03_02怪目_鳩時計は今、参時
私、天石 凛は天石家の次男として産まれた。
人というせかせかした兄がいたのだが、私が小学生の時にバイクの事故で他界した。幼かったせいか兄の顔はよく覚えていない。思い出そうとはするものの、ぼやけたへのへのもへじが『ヤァ!』と言うだけだったのでしなくなった。
古き良き思ひ出こそないが、小学校に上がりたての私は『さっさとしろ』だとか『のろまだな』だとか兄から罵倒された記憶が強い。そのせいか。通夜で母から哀愁の宣告。『もう会えないのよ』『それは良かった』と返してしまった。私の最初の失敗だ。
嘘を知らなかった純白の言葉を未だに母は根に持っている。物心ついた分、質の悪い幼稚で冷酷な兄だったというのに、母の前では随分な別人を装っていたようだ。あの頃の俺に言ってやりたい。動脈に当たる鉈の冷たさを孕んだ視線を受けても、くよくよするな、と。私は彼女に会う為、前に進まなければならないのだから。
見送る弟がとった兄の最期に相応しくない、涙さえない振る舞いを親戚は『気丈だ』と褒め称えた。母の前では模範的な息子であった兄・人は、死して尚、私に呪いをかけて逝った。目を閉じたまま柩に眠る兄は玲瓏として、もう目覚めないなんて嘘のようだと思った。“気丈だ”と思われるにはどうしたら良いかわかるかい? 簡単さ。親戚を有象無象として、私は道化を演じるんだ。見破られるのが重要さ。本当に気丈な子供を世間はあまり、好まない。上手いこと陰でしょんぼりとして見せ、幼顔で涙を隠した演技を終えた私は間違いなく兄の弟だ。遺伝子的には兄弟姉妹しか繋がりがないと言っていたのはセイミツだったか。なるほど。私は母に甘えて本音を吐露するのは、この日を最後にした。
徐々に、母との距離が遠く遠く開いていく。徐々に私は歳を取る。背は伸びなかったが、兄を亡くした頃よりは。『こうやって大人になるのだ』と私も兄の学ランを着る歳になった。ほどなくして弟が産まれた。父母は弟を慎と名付け、母が長男に似せた。髪型、食事、勉強に運動。人は黒の短髪で、偏食持ちで野菜嫌いの魚好き、勉強は数学が得意で、運動は水泳が好きだった。可哀想に、母は慎にそれ以外を許さなかった。何一つ。自我が主張するならば、母は癇癪を起こすほど不安定な生き物に成っていた。その頃には母は私を忘れ始めていた。
ここまで聞いたセイミツはぴゅうっと口笛を吹く。いいさねえ、女の狂気はいつの時代も心が踊るのねん。そしてセイミツはキャラメルを1つ、口に放り込む。べとつく包装紙をポケットに押し込むと、ニタついた指先で先を促す。
ど・う・ぞ・?
『セイミツ、真面目に聞いてくれ』
「おお、聞いてるともよ。真剣にアンタの不幸自慢をねェ?感動し過ぎて、欠伸が出るよ。アンタ、俺を致死性退屈症で殺そうとしてンのかィ。あぁ~、眩暈がしてきたぞう。アンタの目論見は成功ねん……おォっと。睨むなって。
おい、おい、勘弁しとくれよ。そんな眼で見るな、えぇ? 俺がいい加減に聞いてンのを俺を理由にするのかい。ハッ。嗤えてくるわなァ。
愉快だ、咄家センセぇ。俺が悪いでも良いがな、癪だからねェ。言ってやろう。教えてやらァな。
詰まる所な? 詰まんないんだよ。
お前の話、つまんねえの」
『結末まで聞かずに腰を折る輩があるものか』
「大きく出たな、またこりゃ。法螺吹きって呼ばれたくなきゃ、一言一句気合い入れて喋れや。アンタの声は、気に入ってんだからな」
『……良いだろう』
セイミツは白群の髪をふわふわと揺らして、言葉の矢を打つ。鋭利な橙色の眼光は、毒を私に打ち込む。
毒が侵食する前に、私は話を戻した。




