7.遺跡ダンジョン
インフルエンザが猛威を振るう時期になり、SDオンラインのHPではこんな注意が促されていた。
『スリープダイブオンラインでは、病気療養時のプレイを控えるようお願いしています。身体が疲れている状態でゲームにダイブすると、機械がそれを感知し、バッドステータスの状態が続いてしまいます。楽しくプレイするために、風邪などの症状がある場合は、ダイブを控えるようお願いいたします』
これは、風邪ひきさんがゲームをした時に起こるバグらしく、かなりのプレイヤーがバッドステータスの被害にあってから判明したことだ。
今年もインフルエンザは流行っているようだ。
『インフルった。しばらくダイブしないで大人しく寝てます』
『風邪ひいた。しばしダイブはなしです。あっ、今度リアルでケーキ頼むね』
と次々にメールが入ってきた。なんと六人中四人がインフルか風邪でダウンしていた。無事なのはヨイチだけ。
そんな中、風邪を引かない自分が凄いと思ったり……。健康体に産んでくれた母、ありがとう。
――しかし、ソロプレイか……。
一人でモンスター狩りが出来るほど強くもなく、スキル上げを数日間黙々とするほど根気もない。
「何しよっかなー。ソロプレイの達人にでも聞いてみるかなー」
ヨイチはまたレベル上げのための狩りで前線へ行っている。チャットを繋ぐとすぐに返事が返ってきた。
「あ、ヨイチ。今ちょっと時間いいか?」
『おう、レン。久しぶりだ。いいぞーどうした?』
風邪で皆がゲームお休みで一人で、何かいい暇つぶしはないかと聞くと、何だか深くため息をついて呆れられた。
『お前なぁ、MMOの醍醐味なんだと思ってんだ?』
「えええっ? 楽しい異世界紀行?」
『違うっ! コミュニケーションと共同プレイだ。たまにはアイツら(幼馴染)以外に、フレンドでも増やしてろ』
「それが面倒だから、今までMMOやってなかったって知ってるだろ?」
『…………確かお前が書いた、レンのお話は、顔が広いって設定だったよな。折角レンのアバター作ったんだから、その設定も似せたらどうだ?』
ヨイチが設定を覚えていたのも意外だが、それもそうかと一瞬考えなおしたものの、そうそう簡単にフレンドが増えるはずもないよなぁ。
増えたといえば、美味しい飯屋のサブちゃんと、ケーキ好きロリっ娘クリスティーナの二人だけだ。
――これ、少ないんだろうなー。
一人、サブちゃんの店でランチを頼んで、リングでステータス画面を弄っていると、親子丼セットが目の前に置かれた。ああ、出汁のいい匂いが食欲をそそる。
「なーに難しい顔してんだ?」
「いやぁ……友達にMMOは知り合いを増やしてナンボだと言われちゃって……」
「そりゃそーだ。フレンド少ないのを気にしてるのか? 何人だ?」
「……リアルの知り合い抜くと、二人……」
恐る恐る示した指の数を見て、サブちゃんが即効つっこむ。
「少なっ」
「酷い、サブちゃん……でも親子丼、美味い……ううっ」
ちょっと大げさに泣きまねして嘆きながら食べてたら、デザートをおまけしてもらった。サブちゃん、いい人だ。らっきー。
実のところ、フレンドが少なかろうが別に気にしていない。が、それがMMOの醍醐味だといわれると、ちょっと反論したい。
普通のMMOならそうなのかも知れないが、アバターが自分になるVRでは、違う楽しみ方も十分可能だ。
現実では出不精だが、旅は好きなのでSDは異世界旅行に来ている気分で一人でも楽しい。
森の中の滝の流れ落ちる泉や、草原の高台でぼーっとするだけでも、景色で癒される。
そういう良い景色に出くわすとちゃんとスクリーンショットに納めている。元々デジカメ係だし、写真撮るのが好きだってのもある。
いっそ景観スポットでも捜しに行くかと、鍛治の町を後に、死なない程度のレベルの敵がいるフィールドへ歩き出した。
初期を脱したくらいのプレイヤーが、次に来るレベル上げ地である。四角い石がごろごろ転がる遺跡は草原の先にあるオープン型のダンジョンだ。
敵は固い物質系、ゴーレムやトカゲ、巨大な昆虫タイプなどがいる。
適正レベルは20~30くらい。
スキルにとんずらと常時回復の精霊の祝福、回避とダッシュを装備して、戦う気はゼロである。
ここのダンジョンのイメージはたぶんマチュ○チュ。石壁が並ぶ迷路のような構造で、最奥にある一番高い石積みの建物にボスがいる。
一番眺めがいいのはきっとボスのいる場所の頂上なんだろうが、ボス退治は一人では時間もかかって大変だ。
索敵で敵を避けながら、石壁の上によじ登り辺りを見回す。
いくつかのパーティがモンスターと戦っているのが見える。
「おおっ、やってるなぁ」
壁の上に腰かけて、他人の戦闘を眺めるのもまた面白い。遠くに見えるのその戦闘は、ごく基本的なパーティで、盾役、物理攻撃、魔法攻撃、回復役と四人体制だ。
しかも、随分と余裕そうなパーティだ。
――盾役は………………あれ? あれは黒狼だ! しかも遠くてアレだけど、後ろにいるのはたぶんクリスで、シルバーの鎧は青の騎士か?
