6.簡単作成チーズケーキ
ハイドが起床アラームでログアウトした後、珍しくエルフのラエラからチャットが入った。
「どうした、ラエラ。まだ寝てるなんて珍しいな」
『やっぱりまだ居たね、レン! ちょっと昨夜残業で帰りが遅くってさ。今日は昼まで寝るんだ。んで、こっちも他は起きちゃったからレンと合流しようと思って。今どこ?』
「…………えっとなぁ、鍛治の町の『家風亭』って宿屋の厨房」
そう告げるとラエラはしばし沈黙した。
『アンタ一体何してんの?』
「いやー……ほら、南の方のフィールドってさ、食べ物系な敵が多いだろ? 今日狩してたら牛っぽいのが出てきたんだよな。で、ドロップアイテムがチーズと牛乳だったんだ」
『何作るの? ああっ! 分かった! すぐ行くから、待ってて! 私の分、ちゃんと残しておいてよっ』
チーズと牛乳だけで連想出来たのは、さすが幼馴染だ。
チーズと牛乳がアイテム欄にあるのを見て、久しぶりにチーズケーキが食べたくなって、只今作成中。
ボールでチーズと牛乳、砂糖に小麦粉を混ぜ合わせて型に流し込む。後は熱々にしたかまどに入れて三十分ほど放置すれば、ベイクドチーズケーキの完成だ。
家風亭の店員はNPCではなく、アルバイトプレイヤーが多く、交渉次第では店の設備を貸してくれたりする。
今回の交渉品はケーキ一切れだ。
家風亭の一階は他の宿屋同様、酒場になっている。時間は昼過ぎで客もまばらな店内に、ふわりと甘い香りが漂い始める。
焼き上がり丁度のタイミングで、ラエラが店に飛び込んできた。
「レン! チーズケーキ! 私のチーズケーキはっ!」
ラエラはこの材料混ぜるだけ、超簡単チーズケーキが大好きだ。誕生日のプレゼントに何が欲しいか聞いて『チーズケーキ1ホール』とのたまったこともある。
「いや、別にラエラのじゃないし……」
カウンターに陣取ってケーキと連呼するラエラの前に、焼きたてをカットして差し出すと、目を潤ませて喜ばれた。
「ほれ、久しぶりだろ? このケーキ。まぁ、ゲーム内でも味はたぶん一緒だ」
「うん、美味しいっ! 最高っ」
その後は無言でひたすらほうばっている。
作ったものを幸せそうに食べてもらえると、なんだか照れくさく且つ、嬉しい。
ラエラは結局三切れ食べて、ご満悦だ。残ったのはリング内のアイテムボックスに入れておこう。四次元ポケットは保存もきくし、物の持ち歩きに便利だ。
リングを操作していると、横からものすごい目線を感じ、振り返るとピンクの髪の女の子が身を乗り出してケーキを凝視していた。
ピンクの髪でツインテール。服装はやや露出高めで、腹が見えている短いニットに、ひらひらのミニスカ、そして太腿を覆うニーハイソックス。その上に白のケープを纏っている僧侶タイプのようだ。
顔は美少女で体型はロリ……これは、アバター作成者の完全な趣味とみた!
