よろしく」
ユイは栗色の髪の女……カンナの手をとり、ぎゅっと握り絞め、微笑んで見せた。
「こちらこそ、よろしくね!」
「入学初日で、何かと分からないところもあるだろう? 遠慮なく、僕たちに聞いてくれていいよ」
「助かる……正直、分からないところだらけだ」
購買も行こうという話ではあったが、どこにあるかは知らない。
「お昼なんだけど、食堂でもいいかな? 安くてオススメなんだけど」
「あぁ、ユイも食堂でいいか?」
「えぇ」
それからラタールとカンナに案内され、食堂へと向かった。食堂は広く、部屋全体がかなり綺麗に整備されていた。メニューも多く、ラタールの言う通り、値段も良心的な価格。世の中の学校はどこもこうなのだろうか……。
そんなことを考えながら、俺たちはてきとうに各々食べたいものを注文し、席に着いた。
俺の横にユイ、俺と向かい合うようにラタールが座り、その横にカンナが座る。
「そう言えば、冒険者をやっているんだって?」
「まぁ、色々あってな」
ラタールの問いに、当たり障りのない言葉を返す。
「ふーん、ランク、とかって聞いてもいいかな?」
「Dランクだ」
「なるほど……ってことはユイも?」
「うん、私もDランクだよ」
ユイはそ平然とした様子で言い切って見せた。
Sランク、なんて言ったら日には注目の的になることは間違いない。それに、Sランク冒険者ともなれば数はそう多くないし、同名のSランク冒険者がいなければ特定されてしまう可能性は十分にあり得る。そこから俺の情報もバレる、なんてことも考えられる。
それらを考慮しているのだろうが、おそらく誰かの入れ知恵だろうな。
心配だな……
ユイは嘘がうまいとは言えない。
それに、一度剣を握ればすぐにボロが出そうだが、どう誤魔化すつもりなのか。
「ユイはたぶん、剣士なんだよね?」
「え、なんで分かったの!?」
「いや、自己紹介で言っていただろ」
剣術を学びたい。
まぁ、あの時の様子から察するに、おそらく土壇場で考えた適当な理由なんだろうな。
深く考えずに、行動する当たりがユイらしい。
「そっか、そう言えばそんなこと言ったかも」
講義中にぐっすり寝て、すっかり忘れてしまっていたようだ。
「ロイドも同じく剣士だったりするのかな?」
「いや、俺は……魔法系で、白魔導師だ」
「へぇ、魔法系にしては鍛えてるっぽいし、てっきり剣士とか盾使いとかかと」
意外とよく見てるんだな……
確かに、日頃から運動はしている。移動期間中は、できることが限られたが、それでも体が鈍らない程度に許された範囲で運動はしていた。
「魔法系とは言え、多少は動けないと、モンスターはこっちの事情なんてお構いないしだからな」
「確かにそうだね。やっぱり、実践経験を積んでいる人の視点は違うなぁ」
別に、当たり前のことを言っただけなんだが。
「ここの学生は実際にモンスターと戦ったりはしないのか?」
「まだ、授業ではそう言ったことはないね。模擬戦ならあるけど。あ、でも、そう遠くないうちに、そういう課外授業があるらしいよ」
課外活動と聞き、目を輝かせるユイを横目に不安が込み上げてくる。
果たしてユイの辞書に自重という言葉は存在するのか否か、怪しいところだ。
調子乗ってモンスターを狩りまくらないよう、その時が来たら注意はしておこう。
「ねぇ、カンナはどういうふうに戦うの?」
「私は……その」
ユイにそう問われ、カンナは口を継ぐんだ。
言いたくのか、難しい表情をして視線を逸らす。
「ごめん、聞いちゃ不味かった?」
「そうだね……あんまりそこには触れないであげてくれないかな」
黙るカンナの代わりにラタールがそう答えた。
先ほどに問いは、カンナにとってはよほど聞かれたくないものだったらしい。
人に言えない職業か……
知ってる限り、人に言うのが憚られるような職業には心当たりがないが、俺の知る職業が全てでは無いしな。知らない職業か、あるいは……
「分かったわ。ごめんね」
カンナの職業は気になるところだが、本人が嫌だと感じている以上、無理には聞けない。
「なぁ、食べ終わったら軽く校内を見て周ろうと思っているんだが、案内を頼んでもいいか?」
「勿論、僕で良ければ。カンナもいいよね」
「えぇ、私ももっと話したいし」
笑みを浮かべ、即答するラタールとカンナ。
一人ぼっちの学校生活を覚悟していたが、何故かユイもいるし、こうして話せるクラスメイトも出来た。
出だしは概ね順調と見ていいだろう。
特にユイの存在が大きい。
まぁ、それはそれで、少し不安でもあるが……
◇
その日の放課後。
帰ろうと席を立つと、一人の猫背で細身な男子生徒に呼び止められた。
「少し良いかい?」
俺とユイに何か用があるらしいこの男を、俺は今日この教室では見ていない。
他クラスの生徒か?
「えーと、何か?」
「ちょっと噂を聞いて。二人は冒険者なんだって?」
「えぇ、そうだけど……ところで、あなた誰?」
「あぁ、失礼。自己紹介がまだたった。俺は隣のクラスでカルティゴだ。よろしく」
隣のクラスからわざわざ足を運ぶとは……文脈から察するに、冒険者であることが関係しているようだが、狙いが見えてこない。
「それで、何のよう?」
「少し冒険者に興味があって。そしたら、何でも隣のクラスに冒険者が二人も入ってきたって聞いてね。ぜひ、話を聞いて見たいなって」
そう言いながらカルティゴが俺たちへと向ける視線はどこか気味悪く、何かしらの意図を感じるようなものだった。
「まず、ランクを聞いても良いかな?」
「Dランクよ」
「ふ、ふーん、そ、そう。隣の……ロイドは?」
なぜか、カルティゴは引き攣った笑みを浮かべながら俺へもそう問いかける。
「まごうことなきDランクだ」
ユイとは違い、俺のDランクに嘘偽りはない。
「っち、なんだ。Dランクかよ」
俺とユイのランクを知った途端、カルティゴの態度が豹変した。
先程までとは一変し、心底不快そうな表情で、苛立ちをこちらへとぶつけてくる。
「時間を無駄にした。まぁ、そりゃそうか。あのカンナと連むような奴がまともな訳ないか」
「はぁ? ちょっと、それってどういう……」
ユイが呼び止めるが、まるで聞こえていないかのような態度で、足早に教室を出ていく。
「はぁ? マジで何なの、あの感じ悪いやつ! カンナの悪口も言ってたけど」
「さ、さぁ?」
「あーもう、むかつく!」
ユイはそう叫び、机に拳を叩きつけた。
確かに不快な生徒であったことに違いはない。ユイが怒るのも共感できた。
それに、カンナのことを知っている口振りだったが、一体何だったんだろう。




