白魔導師、と領主様(中)
そう言い、ニッコリと笑うアベル。
俺もここで〝クレハ〟の名前が出てくるとは思ってはいなく驚いた。
「クレハを知ってるんですか!?」
心配そうに尋ねるユイ。
俺もユイも宴の前から、クレハの姿を見ていない。
宴の後に俺一人で探そうとしたが、イシュタルのギルド支部長、ウルゴに「今は安全なところに避難している。だから、大丈夫だ」と言われ、探させてくれなかったのだ。
ユイも俺が寝ている間に、ウルゴに似たようなことを言われたらしい。
立場ある人だし、嘘をついている感じもなかったため、とりあえずその事は後にし、クルムの家へと向かったのだが……。
どうやらクレハはこの屋敷にいるらしい。
間違いない。
かなりクレハの魔力に触れたせいか、他の人に比べ、はっきりとその魔力を感じることが出来る。
「クレハは大丈夫だよ。かなり衰弱していて、歩くことはまだ出来ないけど……それはまぁ、時間の問題だろうね。後遺症らしきものもない」
「そ、そうですか……」
ユイがほっと胸を撫で下ろす。
アベルが嘘をついている様子はない。
それに、魔力が安定していることからも、クレハが健康だということが分かる。
きっと何らかの処置をしておいてくれたのだろう。
だからこそ、俺はとあることが気になっていた。
もともと、彼女についてはいろいろと聞くつもりだったが、ここに来てよりさらに謎が深まる。
「その、クレハは何者なんですか?」
「うん、君達にはそれを話しておこうと思ってね。もしかすると、お世話になるかもしれないし……」
アベルの意味深な言葉に、嫌な予感を覚える。そしてその予感通り、相変わらずな様子でアベルが放った一言は、声を上げて驚くに足る衝撃的な内容だった。
「まず、彼女……クレハは、帝国の第二皇女なんだよ」
「「えっ!?」」
嘘だろ。
第二皇女。詳しくは知らないが、皇女とつくからには、たぶん帝国のかなり偉い人なんだろう。
あの魔法や魔族が執着していたことを含め、ただ者じゃないことは予想していたが……まさか皇女とは。
そんなご大層な身分の方だとは、思ってもいなかった。
「……冗談ですか?」
「いや、本当だよ」
相変わらず、笑みを浮かべ続けるアベル。
「実は一年前、帝国の第二皇女が誘拐されると言う事件があってね。でも、君達は知らないだろ?」
アベルの言葉に無言で頷く。
ユイたちも、第二皇女の誘拐なんて聞いたことなかったらしい。
俺に関しては、帝国の第二皇女そのものを知らなかった。
流石に常識知らず過ぎたかもしれないが、興味も大してなかったしな……。
「帝国の第二皇女、本名はクレア・ハーネスと言うんだけど……誘拐のことに関しては帝国の皇族、そして一部貴族しか知らないんだ……」
クレア=ハーネス……。
なるほど。
最初の文字を組み合わせて作った偽名がクレハだったいうことか。
クレハとクレア……そんなに違いはない気がするが、よほど慌てて答えたのだろう。あるいは、元々嘘がそんなに得意じゃないか。
って、いや、今はそんなことはどうでもいい。
「どうして、クレハ……じゃなくて、クレア様のことを公表しなかったんですか?」
ユイがアベルに尋ねる。
それを聞いたアベルは何故か、視線を俺へと向けた。
「ロイドくん。君は彼女の魔法を見ただろ? 君はあれを見てどう思った?」
アベルの問いに答えようと頭を働かせる。
すると、答えはわりと簡単に見えた。
あぁ、そうか……。
あの時、ユイは防衛戦の方で戦っていた。
ユイはクレアの魔法を直接は見ていない。
結果的に、クレアの魔法を間近で見たのは俺だけだ。
それを知っていて、アベルは俺に問いを投げ掛けたのだろう。
俺はクレアの魔法を見た感想を、ありのままに伝えた。
「正直、凄い魔法だなと思いました。モンスターを操る魔法……聞いたことはありましたが、実際に使える者がいるとは思っていなかったので…」
「ん? 聞いたことがあった?」
何か引っかかることがあったのだろうか。
それを聞いたアベルが、少し考える素振りを見せる。
はて、何かおかしなことをいっただろうか?
