火打石の山3 戻らぬ夕焼け
僅かな光でも周囲を見られるという夕焼けが洞窟に入ってから三〇分が経過した。
だが、夕焼けが戻って来る気配は全く無かった。
すでに夕日は赤みを帯びてきている。
日が沈み真っ暗になるのも時間の問題だ。
太陽が沈んで光源が一切無くなってしまえばいくら目のいい夕焼けでも洞窟の中を歩き回るのは困難だろう。
万が一、戻って来ない原因が怪我や事故だったら……翌朝まで救出は出来ない。
僕は居ても立っても居られなくなり天色に問い詰める様に聞く。
「夕焼けが戻って来ないんだけど、本当にあの真暗闇の中で目が見えるのか?」
「ああ大丈夫。夕焼けの目は俺の目よりも確実にいいから見えてる筈だよ。俺でもあの位の暗さなら薄ぼんやり見えてたぐらいだしな」
「じゃあ、事故に遭ってるなんて事は無いか?」
「夕焼けはああ見えても結構慎重だからな。多分大丈夫だ」
「そうか。それならいいんだけど……」
僕の心配そうな顔を見た月夜が珍しく励ましの声を掛けてきた。
いつもの冷静と言うかクールと言うか無機的な月夜とは思えない行動だ。
「王様、夕焼けを信じてあげましょう。きっと大丈夫です。それに王様が洞窟に入ったからって何が出来ると言うんですか? さっき洞窟に入って逃げ帰ってきたじゃないですか? またどうせ入り口で目が見えなくなって立ち往生するだけですよ。行くだけ無駄です」
月夜にしては珍しく励ましの言葉を掛けてきたと思ったら、最後はいつもと同じく厳しい言葉でした。
やっぱり月夜さんはキツイです。
「そう言われるとそうかもしれないけど」
「もう少し夕焼けを信じてあげましょう」
「わかった。もう少し待ってみる」
僕は夕焼けの帰りを待った。
さらに三〇分は待った。
夕焼けが洞窟に入ってから既に一時間だ。
皆と一緒に無言で夕焼けの帰りを待っていたが、やはり帰っては来なかった。
日は沈みかけ遠くの山の稜線に掛かろうとしていた。
もうすぐ辺りは真っ暗になる。
夕焼けを助けに行くなら今しかない。
今行かなければ確実に洞窟の出口が解らなくなる。
信じる信じないじゃない!
出来る出来ないじゃない!
男として、いや人間としてやらないといけないことが有る!
仲間を見捨てる訳にはいかない!
助けに行く!
僕はそう心に決めた。
「すまん! 夕焼けを助けに行く!」
「俺も今それを言おうかと!」
「私も!」
「ありがとう、皆んな! 天色は夕焼け程じゃないけど夜目が効くんだよな?」
「あの洞窟が真っ暗に見えた王様よりは夜目が利くと思うぞ」
「じゃあ、今度は天色を先頭にして夕焼けの救出に向かう」
「おう!」
僕たちは上背のある天色を先頭に洞窟の先に進む事にした。
さっき洞窟の中に入った時は全く気が付かなかったけど、洞窟の中はほぼ一直線のトンネルの様な形状だ。
僕たちはその真っ直ぐな洞窟を先へと進む。
一〇〇メートル、いや二〇〇メートルぐらい進んだだろうか?
いや、五〇メートルぐらいかもしれない。
既に僕の目には漆黒の闇にしか見えていない。
「月夜、お前はこの辺りの様子が見えるか?」
「私にはすでに真っ暗にしか見えません」
「そうか。僕もだ。天色は見えるか?」
「薄ぼんやりだけど、まだ見えるから大丈夫だ」
「天色、頼んだぞ!」
「おう! 任せてくれ!」
僕達は更に洞窟の奥へと進む。
五分ぐらい進んだだろうか?
天色の足が突如止まった。
「どうした?」
「すまない、俺の目も見えなくなった。もう真っ暗だ。ここが限界だ」
「そうか……」
「でも、夕焼けの匂いはする。多分すぐ近くだ」
「よし、大声を掛けてみる! 夕焼け! 夕焼けいるか!?」
返事は無かった。
返事が無いってことは何処かで倒れているのか?
何か事故に遭ったんだろうか?
「夕焼け! 夕焼け! 居るのか? 返事しろ!!!」
僕は怒鳴る様に言った。
やはり返事は無かった。
でもこの近くにいるのは確かだった。
僕は漆黒の闇の中に走り出した。
だが僕の腕にしがみつき止める者がいた。
月夜だ。
僕が闇の中に走り出そうとしたのを、月夜が必死に押さえつけた。
「目が見えないのに先に進んでどうするんですか!」
「でも、夕焼けが……返事も無いんだぞ?」
「返事が無いなら、ここには居ないんです。落ち着いてください」
月夜は僕の胸に必死にしがみついて僕が走るのを止めた。
必死さが伝わってくる力で……。
それで僕は我に返った。
「わ、わかった。行かないよ」
「無茶しないで下さい」
「でも、どうする? 王様。これ以上先に進めないぞ。戻るか?」
「いや、出口には戻らない。夕焼けが心配だ。ここで声を掛け続ける」
「解った。俺も呼んでみる」
「夕焼け!」
「夕焼け!」
「夕焼け!!」
やはり返事は無かった。
でも、叫び続けた。
その時奇跡が起こった。
洞窟の中が薄明るくなった。
「???」
何が起こった?
神の奇跡か?
いや奇跡では無い。
すぐに原因が解った。
沈み掛けた夕日が洞窟の中に差し込んだのだ。
洞窟の入り口の方を見ると、稜線に掛かった夕日が赤い宝石のように輝いていた。
そして洞窟のかなり奥の方に人影の様な物を見つけた。
夕焼けだ!
間違いない。
僕はその人影に全力で駆け寄った。
その人影は夕焼けだった。
「だいじょうぶか? 怪我はしてないか?」
「うん……」
俺は思わず夕焼けを抱きしめる。
夕焼けの無事を確認すると、目頭が熱くなり涙が出て来た。
声が鼻声になったのがバレルと恥ずかしいので、それを隠す為にあえて怒ったような口調で話しかける。
「何で声を掛けたのに返事をしないんだよ! なんで戻って来なかったんだよ!」
「だって、王様と約束したから。何かあったら戻って来るって。でも何にも取れなかったから戻れないにゃ」
「夕焼け! それはそういう意味じゃ無いよ! 何かトラブルが起きたら戻って来てくれっていう意味だ」
「そうだったのかにゃ!?」
それを聞いた夕焼けの声が驚きで急に明るくなった。
「それなら最初からそう言ってほしかったにゃ」
「それに何で洞窟の中で声掛けてたのに返事してくれなかったんだよ?」
「火打石が取れなかったから怒られると思ったにゃ。さっきも怒ったような声だったし」
「お前なあ……僕がそんな事で怒った事今まで有ったか?」
「無いにゃ」
「凄く心配したんだぞ」
「ごめんにゃ」
「さ、入り口に戻ろう」
僕は夕焼けの頭をポンと軽く叩き、笑顔で入り口に戻るように促した。




