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「なに泣いてんだか」

 呆れた声がかけられた。驚いて瞼に指をあてると、涙が溢れていた。

「だって、あんたが寂しい話するから……」

 また違う意味で泣かされてしまった。

「じゃあお母さんは、透也くんしか育てなかったんだね」

「透也?」

 今度は秀馬が驚いた。一気に不機嫌な顔になる。

「どうして佐伯透也が出てくるんだよ」

「秀馬くんと透也くんは兄弟なんでしょ?今まで秀馬くんは透也くんにご飯作ってもらってたんじゃないの?」

 がたんっと大きな音を立てて秀馬が立ち上がった。いらついているのがわかった。

「何でお前は俺と佐伯透也を兄弟にしたがるんだよ」

「兄弟にしか見えないんだもん。顔もそっくりだし、共通点があり過ぎるのよ。ねえ、全部話してよ。話してくれないなら、あたし今日マンションに帰らない」

 秀馬は睨んでいたが、負けじとすずなも見返した。

「……じゃあ、教えてやる」

 ごくりとつばを飲み込んだ。ぎゅっと拳を固め身構えた。ようやく事実がわかる。

「一回しか言わないからな」

「いいよ。早く言って」

 すっと息を吸い込み、吐き出すように秀馬は答えた。

「俺とあいつは何の関係もない。完全に赤の他人」

 全身に雷が落ちてきた。衝撃で爆発しそうだ。

「嘘だっ。嘘ついてるっ。ごまかさないでよ」

「ごまかしてなんかない。お前が変な妄想してるだけ」

「妄想じゃないよ。嘘つかないでって」

 言い終える前に秀馬はすずなのバッグを持ち上げた。

「ちょっと、何して……」

 驚いて手を伸ばしたが、秀馬はずんずんと玄関に向かって歩いて行く。ドアを開けるとバッグを外に放り投げた。

「もう帰れ。お前の顔なんか見たくない」

 冷たい言葉だった。また泣きそうになったが言い返した。

「……本当、あんたって血も涙もない奴なんだね」

「じゃあ俺のそばにいなきゃいいだろ。無視してればいいだろ」

 あまりの非情な態度にすずなは堪えられなくなった。奥の部屋に入り勢いよく植木鉢を蹴り飛ばすと、廊下を全速力で走りバッグを拾ってそのまま逃げた。自宅の前で足を止め、ぜいぜいと息を荒げながらその場にしゃがんだ。悲しいのか悔しいのかわからない気分だった。なぜいつも失敗してしまうのか。

 だが今回は泣かなかったし、仕返しもしてやった。蹴り飛ばされた植木鉢を見て、今頃秀馬はどんな思いでいるか。

 自室に入ると、机の上の写真を見た。亡くなった両親の笑顔。産んだ子供を家から追い出す親なんかいるはずない。大事な我が子を見捨てる人なんかいない。写真を持ち上げ、すずなは独り言を漏らした。

「お父さん……お母さん……。秀馬くんは邪魔な奴じゃないよね……。一人で生きていける人なんかいないよね……。どうしてあたしの気持ちに気付いてくれないんだろう……」

 しかし当然だが父も母も何も答えてはくれない。せめて芹奈がいてくれればよかった。

 翌朝、有架にも伝えずに学校を休んだ。遅い時間に起き、ふとカレンダーを見ると今日は土曜日だった。小さく息を吐きベッドから出た。

 特に予定も立てず、ぶらぶらと外を歩いた。行く当てなどなく足が向く方に進んだ。しかし突然後ろから呼び止められた。

「すずなさん、偶然」

「透也先輩……」

 憧れの人に出会ったのに、全く喜びが感じられない。それほど昨日の出来事が忘れられなかった。

「どうしたの?」

 心配そうに透也が首を傾げた。すずなは消えそうな声で答えた。

「ケンカしちゃって……」

「ケンカ?誰と?」

 迷ったが正直に言うことにした。

「東条秀馬って人と。お前の顔なんか見たくないって言われて」

 透也は無表情になり口を閉じた。何か考えているようだ。すずなはじっと透也を見つめながら聞いてみた。

「透也先輩は、東条秀馬って人知りませんか?」

 秀馬がだめなら透也に頼るしかない。もう一度すずなは質問した。

「透也先輩は、兄弟がいませんか?弟とか」

「俺が東条秀馬って男と兄弟だって思ってるの?」

 冷めた口調だった。昨日の秀馬とそっくりだ。ぎくりとしたがその通りなので小さく首を縦に振った。

「悪いけど、俺は弟もいないし東条秀馬なんて男を見たこともないよ。もしいたら泊まった時に会うだろう」

「別の場所で離れて暮らしてたり、たまたまあの夜は家にいなかったってこともあるんじゃないですか」

 透也の目つきが鋭くなった。不機嫌な表情になればなるほど秀馬に似てくる。

「俺と東条秀馬が兄弟だったらどうするんだ?何か得でもあるのか」

「あたしは……」

 口を開いたが続く言葉が見つからない。

「じゃあいいじゃないか。もしかして東条秀馬とケンカをしたのは、そうやってどうでもいいことをしつこく聞いたからじゃないのか」

「だって、兄弟にしか思えなくって」

 ぐっと足に力を入れて、倒れそうになる体を支えた。

「透也先輩と秀馬くんは双子みたいに似てて、どう考えても兄弟です。関係がないって言われても信じられないんです」

 面倒くさそうに手を振り、透也はため息を吐いた。

「君はそうやって何でもかんでも自分で決めつけるのが好きなんだね。でも度が過ぎるとただの迷惑になるから治した方がいいな」

 すかさずすずなも口を開いた。

「透也先輩も、その秘密主義治した方がいいです。自分の話を一切しない。そこも秀馬くんと同じです。どうして隠してるんですか?まずいことでもあるんですか?」

「うるさいな」

 小さかったが氷のナイフのように尖っていた。秀馬とは態度は違うが、完全にいらついていた。

「いい加減にしてくれ。君の勝手な妄想に俺を巻き込まないでほしい。勝手にこうだと決めて暴走するなら、一人でやってくれないか」

「……妄想でもいいです。あたしは透也先輩と秀馬くんは兄弟だって思ってますから」

 そう言い残すと透也が何か話す前に大急ぎで逃げた。


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