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にゃん娘と作る文明開化  作者: かわち乃梵天丸
第三章 にゃん娘と始める文明開化
85/90

夜明けの門4 猫の神様

 猫の神様とか言い出したコスプレ少女。

 しかもここが天国とか言っている。

 頭おかしいんじゃないの? マジで。

 するとコスプレ娘はとんでもない事を言い出した。


「キミは死んでしまったのにゃ」


 猫耳のコスプレ少女はさらに訳わからないことを言い出した。

 何言ってるの、この子?

 訳わかんないよ。

 コスプレ姿も痛いけど、言ってる事もかなり痛い。

 関わんない方がいいレベルの人なのかな?

 そんな僕の気持ちを無視して猫娘はグイグイと顔を寄せて迫ってくる。


「キミは死んでしまったのにゃ。聞こえてないようなのでもう一度言ってみましたにゃ」


 思わずそれに反応して声を上げてしまった。


「死んだって!?」

「はい。そうですにゃ」


 白いクリップボードを持ちながら真顔で猫娘のコスプレ少女がそう言った。

 僕が反応を示した事が嬉しいのか尻尾をフリフリしてる。

 部屋にはベッドが一つだけ。

 そして遠くに入り口が一つあるだけの三十畳ぐらい広い部屋だった。

 確かに五分前、いや三分前には僕の部屋で寝てたはずなんだけど、なんでこんなとこに居るんだ?

 訳がわからない。

 きっと寝ている間に誘拐でもされたんだろう。

 こんな貧乏な僕を誘拐する目的はさっぱり解らないが。


「なに変な冗談言ってるんです? 僕の部屋のベッドの中で寝てたらいつの間にかこんなとこに連れて来られてわけわからないんですが! 明日は朝から大学行かないといけないんですから、早く僕の部屋に戻してくださいよ!」

「戻せないにゃ」

「何でなんです?」

「もう戻せないにゃ」

「はあ? なにわけわからないこと言ってるんですか! 早く帰してください!」

「無理なのにゃ」

「早く戻してくれないと、誘拐で警察に通報しますよ!」

「どうぞ、どうぞ。してくださいにゃ」

「いいんですか? 捕まりますよ? こんな悪ふざけで警察に捕まったら人生台無しになりますよ? 今すぐ戻してくれるなら僕もこんなイタズラの事忘れますが、このままここに監禁するなら本当に警察に通報しますよ?」

「どうぞどうぞ」

「じゃあ、通報します!」


 悪戯したことを反省もせずにドヤ顔で警察に電話しろと言う少女。

 その顔を見てるとなんかイラっとして僕は警察に通報することにした。

 僕のケイタイ電話を探すが、僕の部屋のテーブルの上に置いたままになってるので、当然見当たらなかった。

 僕からケイタイを取り上げて持って無いのが解ってるから、このコスプレ娘は通報してみろと強気に出てたんだ。

 だから通報出来るものならしてみろと言っていたのか!

 なんて汚い奴だ!


「どうしたのにゃ? しないのかにゃ?」

「ケイタイが無いから通報できません! お願いですから僕を元の場所に戻してください!」

「もしかしてこれが無いからなのかにゃ?」


 コスプレ少女の手の中には、見慣れた僕の白いケイタイが握られていた。

 使い込んでパールホワイトのボディーに小傷が付き少し古びた感じのスマホじゃないガラケーだ。

 ちなみに月額基本料の掛からないプリペイド式である。

 まあ、持ってても掛ける相手がバイト先の店長しか居ないから持ってるだけ無意味だったんだけど。


「そ! それ! 僕のケイタイ!」

「これがキミのケイタイなのかにゃ」


 ケイタイを僕から奪ってあいつが持っていたから電話してみろって言ってたのか。

 なんて汚い奴だ!


「それ僕のです! 返してください!」

「いいよー! 返すにゃ!」

「え?」


 返すのかよ?

 猫のコスプレをした少女はあっさりと僕にケイタイを返すという。

 なんか拍子抜けして怒りがどこかに飛んで行ってしまった。


「え? いいの? 僕、警察に通報しますよ?」

「どうぞ、どうぞ」


 猫のコスプレ少女は僕に赤いケイタイを手渡した。

 僕はケイタイを開くと、一一〇番に電話をする。

 初めて僕のケイタイが役に立つ時がキター!

