表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/69

29

 もう一緒には帰れないことを告げると、有架は寂しげな表情になった。

「そんなあ……どうして……」

 理由を話すことはできなかった。

「ごめん。バイト始めたんだ」

「バイト?どこで?」

「うーん……。詳しくは言えないんだけど……」

 有架は真剣な眼差しで、すずなの肩を掴んだ。

「あたしもそこで働く」

「だめだよ。有架は習い事があるでしょ」

「すずちゃんのためだったら、あたし何だってする」

 本気で言ってるのは声だけでも伝わった。しかしすずなは頭を下げた。

「有架にはできないことなの。でも休みの時は必ず一緒に帰るから」

 泣きそうな有架を抱きしめた。仕方ない、と有架も頷いた。

 さっそくその日の放課後からボランティアは始まった。昇降口で靴を履き替えていると、校門の前で秀馬が立っていた。すずなに気が付くと近寄って来た。まさか待っているとは思っていなかった。

「先に帰っててよ。誰かに見られたらまずいでしょ」

 秀馬は黙ったまますずなの手を掴み歩き出した。秀馬の方が歩くのが速く、すずなは引きずられていくように進んだ。店の前でようやく解放された。

「今日は何を作るんだ」

「まだ決めてない。とりあえずぶらぶらする」

「じゃあ俺は出口のところにいるから。終わったら来いよ」

 命令口調で言い、すぐに行ってしまった。何て自分勝手な奴なのか。だがもう不満を言っても意味がないのはわかっている。しばらくカゴを持って店内を回った。

 ふと同い年くらいの女子たちの話し声が聞こえてきた。特に気にしなかったが、ある言葉に反応した。

「出口にいた人、かっこよかったね」

「背も高いし。頭よさそうだし。あれって菱本の制服だよね」

「彼女待ってるのかなあ。あんな彼氏欲しいー」

 どくどくと心臓が速くなる。それは秀馬のことではないか。よく考えると顔は透也にそっくりだし、黙っていればモテる男だ。性格を知らない人は惚れてもおかしくない。

 急に嫌な気がした。今すぐあの男をマンションに帰らせた方がいいと直感した。小走りで出口に向かうと、壁にもたれかかって携帯をいじる秀馬がいた。

「ああ、終わったのか」

「いやまだ終わってない。秀馬くん、先に一人でマンションに行ってて」

「は?どうして」

「いいから。早く行って」

 怪訝な表情のまま秀馬は振り向いた。すずなは後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くし、また売り場に戻った。

 夕食を作りながら秀馬に質問してみた。

「いつになったら料理の勉強するの?あたしいつまでもこうしていられないよ」

「うるせえな。面倒なんだって」

「料理できなかったらどうするの?透也くんも頑張ってるのに」

 秀馬の目つきが変わった。透也の名前が出てくるとは思っていなかったようだ。

「どうしてそんなこと知ってるんだ」

「前にお屋敷に泊まらせてもらったの。夜ご飯も朝ご飯も食べさせてもらった。簡単なものしか作れないって言ってたけど、かなりおいしかったよ」

「へえ……。家族には会ったのか」

 口調が固い。すぐにすずなは答えた。

「残念だったけど、誰にも会えなかった。お父さんは海外にいてお母さんもお出かけしてて。でも写真は見たよ」

 秀馬は目をそらし口を閉ざした。

「まだ透也くんが五歳くらいの頃のね。お母さんがすっごく綺麗な人でびっくりしたよ」

 すずなの言葉を聞きながら秀馬は何かを考えていた。

「秀馬くんは、小さい頃のアルバムとかないの?」

「ない。そんなもの」

「お父さんとお母さんの名前は?」

 身を乗り出して繰り返すと、あからさまに嫌な態度で答えた。

「本当にしつこい奴だな。人に嫌われるぞ」

 涙は出なかった。心が強くなったと感じた。

「あたしは秀馬くんのことが知りたいだけ」

 睨むようにすずなを見ながら秀馬は言った。

「知って何になるんだよ。嫌いな奴のことなんかどうだっていいだろ」

「でも気になっちゃうんだよ。お願いだから教えてよ」

 また秀馬は黙り、何か考えた。すずなも口を閉じて秀馬を見つめた。しばらくして小さく息を吐いてから話し始めた。

「父親には会ったことはない。母親には邪魔だから出て行けって言われた。はい終わり」

「えっ」

 体が氷のように冷たくなった。

「邪魔だから出て行け?」

「お前は一人で生きていけるからって。ここにいなくてもいいって」

 愕然とした。血の気が引いていくのに気が付いた。

「本当に言われたの?お母さんに」 

 秀馬はすぐに頷いた。全く寂しそうな表情ではなかった。

「だから俺は誰にも頼らずに生きてきた。人は一人で生きていけるんだよ」

 信じられなかった。お腹を痛めて産んだ子供に、邪魔だなんて言葉を投げかける親がこの世にいるのか。

「お母さんがどこにいるか知ってるの?」

 混乱しながら何とか言うと、秀馬は宙を睨みながら吐き捨てるように答えた。

「知らねえよ。だいたい家から追い出すってことは、もう二度と会えなくても構わないからだ。産んだけど育てない奴なんか親失格だろ。今さら母親って言って来ても、もう他人にしか思えない」

 尖った口調が胸に刺さった。子供を追い出すなんて酷すぎる。邪魔だなんてなぜ思ったのか。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