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学校に向かって歩いていると、後ろから肩を掴まれた。有架だと思いすぐに振り返った。
「あ、おはよ……」
言いかけて口を閉じた。目の前にいたのは秀馬だった。
「どうしてくれんだよ」
完全にキレていた。理由はもちろん蹴り飛ばされた植木鉢だ。
「せっかくの花がお前のせいで全部ゴミになったんだけど」
「あんたが悪いの。本当のことを言わないから、罰が当たったの」
鋭く睨みつけてきた。肩を掴んでいる手の力も強くなった。
「俺が佐伯透也と兄弟だって?じゃあ試しにそいつに聞いてみろよ。東条秀馬って知ってるかって」
透也の冷たい言葉を思い出した。
「もう聞いたよ」
「何て答えた?」
言いたくなかったが黙っていても仕方ないと考えた。
「知らないって。弟なんかいないって」
「ほらな」
勝ち誇った表情で、秀馬は腕を組んだ。
「お前が言ってんのはただのくだらない妄想。佐伯透也の名前は二度と出すな」
しかしすずなは諦めなかった。首を横に振り固い口調で言った。
「あたしは、絶対に繋がってるって思ってる。兄弟じゃなくても、例えば親戚とか……」
突然胸倉を掴まれた。殴られると直感し、目をぎゅっとつぶった。
「何してるんだ」
秀馬にそっくりな声が飛んできた。はっと横を向くと透也が駆け寄ってきた。
「すずなさんに何をしてるんだ」
勢いよく秀馬の手を振りほどいた。
「うるせえな。お前に関係ないだろ」
「関係がなくても、女の子に暴力を振るうなんて絶対にしたらいけないことだ」
睨みあう二人の顔を交互に見ながら、すずなは恐る恐る呟いた。
「あ……あの……」
透也はすずなの手を握り歩き出した。秀馬は追いかけてこない。
「今のが東条秀馬って奴だね」
前を向いたまま透也に言われすずなはどきりとした。
「そう……そうです……」
はっきりと聞こえるように言ったが無視をしているようだった。何か答えてくれるのを待ったが黙っていた。
「またあいつにおかしなことをされそうになったら俺を呼んで」
「呼ぶって……。透也先輩に会いに行けませんよ」
「だから、これ」
そう言って透也は小さなメモを取り出した。
「俺の携帯番号とメールアドレス。渡そうと思ってたんだけど、毎回忘れちゃって。他の子には教えないでほしい」
すずなを特別な人だと思っているのかと胸が熱くなった。
「わかりました……」
緊張して声が震えてしまう。絶対に誰にも教えないと決意した。有架にも秘密だ。
「すずなさんのも知りたいんだけど、だめかな」
「あっ、ちょっと待ってください」
あわててバッグの中に手を突っ込み携帯を探した。登録が終わると透也はありがとう、と穏やかに笑い、昇降口に向かった。まさかこんな風に想われていたとは……。あまりの嬉しさに感激していると、誰かが近寄って来た。秀馬だ。
「それ貸せ」
また壊されるのはわかっている。すずなは携帯をバッグにしまい睨んだ。
「嫌だ。せっかく透也くんと繋がったのに」
「俺、もう佐伯透也に会うのやめろって言ったよな」
そういえばそんなことがあったがすっかり忘れていた。
「あたしも、もう邪魔しないでって言ったよね」
冷静な自分に驚いた。この男と面と向かって話すのに慣れてしまった。
「あたしのことが嫌いなら、もうそばにいなければいい。あんたが離れたらあたしも質問するのはやめる。まずはあんたが先に動いて」
秀馬は怒りのこもった声で言い切った。
「あの花が元に戻るまではお前と離れるわけにはいかねえよ。部屋を片付けてくれないと気が済まねえ」
そしてすずなの返事を待たずに、大股で歩いて行ってしまった。
学校が終わるとすずなは秀馬のマンションへの道を進んだ。なぜあんな男のために面倒な仕事をしなくてはいけないのだろうか。足が鉛のように重かった。
マンションのすぐ近くで話し声が聞こえ、はっとした。秀馬だと気が付いた。息を殺しすずなは秀馬がいる場所を探した。心臓の音が大きくなっていく。
秀馬が立っていたのは人がいなくなった公園だった。携帯で話しているため相手がわからない。こそこそ隠れながら秀馬の後ろ姿を見た。
「堀井すずな?」
突然自分の名前が出てぎくりとした。バレたと思ったがそうではなかった。すずなが関係する話とは何だろう。
電話の相手は透也かもしれない。二人は兄弟なのではという疑問がさらに大きくなる。秀馬が携帯を閉じるのを見て、あわててすずなは逃げた。