 だが、ケイタイ電話は「ツーツーツー」と鳴るだけで非通知エリアに居ることを示していた。

 どうやらここは通話圏外の様だ。

 どうりで素直にケイタイを返してくれたわけだ。


「電話が繋がらない事を知ってたから、あっさりとケイタイを返してくれたんですね」


 汚ない!

 汚なすぎる!!

 こうなったら逃げるしかない。


「僕帰らせてもらいます!」


 僕は立ち上がると猫娘の脇をすり抜けこの部屋の出口の扉に向かって走りだす。

 全速力で猛ダッシュだ!

 この速度なら追いつかれまい!

 僕は扉に向かい猛スピードで走りこむ。

 だが、不思議な事に一〇メートル先にある扉は僕が走り寄ると壁ごとその分だけ遠くに逃げてしまいいつまで経っても出口にたどり着けなかった。

 必死に走り、そして転んで、足を引きずりながら出口に向かうが一向に出口にはたどり着ける気配はない。

 振り向くと手の届く位置にコスプレ猫娘が立っていて、ベットがそのすぐ後ろに有った。


 どうなってるんだ?


 あれだけ走ったのにこの部屋から出れないぞ?

 なんかルームランナーの上を走らされたみたいな感じ。

 何か変な仕掛けでもしてあるのか?