なんでこんな所に最前線パーティがいるんだ?
連携の取れた戦闘を眺めながら、二つの選択肢を考える。知り合いのクリスに声をかけるか、スルーするかだ。
黒狼と青の騎士とはニアミスで一応面識がある。全く知らないのは、全身真っ黒な衣装を身に纏った魔法使いだけだ。
クリスはいい。青の騎士も一度最初のアドバイスのお礼が言いたいし、いい。問題は黒狼だ。
「会ったらまた初期装備でバカにされそうだしなぁ……スルーしよっかな」
そう思っていたのだが、戦闘を終えたクリスがこっちに向かって大きく手を降り始めた。
目立つ場所に座っていたのが仇になったようだった。
仕方なく壁の上を歩き渡り、パーティの傍まで近付いた。
「こんにちは、レンさん」
「うっす、クリス。あそこに居たの、よく分かったなぁ」
「レンさんの装備は、ファンタジーっぽくない普通の服のようで目立ちますから。今日はお一人なんですか?」
壁の上に座り込んだままクリスと会話していると、黒狼が鼻に皺を寄せた。
「おい、お前。話すならそこから降りろよ。上から見下ろすな」
「もう、ルーって細かいことを気にしすぎです。嫌われてチーズケーキを分けてもらえなくなっても知りませんよ?」
「「えっ?」」
黒狼さんと声がハモった。
「なんでここでケーキの話が出てくるんだ?」
「まさか、ケーキを作ったってコイツなのか?」
また、黒狼と同時にクリスに問いかけたが、クリスは律儀に返答する。
「えっとですね。この間レンさんから買ったケーキを皆で休憩中にいただきまして、そしたらルーがとても気に」
「わーーーーーっ!」
黒狼さんが大声で遮ってきたが、そこまで聞けば簡単に想像出来る。
クリスが仲間にあげるといっていたのはこのチームのメンバーだったのだろう。
で、この人のことを装備だけで初心者扱いした黒狼さんがチーズケーキをお気に召したと。
壁の上に座り込んでにやりと笑って見下ろしてやった。
「へー。あのチーズケーキ、気にいてもらえたんだぁ」
舌打ちをしてそっぽを向く黒狼さんを見て、声に出さず笑っていると成行きを見守っていた青騎士と黒魔女が話しに加わってきた。
「クリスが世話になったみたいだね。俺はラインハルト。このチームのリーダーだ」
「私はサラ。ケーキ美味しかったわ」
「美味しいって言ってもらえると嬉しいです。レンといいます。ラインハルトさんとは一度会ったことありますよ」
随分前のことなので、青騎士は考え込むように首を捻った。
「悪い。覚えが…………」
「いえいえ。初めてここにダイブしたときに、神殿で『神官のチュートリアルを飛ばさなければボーナスがもらえる』って教えてもらったんですよ。会ったらお礼を言おうと思っていて……ありがとうございました」
頭を下げてお礼を言い、顔を上げると青騎士の口が阿の形になっていた。
「ああっ! あの時か」
「ラインハルトが最初の神殿でっていうと、ちょっと前の死に戻りの時のことですね」
クリスの発言に、青騎士は苦笑いしながら頭をかいた。
「死に戻りで初心者に助言ってのも恥かしい話だが……」
いえいえ助かりましたから、と話が和やかに続いていたのを、黒狼がふんっと鼻を鳴らして遮ってきた。
「おいっ、喋ってないでそろそろ行こうぜ」
背中を向ける黒狼の後ろで、クリスの横に並んで歩きながら小声でこっそり尋ねた。
「ところで、何でこんな通り過ぎたダンジョンにいるんだ?」
「ここのボスにちょっと用がありまして、倒しに来たんです」
――おおっ、ナイスタイミング。クリスたちがボス倒してくれたら、ボスの間の上によじ登って景色を堪能できるじゃねーか。ラッキー。
「へぇえ、そうなのか……。ラインハルトさん。後からついてって、ボス戦見学してもいいですか?」
「ダメに決まって……」
「別に構わないよ」
二人同時に正反対のことを言い、顔を見合わせているが、リーダーである青騎士が許可を出したのなら無問題。
「ありがとうございます。邪魔にならないように隅っこで見学しますから」
と言うと、黒狼さんが苦々しい顔で振り返った。狼の牙向いた顔って、結構怖いわ……目を合わしたら噛み付かれそうな勢いだ。
――可愛くない狼だなぁ。何か弱みでも握ったら、黒狼もわっしわっし撫で回してやろう。そうしようっと。
想像すると楽しくなって、足取り軽く四人の後についてボスの間へと向かった。




