19.必要な知識と名前のない武器/【陽命閃導の儀式剣】<ヒーリングシャイン>
中央都市の朝は早い。商業エリアに積み荷を運ぶ流れや、働く人達に合わせて開かれる朝市なども存在する。
本格的に商業エリアの店が開くのはもう少ししてからだ。それまで閉まっている店先で移動屋台が朝食を売るのだ。
「…………」
レティはその中を歩く。手には先ほど屋台で買ったバゲットの肉サンドがあった。
一口かじり、タレと一緒によくソテーされた麦喰いイノシシ肉のうまさに舌鼓を打つ。つくりたてのサンドは、まだ肉が暖かい。やはり熱があるとよい。
ちょっと酸味があるのは野菜ベースのタレだからだろうか。それとも、何か別の食材か。漬け込んだと見え、芯まで美味しい味が続く。
だが、美味しい物を食べているにも関わらずレティの顔はすぐれなかった。
商業区から工房区へ向かって歩くレティは、黒を基調とした装備に身を包む、褐色スレンダーダークエルフ。
すました顔でレティと歩調を合わせて歩くのは、白を基調とした装備に身を包む金髪巨乳エルフのサーシャ。
この、隣を歩くサーシャの事が気になっていたからだ。
どうやらトシキのもとに向かう途中らしく、さきほどたまたまレティと一緒になった。
「サーシャ、何たくらんでやがる?」
「あら、どういうことかしら?」
「この前はトシキに向かって配下とかなんとか言いやがって、何かたくらんでる以外にないだろ?」
「何を言うのかしら。言いがかりよ」
サーシャはうっすらと笑う。冷ややかなものが入った笑みに、レティはうっと詰まった。
「そもそもレティもどうしてトシキ様のところへ行くのよ」
「……どういうことだよ」
「私は配下という立場があるけれど、あなたは何もないじゃない」
「て、転生支援サポーターとしてだよ!」
サーシャは笑みを深くした。切れ長の瞳はレティの動揺を見逃さない。
「転生支援ブレスレットを返納した今、レティが彼と一緒にいる理由はないのではなくて?」
「――――うるせぇな!」
「まあ、お下品ね」
レティが放った素手の拳を、レティは見切って躱した。首の動きだけで。
もちろん手加減した一撃だ。レティも当たるとは思っていない。この程度は二人の間ではよくあることなのだ。
レティは噛み付くように、低い声で言う。
「いいだろうが、あたしの自由だろ」
「…………そうね」
同意を返したサーシャを、レティは驚きの表情で見つめた。
(コイツ、こんなことを言う女だったか……?)
サーシャは前しか見ていない。だが、その表情は以前より少し優しくなっているような気がする。何か心境の変化でもあったのかもしれない。
レティはサーシャと共に、目的地に辿り着いた。
工房ガランテリア。そこにトシキが居候しているのだ。
工房前の庭を掃除する双子メイドが、レティとサーシャに一礼する。
工房ガランテリアの扉を開くと、様々な武器が散乱した中に、毛布にくるまっただけのトシキが芋虫のように転がっているのが見えた。
レティは頭をがしがしと掻く。サーシャは頬に手をあてる。二人は同時に深くため息を吐いた。
この武器マニア、何日もこの調子で寝起きしているのだ。
きっと昨夜も体力の限界まで武器を調べたおしていたのだろう。
扉から入り込んだ光に顔をくすぐられ、トシキが目覚める。ねぼけた顔は、まるでミニウサギのような可愛さがあった。
「……あ。おはようございます。レティさん、サーシャさん」
◆
闘技場での一件が終わった後のことだ。
大量の武器を手に入れたトシキは、全ての武器を工房ガランテリアまで運ばせた。
そこで申し出たのは、トシキを工房ガランテリアで居候させてほしいということだった。できれば、武器について教えてほしいともお願いしたのだ。
(今、僕に必要なのは、武器について知ることです……!)