「この部屋から出たいのかにゃ?」

「帰る! 僕の部屋に帰らせてくれ!」

「キミの部屋には帰れないにゃ」

「なんでだよ! お願いだ! 僕をこの部屋の出口から出してくれ」

「どうしても出たいのかにゃ?」

「ああ、今すぐに!」

「解ったにゃ」


 そう言うと猫娘はクリップボードに何か書き込んだ。

 すると不思議な事に出口が遠くから僕の目の前にやって来た。


「出てみるにゃ」


 僕は猫娘には何も言わずに、部屋の出口から出た。

 出た。

 確かに出口から出たはずだった。

 それなのに目の前にはさっきの猫娘が居た。

 確かに部屋から出たはずなのに僕は元の部屋に戻ってしまったようだ。


「お帰りにゃ」

「???」

「出れたかにゃ?」

「どうなってるんだ?」


 僕は何度も扉からでるが、目の前には必ず猫娘が立っていた。

 僕が何度も何度もドアをくぐり抜けヘトヘトになって床の上に座り込むと猫娘が話しかけて来た。


「さっきから言ってるようにキミは死んだにゃ。そしてここは死後の世界。もう抜け出すことは出来ないにゃ」

「だから僕は死んでないって!」

「死んだ人はみなそう言うにゃ」

「だから僕は死んでない!」

「ん~。キミは死んだばかりで混乱してるようにゃ。そのケイタイ電話を見て何か思い出さないかにゃ?」

「この電話?」

「よく見てみるにゃ」

「よく見るって……何にも変哲無い赤いケイタイ……ん? ちょっと待てよ? 僕のケイタイはパールホワイトで白だぞ? 何で赤いんだ?」

「よく見てみるにゃ」


 僕はじっとケイタイを見つめてみた。

 赤と思ってたケイタイは僕の白いケイタイに赤い塗装が施された物だった。


「あれ? 白じゃないけど、これ僕のケイタイだ」

「そうにゃ」

「でも、この塗装は?」

「それをよく見てみるにゃ」


 僕は目を近づけてもう一度ケイタイを見つめてみる。

 すると、嫌な臭いが鼻をついた。

 なんか、とても嫌な臭いと手にべとりと纏わり付く手触りがする。


「これは?」

「それは……キミ自身の血にゃ」

「ぼ、僕の血?」

「キミの出血でそうなっしまったにゃ」

「出血って……どういうことだよ?」

「キミは血だらけになって死んだにゃ」

「なにデタラメ言ってるんだよ。布団にもぐるまで何にも無かったぞ!」

「それは私がキミの記憶を消したからだにゃ」

「記憶を消す? そんな事出来る訳ない」

「現に消えてるにゃ。私は猫の神様だから何でも出来るにゃ! 記憶を弄ることぐらい簡単にゃ」

「何でも出来るなら僕を元の場所に戻してよ!」

「それは……もう死んでるから無理にゃ」

「嘘つきですね。さっきなんでも出来るって言ったばかりじゃないですか!」

「これとこれは別物にゃ。どうしても戻して欲しいのかにゃ?」

「はい! 元の場所に戻してください! 今すぐに!」

「んー。さっきも言ったけど、元に戻すのはもう死んでるから無理にゃ」

「死んでるって? 僕生きてるじゃないですか!」

「死んだ人はみなそう言うにゃ」

「だから死んでないって!」

「ベッドに寝てて気がついたらこの部屋に居たって事なのかにゃ? それで混乱してるのにゃ?」

「僕が寝てる間にここに連れて来たんでしょ?」

「そう、キミはベッドで寝た後に殺されて死んでここに来たにゃ」

「だから死んでないって! 殺されもして無いって! そんな事無かったって!」

「それはそうだにゃ。記憶を消したのでキミはそんな事覚えてないにゃ」

「そんな事有ったら忘れるわけ無いです」

「忘れてるにゃ」

「そんな大変なことが本当にあったら忘れる訳が無い!」

「忘れさせたにゃ」

「そんな馬鹿なこと有る訳がない!」

「あまりにも悲惨な記憶なので新しい人生を送るうえでトラウマになってしまうとかわいそうなのでキミの記憶から削除したにゃ」

「記憶を削除?」

「そうにゃ」

「記憶を消すなんてそんな事出来るわけない」

「実際消しているんだから間違いないにゃ。そのケイタイのアドレス帳の三番目の名前の人思い出せるかにゃ?」

「アドレス帳の三番目?」


 僕は二つ折りのケイタイを開き、アドレス帳を確認する。

 そこには見たことの無い「飯田」と言う名前があった。


「これは誰?」

「キミの親友だった人にゃ」

「親友?」

「僕に友達なんて居ないけど?」

「居たにゃ! 思い出せないのかにゃ?」

「思い出せないって言うか、僕が寝てる間に勝手にアドレス帳に追加しませんでした?」

「してないにゃ」

「ホントですか?」

「神様は嘘つかないにゃ」

「でも……」

「大学で唯一の友達だった人にゃ」


 僕に友達が居たなんて記憶は無い。

 そんな友達が居たなら大学生活がもっと楽しかったはずだ。

 間違いなく僕が寝てる間にアドレス帳に勝手に名前を追加しててきとーな事言ってるんだな!


「僕にはそんな友達居ないです!」

「キミはその親友に騙されてお金取られたはずだにゃ」

「僕が騙された?」

「そう騙されたにゃ。ケイタイの録音メモを再生してみるにゃ」


 僕はケータイのセンターメニューから通話録音の再生をしてみる。

 名前は「飯田」と言う人からとなっていた。

 するとケイタイから僕が聞いた事の無い陽気な感じの若い男の通話が聞こえて来た。


『あのさー、俺友達とGWに二泊三日で旅行行くからお前も参加しないか? 参加費七万円だけどどう?』

『七万? 二泊三日の旅行にしてもちょっと高いな。生活費だけで結構苦しいのに……それにしても七万は少し高くないか?』

『そりゃ、もう大学生なんだから男だけじゃなく女の子も連れて旅行行くんだからさ、女の子の分は男が出してやらないとなー』

『え? 女の子も呼んであるの?』

『そうだよ! 女の子だよ! お前にも彼女が出来るチャンスだぞ!』

『いくいくー! 是非とも行かせてください!』

『そんじゃ七万、今週中にな!』

『おう!』


 僕の記憶に全く無い会話だった。

 でも、確かに録音の声は僕の声だった。


「これ誰なんです? 全然記憶に無いんですが?」

「キミの友達だった男にゃ。もっとも向うは最初からキミを騙すつもりでキミに近づいたみたいだけどにゃ。キミからお金を盗った後、キミの前から消えたみたいにゃ。今では行方もわからず本当に同じ大学の学生だったかも不明にゃ」

