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白魔導師、聖教国へ向かう

次の書籍の発売までそこそこ期間があるので、投稿します。

 聖剣と同等とされるアイテム……魔杖を手に入れてしまったことで、俺は一時、冒険者を休業することとなった。

 再開の目処は今のところ立っていない。

 再開できるかも、怪しいところだが……

 

「それにしても、まさか、学校に通うことになるとは……」

 

 今、俺は聖教国からやってきた、それはそれは豪華な馬車で揺られていた。

 先日、乗った馬車とは違い、乗り心地は非常に良い。

 だが、居心地は良くない。先日、乗った馬車の方が断然、居心地はよかった。

 この馬車の他にも四台の馬車が、俺の乗っている馬車を護るように並走しており、その中には聖騎士が装備を纏ったまま、座っている。食料やらポーション、武具の類も馬車の中にあるようだ。

 また、俺の座る反対には、背筋を伸ばし瞼を閉じたルーアが座っていた。

 寝ている、のだろうか。


 そんなことを考えながら顔を眺めていると、すっと目が開かれた。

 俺は反射的に慌てて視線を逸らす。


「そろそろですね……馬車を止めて」


 ルーアの一声で五台の馬車が勢いを落し、止まった。


「そろそろっていうのは?」


「ある事情で王都に出ていた仲間をここで回収する予定でして……」


 言葉の途中で馬車の扉がノックされた。

 扉が開き、入ってきた人物を見て、俺は目を見開いた。


「エル……だよな」


 そこにいるのは相変わらず、貧相な格好をした水色髪の女……エルだった。

 彼女は以前、カラースまでの護送で一緒に依頼を受けたSランク冒険者で、初めて出会ったのはユイと王都をふらついていた時のことだ。

 聖騎士、だったのか?

 それにしては、相変わらずの格好で、他の鎧を身に纏う聖騎士とは雰囲気が違う。

 何か秘密を抱えていることは予想していたが、ひょっとすると彼女の抱える秘密は俺の想定していた以上のものなのかもしれない。


「ロイドさん、ですよね……その、お久しぶりです」


「あ、いえ、こちらこそ」


 エルが馬車に乗り、場車内には俺とルーア、エルの三人がいることとなったのだが。

 しんと静まり返った空気に包まれる。

 ルーアは相変わらず、瞼を閉じたまま静止しているし、エルはぼーっと窓の外を眺めている。


 しばらくはこんな雰囲気の馬車に、揺られ続けないとならないのかと思うと、ちょっと辛い。いや、ちょっとどころではないかもしれないな。


 こう言う時、どうすればいいか。話しかける度胸のない俺の選べる選択肢は一つ。

 寝る、だ。

 別に眠いわけではないが、俺も少しばかし寝るか……。

 内心でそう呟き、俺は瞼をそっと閉じた。





 懐かしい夢を見た。

 俺がまだ、師匠から魔法を教わる前のことだ。

 師匠と過ごした家は、木々に囲まれた、人里離れた場所に立てられている。


 ある日のことだ。師匠が家を留守にしている間、俺は師匠の家の中を探索していた。師匠の家には、初めて見る色々な奇妙なものがあり、当時の俺はそれを見て回るのが好きだった。

 その日も、まだ見ぬものを探しに、家内を探索していた。

 その際、家の地下室の物置のさらに奥に、隠し扉があることを偶然にも発見し、幼かった俺は好奇心に従い、隠し部屋へと足を踏み入れた。

 そこからの記憶は曖昧で、何があったか思い出せない。部屋の中に何があったのか、そこで俺が何をしたかも思い出せない。

 靄がかかったように、そこだけが曖昧ではっきりしない。


 ただ、家に帰ってきた師匠に酷く叱られたことだけは覚えていた。

 普段優しい……なんてことは別になく、怒ることは珍しくはないが、その日の、その時の師匠の説教がいつもとは明らかに違ったことだけは、幼いながらも肌で感じ取れた。怒り以上に焦りというか、不安というか。師匠らしくないというか……。

 流石にそこまで鮮明には思い出せないが。


 


 すっと瞼を開くと、太陽は沈みかけており、橙色の光が窓から差し込んでいた。


「もう夕方か」


 それにしても、何故、今になってそんな懐かしい夢を見たのか。

 それに、最も大切な箇所が抜け落ちた、不完全な夢だった。 


 そういえば、もうしばらく師匠と会っていないな。

 きっと、さぞご立腹だろう。

 半殺しにされるくらいの覚悟はしておいた方が良いかもしれない。


 会う機会があれば、の話だが。


「しばらく帰れそうにないな」


 俺は遠ざかる王都を背に、小さくそう呟いた。





 ◇


 聖教国に入り、さらに数日馬車に揺られ、俺は聖地へと到着した。

 本当に長い旅路だった。護衛も多い上、俺は戦闘に加わるなと言われていたため、ただ馬車に揺られるだけの日々が続いた。一日三回の食事だけが、俺の唯一の楽しみだ。

 流石に、長い旅路を無言で過ごすことは難しく、馬車生活の中、エルとは会話し、それなりに仲を深めることはできた。それでも、エルの抱える秘密についてはいまだ不明なままだ。下手に触れるのも怖かったし、それで空気が悪化する可能性を考えると、とても触れる気にはならなかった。

