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薬袋古道具屋怪談  作者: メイ
エピソード02
13/20

02_01怪目_椣の鴉☆



エピソード2.

 権堂(こんどう) 一二三(ひふみ)良将(りょうすけ)の場合









【――(しで)(カラス)――】



 父の遺品を整理していましたら、こんなものが出てきまして。ええ、わかります。木彫りの置物に見えますわね、今は。ただの置物に。でも夜になると鳴くんですの。ナァナァと孫かと思ったら、すやすやと良く眠ってましたよ。なんて、息子嫁に嗤われたんですの。そんなばかなって……そうしたら父の書斎にある置物の鴉が鳴くんですの。(わたくし)もう、気味が悪くて。息子夫婦も信じないんです。嫌だわ、父には悪いけれど、息子も「処分しようか」なんて言いますし。棄てようにも帰ってきそうだし、燃やそうにも祟られそうだし。私は老い先短いから良いですけど、あの子達に何かあったら……ねえ?それでどうしたものかと思って、お料理教室のお友達に話してたんです。供養してもらおうかしら何処がいいかしら、なんて。そうしたら帰り道に……あら、帰り道にこの道通ったかしら?ああ、ごめんなさいね、こちらの喫茶店に。




 ……あら?

 私、この置物……持って出たかしら。




 高齢の貴婦人が放つ言葉の矢を途切れるまで待って、薬袋古道具屋の店主がにっこり笑った。縛った髪紐がゆらゆら揺れる。




 なら奥さま、その置物。

 私が引き取りましょうね。



挿絵(By みてみん)



 貴婦人ははたと我に帰る。


 覚えのない道、覚えのない店、覚えのないままに鞄に忍んでいた父の遺品。


 なんだ、どういうことだ、これは。





 料理教室のお友達?なんて言ったかしら。思い出せないわ。ええっと……嫌ね、年を取ると忘れっぽくて。涙脆くなるし、悲観的になりやすくてね。

 貴婦人は違和感に従順な青ざめた顔で薬袋に頷く。そそくさとまた矢継ぎ早に言葉を紡いで、珈琲代の会計を済ませる否や逃げるように店から出ていった。ああ、連絡先を聞きそびれたわ、と振り返ったが、振り返った頃には何故振り返ったか忘れていた。



 口の中にはやけに苦々しい珈琲の感触だけが残っていた。





 薬袋は閉ざされた扉を確認してから、カウンターに置いていかれた小さな鴉の置物を撫でた。いとおしそうに、労るように。木の温もりが指先から伝わった。

 裏には『(シデ)』と掘られていた。作者の銘か、はたまた原料か。恐らくあの貴婦人の父が掘ったのだろう。明らかに素人の作だった。




『かぁらぁすぅ 何故、鳴くの――ってかァ』


「【七つ】が七歳なのか、七匹なのか。意見が別れる所ではありますな」


『ギィィィィイ、それよりあの恩知らずの女ァ。この鴉に護られてたのも解ってなかったねえ』


「主人が教えて差し上げれば良かったではないですか」


『厭だね、ギイは。俺は教えてGoogle先生じゃねぇんだよォ。鳴くものを全部集めて、置物が入ってなければ、置物は泣かないって決めつける(ヤッコ)さんが悪いのさァ』


「ヘンペルのカラスですね」


『可哀想にのう、お前ェさん』



 つん。薬袋が鴉をつつく。ほろり、と鴉の置物が片手に収まる身体を震わせて泣く。薬袋がわたわたと懐から木綿の手拭(ハンカチ)を取り出して拭ってやる。きゅんきゅん。置物の鴉は顔を埋めたまま泣き続けた。



『泣きたくもなるよなァ……ギイ、頼むよ』


「おや、もうですか。はいはい、どうぞ」



 ギイが心得ましたとばかりに、木枡に入った麦酒(ビール)を差し出す。どっぽん。薬袋が鴉を麦酒に浸けた。しゅわしゅわと泡が鴉を取り巻き、大きく育った泡から上へ昇っていく。



『あの女ァ……、これからどうなんのかねぇ』


「おや?珍しいですね、主が人間の心配ですか」


『心配ちゅうか、あれだね。車道で往生(オロオロ)してる、犬畜生を見つけちまった気分よな』


「たまには助けに出ては如何ですかな」


『そこまでの情は無いえ。そもそもそこまでしよったら、手が回らん箇所も出ちまうわ』



 平等ではない。

 口を尖らせて、酒に溺れる置物を薬袋は木枡でコロコロと弄んだ。鴉は段々と小さくなっていく。泡になって消えるなんて人魚姫のようだ。



 ころころ。

 麦酒の泡に紛れて、声がする。女の鳴き声だ。


 息子夫婦に聞かれないよう、父の遺影を抱いて啜り泣く貴婦人の声。



「おとうさん」


「おかあさん」


「わたしも いつか しぬの」


「こわい」


「こわいよお」



「おとうさん」


「おかあさん」


「なんで いないの」


「さみしい」


「さみしいよお」


 貴婦人の心が弱っていく記憶。泡が昇って弾ける。父の死と、いつかくる自分の死と重ねては、日がな幼児のように遺影を抱いて泣いている。鴉はずっと見ていた。




 だから哭いた。

 その泪、貰うよ。

 ナァナァ。ナァナァ。


 だから泣くな。

 可愛い我が子よ。

 ナァナァ、ナァナァ。




 鴉が鳴く度、貴婦人の泪は記憶と共に削り取られていった。父母の思出、最期の言葉、表情。記憶の無い記録など無意味。有象無象。無くなれば遺影もただの人。どうしてくよくよしてたのかしら、悲しんでても変わらないわ!貴婦人は立ち直っていく。坂を転がる石のように、最初はゆっくりと忘れながら。でも、もう坂の上には戻れない。




 もう怖くない、息子も孫もいる。私は立派に生きた。

 もう寂しくない、息子も孫もいる。私も立派に生きた。




 鴉が溜めた記憶が麦酒に溶け出し、鴉はどんどん小さくなった。そうして、遂に鴉は泡になってしまった。





「逝きましたね」


『削り取られていった記憶の酒、かぁ。高く売れるわな』




 薬袋はいつかの日に思いを馳せる。


 からんからん。

 喫茶店の扉を開けた鐘が鳴く。入ってきた男はこう語るだろう。



 ああ、すいません冷珈琲(アイスコーヒー)一つ。いえね、母が最近ボケてきまして。病院を探してるんですよ。妻と折り合いが悪いから、老人ホームにでも入れようかと。置物が鳴くって騒ぐのから始まって、今じゃ徘徊までするんです。おとうさん、おかあさんって。二人とももういないのに。



削られた記憶の淵から、記憶の削除が終わるまで、そう遠くはない。






親の愛を子は知らない、というのも世の常。



(しで)(からす)

お了い

【椣の鴉】

記憶を削る鳴き声を発する。

ただし作者と血縁関係でなければ鳴き声も聞こえず、ただの置物。


挿絵

まよまぐろさま

http://16425.mitemin.net/

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