4.クエストギルドと依頼/【盗賊の剣】<ローバースラッシュ>
あふれかえる人。ガチャガチャと装備が触れ合う音。がやがやと喧騒が室内を満たしていた。
壁や備え付けの掲示板には、たくさんの紙が貼られている。募集、採取、討伐、そういった単語はいろいろなお話の中ではおなじみだ。
ご飯を食べ終えたトシキをレティはとあるクエストギルドにやってきていた。クエストギルドとはそのまま、住民の要望を金銭で叶える仲介所のことだ。
「ちょっと待ってろ」
レティはそう言うと、獰猛な笑みを浮かべて人込みの中へと飛び込んでいった。
残されたトシキはそれどころではない。
(武器が! いっぱいです!!)
大好物を目の前にしたトシキは、かぶりつくように室内の人たちを凝視していた。何だコイツ、という目をされているのにも気付かないほどの熱狂ぷりだ。
(片手剣、グラディウス? ダガー? ダガーかな。あっちのトカゲの人はハルバード!)
剣、槍、斧、メイス、そういった武器がトシキの目の前を通り過ぎて行く。人間サイズの人たちは剣が多い。膂力がありそうな人はハンマーや斧を持つ傾向にある。その傾向も確実ではない。細身の人が軽々と巨大な両手剣を持ち上げていたりするのを見るに、魔力か何か、別の物理法則がそこには働いているのだろう。
「―――い! おいッ!」
ガツンという衝撃と共に、トシキの目の中に火花が散った。レティの拳骨だ。
「何ぼうっとしてんだ。行くぞ!」
「え……と、どこへです?」
「依頼だよ依頼! お前の名前で受けといたしな」
そう言ってレティは手に挟み込んだ紙片を見せつけるようにひらひらと振った。
野良リザードマンを討伐せよ。それがレティが取ってきた依頼内容だった。
最近盗賊団が傭兵団に壊滅させられたらしく、散り散りになった残党が街の近辺で悪さをしてるという情報があったという。
レティは街を出てずんずんと進む。麦畑の先にある森へと入っていた。それにトシキは半ば小走りになってついていっていた。
トシキの頭の中はぐるぐる回っていた。普通と違いすぎる。
(だいたいこういった時の定番は、弱いスライムとか、ゴブリンとかでしょう? どうしていきなり盗賊リザードマンを相手にすることになるんです!?)
「ま、待ってください!」
「何だよ」
「いきなり盗賊リザードマンなんて、僕には無理です!」
「お前は何もしなくていいんだよ。あたしが殴りたいだけだからな」
森に入ったあたりからレティは手にナックル手甲を装備していた。拳にしっかりフィットした手甲を打ち合わすと、いい音がした。
「いや、ですから。それはレティさんが自分で依頼を受ければいいんじゃありませんか!?」
トシキの言葉に、レティがそっぽを向いて唇を尖らせた。
「いや、あたしの冒険者ライセンス、凍結されてて、依頼が受けられないんだよ」
「ライセンス凍結って何したんですか!? それで人の名前で依頼を! 信じられません!」
ズドッと、チョップがトシキの頂点に刺さった。首に衝撃。目に火花。
「う、る、せ、え。ガタガタ言うな」
犬歯をむき出して威嚇するレティ。トシキは頭を抱えた。
(ダークエルフってこんな感じでしたっけ?)
「――――っと、お出ましだ」
がさりと茂みを揺らして現れたのは、リザードマンだ。二足歩行する巨大な人間フォルムのトカゲ。それが二人。一人は一部が欠けた片手剣を持っている。もう一人は短剣のような刃が先端に付いた槍を持っていた。
拳で攻撃するレティに対して、長物を持つリザードマンたち。リーチを考えれば、近付く前にレティが攻撃されてしまう。
レティはニヤリと笑う。小さく何かを口元で唱えた。紫色の光がレティの全身を包む。
「――――!」
電光石火の勢いでレティが直進した。剣を持つリザードマンが驚きながらも前に出た。接近されすぎると、槍のリザードマンが攻撃できなくなるからだ。
リザードマンが剣を振り下ろす。だが、レティが一歩踏み込むと剣身を横から拳で捌く。リザードマンがよろめいた。
――――渾身の右ストレート。
リザードマンの身体がありえない勢いで吹き飛んだ。そのまま木の幹に身体を叩きつけられ、白目を剥く。どれほどの勢いだったのか、手から飛ばされた剣がトシキの足元に転がってくるほどだ。トシキは思わず剣を拾い上げた。
驚いたのは槍のリザードマンも同じだったのだろう。だが、驚きながらも槍でレティを突く。
レティが獰猛な笑みを浮かべた。獲物を見つけた眼だ。
高速で繰り出される穂先を、レティは拳で撃ち落とす。流れるように懐に入り込むと、ボディから大きな口へアッパーカットを叩き込んだ。右拳の尻尾のような紐が、拳の軌跡を描く。
(す、すごいです……!)
