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 返す言葉が見つからず、すずなは口を閉ざしていた。桔梗は肩を震わせているだけで、透也も魂が抜けたような表情で俯いている。誰からも生気を感じられないのが不快でその場から逃げ出したくなった。秀馬が幼い頃は普通の少年だったことも驚いたが、あまりにも酷な過去に愕然としていた。なぜみんな幸せで楽しい人生を歩めないのだろう。

「その後は?」

 思わず声を出してしまった。桔梗はぴくっと体を止め、そっとすずなの顔を見た。

「秀馬がいなくなった後、どんな日々を過ごしてきたんですか」

 口から疑問が次々と出て行ってしまう。とても失礼なことだがもっと詳しく知りたい。決心したように桔梗は小さく頷き話し始めた。

「すぐに屋敷に連れて帰ろうと思った。付き合っていた人とも関係を断ち切ってから迎えに行ったのだけど、アメリカに引っ越していたの。住所も知らされていないからもう二度と会えなくなってしまった……」

 確かにアメリカに住んでいたと秀馬は言った。あれは桔梗が直接アメリカに連れて行ったわけではなかったのか。

「かといって秀馬を探しに行ったら、今度は透也と別々に暮らすことになるでしょう。どうすればいいのかわからなくて、もう死んでしまいたいと何度も考えた。もちろんそんな勇気なんかなくて、透也だけでもきちんと育ててあげようって決めたの。いつか必ず秀馬に会えますようにって神様に毎日お祈りして」

 すずなは無意識に俯いた。弱弱しくて今にも崩れ落ちてしまいそうな桔梗を少しでも救ってあげたかった。

「頑張って英語を勉強して、透也が中学生になってからアメリカに行くようになったの。探したって見つからないのはわかっていたけど。日本にいるって知ったのはつい最近よ。透也に教えてもらったの」

「えっ」

 複雑な気持ちで透也を見た。同じ高校に通っているのに桔梗に話さなかったのは、もし言ったらまた佐伯家に秀馬が戻ってきてしまうからだ。秀馬がいると自分は陰になる。だから秘密にしていたのだ。血の繋がった弟にそこまで酷い目に遭わせるなんて冷たい人だと考えてしまう。

「秀馬がどんな生活を送っていたのかはわからない。幸せに過ごしていると願っているけど……」

 桔梗がじっと見つめてきた。現在の秀馬と一番近くにいるのはすずなだからだ。どんな暮らしをしているのか目線で聞いているのだ。

「あたしにもわかりません。でもずっと一人きりで生きてきたって言ってました」

「一人きりで?」

「はい。というか、あたしたちがこうして出会ったのは、お互いが全く違う考え方をしてたからです。人は一人でも生きていけるって秀馬に言われて大ゲンカしちゃって」

 衝撃を受けたように顔が青白くなった。体も小さく震えているのがわかった。

「そんな……信じられない……」

 独り言を漏らす桔梗にかけられる言葉が見つからない。透也もすずなと同じく黙っていた。

「私があんなことをしなければ、秀馬は孤独にならなかったのに……」

 起きてしまった出来事はどれだけ願っても変えられない。こんなに綺麗な人でも間違いを犯してしまうなんて世の中はとても酷だと改めて感じた。

 突然桔梗が顔を上げた。消えそうな声で一言呟いた。

「秀馬……」

「えっ」

 よろよろと立ち上がり、ある一点を見ながらもう一度言った。

「秀馬がいる。すぐそこに来てる……」

 あわてて襖の方に目を向けると、廊下に誰かがいるような気配がした。まさかずっと近くで今までの話を聞いていたのか。どくんどくんと心臓の鼓動が速くなっていく。

「……秀馬、いるの……?」

 桔梗が言うのと同時に透也は立ち上がり、緊張した顔で勢いよく開いた。


 

 


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