「全然覚えてないし、顔も思い浮かばない」

「不要な記憶だったので消させてもらったにゃ。でもそれは過去にあった事実にゃ」

「過去に有った事なんですか」

「キミの手元にあるケイタイの血を見ると僅かに消え残った記憶がなにか嫌なものを思い出さないかにゃ?」


 そう言われてみると、ケイタイを見つめていると何か嫌な過去を思い出しそうになる。

 何かとても嫌なもの。

 とってもおぞましいもの。

 思い出してはいけない気がするもの。

 何かあったのは間違いないようだ。

 だが思い出そうとするとそれは朝日の当たった霧のように消えてしまう。


「何にも思い出せない」

「そりゃそうにゃ。私がキミの記憶を消したからにゃ」


 猫の神様はそういうと、僕に諭すように聞かせる。


「本来なら死んだ人の魂は全て分解されて霊体素材に戻され新たな生命の素材としてリサイクルされるにゃ。でも、キミは死の間際に自らの命を懸けて子猫を助けてくれたにゃ。だからその御褒美として記憶を持ったまま生れ変わらしてあげることにしたにゃ。生れ変わりなんて滅多にしない事なんだから感謝するんだにゃ」

「生まれ変わりって……僕、本当に死んだの?」

「死んだにゃ」

「何があったんですか?」

「思い出さないほうがいいにゃ」

「でも、何があったのか知りたい。何で僕が死んだのかその原因を知りたい」

「知ってどうするにゃ?」

「神様が言ってることが本当なら、僕が死んだときの事ぐらいちゃんと知っておきたい」

「後悔しないかにゃ?」

「しない!」

「結構酷い目に遭ったんだけど本当にいいのかにゃ?」

「それを知れば僕が本当に死んだということを実感できると思う」

「まあいいにゃ。このままじゃ話が進まなくて埒があかないから記憶を戻すにゃ。また記憶は消せるから消してほしい時は言うにゃよ。じゃそこに座るにゃ」


 猫娘はそう言うとベッドの横に有る白いソファーを指差した。

 白い部屋の中に溶け込んでしまい、今まであること自体に気がつかなかったひじ掛け付きのソファーだ。

 僕の部屋には無かったソファーだ。

 いや元から無くて、いま湧き出るように現れたのかもしれない。

 僕はそのソファーに深く腰掛ける。

 猫娘はソファーに座った僕の目の前に立つと何処からかスティックを取り出した。

 魔法の杖だ。

 ボールペンより少し長いぐらいの長さ。

 先端に対になった天使の羽のような物が付いている。


「もう後戻り出来ないけどいいかにゃ?」

「覚悟は出来てます!」


 猫娘はそのスティックで僕の頭を軽く叩いた。

 軽く叩かれただけのはずなのに頭には激しい衝撃が襲う。

 電撃のような衝撃。

 鼻の奥に焦げる様な臭い。

 すると、僕の頭の中にあの時の記憶が鮮明に蘇った。

 やっぱり僕は死んだんだった。


 * 


 僕はベッドの中に居た。

 僕が壁を蹴ると、薄い壁を通して隣の部屋から壁越しで怒声が聞こえる。

 壁が薄いので会話が丸聞こえだ。


「誰だ? 今誰かが壁を蹴らなかったか?」

「あ、俺の部屋の壁が薄いんで大声で騒ぎすぎて隣の部屋に声が漏れたみたいで……隣の兄ちゃんが怒ってるんですよ。深夜ですしもう少し静かにしましょう」

「なんだとー! 飲んで騒ぐのは当然じゃないか! 飲んで騒いで何が悪い! 宴会なんだぞ! 騒いで何が悪い! そいつを連れて来い! ぶん殴ってやる!」

「先輩、無茶言わないでくださいよ」

「む か つ い た! じゃあ、俺が行って文句を言わない様にそいつをぶん殴ってきてやる!」

「やべー! 須藤さん飲みすぎたせいかキレちゃったよ!」

「みんなで須藤さんを取り押さえろ! このままじゃ確実に警察沙汰になる」

「ふざけんな! お前ら如きに俺を取り押さえられるわけねーだろ!」

「本気で須藤さんを取り押さえろ! やばいぞ!」

「ぐわー! てめーらなんかに負けてたまるか!」


「ぐおおー!」

「どりゃー!」

「ぐおお!」

「ぐはー!」


 なんか、僕が壁蹴った事が原因でとんでもない事が起こり始めてる。

 隣の部屋から悲鳴みたいなのが聞こえまくってるぞ。

 どうする?

