火打石の山2 火打石の洞窟
「うわっ!!!」
「ん? どうした?」
よく見たら熊みたいな上背の天色が圧し掛かるように立っていた。
黒い影の正体は天色だった。
「うわって……王様聞こえてなかったのか?」
「天色か……熊かと思ったよ」
「さっきから何度も呼んでるのに全然返事しないし。肩を叩いたら飛び跳ねるし、どうしたんだよ王様?」
「ちょっと考え事しながら洞窟を探してたんだ。天色こそどうした?」
「洞窟が見つかったんだよ。月夜が見つけたんだ。皆んな最初の場所で待ってるのに王様だけちっとも帰ってこないから俺が匂いを辿って探しに来たんだぜ。自分で時々戻って来いって言ったのにもう忘れちゃったのか?」
「洞窟が見つかったのか!? すまん。洞窟探しに必死になっていて戻るのをすっかり忘れていたよ」
「そうか。さあ皆の待ってる所に戻ろうぜ」
天色に連れられて元の場所に戻ると、心配そうに待っている月夜と夕焼けの姿が見えた。
僕は皆んなに謝り、洞窟の前へと来た。
洞窟は最初の場所からそれ程離れてない山の西斜面に有った。
僕の探していた北斜面とは全然違う場所だった。
洞窟の入り口は天色の背の三倍の高さもある大きなものだ。
中は真っ暗で、ひんやりとしてる。
「ずいぶんと大きな洞窟だな。この先に火打石が有るのか?」
「恐らく……」
「よし! 皆んなで取りに行こう!」
「おー!」
僕はにゃん娘たちを引き連れて奥に進む。
最初は威勢よく進んだものの、すぐに足が止まった。
真っ暗なのだ。
本当に真っ暗で、暗闇というか全てが黒にしか見えない。
たった一歩先の地面が全く見えない。
ダンジョンに潜るのに松明が必要な黎明期のゲームに似た感じ。
そのぐらい先が見えなくて真っ暗だった。
RPGのダンジョンなら中に入っても壁に松明やら光る不思議な石が有って通路が明るく照らされてるけど、そんな便利な物は現実の世界には無い。
第一、火の点いた松明なんて便利な物が壁に掛かっていたら、それを持って村に帰る。
暗闇でもすり足で問題なく歩けると思ったが、実際真っ暗闇の洞窟の中にいると目の前に何があるのか分からず、たった一歩を踏み出すのが怖い。
一歩先が崖になっていて奈落の底に落ちるかもしれないし、崖じゃなくても尖った石や蛇やサソリが居てそれを踏みつける可能性を考えると、怖くて足が出せなくなった。
「王様、どうしたにゃ? 進まないのか?」
「ごめん、戻ろう」
先が見えない状況でこのまま進むのは危険だ。
まだ、日が出ていて洞窟の出口の方向が解る今の内に戻った方が懸命だ。
このまま迷っていて日が落ちたら洞窟の出口さえ判らなくなる。
僕らは洞窟から出る事にした。
洞窟の出口が明るい。
暗闇の恐怖と、陽の光の安心感。
気が付くと僕たちは光を求め走って洞窟の出口に向かっていた。
洞窟から出ると出口すぐの地面に座り込み、走って息が乱れた呼吸を整える。
やはり、明かりが無いと洞窟探検は無謀だ。
照明となる火が無いと、真っ暗で先には進めない。
でも、火なんて物は持っていない。
その火を取りに来たんだからな。
火を取りに来たが、火が無いと取れない。
僕は未だに卵が先か鶏が先かで悩んでいた。
いや、必要なのは火ではない。
光だ!
火を使わない光と言えばホタルだ。
でも、ホタルなんて集められるのか?
ホタルは川辺に住んでいるけど、この辺りで川と言えばあの崖の川しか知らない。
あの川にはホタルなんて居そうも無い。
他には?
ホタル以外で光を手に入れる方法はないか?
ホタル以外で光る生物と言うと海ほたると言うものも有るらしいが、それは海の生物だ。
光を送るだけなら鏡と言う手段もある。
鏡なら洞窟の奥に太陽の光を送り届けられる。
太陽の光を鏡で反射を繰り返し、洞窟の奥を照らす事が出来る。
でも、鏡なんて持っていない。
そんな便利なものはここには無い。
鏡の代わりになる物は?
ある訳がない。
そもそも、鏡が有るなら大量に用意して太陽光を一点に集めて火を点けている。
僕が悩んでいると、夕焼けが声を掛けてきた。
「王様、また何か悩んでるのかにゃ?」
「うん、洞窟の探索方法をね」
「さっき何で王様は洞窟から戻ったんにゃ?」
「何でって、真っ暗で足元が見えなかったから」
「見えなかったのかにゃ?」
「真っ暗だったろ?」
「見えてたにゃ」
「え? あの真っ暗な洞窟の中で夕焼けは目が見えてたのか?」
「うん」
すると、僕らの話を聞いていた天色が夕焼けの事を自分の様に得意気に話し始める。
「夕焼けは物凄く目がいいからな。あのぐらいの暗さなら全然問題なく見えるぞ」
「私が中を見てくるにゃ!」
「大丈夫か? 一人で危なくないか?」
「大丈夫にゃ! 夕焼けちゃんに任せなさい」
「解った。夕焼けに任せるよ。何かあったらすぐに戻って来るんだぞ。約束だぞ」
「解ったにゃ。約束にゃ。何かあったらすぐに戻って来るにゃ。ところでどんな石を探してくればいいの?」
「キラキラと光を反射して光る石だ」
「解ったにゃ。任せるにゃ」
僕は夕日に照らされながら、一人洞窟の中に戻る夕焼けを見送った。
だが、洞窟に入った夕焼けが戻って来る事は無かった。




