2.狼男とカレーライス
このゲーム内ではプレイヤー同志の争いは無い。
武器を用いて倒せるのはモンスターのみ――と設定されているからである。
これだけ色々リアルで、他のプレイヤーがいきなり襲い掛かってくるとか怖いわ! と思っていたのだが、それもまたスリリングでいいという人たちもいるらしい。
いやいや、平和が一番だ。
モンスターだけで十分だと思う。
実際、アバター自分で動かして目の前にスライム出てきたら、怖いというより気持ち悪かった。
某有名RPGのようなかわいい外面は無い。まさに粘液、ドロドロスライムが、草原をのったりこっちへ向かってくるのを見つけて、思わず苦い顔で後ろを振り返った。
「あれ、攻撃するの? 飛び散りそうつか、普通にキモイ」
「大丈夫。飛び散っても、倒したら光の粒になって消えるから。ザクッとやっちゃえ」
「一番のザコ敵だし、がんばれー」
「まずは武器に慣れるんだ!」
短剣なんて一度も持ったこと無い人間になんてこというんだ。刃物を持つのは怖いものだ。それに常日頃持つ刃物といえばカッターとか包丁くらいで……。
――水っぽい食材だと思えば、短剣で切れるか。
そう考えると少しばかり吹っ切れた。まだまだスライムとの距離がある余裕から、鑑定を使ってみた。リングから画面が飛び出し、視認しているスライムに透明な画面が重なって文字が表示された。
スライム・HP12
自分のHPが50だから、一対一なら一人でも余裕なのだろうと判断する。半透明のスライムはよく見れば中に赤い石のようなものが入っている。あれが核って感じだろうと狙ってみることにした。
走り寄った勢いのまま、赤い核とおぼしき物目がけて短剣を突き立てる。ゼリーを切る手応えは無いに等しかったが、核を壊す発想は当たっていたようで、スライムは地面に溶けた後、細かい光の粒になり、それらは腕のリングに吸い込まれていった。
「おおっ、これが経験値獲得か!」
これで経験値とドロップアイテムがあれば自動で取得できているはずだ。
一撃で倒せたことに満面の笑みで振り返ると、人がスライム一匹倒している間に別方向から集団で接近して来たらしく、三人で楽々快勝して光の粒が大量に舞った後、各リングに吸い込まれていった。
「あっ、レンも片付いた? お疲れー」
ラエラが振り返ってにこやかに労ってくれる。
「…………あのさぁ、みんなのレベルって今どれくらい?」
ハマってやっているのは知っているから、高いと思うが、初心者につき合わせるのが今更ながらに申し訳なくなってきた。
「レベルは、シローとアリーシアが早寝してて、ここにいる時間長いから私より上で、レベル32くらい。私は相変わらず仕事の帰りが遅くて、まだレベル25だよ」
「いやいや、十分高いから。そうかぁ、それだったら、こっちにつき合わすのも何かちょっと悪いし、せめてレベル10くらい超えてから合流しようかなーと思うんだけど……どうだろう?」
そう提案すると、シローも顎に手を当てて頷いた。
「そうだな……こっちに合わせてレベルだけ一気に上げても、スキルレベルをじっくり上げないと、後々辛いしな。慣れてから合流ってことにするか?」
「そうだねー。最初って、フィールド走り回るの楽しかったりするもんね。レンは攻撃も大丈夫そうだし……」
「そりゃ、操作してる本人が器用だし、何でもアリーシアより上手くこなすでしょ」
「VRはプレイしてる本人の性格もモロに出るからなぁ。アリーシアはスライムに手を出すのにかなりビビってたし、スパイダー系が出たらすぐに走って逃げるし」
「虫系は絶対無理! 受け付けません!」
身震いする様子に、確かアリーシアは小さな蜘蛛でも絶叫して逃げ出すコだったな……と思い出した。
ある意味女の子らしくて可愛らしい。
