火打石の山6 たき火
「あちちち!」
僕は燃え上がった綿毛の火を枯れ葉に移す。
すると枯れ葉は火打石で火の粉を飛ばした時と違い激しく燃えだした。
「すごいにゃ! これが火なのか?」
「そうだ、これが火さ」
枯れ葉の火は枯れ枝に移り、たき火となった。
燃え上がる火を見てにゃん娘達は目を丸くしてる。
「お日様が地面に落っこちて来たみたいにゃ!」
久しぶりに見る漆黒の闇の中の火の明かりは、目が潰れそうになるぐらい眩しかった。
野生動物が火を恐れるという話をよく聞くが、それが何となく解る程の明るさ。
僕は木の枝がパチパチと爆ぜる音を聞きながら、座りこんでボーっとたき火を眺めていた。
こんな明り、前世なら当たり前だったんだよな……。
スイッチを押せば電気が付く。
ガスレンジのつまみを捻れば火が点く。
シャーワーのノブを捻れば熱いシャワーを浴びられる。
シャワーから出れば、服も下着も有る。
そして冷蔵庫の中には冷たいジュースが入ってる。
ジュース飲みてー。
元の世界に戻りたいな……。
そういえば僕が助けたあの子猫、元気にしてるかな?
生きてはいると神様から聞いたけど。
僕が死んでしまった後、誰かに拾われて元気に暮らしてるかな?
そんな事を思い出してボーっとしてると、目の前のたき火に顔を物凄く近づけている夕焼けに気が付いた。
「何してるんだ? 危ないだろ!」
僕は夕焼けを必死に押さえつけてそれ以上近づくのを止めた。
「とっても綺麗にゃ。それになんかいい匂いがするにゃ」
「止めろ! それ以上近づくと火傷するぞ」
「火傷って?」
「とっても痛い事だ」
「??」
初めて聞く『火傷』と言う言葉に訳が分からないという顔をしている夕焼け。
僕はかわいそうだと思いながら火の怖さを教える為にあえて軽く火傷をさせる事にした。
炎が点いた枝を一本取ると炎を振り消し燃えて赤くなった枝を夕焼けの手の甲に軽く押し付けた。
夕焼けは何をされたのか良く解らないと言った感じで呆然としていたが、熱さと痛みが手のひらから伝わると火と僕から飛び退いた。
「な! なにるすにゃ! 痛いにゃ! 熱いにゃ! 王様、なんでこんな事するにゃ! 酷いにゃ!」
「危ないから、もう火に近づいたらダメだぞ」
「もう二度と火に近づかないにゃ! 火なんて要らないにゃ!」
「その位の気持ちで火に接してくれた方がいい」
「もう、絶対に火に近づかないにゃ! 王様にも近づかないにゃ! 王様嫌いにゃ!」
火の怖さを教えたかったんだけど、少しやり過ぎてしまったかな?
夕焼けには少し悪い事をしてしまった。
でも、病院の無いこの世界で火で大火傷をしたら、致命傷になるからな。
少し厳しすぎるぐらいでも、火の怖さを知って貰った方がいい。
*
「お腹すいたにゃ」
「そういえば俺もお腹すいた」
「私も……」
「そういえば朝食べたっきりで何にも食べてなかったな。ご飯にするかー」
僕は夏みかんを二個づつ皆に配る。
今日は色々とやったので乾いた喉に果汁が染み込む。
「うめー!」
「おいしいな」
みな、美味しそうに夏みかんを食べている。
「それにしても、せっかく火を手に入れたのに、何か焼いて食べれる食べ物が有ればなー」
「有りますよ」
「マジか?」
「非常食として私が作った干物が有ります。食べますか?」
「干物って……日持ちしないから全部食べたんじゃなかったっけ?」
「私が特別に作った日持ちのする干物が有るんですよ。王様が作った物は海水に一度つけて乾燥しただけじゃない日持ちのしない物じゃないですか。私の作った干物は海水浸けと乾燥を五回ほど繰り返したものです。王様の干物よりも二~三日は長く持つ筈です」
そういえば干物ってそんな感じで作るんだよな。
最初の頃はそうやってちゃんと作ってたけど、今回の旅では準備が忙し過ぎて一度しか干せなかったんだよな。