 なんかスゲーやばそう。

 

 ──ドン!ドン!ドン!ドン!


 すると、誰かが来たみたいで僕の部屋のドアを激しく叩く音がした。


「とにかく理由は聞かないで大急ぎでこの部屋から出て逃げてくれ! あぶないから早く!」


 声の主は隣の部屋に住んでる兄ちゃんのようだ。

 僕はドア越しに答えた。


「逃げるって、こんな深夜に!?」

「はやく! このままじゃおまえが死ぬから! いいから早く!」


 必死な声からそれは嘘ではないという事がすぐに解った。


「わ、わかりました」


 僕はパジャマのままジャンバーを羽織り、ベットの上の猫を胸に抱く。

 寝てたのにいきなり抱きかかえられた子猫は状況を飲み込めず目をきょとんとさせている。

 部屋から出ようとドアを開けると、そこには血相を変えた半泣きの表情のパチンコ屋の兄ちゃん顔が見えた。


「こっちはやばい! 窓から逃げて! 須藤さんを殺人犯にさせたくない!」


 そう言うと兄ちゃんは外から開けかけのドアを強引に閉じた。


「逃げろって言ったのに、なんなんですか?」

「窓から逃げてくれ! ぐ、ぐあぁぁぁ!」


 外から何者かが何かを殴った音と悲鳴。

 そしてドスの効いた声がドア越しに聞こえる。


「この部屋の奴が壁を蹴った犯人か! ぶっ殺してやる!」


 かなり荒々しい声だ。


「は、早く! 逃げて! ぐおぉぉぉ!」


 どうやら兄ちゃんは何者かに僕の部屋のドアを開けさせないように必死に抵抗してるようだ。

 僕は慌てて窓を開け外に飛び出そうとする。

 だが、ここは二階。

 そう簡単に飛び降りれる高さではない。


「ここから飛び降りたら足の骨折るぞ。いや、下手したら頭から落ちてそのままポックリいくかもしれない」

「にゃーん」

「そうだ警察に電話を!」


 僕はテーブルの上に置いたケータイを開いて一一〇番に電話を掛ける。


「こちら一一〇番です。何か緊急の要件ですか?」

「酔っ払いが暴れまくってて……」

「誰が酔っ払いじゃ!!!」


 外から怒鳴り声が聞こえると同時に突然ドガン!という音と共にドアが吹き飛び男が入ってきた。

 鬼のような形相をした身長二メートル近い大男だ。

 髪型はパンチパーマ。

 白い背広に紫のシャツ。

 そして重金属な極太の金鎖のネックレスと指輪。

 どう見ても裏街道の仕事に就いているのがまる解りなアウトローな男だった。

 そしてその足元には血まみれになった隣の兄ちゃんが廊下に転がっていた。


「てめーか! 俺が気持ちいよく飲んでいたら壁を蹴って酔いを醒ませたのは! ぶっ殺してやる!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「謝って済むなら警察なんてイラねーんだよ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 僕は悪いこと何もしてないのに、迫力に押されて謝るしかなかった。

 大男はノッシノッシと肩を揺らしながら部屋の廊下を進む。

 四畳半の入口で部屋の中を見回すと僕の抱いている猫に視線が釘付けになった。


「なんやその手に抱えてるのは? 猫じゃねーか! ここはペット禁止だったのを知らないのか?」

「こ、これは」

「まあいい。俺が処分してやる。それを俺によこせ」

「処分て!?」

「首を捻ってぶっ殺してやるんだよ」

「だめです! やめてください!」

「うっせー! 猫でもぶっ殺さないと俺の怒りがおさまらん!」

「この猫はダメです! やめてください!」

「ごちゃごちゃ言ってないでよこしやがれ!」


 男は僕から子猫を取り上げようと襲い掛かってきた。

 僕は必死になって抵抗した。

 亀の子のように丸くなりうずくまり子猫を抱きかかえて守る。

 男は罵声を浴びせながら容赦なく僕の頭やお腹を蹴りまくる。

 額が割れて頭から血が流れ出る。

 お腹に激痛が走る。

 口から血を吐く。

 流れ出た血が白いケイタイを赤く染める。


「にゃーん!」

「だいじょぶだ。お前だけは絶対に僕が守ってやる」

「にゃーん」

「何が守るじゃ!! その子猫と一緒にぶっ殺してやる」


 大男の重い蹴りが僕のこめかみを襲う!