その後もフィールドで喋っていたら、何度か敵が出てきたが、索敵で気付いて全部一人で狩らせてもらった。
「じゃあ、またしばらくしてから、パーティ組んで攻略しようね!」
「空腹に気をつけろよー」
「集団が来たら逃げた方がいいよ。初期は多勢に無勢だから」
「逃げてもスキル発生したりするから、むしろ逃げるのがお得だよ!」
「ありがとう! またねー」
去り際に妙に細かいアドバイスをもらって、三人に手を振った。たぶん、空腹になって失敗して、集団に立ち向かって撃沈。逃げたらスキルを取得できたんだろう。
ステータスを開いてゲーム内の時間を確認すると、昼まではまだ数時間あった。それまでスライム狩りでレベルとスキル上げをすることにして、索敵で再び敵を探し始めた。
ゲーム内だというのに腹が減るのも、SDオンラインの特徴だ。ゲーム中に食べた物はもちろん満腹感もあり、味もしっかり感じられる。もちろん、睡眠中のゲーム内のことなので、実際に朝目が覚めればお腹が空く。
よく出来たゲームだなぁと感心しながら、ウェートレスさんが置いていったカレーライスをスプーンで掬った。
昼間でスライム相手に倒しまくり、レベルも少々上がったのため、昼食をとりに街に戻ってきた。
出店なども充実していて、そこでは百円――もとい百エルくらいが相場で一食が食べられる。店舗になると百から三百エルくらいで一食分の料金だ。スライム五匹倒せば一食分の金額が稼げることになる。
一口食べて、味がいいことにまた驚く。
「匂いも完璧カレーの匂いするし味も美味いし……凄いゲームを始めたなぁ。しかし、食事に宿代もいるとなると、結構必要経費のかかる仕様だな」
寝ている間にダイブするので、ログアウトは自由に出来ない。
目が覚める十分前にアラームが鳴り、街に入るかフィールドやダンジョンに散らばっているセーブポイントでセーブしなければ、また神殿の目覚めの部屋からのスタートになるという。
「明日は休みだから、いつもなら昼まで寝るから……八時間睡眠で四日ってのが基本だから、えっと……あれ? 昼起きだと六日もいることになるのか!」
もう子供でもない年齢にもかかわらず、同居人が呆れるほど、休日は昼近くまで布団の中にいる。長時間寝れるのが役に立つ日が来るとは思わなかった。
「遅起きのお陰で、意外にみんなと一緒に行動できる日は近いかも? レベルもスライムのお陰でちょっとは上がったしな」
リングからステータス画面を出す。
レベル4
HP180・MP70
短剣3・軽装備2・盗む1・索敵2・鑑定2
NEW! とんずら・ダッシュのスキルを覚えました。
覚えたときにリングからピロリーンといつものお知らせと違う音がしていたから、何か上がったのだと気付いていたが、確認する間がなかったのである。
――フィールド探索が楽しくて、調子に乗って草原奥まで走り回って強そうなモンスターが索敵にひっかかって、気付かれないように必死になってダッシュで逃げたときだな……。
友人の忠告通り逃げて、安全地帯に入ったときには安堵したものだ。
「普通のRPGだと逃げるのNGだけど、ここでは要必要なスキルだなぁ……その場の判断力というか……」
新たにスキルを覚えたのは良いが、装備出来る個数が増えるのはレベル十毎だと、攻略ページに書いてあった。今はまだ最初に選んだスキルを上げていくのでいいだろう。索敵も鑑定も中々便利で、拾ったアイテムも結構あって拾い歩きするだけでも楽しい。
「盗む余裕はまだないから、ダッシュと装備変えるか……いやでも、早くレベル上げたいスキルでもある。そのままにして盗んでみよう………………盗むってどうするんだ?」
スキル画面の盗むをタッチすると詳細表示になる。
『敵の前で、掌を広げて横に振りぬき、最後に手を握りしめましょう。成功すればアイテムを握っています。アイテムは確認後リングに自動的に収納されます』
