2.サポーター制度/【木の棒】<インスタントスマッシュ>
トシキは居ずまいをただした。ちょっと暴走しすぎたと自分で反省する。
もしかしたら夢にまで見たものがこの手にと思うとつい熱くなってしまったのだ。
「ええと、転生者支援制度って何でしょう?」
片岡は安心したように取り出したハンカチで額の汗を拭いた。
「転移・転生した方が困ることって何だと思いますか?」
「ええと……食べ物? 住むところとか?」
食べるものがなければ死んでしまう。住むところがなければ健康が害される。
「セントラルより食糧費は一定期間支給されます。住むところについても同じく一定期間滞在できる宿があります」
「じゃあ……大丈夫だと思います」
「そうでしょうか?」
片岡は意味ありげな視線をトシキに送る。何か気付いてないことがあるのだろうか。わからない。
「だいたいの転移・転生した方がお困りになるのは、この世界の常識や過ごし方です。それを支援するために、戦闘や物づくりなどのガイドを斡旋しております」
トシキは納得した。確かにこの世界、どう生きていいのかわからない。それを教えてくれるならとてもありがたいことだ。
ちょっと待っていてくださいと片岡が席を立つ。戻ってきた時には、手にはブレスレットを持っていた。シンプルなデザインだが、青く輝く宝石がはめ込まれている。
片岡はトシキの手首に手早くブレスレットを装着していく。トシキの手首に着けられたブレスレットは冷たいかと思いきや少し熱を感じるくらいだった。普通の鉱石ではないのだろう。重さもほとんど感じない。
「このブレスレットが転生した方の証明となります。お金を引き出したり、宿泊も可能です」
「すごいですね」
トシキは太陽光にかざして見る。青い宝石がキラリと光った。
「では、転生者支援の方を紹介いたしますので、しばらくお待ちください」
片岡が席を外す。しばらくの間トシキは見るともなしに待合所を見ながら待っていた。
身体の一部が植物の人が頭の花に水をやっていたり、猫耳が生えた人が新聞を読んでいる。肌が緑のゴブリンが何事か言いつのり、角が生えた職員さんが丁寧に対応する。
ざわざわした中からところどころ〝英雄王”、〝モンスター”や〝討伐”、〝魔法”といった単語が漏れ聞こえてくる。トシキは自然とほほがゆるんでくるのを感じていた。
魔物が居て、モンスターが居る。つまりそれを倒す伝説の武器があるということだ。
伝説の武器を手に、荒れ果てた野に立つ自分を妄想していたせいで、トシキは片岡が戻ってきたのに気付くのが遅れた。片岡は例の支援員という人を連れていた。
その人を見て、トシキの身体は硬直した。
絵本の中でしか見たことがないような、気品ある美貌。真っ白で美しい肌、流れる銀髪はまるでシルクの糸のよう。
あまりの美しさに、トシキは心臓がドキドキしてくるのを感じていた。
透明感のある素材で出来たワンピースのような服の上から、白く光沢のある鎧を身に着けている。鎧の上からでも、はっきりしたボディラインがうかがわれ、そこにも別の意味でドキドキしてしまう。
「はじめまして。私はサーシャ・ノリトネフ・フィレンティです」
「サーシャさんはサポーターの中でもとても経験のある方です。いろいろ教えてもらうといいですよ」
片岡がしゃべることの半分も聞いていなかった。トシキの目はサーシャの耳に注がれている。
(この人……。エルフだ!)
にっこりと完璧な笑顔をしたサーシャの耳は、笹穂のように長く先がとがった形をしていた。いわゆるエルフ耳というやつだ。エルフといったら弓と短剣。レイピアということもある。【つらぬき丸】や【雪の切先】といった名前がトシキの脳裏を走る。
トシキがさっと腰に目を走らせると、そこには剣が下げられていた。やっぱりオークが近付くと青く光るのだろうか。予想に反して弓は持っていない。
「聞きたいことがあれば、なんでもおっしゃってくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
(いい人です!)
