03_06怪目_鳩時計は今何時?
セイミツと名乗った行商人はずんずんと倉の奥へ進んでいく。
案内もなく。まるで「鳩時計」がどこにあるか、知っているかのように。キチンッ。早歩きで行くものだから、髪紐の飾りが背中で跳ねている。丸い赤い石。追いながらそれを見詰めていると、振り返ったセイミツと目があった。
『穴が空いちまうよ、色男』
「色男じゃない、凛だ。天石 凛だ」
『知ってる』
踵を返してまた進むと、片手でヒラヒラと私の言葉をセイミツは払った。このやりとりを何回かやった錯覚が私を惑わせる。どこかで私は知っている。
いきたくない。
いかないで。
警鐘が叫ぶ。
『あった』
鳩時計があると行商人が嗅ぎ付けたのは、兄の遺品を集めた段ボールだった。湿気や埃の正装を着て、日光で変色した化粧のまま鎮座している。こんなの、あっただろうか。
ばりり。
セイミツが、いや……薬袋がそれを開いた。
その光景を見た瞬間、思い出した。
私は知っている。
そうだ。
私……いや。
かつての私。
『あった。開けるか』
「待……て、待て」
『何だってェ?』
「ま、て。俺が、開け、る」
『……気持ちの良いモンじゃ、ねぇぞ』
「知ってる」
『なぞってるだけだから、行商人にさせりゃ良いじゃねェか。え? 何回も切り刻まれるようなメに進んで合うことァ、無ェだろうに』
「俺の、けじめ、だ」
そうかイ。と短く嗤う行商人を押し退け、段ボールを開く。中に服だ本だと入っている。小さな箱を守るように。
箱を開く。鞴の鳩時計が納められている。知ってる。
手紙があった。便箋一枚折られただけの簡単な手紙。知ってる。読めば泣いてしまう。でも、読む。
――一人暮らし、頑張ってね。
――寂しくなったら、帰ってくるのよ。
――お父さんも凛も、いつでも待ってるから。
――あなたは一人じゃないの。
――それだけは、覚えておいてね。
――母より――
つっと渇れた涙が伝う。ぐっと目を擦るとぼやけた視界で、薬袋が何とも言えない顔をしている。
「礼を言う、薬袋」
『おお、何度でも言えさな。これでお前もやっと死んだことを思い出して、水蜜に戻れらァな』
「乙姫の未練になんて手ェ出すんじゃなかったぜ」
『そりゃ、こっちの台詞さね。蔵の幽霊なんかに同情して、セイミツの擬態をよこすんじゃなかった』
薬袋は行商人・精密の模擬を解くと、いつもの格好に戻っていた。白群から黒橡へ、赫う両目、派手な羽織が似合う美丈夫。
『またなァ』
ぱりん。
音ともに周囲の風景は崩れ、凛はセイミツの姿に戻っていた。




