縄文料理5:塩工場
鍋は美味い!
それは絶対に間違いない。
熱い魚汁を食べて火傷をした、いまだにヒリヒリする僕の下唇もそう言ってる。
昨日の魚鍋は大好評だった。
夕焼けと天色も鍋を気に入ったらしい。
「ねぇねぇ、王様! きょうもなべにゃよね? きのうはすごく美味しかったにゃ!」
「俺もすんげーうまかった!」
「やっぱなべにゃよね! ふわふわのおさかにゃがおいしかったにゃ!」
「そうそう! うまかったぞっ! あの固い殻に入ってる貝ってやつもジューシーでおいしかったな。噛むとボリボリ音がするけどすげーおいしい汁が出たぞ!」
殻のまま食べたのですね……。
カルシュームも摂れるし食べれるなら殻も食べた方がいいのかもしれない。
「うんうん! あの白いおイモさんも口の中に入れるとほこっとくずれて、とろけて、おいしかったにゃー」
「あの赤いニンジンてのもとろけてウマかったぞっ!」
「ねえ、王様、きょうもなべやろうにゃ!」
「今日も俺は鍋食いてーぞっ! 鍋食べたい!」
「夕焼けちゃんもたべたいにゃ!」
よだれを垂らしながら鍋を語るにゃん娘たち。
確かに、にゃん娘が言う通り鍋は美味い!
でも作るのに時間の掛かる鍋なんて毎日やってたら、下ごしらえだけで他の事が出来ずに一日が終わってしまう。
二度とやらない訳じゃないが先に作らないといけない物がある以上、当分は封印だ。
「当分鍋はやらない」
「えーー!」
「なんでなんだよ!」
「鍋を作るのには時間が掛かって他の事が出来なくなるからさ。今の僕たちには他に作らないといけない物が沢山有るんだ。だからそれを作り終えるまでは鍋はやらない」
「えーー!」
「くいてーよ! 食わせろよっ!」
「悪いけど、当分は手間の掛からない焼き魚で我慢してくれ」
「焼き魚ゃか……あれも美味しいにゃ」
「確かに焼き魚も美味いなっ!」
「あの塩っていうのがおいしかったにゃ」
「塩が美味かったなっ!」
「ごめん、塩は全部使っちゃったからもう無いんだ」
「えっ! 焼き魚って塩抜きの焼き魚なのかっ?」
「悪いが塩抜きで食べてくれ。無いものは無いんだから仕方ない」
「そうにゃのか」
当分は塩なし焼き魚で我慢してもらうしかない。
かと言って塩をかけない焼き魚って言うのも、一度塩を掛けた焼き魚を味わってしまうと物足りない。
きっとにゃん娘も塩なし焼き魚では満足してくれないだろう。
とりあえずは焼き魚をメイン食材とすべく、塩を作る事から始めないといけないな。
*
僕は月夜に相談した。
もう少し効率よく塩を作る方法を。
やはり一時間以上掛けて塩が大さじ一杯と言うのは製造効率が悪すぎる。
そこを何とかしないと、しょっちゅう塩を作る羽目になる。
そうなると焼き魚が鍋をやるのとあんまり時間効率が変わらないことになってしまう。
もう少し効率のいい塩の作り方は無いのか?
やはり塩は塩田で作らないと無理なのか?
それを月夜に相談してみた。
「そうですね大量に塩を作るなら太陽熱を利用した塩田が効率いいですが無くてもいけますよ」
「どうやるんだ?」
「鍋一つでスプーン一杯の塩が取れるなら、鍋を一〇〇個にすればスプーン一〇〇杯の塩が取れます」
「その手が有ったのか!」
「それに海水を毎回完全に水分を蒸発させるのではなく、煮詰めつつ水分が蒸発した分の海水をつぎ足し続ければ一つの鍋でも結構な量の塩が取れますよ」
「なるほどね」
月夜の提案した塩の作り方はかなり強引で力業過ぎる気がしないでもない。
でも、現状ここにある設備と技術で量産するとなるとそれしか選択肢は無いだろうな。
そう!
それしかない!
こんなことで悩んでるのは無駄だ!
多くの鍋を使った量産方式で塩を作る!
塩田ならぬ塩工場を海岸沿いに作る!
そうなると必要となるのは鍋だ!
