縄文料理7:貝汁
夕焼けと天色が競争してたせいか、すさまじい勢いで畑の耕しが終わった。
凄まじい勢いで耕したからと言って雑と言うわけじゃない。
かなり深い所までふかふかの土となる様に丁寧に耕してあった。
こういう所は二人とも真面目だ。
でも、見てみると二人ともクワを持ってない。
「クワはどうした?」
「あれにゃ、どこか飛んで行ったにゃ」
「なぬ?」
「使ってたら石がぴょーんて飛んで行ってどこかに消えたにゃ」
「俺のもすぐに折れたぞ。王様、もうちょっとしっかりした物作ってくれないと困るぞ」
「でも、お前たちは今まで畑耕してたんじゃ?」
「そうにゃよ」
「でもクワが無くてどうやって?」
「すででほってたにゃ」
「素手で?」
「うん」
「手が痛くならないのかよ?」
「そんなのへっちゃらにゃ」
「俺も全然だっ!」
夕焼けも天色も野生児過ぎて、畑を耕す程度では農具なんて要らなかったらしい。
「次は何するにゃ?」
「次は畑に種を植えるんだけど、今日はもうそろそろ夕方だからやめとくか。今日は頑張った事だし、僕が貝汁作るから夕焼けと天色は皮で泥だらけになった体を川で洗って来いよ」
「べつに体は洗わなくてもいいにゃ。早くご飯食べるにゃ」
「洗わないならご飯抜きな」
さすがに泥だらけのまま小屋で寝たら、寝藁が泥にまみれて不衛生。
風呂はあまり好きじゃない僕もここはしっかり衛生指導をした。
「にゃっ! 洗うにゃ、洗うにゃ!」
にゃん娘達の風呂嫌いには困ったものだ。
野生の猫だったら風呂に入らないのは当然だけど、猫人間である僕らは汗をかくので水洗い位ちゃんとして貰いたいものだ。
まあ、春先のこの時期だと川の水はまだ冷たいから洗いたくない気持ちもわかる。
そのうち、ちゃんとしたお湯を使った風呂でも作ってお風呂の楽しみを教えてやりたいものだ。
にゃん娘たちが水浴びをしている間、僕は土器を持って海岸に向かう。
海岸で貝を拾い、昆布も取った。
僕が一人で来たのは理由が有る。
以前であれば塩水を汲まなければ鍋を作る事は出来なかったが、今は塩が有るのでわざわざ海から海水を汲んでくる必要はない。
なので運搬役をしてもらっていた天色の手を煩わせることも無いのだ。
*
海からの帰り道、ヤバいものと遭遇してしまった。
イノシシだ!
しかもデカい!
秋田犬のサイズを確実に超える、体重百キログラムを軽く超えてそうな大きなイノシシ。
その巨大なイノシシが河原で僕を睨んでいた。
なんでこんなとこにイノシシが居るんだ?
いままで野生動物なんてこの辺りに出た事なんて無かったのに。
でも目の前にイノシシが居るのは事実。
そしてまずい事にイノシシは完全に僕がこの場にいる事を認識している。
しかも餌としてしか認識しておらず敵意剥き出しだ。
ヤバい!
やられる!
今まで外敵なんて居なかったから油断していた。
こんな平原だったらイノシシどころか狼が居てもおかしく無かったのに!
イノシシは明らかに僕を捕食対象として見ていた。
突き上げた尻を振る闘牛のようなポーズを取り、突進の準備に入っていた。
イノシシと僕では明らかにイノシシの方が運動能力は上。
持久力も体重もイノシシの方が上だ。
長丁場になれば間違いなく僕に勝ち目はない。
いや短時間でも一発でも突進を喰らったら僕の命は無い!
細かい事を言っても仕方がない。
ここはどんな手段を使ってでも生き延びることを考えないと!
僕は河原に土器を投げ捨て川の中へと走りこんだ。
川の水深は浅い。
ここのとこ雨が降って無かったので膝上より少し深いぐらいの深さ。
この浅さではイノシシの突撃を避ける盾とはならない。
ズサー!と水しぶきを上げながら僕めがけてツバキを撒き散らしながら突進してくるイノシシ。
水の中なので多少突進の勢いが抑えられているが、それでもあの巨体の直撃を喰らったらたまったものじゃない。
一発食らえばほぼ確実にノックダウンするヘビー級ボクサーのパンチと変わらない威力。
僕は必死に避ける。
直線の突進を横に避けて避けるとイノシシはすぐに弧を描くように方向転換をし、再突進を始める。
再び僕は必死の形相でそれを避ける。
イノシシはすぐに三度目の突進を開始、僕もそれを避ける。
だが、その時!
「うわああああ!」
僕は川底の大きな石に足を取られ転倒。
前のめりに川面に突っ伏した。
顔を上げると倒れこんだ僕に向かってイノシシの突進が始まっていた。
バイクほどの体重の有るイノシシが猛スピードで僕に向かって走り出す。
当たれば確実に弾き飛ばされて死ぬ!
死にたくない!
僕にはまだまだやり残した事が有る!
皆の村を大きくするという仕事が有るんだ!
最初こそ、なにも無いこの世界に転生させられた事を呪ったが今はそんな気は全く無い。
僕はこの世界で生きたいんだ!
イノシシが僕に向けて速度を上げながら突進してくる。
もう距離はそれ程無い。
ヤバい!
マジ、ヤバい!
死ぬ!
でもどうすればいい?
どうにもならないぞ!
夕焼け!
天色!
「助 け て く れ !」
その時!
川上からにゃん娘の声がした。
夕焼けと天色だ。
「王様! 迎えに来たにゃ! !! !?」
僕の様子がおかしいのに気が付いた夕焼け。
僕の危機を悟った夕焼けが疾風の如き速度で僕に駆け寄る。
そして僕を抱き抱え遥か川下まで風の様な速度で運び去る。
「た、助かった!」
逃げた僕を追いかけようとするイノシシ。
天色は背後からイノシシを掴みかかると丸太の様な太い手でガッシリと胴を捉える。
イノシシは拘束から逃れようと暴れ始めるが、天色は逃がす気はなかった。
「ど りゃ あ あ あ!」
巨大なイノシシを天高くに放り投げた。
天高く放り投げられたイノシシは豆の粒ほどの大きさまで小さくなり、やがて物凄い勢いで落ち地面に叩きつけられる。
数秒後、川面には大きな水しぶきをあげ息絶えて横たわっているイノシシが残された。