 凄まじい蹴りだ。

 トラックが頭に突っ込んできたような衝撃が僕を襲う。

 重い蹴りを受けた僕は身体ごと弾き飛ばされる。

 凄まじい勢いで壁に叩きつけられる。


「ぐはー!」


 僕はその悲鳴を最後に、部屋の角にある柱に頭を打ち付けて、死んだ。

 そう、僕は死んだんだった。


 *


「思い出したかにゃ?」

「はい」

「解ったかにゃ?」

「僕は死んだんだな……」

「思い出さなかったほうが良かったにゃ?」

「そんな事は無いです。僕が死んだ原因が解ってすっきりしました」

「忘れたくなったらその記憶は消すから、言ってくれにゃ」

「はい、ありがとうございます」

「もう帰るなんて言わないにゃよね?」

「死んだから僕はもうあの部屋には帰れないんですね」

「そう、もう帰れないにゃ」

「そうですか……」


 なぜか急に目頭が熱くなり涙が頬を伝いこぼれ落ちた。

 もうあの生活には戻れない。

 あまり楽な生活じゃなかったし好きな生活でもなかったけど戻れないとなると悲しいもんだ。

 あの子猫とももう会えないんだな。

 さらに涙がこぼれ落ちる。

 喪失感が僕の身を焦がす。

 これが悲しいって気持ちなんだな。

 生まれて初めて味わった本当に悲しい気持ち。

 何と表現したらいいのか解らないので泣くしかなかった。


「大丈夫かにゃ?」

「だ、大丈夫です」


 僕は涙ぐんだ声で答える。

 猫娘は俯いて泣く僕を見つめているだけだった。

 ひとしきり泣くと涙が枯れ果てて気持ちも落ち着いてきた。

 僕は気になっていることを聞いてみることにした。

 子猫の事だ。


「ところであの子猫は大丈夫でしたか?」

「だいじょうぶにゃ。今も元気に暮らしてるにゃ」

「それを聞いて安心しました」

「子猫を助けてくれたお礼に、生れ変わらせてあげるにゃ」

「僕はもうああいうことの無いのんびりした人生に生れ変わりたいなー」


 猫の神様はそれを聞くとにっこりと微笑んだ。


 *


 僕は猫の神様と椅子に腰かけて向き合っていた。

 神様と言っても目の前に居るのは本当に神様かどうか解らないような軽いノリの神様だ。

 威厳とか荘厳とか、そういったオーラは一切ない。

 怪しさ満点である。

 神様というと普通にイメージするのは白いローブに白髭を生やして杖をついた感じの、威厳のある男性の神様。


 でもそうじゃない。


 目の前にいるのは猫娘の恰好をした軽い感じの女の子の神様だ。


 例えるなら東京〇ックサイトに出没するコスプレイヤーがよくやる猫耳に尻尾を付けた猫娘。

 そんな変わった格好をしてる神様だった。

 ラノベやWEB小説によく出てくる感じの安っぽい神様だ。

 そしてその中身はいかにも女子高生って感じの女の子。

 聞きもしないのにその神様は「私は猫の神様にゃ」と自己紹介してくれた。

 見た目通りとっても軽い感じで怪しい。


「キミは死んでしまったにゃ。でも大丈夫。キミは子猫を助けてくれたにゃ。そのご褒美に猫の国の王様に転生させてあげるにゃ」


 助けた子猫とは、あの夜僕が拾った子猫の事だろう。

 猫娘の神様は、僕の意見も聞かずに強引に僕を猫の国に転生させると言い出す。

 転生させるなら、普通は転生先を二人で相談するのが普通だろう?

 なのに、なんで転生先が猫の国の王様で決め打ちなんだ?

 普通、生まれ変わりで異世界転生と言っても人間族の貴族様とかなんじゃないのか?