 聖教国の中核とも言える街、聖地はかなりの人で賑わっていた。


「ここが聖地か。流石に、賑わっているな」


 王都に劣らないほどの賑わいと、発展の感じられる街だが、違いがあるとすれば宗教を感じさせる建物が、ところどころにある点だろう。装飾もやたらと凝ったものが多い。

 しばらくはこの街が俺の生活の舞台となるのか。


 それから俺は、聖地の中心部にそびえたつ城の中へと通された。

 城は王都にあったものと比べても、豪華で装飾が凝っていることもあり、かなり芸術点の高いものであることが素人目にも分かった。

 

 芸術的で美しいと思わせる理由は、その城の構造が大きいだろう。王都にある城に比べると、この城はいささか守りが薄く見える。どこからでも魔法を撃ちこめるほど、堂々と聳え立っている。

 だが、実際はそう見えるだけで、かなり強固な護りが施されているそうだ。

 この城は聖剣の力を借り、相当強固な城へと強化されているらしい。透明の結界でコーティングされているようで、その強度は王都の城を超える。上級魔法を撃ちこまれてなお、びくともしないほどだそうだ。


 確かに、城全体から魔力を感じる。

 これなら、この美しい城の外観を国民や観光客に堪能してもらえるな。


 それから、俺は教皇と呼ばれる、聖教国の偉い人と謁見する予定だったのだが……。

 教皇は今、体調が悪いらしく、会うことはかなわなかった。

 俺としてもその方が助かるため、内心安堵する。


 代わりの者が、応接室にて詳しく説明してくれるとのことで、俺は応接室でその人をまった。

 十数分して、応接室の扉が開かれる。


「すまない。待たせてしまったね」


 現れたのは赤い髪に褐色の、背の高い女だった。整った顔立ちをしているが、左頬には傷跡がある。それもあってか、力強い美人という印象を感じる。


「俺はラミス……ロイドの通う聖騎士学校、私立聖鵬騎士学院の学院長をしている。ルーアから軽い説明は受けているだろうが、新たに決まったことも含め、しっかりと俺が説明させてもらう。ま、大いに緊張してくれ」


 あえて緊張をほぐすためにそう言ったのだろう。

 そんな俺はというと、さほど緊張はなかった。最近、色々ありすぎて感覚が麻痺しているのだろう。


「さて。事前に聞いてはいるだろうが……何故、ロイドがこの学院に通うことになったのか、それは簡潔に言えば常識を学んでもらうためだ」


「常識?」


「あぁ、そうだ。別に冒険者が非常識、とかそういう理由じゃないから、そこは誤解しないでくれ」


 まぁ、大多数の冒険者が王国や聖教国騎士に比べれば常識面で劣るのは事実だろうが。


「ロイド……君は特にその身をもって感じたかもしれないが、近ごろ、勇者の常識を疑問視する声が多くなってきてね。アレンの一件があってから、その声は強まりつつある」


 アレン。あれ以降、目立った動きは確認できず、特に問題を起こしたという話も聞かないが……。

 一体、何処で何をしてるのか。

 アレンがどこで何をしていようと、俺には関係のないことだが、一緒に戦って……いや、役たたずと言われた俺が共闘というのは違うかもしれないが、それでも長い時間を一緒に過ごした仲だ。全く気にならないというわけではない。特に、こうして似たような立場に置かれてからは、アレンについて思い返す日が増えた。


「それでだ。ロイドを勇者とするにあたって、まずは常識をしっかりと学んでもらおうということだ」


「なるほど。それで学校ですか」


 確かに、アレンは勇者という肩書を振りかざし、やりたい放題している節はあった。セリオンはその肩書を持ちながらも、おそらく勇者としての仕事はしていないだろう。

いや、してはいるのか。クレアの護衛を勝手にやっていているが、三大国からすれば、最強と名高い勇者がクレアの傍にいることは有難いはずだ。しかし、クレアの抱える事情を知らない一般人からすれば、責務を放り出し、自由に大陸を闊歩しているように見えているのだろう。

 本人も自分がどう見られているのかなんて、気にしている様子はないし、クレアを護っていることに関しても仕事とすら思っていないだろうがな。


「あぁ、新たな勇者の候補者であるロイドは、我が学院に通ったっていう経歴を持っていてもらいたいわけだ。勿論、しっかりと学んでも貰うがな。わが校の名に泥を塗られては困る」


大方、ルーアからの説明通りだった。

 ルーアは、学院長から詳しい説明があるからといって、あまり詳しい事情は説明してくれなかったし、そもそもルーアが動き出した時点ではまだ、細かいことは未確定だったそうだ。通う予定の学院と、そこですること、その後の大まかな予定なんかは説明してくれたが、変更の可能性はあり得ると言っていたし。


