03_03怪目_鳩時計は今、陸時
残酷なシーンを含みます。
私、天石凛は繰り返すが、戸籍上は天石家の次男として生まれた。
だが、兄・人の死後から母にとってそうではなくなった。
哀しい哉、兄の死に憑かれた母は天石家の次男は弟の慎と思い込んでいった。頭の中の筋書で、母は長兄である人が鬼籍に載ると同時に冷たい息子である私も抹消した。
兄であるとはいえ、別人の人へ強制的な模造するしかなかった慎は、勉学も母の愛も私を追い抜いてく。
母を止めれない父は代わりに私と慎の味方だった。余所に女を作って家を出る選択肢もあったろうに、それをせず必ず帰宅し、私たち兄弟と、罵られながらも黙って耐え、守ってくれた。目も耳も塞いで、自室に籠る手立てもあったろうに、お前は人じゃないと慎を殴る母を止め、蔵に私の居場所を作ってくれた。私も慎に癇癪を起こす母を止め、私を追い出そうとする母を慎が止めた。
おかしな事に母が在宅の限り、家族は蔑ろにされたが団結もしていた。もうそれでも良いかと思った。無論、やり場のない痛みが悲しかった。でも数年すれば私は家を出ると父に話した。弟も連れていくつもりだった。そうだ。私たちが離れればきっと、安定して父ともきっと上手くいく。
父がなけなしの勇気と、母の私に対する仕打ちを嗜めた時の話だ。父は諭すようにゆっくりと優しく、母親の責務を説いた。
私の存在を。慎という息子を、どうしたいのだ。私は犬猫ではない、人間だ。慎は兄・人ではない。二人ともお前の息子だ、と。
凛の弟は慎だ。人としてではなく慎としての人生を全うさせるべきだ。我が家の次男は凛であり、三男は慎だ、長男は人だ、と。そして、長男はもう居ないのだ、と。
父は言う。やり直そう。
母は立ち上がり、台所へふらんふらんと歩いて行った。話を聞いてくれ、と父が追う。台所には包丁がある。そりゃ、どの家庭にもある。まな板と、絶対にある。母が持つ。使うときは指を切らないように、猫の手にしてって教わった。誰に? 先生じゃない、母だ。そうだ、そうだろう。ねえ……何してるの、お か あ さ ん ?
母が刺した。父は何が起こったかわからないまま、母からの攻撃を腹に受けた。引き抜く。父が何か言っている。刺す。父はまだ何か言っている。引き抜く。ぴぴっと血潮が舞う。刺す。父は何を言っているのか聞こえない。引き抜く。刺す。父が床に倒れる。馬乗りになった母へ父が手を伸ばす。お前は悪くない。
引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。泣いている。誰が? 引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。
父はもう動かない。母の手は紅の八入に染まっている。ひきぬく、さす。声が出ない。
母がこちらを見てる。来る。動けない。
私ではなく、弟へ向かった。私を見たのに。何か言ってる。わかない。何が起こってるのかわからない。今の私があの時の私に何か言えるなら、私は弟を引きずってでも、いや、弟だけでも、何がなんでも逃げるべきだった。『じぃんちゃああああん、じぃぃいんちゃあああん』
私は悪くないと、泣いている。誰? あれは、母?
何がいけなかったのだろう。
誰がいけなかったのだろう。
何を間違えたのだろうか。
誰が間違えたのだろうか。
全て、いけなかったのだろうか。
誰もが、間違えたのだろうか。
父が?
母が?
兄が?
私が?
弟が?
全て間違えたのだろうか。
誰もがいらなかったのだろうか。
それとも皆、全て、正しかったのだろうか。
ああ、誰かが泣いている。誰だろう。
ああ、私の声か。