一人でするにはダメージを受ける覚悟でやらなければダメなようだ。
時間はあるし、ゆっくり試そうと食事に集中していると、猫耳ウェートレスさんが近付いてきた。
「お客様、相席宜しいですか?」
「ああ、いいっすよ」
一人でぶつぶつ対策を立てていた間に、店内は人で埋まっていた。四人がけの席を一人で座っていたので、了承する。
ウェートレスさんに連れられて席に着いたのは、獣人だった。それも、頭部が完全に狼の獣化パーセントの高いタイプの人だ。
灰色の毛並みの狼はかなりカッコイイ。上半身は肩当くらいの装備で筋肉マッチョな身体は毛でうっすら覆われている。下半身はパンツにブーツにと普通だった。
アバター選択で獣人を選ぶと、種族の他に獣化のパーセンテージを操作できる。
耳や尻尾だけなら二十%、五十%で顔が完全に獣になる。百%で全身獣になり、四つ足で走るのが可能になる。
耳と尻尾だけを選択する人が多い中、珍しい選択といえる。
狼さんは鼻をヒクヒクさせて、食べかけのカレーを確認し、ウェートレスさんに告げた。
「カレー、下さい」
カレーの匂いで食べたい気持ちが伝播するのは、現実でもここでも同じらしい。
狼さんの仕草が可愛くて、思わず微笑んだ。
――でも、狼の顔じゃあ、ご飯食べにくくないかな? どうやって食べるんだろうか? まさかの犬食い?
狼さんは運ばれてきたカレーを、スプーンを使って長い口のサイドから器用に運んで食べていた。
「あの……あんまり見られると、食べにくいんだが……」
「うわっ、すみません! ついついどうやって食べるのかと好奇心が抑えられず。……にしても、カッコイイですねぇ、狼」
「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。女の子には割と怖がられたりもしたんだが、ファンタジーなんだし、これもアリだろう?」
意外に穏やかで紳士的な狼さんで、気安く尋ねてみる。
「凄く渋くていいですよ! 武器は何ですか? 大剣とか斧とかゴツイのが似合いそうですよね」
「武器は両刃の斧だ。よく分かったね」
「VRは今日初めてなんですけど、他のRPGはかなりやってますから、何となく想像できますよ」
「初ダイブなのか……実は俺もそうなんだ」
思わず目を見開いて驚いた。狼さんは落ち着いていてベテランのような雰囲気を醸し出していたからだ。
「このアバター、気に入っているんだけど凄く怖そうに見えるらしくて……遠巻きに見られるだけで、話しかけてくれたの君が初めてだ」
「あー、わかるかも。迫力あるし、出来る人に見えるから、声かけにくいかも……」
思わず同意すると狼さんは肩を落として食事の手を止めた。
「そうか……。誰かと一緒にパーティプレイとかしたくて始めたんだが……アバター失敗したかな」
「強くなれば、見た目どおりで問題ないんじゃない? お互い今日が初日ダイブだし、飯食ったら一緒に狩りに行く?」
落ち込んだ様子が妙に可愛い狼さんが気に入って誘ってみると、ぱぁっと顔が明るくなった。
渋い狼なのに、凄く分かりやすい人だ。
「是非! よろしく頼む!」
握手しつつ、改めて自己紹介とフレンド登録をして、昼飯後に二人でフィールドに繰り出した。
「カレー美味いな」
「でもメニューにゴゴイチってカレーの欄の隣にこっそり書いてあるのは、なんだかなぁ……」
「確か、このゲームの協賛会社の一つだったはずだ。他にもそれっぽい道具屋ロソンとか、薬屋マツキーとかを見たよ」
「この世界でも企業進出してるんだ! さすが国民的ゲームだな! 企業も抜かりないところが凄い……」
「プレイヤー数が半端ないから、広告としても価値があるんだろうな」