鍋を大量に作るぞ!
僕は鍋の量産から始める事にした。
*
「みんな悪い。今日も手伝ってくれ」
「おう、いいぞっ!」
「きょうはなにすればいいにゃ?」
「今日は鍋を大量に作る」
「鍋を? 一人一杯づつの魚鍋かにゃ!?」
「うおーー!!! それはいいなっ!」
「違う違う。今日作るのは土器の鍋だよ。鍋をいっぱい作って塩を沢山作るんだ」
「塩を作るにゃか」
「塩を使い切っちゃったからな。美味しい焼き魚を作る為に塩をたくさん作っておきたいんだ」
「にゃるほど! わかったにゃ」
「何個鍋を作るんだ?」
「作れるだけ」
「作れるだけ??」
「そうだ。鍋は有っても邪魔な物じゃないし、この機会に作れるだけ作りたいと思う」
「なるほど。で、何個作るんだ?」
「一〇〇個」
「一〇〇個?」
「そうだ。鍋も当分作らなくても済むように沢山作っておきたい」
「それはすごい量だな」
僕らは土器の量産を始めた。
粘土を掘り、粘土と小石と砂を混ぜ、たき火でじっくりと土器を焼く。
さすがに一〇〇個ともなると一日で作れるわけも無く、全て焼き上がるのに六日ほど掛かった。
*
僕の目の前にはおびただしい数の土器が並んでいた。
一つの土器を焼くことに苦労してた頃の事を思うと、感慨ひとしおである。
「よし、焼けたな! みんなありがとう」
「気にすんなっ!」
「気にすんにゃ!」
「よし、この土鍋を海岸に持っていくぞ!」
「おー!」
「一人一個ずつな」
「ちょっと重いにゃ」
「苦労して作ったんだから途中休み休みでもいいから、絶対に落として割らないでくれよな」
「はいにゃ」
「俺、重ねて運べは一〇個は行けると思うけど運んでいいか?」
「天色が力持ちっていうのは解ってるけど、重ねて運ぶと土器が痛むし、落として割っちゃったら大変だからそれはやめて」
「土器はみんなで一生懸命作った大事な物だもんな」
「片手で一個づつならいいよ」
「そうか! じゃあ俺は二個運ぶぜ!」
海岸に土鍋を持って行く。
一〇〇個も土器が有ったのでこれまたすぐに済むわけも無く一日仕事でも終わらない。
一人一個の運搬で、力持ちの天色だけ一度に二個の運搬。
四人で一度に五個しか運べない。
往復二〇周の作業で、一周一時間も掛かる。
結局、全ての土器を運ぶには丸々三日間掛かった。
塩を作る道具の下準備だけで既に一〇日掛かっている。
時間がいくらあっても足りないな。
*
「おし! 土器の運搬は終わったな。次は……鍋を炊く燃料の小枝を集めるか」
「おー!」
朝日の中、燃料となる小枝を探すがこの辺りはあまり木が生えて無く生えているのは雑草の様な物ばかり。
以前塩を作った時は鍋一つだったのでどうにかなったけど、さすがに一〇〇個も鍋が有るとどう見ても燃料が足りない。
ここまでやって計画がとん挫かよ!
そりゃないよ。
「頑張って探したけど、あんまり小枝が集まらなかったにゃ」
「この辺りはあんまり木が生えて無いもんな」
「どうする? 王様」
「草でも燃やすにゃか?」
「うーん、草か。草だとすぐに燃え尽きて消えちゃうだろうしな、代わりに燃える物探すか」
石油なんかが有ればいいんだけどそんなものが沸いてる訳も無く、第一石油で煮詰めたら煙臭くて塩が食べれなくなるのが目に見えてる。
となると松脂かな?
