01_06怪目_喫茶店リメンバー
「此処は?」
『地上の楽園だ』
「……なぁ、感謝はしてるけど、俺もこう見えて忙しい。ミナイさんの諧謔曲で踊る暇は無いんだ」
細川は不快を露骨なまでに眉間の皺で表す。
案内されるがまま、入ったのは『Remember』と看板の立ったこじんまりとした喫茶店だった。薄暗い店内には初老の店主と思わしき男性が直立でグラスを拭いている。
「用があるなら早く済ませたい」
『ヨーコだったかの?連れにゃあ、怒られん時刻で帰してやる。まぁ、座れって。お前サンにも悪ィ話じゃねえ』
「何で知って……っ!耀子は関係ないだろ。さっさと話せよ、俺のことは俺が決める」
四人掛けの窓際。ソファの方にどかっと細川が座れば、何時淹れたのか……初老の店主が冷たい珈琲を運んできた。店主はどうぞ、と口元だけで笑っている。なんとも厭な笑顔に会釈して、細川は珈琲を啜った。全速力疾走の後だ。水分は嬉しい。
「(……あんまりおいしくないけど……)」
向かいに座ると思いきや、ミナイと名乗った男はカウンターで観葉植物にいる蝸牛をつついている。変な愛玩動物。身体も顔も一切合切、蝸牛に向けてミナイは言葉を発する。
『セイミツは何持ってった?』
「常世の未練です」
店主の言葉にミナイは忌々しそうに溜息をついた。時間がないな。と、舌打つと細川を一瞥する。
凝視したかと思えば、バッと勢いよく頭を下げる。
『その聞こえる力、くれ』
「……は?」
そんなこと。
『あんたのその聞こえる力、俺にやれ。俺にやればもう聞こえることはねぇ。安心して連れと過ごせる』
そんなこと、出来るわけ無い。
細川は眩暈がした。そんなこと。
望んじゃいけない。と、思っていた。のに。
出来るわけない。でも。でも、もしも。
もしも、出来るならーー。
声にならない細川の思いに呼応してか、ミナイは体を起こし『俺はそれが出来る』と明言して魅せた。
『この薬袋古道具屋店主にかかりゃ、不可能は無ェの』
「ホントに本気で言って……、のか?」
『当たり前だ。お前もいらんだろ、そんな力』
「そりゃ、……俺だって……!でも聞こえなくなったら、襲われそうになってもわからないだろ……!」
『大丈夫だ。見るから見られる、触るから触られる。あいつらは細川……お前が聞こえるから聞こえんだよ、獲物の息遣いが』
「……保証できんのかよ、俺と耀子の安全」
ミナイは自分の両手で眼を隠す。ニィと口が三日月を形作り、羽織が揺ぐ。
『お前の100人や200人くらい、お前が永逝するまで守ってやらぁな』
「信用できるわけねぇだろ、こん『こんな怪しい男前?』
割って入ったミナイはぱかっと指を開き、隙間からあどけない顔で覗いている。この大供めが。と、内心細川は毒づく。
『んじゃ、俺の大事な古道具、眼藥を貸そう。担保だ。使っても良いがな』
「……なんで目薬……?」
『耳は俺が貰うし、お前ェの口も鼻も人間の世界じゃ、離れちゃ使いにくい。眼の不可を軽減して、尚且面白ェ眼藥もあるんだな』
「それ……まともな目薬なんだろうな」
『にゃあ』
何処かで猫の声がした。