「……どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。それで、君は彼女の魔法を凄いと言っていたね」
「えぇ……」
その言葉に、お世辞はない。
「その通り、彼女の魔法は凄い。それこそ、一国を潰すことだって出来てしまうぐらいにね」
アベルの言葉を聞いたユイたちの表情が凍りつく。
確かに、クレアの魔法はそのくらい危険な魔法ではあった。
今回は味方となってくれたので、あまり恐怖を感じなかったかもしれないが、あの魔法が敵の手に渡ってしまったらと思うとゾッとする。
最も、クレア一人の力では不可能だろうが。
そこに別の手が加われば、一国を潰すことも可能かもしれないレベルの魔法だ。
今回の事件がまさにそうだったように。
「彼女の魔法は特別なんだ。だからこそ、彼女は帝国一警備の厳重なところにいたんだ。しかし、それでも彼女は連れ去られた。それも魔族にね……つまり、帝国の警備は破られたんだ。それが国民に知られれば、当然パニックになる」
確かに。アベルの言う通り、帝国の国民はパニックになるだろう。
それに国民が混乱に陥れば、新たに様々な問題も出てくるかもしれない。
そういう意味では、クレアの誘拐を隠した帝国の判断は正しいと言える。
「しかも、帝国の警備が破られたとなれば、王国のだって破られる可能性があるということになるんだ。二つの国の警備は似たようなところも多々あるし、警備の厳しさも同じくらいのものだからね」
なるほど。
アベルの言いたいことは何となく分かった。
「つまり、帝国と王国の国民がパニックになるのを避けたかったと……」
「うん、その通りだ。それでね、そのことを知る数少ない貴族の一人である僕も、極秘で彼女を探していたんだ。そしたら、それに協力してくれてる人が、彼女を連れてきたもんだからさ……もうビックリして」
一年も行方不明だった皇女が急にやって来たんだ。
それはビックリするだろうな。
「それで、クレア…様は……大丈夫なんですか?」
ユイが不安そうな顔で尋ねる。
「とりあえず彼女の容態は回復傾向にあるから、心配しなくていいよ」
「よかった……」
クレアの無事を確認し、ほっとした様子のユイを見たアベルは、何故か再び笑って見せた。
そしてゆっくりと口を開いた。
「うん。それで、君達には僕直々の依頼を受けて欲しい。簡単に言えば、クレア様を王都まで護衛して欲しいんだけど……」
「「……はぁ?」」
ユイ達がポカンと口を開けた。
そんなユイ達を他所に、アベルは話を続ける。
「いやさ、彼女を王都に連れていくように頼まれているんだけど……あいにく僕には仕事があってね。今回の件で、いろいろとやらなきゃいけないことがあるんだ。だから、今僕がここを離れることは出来ない」
アベルはそう言うと、机の引き出しから封筒を取り出しこちらへ手渡した。
ユイはそれを受け取ると封を切り、中にある手紙を机の上に広げた。
ユイたちが覗きこみ、手紙を読む。
そこには仰々しい文章がかかれており、内容を簡単に要約すると「王都へと来て欲しい」と言う皇帝からの書状だった。
欲しい……とは書かれているが、ほぼほぼ強制だろう。
「読んで貰えば分かるように、君達は皇帝から王都に来るようにと言われている。一時的な避難場所としてね。そして僕は、クレア様を王都へ連れていくよう頼まれてる。つまり、君達が連れていってくれれば、僕も仕事に集中出来るし、一石二鳥ってわけさ」
「…………」
それを聞いた俺たちは言葉を失った。
そして思う。
何を言っているんだ……この人は? と。