でも、普通の木が無いこの状況で松の木が有るとは思えない。
さてどうしたものかと僕が悩んでいると、天色が言った。
「無いなら取ってくればいいじゃないかっ! 川上から枝取って来るよ!」
「それがいいにゃ!」
「すまん、頼む!」
「夕焼けも手伝ってくれ!」
「はいにゃ」
「じゃあ、僕と月夜は土器の準備しておくよ」
「おう! すぐ持ってくるからなっ!」
海岸沿いには一〇〇個の土器を煮立たせるほどの枝が無かったので、天色は燃料となる大量の枝を川上から持ってきてくれた。
わざわざ遠くから運んできた貴重な燃料だ。
たき火一つで鍋一つを炊くなんていう非効率的な事はしない。
たき火を中心にいくつかの土鍋を周りに並べた。
一つのたき火で同時に複数の鍋を炙り、同時に塩を作ることにしたのだ。
これならば、燃料の補充の手間が減り、一つのたき火に掛かりっきりになる事も無いだろう。
海岸沿いに合計八個所の土器の輪が出来上がる。
さすがに一〇〇個の土器を並べるとミステリーサークル並みに壮観な眺めとなる。
「よし! ここまで準備できればあとはもう少しだ! あとは鍋に海水を入れて煮る。海水が蒸発して少なくなって来たら、ヤシの実のお椀で海水を足す。たき火が消えないように枝をくべ続けるのも忘れるな。これを日が落ちる直前まで続けるんだ」
「そんなにするのかにゃ!」
「そうだぞ。それでも取れる塩はほんのちょっとなんだ」
「そうにゃったのか。だから王様が持ってた塩は少なかったんだにゃ」
「あと、みんな注意して欲しい。絶対に火傷はするな! 無理はするな!」
「はいにゃ!」
「はい!」
「おう!」
「天色と夕焼けは海水の継ぎ足し、僕と月夜はたき火の管理をする。みんな熱いとは思うけど頑張って!」
最初こそ天色が間違えて海水をたき火にかけたせいで火が消え物凄い煙が出て大騒ぎになったりしたけど、そのあとは慣れて来たのかミスも無く順調に進んだ。
一〇〇個も並べられた鍋からはもの凄い水蒸気の柱が立ち上る。
たき火の煙も物凄い。
まるで工場の煙突から出る煙の様だ。
真っ黒い煙が天に向かって立ち昇る。
*
昼過ぎに貝鍋をつつきながらヤシの実のジュースで喉を潤していると、ポツリポツリと雨が降り出した。
やがて雨はザーザーと音を立てて、シャワーの様に降り注ぎ始めた。
雨だ!
雨が降って来た。
雨乞いの儀式では物を燃やして煙を天に舞い上がらせ雨雲の生成のきっかけにすると聞いた事が有るが、まさに今やったたき火が雨乞いその物。
雨水対策をしておけばよかった。
次々に消えるたき火の炎。
そして鍋の中に降り注ぐ雨水。
このままじゃ、せっかく作った煮詰めた海水が雨水でダメになってしまう!
煮詰めた海水が薄まってしまい今までやってきた事がすべて無になってしまう!
月夜が僕に怒ったような口調で叫ぶ!
「王様! 早く何とかしないと!」
「何とかって、どうすればいいんだよ?」
「フタをするんですよ。土器にフタ。雨水が入り込まないように蓋をするんです!」
「フタっていってもなー。そんなもの無いぞ」
「目の前にあるじゃないですか?」
「目の前っていっても海しかないぞ」
「もっと目の前です。木が見えませんか?」
「ヤシの木?」
「そう、ヤシの木の葉っぱで蓋をするんです!」
「その手があったか! 夕焼け、悪いんだけどヤシの木の葉っぱをたくさん集めてくれ!」
「わかったにゃ!」
夕焼けは猿のように木に登る。
「いくにゃー!」
夕焼けはヤシの木の葉を次々落とした。
僕たちはそれを拾うと土器にフタをする。
風が少し吹いているので僕らは葉っぱを必死で押さえた。
通り雨は一時間程でおさまった。
どうやら難は避けられたようだ。
月夜の機転で海水への被害は最小限で済んだ。
こうならないように早く屋根付きの小屋を建てたいものだ。
*
日が少し傾き始めると海水の継ぎ足しを止めて煮詰めに入る。
煮詰めて出来上がった塩は、土器一個当たり茶碗一杯分ぐらいの量で予想よりも遥かに多かった。
月夜が言うには海水をつぎ足し続けたので土器が塩分を吸える飽和限界を超えたので、最後の方は海水の塩分がほとんどそのまま抽出出来たんじゃないかと言う事だった。
収穫はヤシの実の殻二〇個分の塩。
重量にすると一〇キログラムを超えてるんじゃないだろうか?
当分塩を作る必要は無さそうだ。




