夜明けの門5 天界への門
王様です。
長い間、うなされていましたが目が覚めました。
脇腹の痛みで目が覚めると目の前には夕焼けがいた。
あの日、僕と初めて草原で会った時の様に横になった僕の顔を覗き込んでいる。
僕の目がハッキリと開くと、表情がパッと明るくなる。
「王様、だいじょうぶかにゃ?」
「おう、死んではいないようだな」
月夜は夕焼けの後ろで赤くはれた目を手首で拭っていた。
「刺された腹はまだズキズキするけど、我慢できない程じゃない」
「そうかにゃ。よかったにゃ。ぜんぜん目がさめないから、しんじゃうかとおもったけど、目がさめてよかったにゃ。月夜がくすりを作ってくれて、てつやでかんびょうしてくれたおかげにゃ」
「みんな有難う。あれからどうなった?」
後ろで聞いていた天色がほっとした顔をする。
「王様が三日間寝てる間に色々あったぞ。王様を刺した男は『俺にはこの村にいる資格は無い』と言って王様を刺した翌日に村から出て行ってしまった。入れ替わりに紅葉と一緒にいた残りの二人も男と紅葉が戻らないのを心配してこの村にやって来たんだけど、男が出て行ったのを知ると女の内の一人はその男を追って出て行ったんだ」
月夜が見た事のない女を連れて来た。
たぶん、洞窟からやって来た女だろう。
もちろん猫女でかなり背が高い。
身長だけで言うと天色に負けない位の身長なんだけど、天色みたいな筋肉質じゃなく普通の体形。
髪は金色の長髪だ。
月夜が金髪の猫女に唸って話しかける。
たぶん、僕の紹介と挨拶をしろと話しているんだろうな。
すぐに、猫女は頭を下げた。
『稲穂です。よろしくお願いします』
「この稲穂さんなのですが、紅葉さんと一緒にこの村に住まわせていいでしょうか?」
「いいけど、グループメンバーのリーダーがいない内に勝手にグループから抜けて問題無いのか? また変な誤解で捕虜にされたと勘違いされて刺されるのはちょっと……」
「リーダーだった男の人ともう一人の女の人がグループを抜けて行方不明で、既にグループには紅葉さんと稲穂さんしか残っていません。さすがに二人しかいないのに洞窟に戻れと言うのは酷なので、ここに住まわせてもよろしいでしょうか?」
ここでまさかの住民追加か。
言葉は通じないけど、話は通じるから迎え入れても問題を起こす事も無いだろうな。
「僕は怪我で動けないので人手が増える事は大歓迎だ。ただし無理やりに住まわせるというのではなく、本人たちの希望でここに住みたいと言っているなら住んでもらってもいいと思う。勝手に拘束してトラブルはもうごめんだから」
ぶっちゃけた話、僕とあの男がガチのタイマンの勝負をしたら僕に勝ち目は全く無い。
天色に襲い掛かった時の勢いといい体裁きといい、かなり戦いに手慣れた感じがしたからな。
病院の無いこの世界で刺されて生きているのも奇跡みたいなものだし。
チキンやら臆病者と言われようがトラブルだけは全力で避けたい。
「王様、ありがとうございます。紅葉さんも稲穂さんもここに住む事を望んでいますのでその点は心配ないと思います」
僕が住んでいいと言った事を月夜が紅葉と稲穂に伝えると、二人とも笑顔で頭を下げた。
何か言ってるみたいだけど、何を言っているのかさっぱり解らず。
『ありがとうございます。これからよろしくお願いします』
月夜が翻訳してくれたのは普通の挨拶だった。
言葉が通じないと色々と不便だな。
ここに住む条件として言葉を覚えてもらうか。
さすがに仲間なのに話が通じないのはマズいと思う。
何とかしないとな。
「この村の住人となってくれたことを感謝する。ただし条件が一つある」
はっとした表情になって、胸を押さえる紅葉。
おまけに小刻みに震えて怯えた表情までしてる。
これ、間違いなくここに住む条件として僕がエロい事でもしようとしてると勘違いすしてるよ。
ちょっと待って。
僕はそんな事しないから!
