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薬袋古道具屋怪談  作者: メイ
エピソード01酒蒔 冬彦の場合
7/20

01_05怪目_白殺の両端


『A man falls in love through his eyes, a woman through her ears.だよ、乙姫。俺も Wyatt(ワイアット)と同感だ。』


 店主ミナイは大事そうに黒猫を外へ出す。(たの)しげに喫茶店に戻ると鼻唄を歌い始める。


(どどいつ どい どい)





【side F】


 あの眼藥は思いの(ほか)、よく効いた。眼も乾かないし、よく見える。付けたまま寝ても全然平気だ。

 むしろ世界が輝いて見える。酒蒔には妻がいるが、学生時代から別れたりくっついたり、喧嘩したり仲直りしたり、同棲したり別居したりを繰り返して、『ときめき』とやらは皆目(かいもく)無い。家事も仕事もこなして、良いやつだとは婿養子になった今でも思う。


 良いやつだとは、思う。




『立花、提出書類の資料にあるグラフなんだが修正して……。立花?おーい』



 無視だ。



『……岬?』



 びくっ、と震える立花に酒蒔も息を溢した。岬の困った顔は、苛めたくなってゾクゾクする。






『眼を開けたまま、寝んなよ立花。資料も見やすくしろ』


「は、はい!出来たら確認に持っていきます!」


『はい、よろしく』





 くすくすと周囲に広がる笑いに真っ赤になる後輩。理性で表情を保ったままキーボードを叩き、可愛い、と思う。岬は仕事も一生懸命だし、美味しそうにご飯を食べる。よく笑い、よく泣き、よく話す。そう、『可愛い』のだ。ふっと口元が綻ぶ瞬間なんて、妻といてもない。





 いや、待て。





 なんで比べた?






 ――いやいやいやいやいや。

 ――彼氏もいる後輩だぞ。

 ――社内恋愛なんて面倒だろ。






 じゃあ、なんで俺は、今。






 立花と目が合う。微笑む。


 世界が輝いている。








【side M】


 酒蒔に触れられた手がまだ熱い。動悸が治まらない。末期だ。こんな気持ち、いらない感情。どうするの。




『岬?』





 どくっ。

 心臓が跳ねる。止めてくれ、心臓がもたない。下の名前。嫌いだったはずの名前が、まるで違う意味を持つ。




『眼を開けたまま、寝んなよ立花。資料も見やすくしろ』


「は、はい!出来たら確認に持っていきます!」


『はい、よろしく』




 岬の狼狽を一瞥した同僚の笑い声。「ホント、良いコンビだなお前ら」の揶揄も前だったら、小馬鹿にされたようで嫌だったのに。現金!自意識過剰!と唱える口と裏腹に、視線は酒蒔を追って彷徨(さまよ)う。



 目が合う。




 刹那の永遠。



 上手く笑えない。酒蒔はあんな眼をしていただろうか。








 一部始終を見終わると黒猫が尾を振る。ちりん。ちりん。ちりん。3回目の音と共に黒猫の姿は雑踏へ消えていった。



(どどいつ どい どい)



(いちどは きやすめ)


(にどは うそ)


(さんどの よもやに ひかされて)


(女房にする とは 洒落(しゃれ)かいな)


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