それにしても五回も干すなんて、月夜はキッチリしてるな。
「月夜、グッジョブだ! グッジョブ過ぎる!」
僕に褒められると、月夜が少し顔を赤らめていた。
褒められた位で顔を赤くするなんて、いつものクールな月夜らしくないな。
照れ隠しなのか、月夜は俯いたまま自分の籠の底に敷き詰めたヒノキの葉の中から干物を取り出す。
合計で四枚の干物だ。
僕はそれを木の棒に刺し、たき火の炎で炙る。
すぐに煙と香ばしい匂いが辺りに立ち込めた。
匂いを嗅いだ、天色と夕焼けの様子がおかしくなり始めた。
「こ、これは何なのにゃ?」
「すごくいい匂いだぞ!」
「も、ものすごくいい匂いにゃ!」
「夕焼け、火はもう要らないんじゃなかったのか?」
「そ、そんなこと言ってないにゃ」
「言ってたよ」
「王様、意地悪だにゃー」
「うそうそ」
「この匂いは耐えられないにゃ。食べていいかにゃ?」
「ほれ、食えよ。熱いから気をつけろよ」
「ありがとうにゃ」
夕焼けは干物を刺した枝を受け取ると、かぶりつくが熱くて食べられないでいる。
それを見た天色が溜まらなくなり大声で僕に訴える!
「俺も、俺も、俺も食いたい!」
「天色も食えよ。熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
大柄な体をして「あっちっちっち」と右手と左手で枝を持ち直している天色が可愛らしい。
「おいしいにゃ、おいしいにゃ! こんなに美味しい物食べたの始めてにゃ! 王様凄いにゃ!」
「うわー! うめー! すげーうめー! こんな物作れるなんて、王様見直したぞ!」
半狂乱で焼いた干物にがっつくにゃん娘達。
月夜はそれを子供を見守る母親の様に微笑んで見ていた。
そんな月夜に僕は声を掛ける。
「ほれ、月夜も食べろよ。早く食べないと夕焼けと天色に取られちゃうぞ」
「ありがとう」
そういうと、月夜は干物をトウモロコシの様に両手で持って小さな口で魚にパクついた。
「おいしい」
いつもはキツイ月夜だが、今日の月夜は可愛らしい。
月夜がいつもこんなならいいんだけどな。
僕も、干物にかぶりつく。
忘れていた香ばしさが口の中いっぱいに広がる。
焼いたせいか、干物なのに肉汁が出てジューシーに感じられる。
あまりのおいしさに涙が出て来た。
「うめー!!」
その声を聞いた夕焼けが僕の横に来て座り、よだれを垂らして見ている。
夕焼けは今まで見た事の無いような満面の笑みで僕を見つめる。
「お魚もっと食べたいにゃ。それちょうだい!」
「だめ」
「たべたいにゃー!」
「夕焼けは火なんて要らないって言ってたじゃん」
「あ、あれは……嘘にゃ。火は大事にゃ。だからちょうだい!」
よだれをダラダラ垂らしながら懇願する夕焼け。
見てて怖くなるぐらい口からよだれが垂れている。
「わーった。わーった。さっきは手の甲を火傷させちゃったし、お詫びでこれをやるよ」
「本当かにゃ?」
「ああ、本当だ。村に帰れば焼き魚なんて毎日食べられるしな」
「ま、毎日食べられるのか?」
「そうだぞ。それにお魚だけじゃない。これからは今まで食べられなかった美味しい物を色々食べられるようになるんだ」
「そ、そうにゃのか?」
「火のおかげでな」
「そうなのか。火っていい物なんだにゃ」
「でも忘れちゃだめだぞ。火は便利だけど危険な物って事を。まだ火傷した手が痛いだろ?」
「わかったにゃ。こんな痛さはこりごりにゃ」
「約束だぞ」
「約束にゃ」
僕は夕焼けに干物を渡すと、それを受け取りおいしそうに食べる。
僕は夕焼けの幸せそうな姿を眺めていた。
それだけで僕の心は満たされた。
お腹はちょっと減ったけどな。
空きっ腹にこの焼いた干物の匂いは結構効くな。




