縄文料理8:焼肉
「王様! 王様! 王様がしんじゃった! うわわーん!」
僕の顔を見ると突然大粒の涙をこぼしながら泣きだす夕焼け。
「死んでないから。生きてるって。生きてるから大丈夫」
「うわわーん! おうさまー!」
ボロボロと涙を流し続ける夕焼け。
僕はそっと頬を撫でてやる。
「もう夕焼けは泣かない事にしたんじゃないのか?」
「ぐずん。王様だいじょぶかにゃ! けがして無いかにゃ!」
「夕焼けが助けてくれたから大丈夫」
「よかったにゃ」
僕の胸をぎゅっと抱きしめると夕焼けはそれ以上泣くことも、喋る事も無かった。
やがてイノシシを担いだ天色がやってくる。
「王様、災難だったな」
「ああ、助けが来なかったら今頃危なかったかもしれない」
夕焼けの僕を抱きしめる力が少し強まる。
「今までこんなもの出たことなかったのに。このデカいのはなんなんだ?」
「これはイノシシっていう動物だよ」
「イノシシ?」
「ちょっと気性が荒い動物なんだけど、食べると美味しいんだよ」
「これ食えるのかこれっ!」
「ああ、食えるぞ。すごくウマいぞ!」
「ウマいのかっ!」
「今日は焼肉だな」
「なにそれ! ウマいのか!?」
「ウマいウマい!」
「どのぐらいウマいんだ? 焼き魚ぐらいか?」
「多分それよりおいしい」
「すげーな! おい! 鍋より美味いか?」
「うん」
「すげーな! おい! 夕焼け聞いたか! 焼肉は焼き魚より、鍋よりウマいんだってさ!」
「そうにゃのか。たのしみだにゃ……」
「なんだ夕焼け? 元気無いけどどうしたんだ?」
「ううん、なんでもないにゃ」
僕は放り出した土器を拾うが、土器は真っ二つに割れてしまっていた。
まだ土器の予備が有るからいいけど、海まで取取りに行った貝が持って帰れなくなったのが残念だった。
帰路、夕焼けは僕の手をずっとギュッと握ったままでずっと寄り添い離れなかった。
*
村に着くと早速イノシシの解体作業を始める。
解体はまずは血抜きからだ。
天色がイノシシを乱暴に空に放り投げたせいか、毛皮からあばら骨が所々飛び出していて少しグロい感じがする。
天色に頼んで大岩に大イノシシを吊るし、石のナイフで腹を切り裂く。
すると内臓がドサリと流れ落ちるようにイノシシの体から吐き出される。
幸いな事に血はまだ固まっていなかったので、綺麗に血が流れてくれた。
「これどうやって食うんだ?」
天色は興味津々で聞いてくる。
「皮を剥いて塩付けて焼くのかな?」
多分そんな感じ。
間違えては無いと思う。
「こんな大きいのを食うのか! 随分と食いごたえありそうだなっ!」
「食わない食わない。これだけの量をいっぺんには食べないよ」
「なんだ、残念だな」
「まあ、腐ると困るから食べられるだけは食べるけどね。そして余った分は干し肉と言う魚の干物みたいにしてみるつもりだ」
「なんだか解らないが楽しみだなっ!」
「期待しておいてくれ」
早速皮を剥き始める。
石のナイフを皮と肉の間に滑り込ませるように入れると、思ったよりも簡単に皮が剥がれ始める。
その時イノシシの脇腹の辺りにとんでもない物を見つけた。
ナイフだ!
包丁を少し短くした刃渡り20センチメートルぐらいの金属製のナイフ。
どう見ても人の手で作られた金属製のナイフがイノシシの脇腹に刺さっていた。
歯は錆ておらず、つい最近イノシシに刺さったような感じだ。
これはどういうことだ?
他にもこの地に人がいるのか?
ここには僕らしか居ないんじゃなかったのか?
しかも鉄のナイフを持っていると言う事は僕らよりかなり文明が進んでいるようだ。
急いで皮を剥ぐと、月夜の所にナイフを持っていく。
「月夜! 悪い、これを見てくれ!」
僕がナイフを持っていくと月夜は目を丸くして驚く。
明らかに動揺しているのがその表情から解る。
今まで見た事のない表情だ。
「こ、これはどうしたんですか?」
「天色が倒したイノシシに刺さっていた」
「これがですか?」
ナイフを月夜に渡すと手が震えていた。
僕は興奮気味に話す。
「ここには僕ら以外に人間がいるのかな!? それもかなり進んだ技術を持った人間が!」
「居るかもしれません」
「居るのか! ヤッパリ!」
「……はい」
「じゃあ、探しに行こうぜ!」
「ダメです! 絶対に会ってはいけません!」
「なんでだよ? 鉄のナイフとか手に入ったらすごく便利だろ? きっとナイフを作れる位だから色々と他の物も持ってると思うぞ?」
「とにかくダメです! 絶対に接触してはいけません!」
「なんでなんだよ! なんか理由があるのか?」
「それは……」
「なんでなんだよ! 理由言ってくれよ!」
「今はお話出来ません」
「なんだよ……これ以上聞いてもいつもみたいに絶対に話してくれないんだよな?」
「はい。ごめんなさい」
「まあ、いいか。月夜が言うならなんか理由があるんだろうし」
「本当にごめんなさい」
「このナイフは使っていいかな?」
「どうぞ」
僕はナイフを持ってイノシシの解体に戻った。
鉄のナイフはよく切れる。
今までの石のナイフの切れ味はなんだったんだ?と思うぐらい切れる。
力を入れなくても刃が吸い込まれるように肉に飲み込まれ、スパスパと肉が切れる。
その分、容易く怪我をしそうで使う手も震える。
イノシシの四肢を切り落とすと、それを食べることにした。
「これをどうやって食べるんだ?」
「皮を剥いでから棒に串刺しにして焼き魚の様に塩を振ってたき火で焼くだけさ。表面が焼けたら僕がナイフで削り落とすからそれを食べてくれ」
「楽しみだぞっ!」
早速たき火を起こして焼肉を始める。
岩で作った即席バーベキューコンロだ。
肉を回転させながら焼いていると、イノシシのモモだったものからジュージューと香ばしい匂いを振り撒きながら脂がしたたり落ちる。
脂がたき火に落ちるとジュッと音を立てて辺りにさらに香ばしい匂いを振りまく。
今まで沈みがちで黙っていた夕焼けの表情がその匂いを嗅ぐとパッと明るくなった。
「なんなんにゃ! この美味しそうな匂いは!」
「焼肉だよ。もうすぐ焼き上がるから食べなよ」
「たべるたべる! たべるにゃ!」
僕はケバブの様にいい感じでこんがりと焼けたイノシシ肉をナイフでこそぎ落とす。
イノシシのモモはかなり大きいので、表面を削っただけでもかなりの量になった。
それをヤシの実の器に盛るとかなりこんもりした感じになる。
「たべていいのかにゃ?」
「おあがりよ!」
「俺もいいか?」
「もちろん!」
夕焼けと天色は「あちち!」「おいしい!」と笑顔で繰り返しながら貪るように食べる。
月夜にも勧めると「美味しい」と笑顔で食べる。
やはり美味しいものを食べると人間は皆幸せになれるようだ。
僕もイノシシ肉を口に運ぶ。
それは忘れていた豚肉の味だった。
香ばしい脂が口いっぱいに広がりジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。
忘れていた豚肉の味。
もう戻る事は出来ない日本の味。
帰る事の出来ない日本の思い出。
あまりの懐かしさに僕の頬を涙が伝わった。