にっこりと微笑まれるとトシキは顔が熱くなる。あわてて顔を見ないように逸らした。その様子を見て、サーシャが小さく笑う。
トシキは片岡に礼を言うと、サーシャと共に円筒形の建物を後にした。
「まずは洋服屋さんに寄りましょうか」
大通りを二人は歩く。通りの両側にはいろいろなお店が立ち並んでいた。
まず服屋に立ち寄ったサーシャは、トシキのために服を見繕ってくれた。しかも服の代金はサーシャがプレゼントしてくれるという。まるでデートみたいだなあ、と内心喜びながら服を身に着けた。白を基調とした男性用チャイナ服のような服は、薄く肌触りが良い。
服屋を出たあたりで、サーシャは優しくトシキの手を引いた。
「それでは、行きましょうか。まずはトシキさんの『スキル』を確かめに行きましょう」
「『スキル』……!?」
「ええ。そうです。転移・転生された方は固有の『スキル』を持ってこの世界に来られることが常なのです」
「そ、そうなんですか!」
トシキは驚いた。そうは言われても自分がいきなり強くなった感覚はなかったからだ。
「そうですね。まずはスキルを見てみましょう。額のこのあたりに『スキル』と念じながら集中してみてください」
サーシャはそう言ってトシキのおでこに人差し指を当てる。やわらかな指の感触にドキドキしながら、トシキは触れられた部分を意識する。ついでに口の中で念仏のように何度も『スキル』と唱えた。
すぐに脳裏に空間表示インターフェイスのような窓枠が表示されたことに気付いた。脳裏に、とは不思議なことだが、そうとしか言いようがない。
スキル欄と書かれた表示窓には、一つしかスキルが表示されていなかった。
――――固有スキル:【武器力解放】。
「あ! ありました!」
「やはり! なんというスキルでしょうか?」
「ええと、【武器力解放】……? なんだか武器の力で攻撃するスキルみたいです!」
「【武器力解放】。…………希少度Dか」
サーシャがぼそりと小さく何かを言った。小さすぎてトシキには聞き取れなかった。
笑顔が一瞬固くなった気がしたのは、きっと気のせいだろう。
「どうしました?」
「いえ、なんでもありません」
もうこの時にはサーシャの笑顔は優しいものに戻っていた。さっきのはやはり気のせいだったんだろう、とトシキは思うことにした。
「それでは、一度試してみましょう!」
「あ……、はい!」
サーシャが両手をポンと合わせてそう提案してくるのに、トシキは慌てて頷いた。
トシキはサーシャと共に、街の郊外まで出てきていた。トシキが最初に出てきた麦畑がここから見渡せる。
サーシャに言われ、トシキはここに来るまでに棍棒になりそうな木の棒を拾っていた。
「ええと、いました!」
サーシャに促されて見てみると、一匹のイノシシに似たモンスターが穂を取ったあとの麦わらに顔を突っ込んでいた。姿形は似ているが、六本足なのがイノシシとは違う。
「麦喰いイノシシです。この時期によく出て来るので、駆除依頼などがよく出されています。あまり強いモンスターではありません。試してみましょう」
「わ、わかりました!」
サーシャが拳をぐっと握ぎりしめて元気よく突き出した。応援してくれている。どうやら殴れということらしい。
たしかにまるまる太った麦喰いイノシシの動きはのろい。やれる気がしてきて、トシキはそっと背後から近寄った。そのまま背中を見せている麦喰いイノシシに木の棒を振り下ろす。
ぼぐっ、という鈍い手ごたえ。手にぶつけた感触が戻ってくる。
「ブギイィイイ!」
結構強くぶつけたつもりだったが、麦喰いイノシシは平然としていた。可愛らしいつぶらな瞳に怒りをたたえて、こちらにのそのそと向きなおる。
(効いてません……! だけど僕には、『スキル』があります!)
トシキはぐっと木の棒を強く握る。自然と脳裏に湧いてくる力ある詞。内側から湧き上がる何かに押されるようにして、トシキは叫んだ。
「【解放】ッ!!」
木の棒が強く光に包まれる。次の瞬間、木の棒は光の粒子になって弾け飛んだ。【武器力解放】の効果か、<インスタントスマッシュ>と書かれた光の文字が一瞬だけ残り、すぐに消えていく。
驚くトシキの目の前で、光は光弾となって麦喰いイノシシに襲いかかった。バシィ、と打撃音を響かせる。
「ブッギイイイイイ!」
それだけだった。麦喰いイノシシに命中したが、倒すほどでもない。ちょっとよろめいたくらいでいまだぴんぴんしている。
「えええっ! それだけですか!? ああっ! しかも木の棒なくなりました!!」
【武器力解放】の代償となるのか、【解放】した武器は消滅してしまうらしい。
トシキの手元には、もはや何も残っていなかった。無手になった手をぽかんと見る。
はっと目線をあげると、今から突撃しますよとばかりに、前足で地面を蹴りつける姿が。
「動かないでくださいね」
涼しい声と共に、光の矢がトシキを掠めて飛んだ。矢はそのまま麦喰いイノシシの額に突き刺さる。
振り返るとサーシャが光で出来た弓矢を手にしていた。その顔は、少し困ったような笑顔。
「もしかしたら、戦うことは向いていないのかもしれませんね」
サーシャの言葉に、トシキは愕然とした思いを抱いた。
【武器力解放】すれば、武器を消費する。武器につき一回限りしか使えない上に、使ったあとは武装解除。強そうな名前の割に、なんと使いにくいことか。
とぼとぼと街へと戻る途中、サーシャはいろいろと励ましてくれた。それがなかったらトシキはどんぞこまで落ち込んだまま戻ってこれなかっただろう。
サーシャは街に戻ると、トシキに転生者が泊まれる無料の宿を教えてくれた。ごはん付きらしい。
「それでは、トシキさん。今日はお疲れさまでした」
「いえ、本当にありがとうございました。ちょっと『スキル』はしょんぼりだったけど、サーシャさんが励ましてくれたから何とかやっていけそうです」
「いえいえ。それほどでも。それでは、さようなら、トシキさん」
サーシャに手を振って見送ると、今日いろいろ動いた疲れが襲ってきた。ごはんを食べて、今日はすぐ寝ることにする。
サーシャに明日もいろいろ教えてもらえることを期待しながら、トシキは眠りについた。




