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「もう一つ質問していいですか」

 先ほどより少し気持ちが落ち着いてきて、話し方も柔らかくなってきた。

「なに?」

 透也が目を向けてきたので、すうっと息を吸ってから話し始めた。

「人は一人きりで生きていけると思いますか?」

 透也の笑みが少し固くなった。何かに反応したと感じた。

「堀井さんはどう思ってるの?」

 逆に聞き返されたが、動揺せずにはっきりと言った。

「あたしは一人じゃ生きていけないと思っています。家族や友人や仲間がいるから、幸せに暮らしていけるんだって信じてます。ずっと一人ぼっちで生きていくことなんかできないって」

 すずなの言葉を聞きながら、透也は何か考えていた。いつの間にか笑みは完全に消えていた。すずなも透也の口が開くまで待って黙っていた。だが返ってきた答えはすずなの望んでいたものではなかった。

「ごめん。よくわからないな。今までそういうの気にしないで生きてきたから」

 諦めず拳を作りさらにすずなは続けた。

「人って自分しか大事じゃないんでしょうか。他人のことなんかどうでもいいって考えてるんでしょうか。誰かと繋がれるのって幸せだって思いませんか?」

「堀井さん」

 透也の口調が尖ったナイフになっていた。

「君は俺に何て答えてほしいと思ってるんだ?一人でも生きていける?一人じゃ生きていけない?そんなのどっちでもいいじゃないか。堀井さんは一人で生きていけないなら誰かと一緒にいればいいし、一人でも大丈夫って人は誰とも関係を持たなくたっていい。一人で生きていけるか生きていけないかなんて本人が決めることだろう。絶対にこうしろって決まりはないと思うんだけど」

 透也の冷めた態度にすずなはぎくりとした。いきなり別人になり焦ってしまい、卓袱台のお茶をこぼしてしまった。

「熱っ」

 すずなの声と同時に透也は立ち上がった。

「大丈夫?火傷してない?」

 お茶は見事にスカートを濡らしていた。火傷はしていないが、お気に入りのスカートだったので少しショックだった。

「あっ、座布団にも」

 心の中が罪悪感でいっぱいになった。綺麗な模様に染みがついてしまう。

「そんなもの、どうでもいいよ」

 透也は襖を開け、大急ぎでタオルを取りに行った。一分も経たず帰ってきた。

「かなり濡れちゃったね。火傷してなきゃいいけど」

「大丈夫です。けっこう冷めてたし」

 となりに透也が座りすぐそばに顔が来た。その横顔を見て体が固まった。

「どうかした?」

 はっと我に返り、首を横に振った。

「な……何でもない……です……」

 無意識にそう言うと、ゆっくりと手を動かした。


 濡れてしまったスカートを見て、透也はため息を吐いた。

「すぐ乾きそうにないね……」

「はい……」

 すずなは何て自分がドジなんだろうかと責めていた。

「面倒なことさせちゃって……。本当にごめんなさい……」

 頭を深く下げて謝ると、透也は苦笑した。

「気にしなくていいよ。わざとじゃないんだから。仕方ないよ」

 優しすぎてすずなは感動の涙が出そうになった。そして、その甘い声が秀馬とそっくりだと感じていた。いつもとなりで見る秀馬の仏頂面な瞳と、透也の穏やかな瞳がほぼ一致している。まさか二人は兄弟だというのか。性格は正反対だし、住んでいる場所も姓も違う。だが双子のように似ている。もし兄弟だとしたら、なぜ離れ離れなのか……。

「今日は泊まった方がいいね」

「ええっ?」

 驚いて大声を出してしまった。こんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。

「時間も遅いし。今夜は家に泊まった方がいい。家族には連絡しておけば大丈夫だよ」

 信じられなかった。さすがにそこまでお世話になるのは気が引けた。

「でも」

「じゃあ、濡れたスカートで真っ暗闇の中、また迷いながら歩くの?」

 確かに佐伯家に泊まるしか選択肢はなかった。

「お母さんとお父さんに迷惑じゃ……」

「父さんは仕事で海外にいて、ほとんど帰ってこないよ。母さんも出かけてる」

 つまり憧れの人と二人きりで夜を過ごすということだ。全身が焼けるように熱くなる。

「心配しなくても、部屋はいくつでもあるし、替えの服は母さんのを着ればいい」

「お風呂に入っていいんですか?」

「当たり前だよ。外を何時間も歩いて疲れてるだろう」

 佐伯家のお風呂!どんなに広いのだろうか。

「ありがとうございます。本当に、何て言ったらいいか」

「遠慮しない」

 教師に注意されるように言われ、すずなは背をぴんと伸ばした。



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