「ここに住むのならば言葉が通じないのはキミたちにとっても僕にとっても非常に不便だ。そこで、月夜に言葉を教えてもらい覚える事が条件だ。いいね?」
『はい!』
変な誤解も解けたようだ。
稲穂に話を聞くと、やはりゲームの最中に白い光に包まれてこの世界にやって来たそうだ。
つまりは日本からの転移者。
ネトゲで紅葉と同じパーティーに参加してボスを倒したらこの世界にやって来たという事だ。
ただ一つだけ気になる事が有る。
本当に日本からやって来たのならばなぜに言葉が通じないかという問題だ。
なんで同じ日本人なのに言葉が通じないんだろうな?
プレイしていたゲームの事を聞くと、VRゲームではなく普通の3Dポリゴンのネトゲで時代的には僕の生きて来た時代と一致する。
TVの事を聞いても僕の知っているアイドルや芸能人の話も出てくる。
漫画もラノベもそう。
知識としては同じなんだけど、言葉だけが違った。
日本からやって来たとは言ってるが、僕の知っている日本ではなくパラレルワールドの日本からやって来たのかもしれない。
でもそうなるとTVとかマンガとかラノベが同じものであるわけ無いよな……。
僕は死んで異世界の村に転生して来たと思ってたけど、実は違うのかな?
色々考えてもさっぱりわからない。
月夜は全てを知ってるようだから話してくれるのを待つしか無いんだろうな。
これ以上、この事を考えるのは止めよう。
考えたからって元の日本に戻れるわけでもないし時間の無駄だ。
*
僕は怪我で当分身動きが取れない。
なぜならば看病はして貰ったものの、針と糸が無いので怪我の縫合が出来ない為、少しでも動くと傷口が開いてしまうからだ。
腹に出来た傷は長さ5センチメートル。
日本だったら10針は縫う大怪我だ。
それを塗り薬だけで治している。
月夜の作ってくれた塗り薬のお陰で膿む事も無く快方に向かっている。
ただ、身動きが出来ないので小屋から出る事が出来ず、当面の王様の仕事は月夜に一任する事にした。
僕は怪我を治す為に、ひたすら寝て過ごす。
既に目が覚めてから三日。
刺されてからほぼ一週間経っていた。
夜になると夕食を取りながら一日の作業報告を受ける。
今日の食事は海に行ってたとの事で貝とキャベツを煮込んだ汁だ。
「今日の作業は畑への水やりと、村民の人数が増えた事により不足すると予想される塩の生産を行いました。この作業はあと2日程する予定です。言葉の教育は紅葉、稲穂の両名とも名前を言えるとこまで教えました」
「そうか。大変だと思うけど頼むよ」
僕が月夜に労いの言葉を掛けると、月夜らしくもなく頬を赤く染めた。
*
翌朝、夕焼けが寝ぼけておかしな事を言い始めた。
「神様がゆめのなかにでてきて、王様にあいたいといってるにゃ。王様ひとりでふねでうみのうえのもんまできなさいといってたにゃ」
「神様がか?」
「そうにゃ」
「海の上に門なんて無いだろ? いつもみたいに寝ぼけてたんじゃないのか?」
「寝ぼけてないにゃ!」
「じゃあ何で神様なんて出てくるんだよ?」
「王様がここにやってくるときもゆめのなかで神様のこえをきいたにゃ。だから王様をむかえにいったにゃ。だからねぼけてたんじゃないにゃ」
寝てるからこそ夢を見れるんだろうと突っ込もうと思ったが、大人げないので止めといた。
そう言えば、この島からの脱出なんて考えた事も無かったな。
この島から出て大陸まで行けば誰か住んでるはずだ。
きっと都市もある。
ノコギリとかカンナとかの大工道具が今は一番欲しい。
それさえ有ればログハウスに住めるんだけどな。
島から出ないにしても船が有れば海の魚を取る事が出来て、魚不足も一気に解消だ。
次の目標として船作りも考えよう。
塩づくりに出掛けていたにゃん娘達が日没直前に血相を変えて戻って来た。
「突然、海の上に門が開いたんだ! 王様、どうすればいい?」
「なんだと!?」
天色に背負われてやって来た海岸。
海の上には夜なのに、まばゆい光のが天から射し込んでいた。
それはまるで天界へと昇る神々しい光の柱の様に。
光の柱は海上沖の一点を照らし続けた。
「あれが夕焼けの言っていた門か」
その光は僕が訪れるのを待っていた。




