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19.アバターの秘密



 お菓子作るの好きでよかった。チーズケーキレシピ覚えてて、よかった!

 

 撫でさせてくれと叫んだ後、黒狼さんは虚を突かれてポカーンとしていたが、気を取り戻した後「そんなことでいいなら……別に構わんぞ?」と言った。

 ふふふ、言質はとった。

 ヨイチの作業が終わるまでの間、心ゆくまで撫でたい放題である。

 

 渡したケーキを食べ終わった黒狼さんが、口の周りをペロリと舐める。その動作は犬そのもので、食べて満足したのか、やや眠そうである。

「では、撫でさせていただきます!」

「食べ終わるのを待っていたのかよ……」

「待ってましたっ! ではでは」

 最初はそーっと頭を撫でるだけで、相手の警戒心を解く。そして、気持ち良さそうに鼻をヒクヒクさせ始めたら、喉やら耳の後ろやらにちょっと場所を移動。

「ふーん。けっこうマッサージみたいで気持ちいいぞ」

 意外にも、ハイドとは違う意見が返って来た。手を止めると、もっとしろという視線と目があったので、遠慮なく触る。

 

 なでなでなで………………。

 

 アニマルセラピーたまりません。この毛皮のさわり心地が最高で、ああ、眉間辺りの毛って短くて気持ち良いんだよなぁ。

 友人連中から毛皮フェチと言われているが、誰しも、肌触りがいい方が好きなはず!

 癒される、この感触……。

 

 

 鍛治作業が終わり、その様子を見たヨイチが汗を拭いながら呆れた声で言う。

「レン、相変わらずの毛皮フェチか……。ルーは何で大人しく撫でられてんだ? ハイドは確か嫌がっとったような気がするが……」

「いや、結構いいもんだ」

 ヨイチは『ふーん』と呟いて、何の気なしに呟いた。

「レンが中身と同じ女の姿なら、もっと極楽だったんだろうなぁ。でもま、男に撫で回されるよりは、マシかぁ」

「…………何だって?」

 黒狼さんがギロリと睨みを聞かせてヨイチのほうを向く。殺気を感じたので、両手を離して撫でるのを止め、黒狼さんから一歩距離を取った。

「男に撫で回されるよりは?」

「その、前だっ!」

「レンが中身と同じ女の姿なら?」

「こいつ、レン…………女、なのか!? これで?!」

「えーっ、ひどーい。ケーキ作りっちゅー乙女チックな趣味もってんじゃん」

「何シナつくってんだ! 俺まできもいわっ!」

 ヨイチがすかさず突っ込んでくれて、大笑いしてから、わざと頬を膨らませて不満顔を作った。

「ヨイチ、黙ってろよなー。折角の仮想アバターなんだからさー」

「いや、バラした方が面白いだろ? ほれ、ルーの顔……くっくっくっ」

「いやぁ、あれが鳩が豆鉄砲食らった顔ってやつだねぇ」

 黒狼は、これでもかっと目を見開いて、こっちを凝視している。

 いやいや、見てもアバターは青年仕様ですぜ、クロの旦那。

「しかし、そんなに意外かねぇ?」

「お前の中身はあんまり女っぽくないからなぁ……」

「ヨイチ、ひでぇ……。フォローしろよー」

 固まってしまった黒狼さんを放置して、二人で話していると、しばらくして復活した。

「いや、別にSDオンラインなんだ、アバターなんだから、問題ない。性別変えてるやつは黙ってるものだし、気付いてもスルーするのがマナーだ。しかし、しかし…………」

 黒狼さんは人に向かってビシっと指を突きつけた。

「お前はナチュラル過ぎだ。わからんっ!」

 

 うむ、わけのわからん理由で怒られた。

 

「まぁ、あまり気にするな」

 と自分でプチ爆弾を投げつけたヨイチが、軽く流す。それに乗っかって、うんうんと頷いた。

「そーそー。クロさん。意外に細かいことに拘るタイプだね。服装も初期のままだったときちょっと小バカにしてくれたし、見た目重視派?」

「だな。頼まれた片手剣も盾と揃いで、結構派手だろ?」

 ヨイチが揃いの武具を両手に持ってくる。

 どうやら、頼まれていた装備品が出来上がったらしい。

「むっ、人は見た目も大事なんだぞ。身だしなみを整えるのは、社会人の常識だ」

 受け取った黒狼さんは、剣の試し振りをしつつ、すごく常識的な反論を述べた。確かにそれも一理ある。

「しかし、女なのか……。そういう目で見ても、中身は男みたいだな……」

「あ、それ。リアルでよく言われるわ。『中身は男みたい』って」

 世の中、男っぽい女も、女っぽい男もいるし、性別を選択できるゲームではささいなことだが、知り合いが実は……とかなったら、やっぱり驚くもんなんだなぁ。

 黒狼さんの反応は、実に面白かった。

 

 ***

 

 黒狼さんは帰り際、

「話のネタに、仲間に言ってもいいか?」

 と聞いてきたので、

「出来れば一緒にいるときにバラして反応を見たい」

 と返したら、

「主も悪よのぉ……」

 と代官ごっこに発展した。黒狼さん、真面目そうなのに意外にノリ良かった。

 人をびっくりさせるのって楽しいよね!

「いつかリアルの顔、拝ませろよ」

 と去っていったが、

「やだねー」

 と返しておいた。

 

 ***


 黒狼さんの装備が作成終了したので、ヨイチに短剣を作ってもらうべく、材料を取り出す。

「これが今の装備の『疾風の短剣』。風属性の付属で速度上昇がついてて便利なんで、これを改造しようかと思ってる」

「うん。中々いいモンだな。で? 手持ち材料は?」

 拾った鉱石アイテムを見せると、ヨイチは考え込みながら唸った。

「そうだなぁ、これだけあれば、ある程度の攻撃力UPが出来るが、金もかかるぞ?」

「幾らくらい?」

「まけて15万」

「高っ!!! うううっ。仕方ない。頼みます」

 これでより高レベルの敵を相手に、引けをとらなくなるはず。先行投資、先行投資とお金をヨイチに渡す。

 ちょっと待っていろと、ヨイチが槌を振り下ろし始める。

 カンカンという金属音とヨイチの作業をぼーっと見ながら、黒狼さんとのやりとりを思い出す。

 

 ――そんなに男っぽいかねぇ。『オレ』って言わないようにしたり、言動にはこれでもきをつかってるんだけどなー。

 

 ちょっとだけ凹むものもあるが、もともと女子力上昇にはあまり興味が無い干物系なのですぐに気にならなくなった。

 何より……。

 

 ――男でいるって、女らしくしなくていいから、気楽でいいと思う。……あっ、男は男で、男らしくしなきゃいけないってのがあるか……。



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