表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/69

56

 学校が終わり昇降口に行くと透也が待っていた。しかしいつもとは違って笑っていないし、イラついているのが伝わった。気付かないフリをして歩き出すと駆け寄ってきた。

「どうして答えてくれないんだ」

「答える?何をですか」

 冷めた表情を見せると透也も睨み付けた。

「東条秀馬との関係だよ。教えてくれって言っただろう」

 すうっと息を吸ってから、吐き出すように言い返した。

「透也先輩は、あたしが秀馬とどんな関係なのかどれだけ聞いても隠してましたよね。それなのに自分は教えてほしいっていうのはムシがよすぎませんか」

 以前だったらこんな言葉は絶対に言えなかった。だがもう透也の魅力も愛情も完全に失せている。秀馬がいれば透也はいなくてもいいと気付いてしまった。

 悔しそうな表情に変わり、さらに透也は続けた。

「確かにそうだけど……。どうしても話してほしいんだ」

 無視をして足を踏み出すと、待ってくれと手を掴まれた。だんだんうんざりしてきた。

「ずっと言いたいことがあったんだ」

 ぎくりとした。嫌な予感が胸の中に溢れた。

「君のことが好きなんだ。会った時から。卒業する前に何としてでも伝えたくて……。もしすずなさんが東条秀馬と恋人同士だったら告白できないだろう。だからどんな関係なのか知りたかったんだ」

 ときめきも感動も何もなかった。ただ頭に浮かんだのは、仮面を被っているという思いだけだ。無意識にすずなは呟いた。

「それは有架に……脇田有架って子に言ってあげてください。あたしは透也先輩とお付き合いをする気はありません」

 すぐに後ろを振り向いて逃げるように走った。追いかけてくると思ったが透也の姿はなかった。しばらくして足を止め深呼吸を繰り返した。そしてその場が秀馬のマンションの入り口の前で驚いた。自分のマンションに向かっていたはずなのになぜか来てしまった。すずなにとって一番安心できる場所は秀馬のマンションで、まずいことが起きたらここへ来るように頭の中にインプットされているのだ。いけないと思いながらエレベーターに乗り込みボタンを押した。秀馬の部屋に行こうか、それとも自分のマンションに帰るか、どちらが正解なのかわからない。エレベーターを降りた時と同時に突然ドアが開いた。しかもそれは秀馬のドアだった。

「あれっ」

 どくんと心臓が跳ね急いでその場から立ち去ろうとしたが、秀馬の方が速かった。

「どうしているんだ。もう来ないって言ってただろ」

 俯きながら首を横に振った。自分でも理由が見つからなかった。

「違うの。本当は自分のマンションに向かってると思ってたの。帰るから。絶対にこれからは行かないから……」

 しかし秀馬は完全に無視をしてすずなの腕を掴み、結局部屋の中に連れて行かれてしまった。

「ねえ、秀馬、お願いだから……」

「お前に見せたいもんがあるんだよ」

 はっきりとそう言うと、じっと顔を見つめてきた。

「見せたいもの?」

 脱力して床にしゃがみ込んでしまった。起き上がれる気力はない。

 秀馬は奥の部屋のドアを開け何か持ってきた。目の前に置かれたのは青紫の花の植木鉢だ。花びらが五つに分かれていて星型だ。すずなが聞く前に秀馬は話した。

桔梗ききょうっていうんだよ。撫子と同じで秋の七草の一つ。俺が幼い頃から一番好きな花だ。お前のためにずっと育ててたんだ」

 名前はどこかで聞いたことがあるが、実際に見たことはなかった。秀馬がすずなのために何かしてくれたのはこれが初めてだ。

「花言葉は?」

 桔梗を見つめながら無意識に呟くと、すぐに答えが返ってきた。

「永遠の愛だ」

 ぼろぼろと涙が溢れた。胸の中が暖かくて涙も熱かった。一気に心の中に浮かんでいる言葉を吐き出した。

「あたし、運命の相手がわかったの。大っ嫌いだったのに、ケンカばっかりしてるのに、となりにいてくれないと不安で仕方がないの。だけど好きだって伝えられない……」

「何でだよ。伝えればいいだろ。自信ねえのか」

 ぎゅっと抱きしめられ秀馬の胸にすっぽりと収まった。

「だって気まずくなっちゃうと思って怖いんだもん。告白したら離れ離れになりそうで……。あたし、その人と一緒に生きていけないのかな……」

 秀馬は自分は一人きりで生きていけると考えている。お前なんかいらないと返されたら、もう恋愛なんか一生できない。

「本気だって信じてくれないよ……」

 すずなの髪を撫でながら秀馬はからかうように言った。

「お前らしくねえな。あの時みたいに大声でぶつけてくればいいのに」

 人は一人で生きていけるという秀馬に、あんたなんか大っ嫌いと怒鳴り散らしたのを思い出した。あの日からすずなの生活は一気に変わったのだ。

「あたし……あたし……」

 涙で息が苦しくなる。だがもう諦めたくない。

「秀馬のこと、好きになっちゃった……」

「そうだ。そうやってぶつけてくれるから、俺も退屈しないんだよ」

 穏やかで優しい声だった。そして耳元で囁いた。

「お前のことなんか大っ嫌いだったのにな」

 うん、と小さく頷いて、すずなも言った。

「あたしも、秀馬のことなんか大っ嫌いだったよ……」


 


 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