 まあ、世の中には自販機とか蜘蛛とかのハードモードも有るらしいが……。

 素人が書いたネット小説でもこんなひどい転生先は聞いた事ないぞ。

 猫の世界の王様なんてお城で食っちゃ寝の未来しか見えない。

 これは性質たちの悪い夢だ。

 もちろん僕は丁重にお断りをした。


「これが夢だとしても僕はそう言う王様みたいな面倒なものはやりたくないです。生まれ変わるなら裕福な貴族の家柄の人間としてのんびりと平凡な人生を送りたいです」


 提案された転生先の猫の王様を完全否定してやった。

 これだけキッパリ断れば、猫の王様じゃなく普通の転生先を勧めてくるだろう。

 だが僕の予想を裏切り猫の神様は必死になって僕の説得を始める。


「えー! 王様になってくれにゃいのか? 王様だよ? 国で一番偉い王様だよ? キミが王様になってくれないと、みんな困るのにゃ! 国民みんなが路頭に迷うにゃ! お願いです! なって下さい! 王様になって下さい! 王様になって国民を導いてください!」


 その後、神様は土下座をしながらの説得を一五分間程続け、僕が王様にならない事への国民のデメリットを延々と説明して、半ば強引に泣き落とされる感じで僕は猫の国の王様になる事を押し付けられしぶしぶ僕は受け入れる事となった。

 僕の気が変わる前に、そそくさと異世界に送り出そうとする神様。

 肝心なもの忘れてません?

 チートですよ。

 チート。

 チートがないんじゃ、素人の僕が王様なんて出来ませんよ?

 無理やり異世界に送りだそうとする神様を止めてチートを貰う事にした。


「転生特典のチートを下さい」

「チート? チーズの事かにゃ?」

「チーズじゃ無いです、チートです。ゲームやラノベじゃよくあるじゃないですか。神様が異世界に転生させる時に、ユニークかつとんでもないパワフルな能力を転生者に授けるって言うのが」

「え? チートなんて要るのかにゃ?」

「そりゃ、要りますよ。この平凡な僕が王様になるんですもん。指導者なれるだけの他人は持っていない特別な能力のスキルが欲しいです」

「具体的にはどんなスキルかにゃ?」

「例えば人の心を読めるスキルとか」

「そんなの有ったら私が欲しいにゃ」

「じゃあステータスがフルカンストして、とっても強くなるスキルとか」

「そっ、それは……売り切れにゃ」

「スキルに売りきれとか有るんですか?」

「たぶんあるにゃ。間違いなくあるにゃ!」

「んー、じゃあ有るスキルなら何でもいいです」

「有るスキル?」

「在庫であるスキルの中から選びます」

「えっと……えっとっ……みんな売り切れにゃ」


 なんか胡散臭いな。

 神様なのに特別な力も授けられないのか?

 本当に神様なの?

 この娘、いくら夢の中と言ってもちょっと酷くない?


「じゃあ、王様になるの止めようかな?」

「ま、まって! まってください! あるにゃ! あるにゃ!」

「どんなスキルですか?」

「『折れない心』にゃ!」

「『折れない心』? それは、どんな効果のスキルなんですか?」

「こ、これは……どんな困難に出会っても、立ち向かえる勇気が沸くスキルにゃ!」

「なんか、嘘くさい説明だな……それ、やる気さえ有れば誰でも持ってる物ですよね?」

「本当にゃ! 本当にゃ! とっても勇気が沸くスキルにゃ!」


 神様の口ぶりから、たぶん口からデマかせで言っただけで実際には存在しない嘘スキルだろう。

 偽スキルっていうか、スキル自体が存在してなさそう。

 嘘がバレるのが怖いのか、神様は半ば強引に僕を天国から送り出した。


「いってらっしゃいにゃーー!」


 僕の頭を神様が杖でコツンと叩くと、意識が飛んで、目が覚めるとこの草原で寝てたって事なのさ。


 *


 僕は暖かい日差しが差し込み、気持ちいい風が流れる草原の中にいた。

 ほっとする心地よさ。

 起きようか起きまいか、気持ちがいい風の中に体をあずけていると、誰かが僕を覗き込んだ。


「迎えに来たにゃ!」


 それは夕焼けだった。

 夕焼けが僕の手を取り引き起こす。

 暖かい手だ。

 僕の心が一気に温まった。

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