「あの……何か?」
「そのケーキ、私にも一切れいただけませんでしょうか?」
上目遣いにじっと見つめられても、残念ながら萌えません。
「金取りますが?」
「構いません! 下さいっ」
冗談で言ったのに、本気で金をカウンターに置かれてしまった。
この流れで断るのもなんなので、ケーキを分けてあげた。
ロリっ娘はラエラと同じように幸せで蕩けそうな顔で、ケーキを平らげていく。
ラエラに出すついでに、ツインテールのロリっ娘にも紅茶を入れて差し出した。
カップを持ち、豪快に紅茶を一気飲みしたあと、ロリっ娘はおっさんのような息を吐き出した。
「ぷはぁっ! 美味かったですっ。ここ、スイーツって中々なくて、ちょっと禁断症状出てたんで、助かりました」
「いえいえ、どう致しまして」
頭を下げてお礼を言われるほどのことではないので、恐縮してしまう。
ラエラとロリっ娘は二人でケーキの話題から入り、話に花を咲かせ始めた。
「ここって、鍛治の町だからか、全体的に男が好きそうな品物が多いわよね。食べ物も雑貨も。鍛治=男くさいイメージなのかしら?」
「そうですよ。各町は色々イメージに基づいて作成されてるそうですから。どこかに乙女チックな町もあるという情報です」
「へぇぇ、詳しいのね………………ところで、貴女、名前は?」
「あっ、失礼しました。私、クリスティーナといいます。クエストでこの町に戻って来たんですけど、パーティの皆が起床時間になってしまって、一人で甘いものを求めて彷徨っていたところ、こちらから甘い匂いが漂ってきたので、つい……」
「鍛治の町でクエストっていうと、何か武器とか防具でも特注するのがあるのか?」
戻ってきたということは、もっと先の前に進んでいたのだろう。話から予想したことを尋ねると、クリスティーナは目を大きく見開いた。
「あれ? 何で知ってるんです? まさか、同じようなクエストを受けてらっしゃるとかです?」
「単に推測しただけでしょ。ね、レン」
「そうそう。ここって鍛治に対して特化型の町だから、指定クエストも多いだろうなーと」
説明すると、クリスティーナは「ほぉっ」と感心した声を上げた。それがロリっ娘に不似合いなおっさん臭いもので、ますます中身おっさん疑惑が濃くなった。
「お二人はパーティなんですか? それとも料理人とお客様の関係ですか?」
「あっはっはっ! レンが料理人! まぁ、ケーキ作ってるしねぇ」
腹を抱えて笑い出すラエラを無視して、クリスティーナにケーキを作った経緯を説明する。
「チーズと牛乳が手に入ったから、作っただけだ。残ってもアイテムボックスに入れておけば保存も利くし、一度作ったらレシピに掲載されて一瞬で作れるようになるしな」
「ほぉおっ。それでわざわざ料理のスキルを取得したんですか?」
「ゲーム内でも美味いもの食いたいじゃん。自分好みが食べたかったら、料理とってたら便利だろ?」
「それは元々料理の出来る人間の発想だよねー。私はゲームでまで料理したくなーい。ねぇ、クリスもそう思わない?」
同意を求められ、クリスはあいまいに微笑んで、「ええ、まぁ、そうですねぇ」と言葉を濁した。
「そうだ、レンさん。レシピ製作ができるなら、さっきのチーズケーキ1ホール売ってくれません? 仲間の皆にお土産にしたいです」
結局チーズケーキをホールで売って、クリスとフレンド登録した。
フレンド登録したのは、また食べたくなったら買いたいから、だそうだ。
後日。仲間と合流したクリスティーナは、休憩中に皆にチーズケーキを振舞った。
パーティのメンバーは、クリスを入れて四人。
青の聖騎士ラインハルト
黒狼ルー
黒魔術師シルビア
白魔術師クリスティーナ
最前線チームの一つである。
「美味ーい! このチーズケーキちょっと素朴でいいねっ! たくさん食べれちゃう」
「でしょう? ここでなら大量に食べても太ったりしないですし」
シルビアとクリスが女の子らしくきゃいきゃい言いながら食べている横で、黒狼が無言で口を動かしていた。
「ん、これは……中々……。もぐもぐもぐもぐもぐ……」
「おい、ルー。何個食べる気だ?」
「ちょっとルー食べすぎ! 一人2切れですよっ」
「気に入った。もっとくれ」
「また今度、お願いして作ってもらいますから……。そんな恨めしい顔で人の食べてるのを見ないでくださいよ」
「料理スキルか……誰か取得してみる?」
「攻略に関係ないスキルにポイント注いでもねぇ」
「美味しい物は買えば済む話ですし」
「売ってる奴さえ知ってればいいしな。そうだクリス。このチーズケーキの作り主、鍛治の町に居たんだろ? 俺にも紹介してくれ」
「いいですよ」
「それより先に、クエスト攻略だ。休憩終わり! 行くぞ」
リーダーの青の騎士の号令により、4人は再びフィールドへと駆けて行った。