「さて。早速、来週にはわが校に通ってもらうのと、今日からでも学院寮に泊まれるようになっているが……せっかくの機会だ。聞いておきたいことはあるか?」


 学院長という役職は決して暇じゃない。こうしてゆっくり話せる機会はそうないだろう。

 俺は一つ、気になるっていたことを聞いてみることにした。


「聖騎士っていうのは俺みたいな、直接戦うには向かない人でもなれるのか?」


 騎士と聞いて、鎧をまとい、剣を振るう姿を連想するのは俺だけではないだろう。

 実際、王国騎士は剣や盾を武器として扱い、優れた魔法系は宮廷魔導師として、王国騎士とは別に分けられる。


「確かに騎士、と聞いて最前線でその身を晒し戦うものを連想するのも無理はない。だが、聖騎士は別だ。体術も魔法も最低限は学んでもらうが、そこから得意な方を伸ばす……だから聖騎士には魔法を得意とする者もいる」


「なるほど……」


「まぁ、わが校での学びはロイドにとっても良い経験になるだろうし、気楽に、学生生活を楽しんでくれ」


「気楽にって……」


 勇者候補の肩書きを背負いながら、気楽に生きられるほど肝の据わった人間じゃない。


「そう緊張するな。本格的に勇者としての活動が始まったとしても、ロイドの職業はいわゆるサポーター……勇者として活動することになっても聖教国内でも屈指の戦闘職がパーティー入りするだろうし、帝国、王国も協力してくれるだろう」


 他の勇者と違って、直接は戦えない。

 他とは能力の方向性が違う上に、勇者という肩書を半ば強引に背負わそうとしているわけだ。かなり手厚くサポートはしてもらえるだろう。


「多くの義務と引き換えに、か」


「そういってやるな。我が国……いや、そうでなかったとしても、勇者という称号とその力に憧れている者がどれだけたくさんいると思う?」


 王国騎士や宮廷魔導師、聖騎士とは違い、個人の努力ではどうしようもない肩書……。

 アレンがよく自慢げに語っていた。何万、何十万……下手をすればもっと多くの者が憧れ、夢を見て、儀式に挑んだが、それでも今現在、勇者はたったの四人しかいない、と。アレンという存在がいかに稀有であるのか。


「贅沢な悩みである、と?」


「ロイドはそう思わなくても、それを聞いた者はそう思うだろうな。とくに、この聖教国内では……だから、気を付けておいて欲しいことがある」


「気を付けて欲しいこと?」


「そうだ。勇者候補が現れたことは皆、周知の事実だ。実際、それ以降魔王軍に目立った動きはなく、良い抑止力になっている。だが、それが誰なのか、今現在何をしているのかという情報は伏せられている。勇者候補が誰なのかを特定されれば護送中、魔王に狙われかねないし、常識を学ぶ機会も失いかねない」


 ダンジョン攻略達成と同時に、聖剣と同等のアイテムが発見されたことはすでに伝わっている。伝えなければ良いとも思うが、ダンジョン攻略で何の成果もなかったとは言えなかったらしい。それに、伝わっているからこそ、こうして堂々と護送も出来たわけだ。

 ちなみに、護送にはいくつかダミーも用意していたようだ。あの豪華な馬車をいくつも用意したと考えるとやり過ぎじゃないかと、やや引きしているが、そんなダミーが功を成しているのは、勇者候補者の正体を悟られてないからこそだ。

 常識を学ぶという点においても、俺の正体は隠されていた方が都合が良い。

 勇者候補者が在学していると知られれば、その学校が危険に晒されかねないし、この国はどの国よりも勇者を大切に扱い、崇拝する者までいるとのことだ。通う予定の学校にもそういう者がいないとは限らない。そうでなくとも、俺が勇者候補者と知れば、学生や教員から丁重に扱われてしまう。そんなことをしてしまったら、常識を学ぶどころか、下手に俺を付けあがらせることにもなりかねない。それではアレンのような勇者を生み出すだけだ。

 だから、俺のことは学院長と、ごく一部の教員にのみ伝達されているらしい。


「それで、何を気を付ければ?」


「勇者候補者であることは明かさないこと」


「それは分かってます」


 ここではごくごく普通の学生として振る舞うこと。

 冒険者としての経歴を明かすのは自由だが、細かいことは語らない方が良いとの忠告もあった。多少の嘘を含め話すのがベストだろう。

 例えば、聖教国の田舎で冒険者をやっていた、とか。


「聖教国の田舎でDランク冒険者をやっていた、というつ設定でいくつもりです」


「そうか? もっと高ランクでもいいかと思うが……まぁいい。一応、念の為に言っておくが、気をつけろ、生徒にも。何せうちは個性派ぞろいなんでな」


 そう言い、口角を上げるラミス。

 俺は言っていることの意味が理解できず、首を傾げた。


「まぁ、通えばわかるさ」


 何それ……ものすごく怖いんだが。


「それじゃ、今度は学院で会おう」


 ラミスはかなり不安な言葉を笑顔でさらっと言い残し、部屋を去ったのだった。








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