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 翌日は学校を休むことにした。仮病なんか使いたくないが、赤く腫れた目を有架に見せたくなかったし、あの男ととなり同士に座るのが耐えられないと考えた。

 しかし自宅の中にいるのも気分が悪くなり、外に出ることにした。未だに携帯を手に入れてなかったため、電気屋に行って何もかも忘れてしまおうと決めた。

 いつだったか、あの電気屋で透也に出会った。話しかけられるタイミングを探し尾行してしまった。だがそれは失敗に終わった。理由は秀馬にバレたからだ。あの時は透也のことで頭がいっぱいだったが、どうして秀馬はあそこにいたのか。もしかして佐伯家に行く途中だったのではないか。もう透也と秀馬を切り離せなくなっていた。なぜ兄弟だと言わないのか。兄弟だと知られたらまずいのか。それとも本当に無関係なのか。うーん……と頭を抱えていると、その頭を軽く叩かれた。見上げると今一番会いたくない人物がいた。

「あ……あんた、学校は……?」

 動揺しながら聞くと、秀馬は首を横に振った。

「休んだんだよ。お前と顔合わせたくなくて。でもどうやらお前も同じだったみてえだな」

 う……嘘だ……。こんなことが起きるとは思っていなかった。

「お前、目真っ赤だな。悲しいことでもあったのか?」

「……誰かに詮索魔とか酷いことを言われてね。かなりショックだった」

「へえ、そりゃあ可哀相に」

 性格の悪さに悲しみが怒りに変わった。

「どっか行けとか言ったくせに。ついて来ないでよ」

「別について行ってるわけじゃないけど」

「あんたと一緒にいるくらいなら死んだ方がマシだわ」

 そのまま離れようとしたが、ぐいっと肩を掴まれた。

 なによ、と言う前に秀馬が口を開いた。

「もう佐伯透也と会うのやめろ」

「はい?」

 驚いて大声を出していた。

「会うのやめろ?どうしてあんたに決められなきゃいけないの?」

「俺は八方美人な男が大嫌いだからだ。いらいらする」

「じゃあ透也くん見なきゃいいじゃん。あたしも巻き込まないでよ。それに八方美人な男じゃなくて、誰にでも優しくできる王子様なの」

 きっと鋭く睨んだが、もちろん秀馬には何の効果もない。

「お前の運命の相手はあいつってことか?」

「いや、まだそこまでは思ってないけど」

「あいつだけはやめておけ。ああいう奴って大抵女たらしだから」

 まだ自分はいい。バカだとか詮索魔だとか言われても我慢できる。だが愛する透也までそんな名前で呼ばれるのは絶対に許せなかった。バッグをぎゅっと握り、秀馬の顔を殴ろうと身構えた。しかしいつも秀馬の方が上手うわてで、今回もバッグを取り上げられてしまった。

「人の顔ぶん殴ろうとする女を、佐伯透也はどう見んのかな」

「あんたが全部悪いんでしょ。もう……もう、あたしの邪魔しないでよ……」

 悔しいが心は素直だ。ぽろぽろと涙が流れていく。たくさんの人たちの前で、恥ずかしいほど泣いてしまう。

 手で目をこすると、その手を秀馬が握った。そしてすずなを連れて歩き出した。

「ど、どこ行くの」

 驚いて聞くと、逆に聞き返された。

「甘いもん好きか?」

「えっ?甘いもの?」

 さらにわけがわからなくなる。

「好きだけど、それが何……」

「じゃあ黙ってこっちに来い」

 ずんずんと進み振り向こうともしない。しばらく歩き、二人は喫茶店の前に来た。以前英語のテスト勉強をした帰りに入ったところだ。店の中に入り適当な席に向かい合わせに座った。

「あの……これは……」

 すずなが呟くと、秀馬は目を閉じながら答えた。

「痩せすぎだよ、お前。ろくなもん食ってねえんだろ。だから背も伸びねえんだ。ここで限界になるまで食え」

「え?」

 痩せすぎと言われたことは一度もなかった。

「あたし別に痩せすぎじゃないと思うんだけど。それにお菓子食べたって背は伸びないよ」

「うるせえな。金は全部俺が払ってやるから、死ぬほど食えよ」

「死ぬほどって……」

「言っておくが俺は食わねえ。腹減ってねえし」

「あたしだってお腹空いてないよ」

 反抗すると秀馬はもう一度目を閉じた。

 一体何がしたいんだろう……。すずなが泣きだしたらいきなり喫茶店に行き奢る、という考えが想像できない。

「じゃあ仕方ねえ。出るか」

「でも何も食べてないよ。変なお客って思われちゃう……」

「気にしなくていいだろ。金も払う必要はねえな」

 すたすたと出口に向かう秀馬をあわてて追いかけた。

「今日は学校休んでどこに行こうと思ってたんだ」

 またおかしな質問をされ、すずなは戸惑った。

「電気屋。どこかの性格の悪い冷血男に壊されちゃったから」

「そうか。お気の毒に」

 そう言うと今度は電気屋に向かった。携帯売り場に行き欲しい携帯を手に取った。

「有架が使ってるのが便利そうだから、これにしようって決めてるんだけど」

 すると秀馬はバッグをごそごそと探し、財布を取り出した。動揺して携帯の見本を落としそうになった。

「なっ、あんた、買ってくれるの?」

「こんなの安い買い物だし」

「う……嘘でしょ?」

 意外過ぎて、嬉しい気持ちを通り越して怖くなった。

「後でちゃんと払うから」

 そう言ったが、また頭を叩かれた。

「ありがたくもらっとけ。ただし、もうガキみたいにびーびー泣くんじゃない。高校生なのにみっともねえ」

 厳しい口調なのに、なぜか優しく聞こえた。

「うん……」

 どきどきしている。心の中が暖かくなり心地がいい。

「……ありがと」

「それに、周りにいる奴らに俺が泣かせたって勘違いされたら嫌だし」

「いやいや、勘違いじゃなくて本当だから!こんなに泣かされたのって、あんたが初めて……」

 口を塞がれてしまった。じっと見つめられる。

「そうやってでかい声出すのも禁止。俺と二人きりの時だけにしろ。もう少し女の子らしくなれるように努力した方がいいな」

 むっとしながらも頷くと、秀馬も首を縦に振った。

 ……本当、何がしたいんだろう……。思考回路が全く掴めない。優しいのか意地悪なのか、一緒にいてもいいのかいけないのか……。自分勝手でついていけない。

「ほら」

 携帯が入った袋を渡され、もう一度言った。

「あんたがこんなことしてくれるなんて思ってなかった。……ありがと」

「次は壊すなよ。ドジだからなあ、お前」

 また嫌味な口調だったが、今度は何も言い返さなかった。






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