トシキの胸に、感動に近い感情が湧く。
レティの攻撃は美しいとさえ言えた。格闘のことをよく知らないトシキですら、レティの強さが破格なことがわかる。
見とれていたトシキの後ろで、ガサリと音がした。嫌な予感。
壊れた人形のように振り向くと、手斧を持ったリザードマンがそこに居た。どうやら前の二人は囮。後ろから奇襲をかけるのが狙いだったようだ。
(僕を人質にする気です……!)
それがいきなり二人を倒され、のこのこ姿を現した理由だ。どう見てもトシキは戦闘要員ではない。狙うにはうってつけなのだ。
トシキは持っていた盗賊の剣を構えた。威嚇だが、無いよりましだ。身体が震えそうになるのをトシキは何とか止めようとする。
(剣を持っているのに、使い手が震えていてどうしますか!!)
それは、剣に対して失礼な姿だ。
リザードマンが嘲笑するように鼻で笑うのがわかった。トシキに剣の技量がないのは一目瞭然だ。だが、トシキの心はそれで決まった。
「それは油断です……! 【解放】!!」
トシキは【武器力解放】を放った。即座に持っていた剣が光になって弾ける。残された光文字は<ローバースラッシュ>。
光は一直線に伸びて、斬撃線を創った。油断していたリザードマンの胸に深い斬撃痕が刻まれ、どっと鈍い黒に近い血液が吐き出される。
深手だが致命傷ではない。リザードマンはまだ動く。ぎょろりと憤怒に満ちた眼がトシキを睨む。
「ギ、グルェエエエアアア!!」
怒りの声をあげてリザードマンは武器を振り上げようとした。しかし、その手に武器は無い。
トシキが放った<ローバースラッシュ>は、斬撃効果と共にリザードマンの手斧を奪っていた。今、手斧はトシキの手の中にある。
「【解放】ッ!!」
駄目押しだ。
トシキの力ある詞に従い、手斧が光となって弾けとんだ。<ドアブレイク>という光文字がゆらりと消える。飛翔した光は、リザードマンの顔を打ち据えた。バァンという音と共に、深く傷跡が刻まれる。
完全に白目を剥いたリザードマンは、そのままゆらりと倒れた。
「た……倒しました!」
「へえ、少しはやるじゃん」
トシキが振り返ると、リザードマン二人を積み重ねた上にレティが座っていた。その表情はちょっと見直したような顔だ。トシキはそのことに嬉しくなった。
「それじゃ、報告しに戻るよ」
宣言通り殴れたからか、レティはスッキリとした顔をしていた。
盗賊リザードマン退治の報酬は、それなりのものだった。懐にいれた小さな革袋の中には、銀貨がたくさん入っている。報酬の半分はレティが半分持っていったが、そもそもレティがいなければ死んでいた。トシキに文句を言うつもりはない。
(ん……? でも、そもそもレティさんが危険な依頼を受けなければこんなことにはならなかったのではないでしょうか……)
考え込むトシキの背中が強く叩かれた。レティだ。
「なかなかいい『スキル』じゃん」
「そ、そう思いますか……?」
レティがニッと笑って言う。笑顔になるとかわいい。言葉もあいまって、その顔はとても魅力的に見えた。
ガラは悪いし、すぐ手が出てしまったりするダークエルフだけど、悪い人じゃないのだ。きっと。
「使った武器がなくならなけりゃな」
「やっぱり……」
レティがばっさり切る。やはり【武器力解放】は使いにくいスキルなのだろうか。
トシキは集中してスキル窓を開いてみた。
固有スキル:【武器力解放】
固有スキル:【武器情報の眼】
(何でしょう、これ……)
スキルって増えるんだ、という思いがトシキの中に湧きおこる。
あの時には無かったスキルが、トシキのスキル欄に表示されていた。