本で読んだ知識だけではとうてい足りないのだ。
どんな素材で作られていて、どういうふうに使われていて、どんな戦歴があるのか、そういったことはホンモノを見ないことにはどうにもならない。
そこで、工房ガランテリアなのだ。
持ってきた武器類は、一部を除いて、すべて工房に手土産として進呈するつもりだ。
戦歴ある武器達がここにはそろっている。まさに【武器情報の眼】があるトシキにとって最高の場所だと考えたのだ。しかもこの工房ガランテリアはいまいちの使い手は弾く。上質な武器が自然と集まってくるわけだ。
ハイゴブリンのグランツに頼み込むこと数時間。グランツはようやく渋い顔で言った。
「居候の上に教えろダト!? ずうずうしいにも程があル。せめて、何かヤクに立つようなことくらいないノカ?」
「武器なら、武器の名前なら鑑定できますよ!」
「ジャア、試験をしてやル。それを合格できたラ、工房で雇ってやル」
「ええ! お願いします!」
トシキは飛びついた。無理難題が来る可能性もあるが、それでもよかった。とっかかりが必要なのだ。今日無理だったら明日また来ればいい。
グランツは工房の奥へ行くと、何本かの武器を持ってきた。
新品のようにピカピカのものもあれば、古いものもある。
それらを丁寧に作業台に並べながら、グランツはトシキを下からねめつけた。
「こいつらの名前を、言ってミロ。それが試験ダ」
「レティ、わかる?」
「いや……、あたしも半分くらいまでしかわかんねぇ」
トシキは【武器情報の眼】を意識した。このスキルがあれば読み取れる。
「【銀のナイフ】、【祝福銅の剣】、【青銅の槍】、【緑狼牙】。それに、【紫枝の棘杖】ですね」
トシキは淀みなく答える。グランツの顔に、驚きの色が浮かぶ。トシキの【武器情報の眼】には、武器の名前が見える。そのスキルを持ってすれば、この試験は簡単かもしれない。
そのトシキの動きが止まった。
【………の…】。
(これは…………! 武器の名前が、見えません……!)
トシキは心の中で叫ぶ。グランツが真剣な顔でトシキを見ていた。
最後に手に取ったのは、古びたツルギ。
柄は木製。柄から生えた触手のような枝が、刃にまで同化している。刃はすでに鈍化し、斬れそうにない。鋼の光沢を帯びているのに、まるで木刀のよう。
全体的に枯れ木のようになっていて、はるかな年月にさらされたものだということがわかる。
この、名前が見えない。
まるで古い文献の文字薄れてしまったかのようだ。
「わからんのかネ?」
「いえ……。まだです……!」
トシキは集中する。
もっと、もっとよく見る。微に入り細に穿ち、原子の一粒すら見分けようと。
じわりと、墨が滲むように、文字が染み出してくる。
(頭の中が……ッ!? 割れそうです……!)
無理をしている。
限界を超えている。
だが、トシキは見るのをやめない。
見ている者は誰にもわからない、内なる戦いがそこにあった。
「お、おい。トシキ!?」
トシキの鼻から血が流れ落ちていた。【武器情報の眼】の片眼鏡を着けている目からも血が流れてくる。 視界が真っ赤に染まった。だが。
「見えました! ――――【禍根の刃】……です!」
はっきり叫んだつもりの声は、首をしめられたかのようなしゃがれ声しか出なかった。
即座にトシキは【武器情報の眼】をオフにする。片眼鏡が消え、同時に頭痛も消え失せた。カラン、と手から落ちた【禍根の刃】が床で跳ね返って音を立てた。
(何なのですか、この武器は……!)
疲労が濃い身体を支えきれず、トシキは床に座り込んだ。
「…………。ははハッ! ははハハはハはははハ!!」
グランツが笑っていた。理由はわからない。心底嬉しそうな様子で、笑いながらトシキを見ていた。
レティとサーシャがトシキを助け起こした。
双子メイドのユニコが慌てたように近寄ってくると、【陽命閃導の儀式剣】を抜いて構える。薄く刀身が発光する。何事か聞こえるか聞こえないかの詠唱が耳に届いた。
「我が命において癒す。<ヒーリングシャイン>……!」
(なるほどです。【陽命閃導の儀式剣】は剣ではなく、剣型の杖という武器なのですね)
じんわりと癒されていくのを感じてながら、トシキは考える。どうりでユニコの方は剣技はいまいちなわけだ。ユニコは魔法使いなのだ。
「ありがとうございます。ユニコさん……」
「……いいえ」
グランツの突き抜けたような笑いが止まる。
「その【眼】、武器を見分けるネ!? よろシイ! 合格だヨ!! うちで勉強していくとイイ」
「いいんですか!?」
「あア。わがアルジもそれをお望みだろうネ……」
「え……?」
「いヤ、なんでもナイヨ」
そうしてトシキは工房ガランテリアに入り浸ることになった。日がな工房にある武器を眺めては、その形、重さ、強度、特殊性を確認していく。楽しいあまり、限界を超えて倒れることもよくあることなのだった。
◆
「それで、どうしました? まだ朝早いですよ」
「トシキ様、今日は工房から出てもらいます」
サーシャがガッシと右腕を掴む。
「お前、忘れてんだろ。夜樹の雫の納付期限とか」
「え、あれ期限があったんですか!? あぁ!? そういえば提出していません!?」
「オラ、行くぞ!」
レティがガッシと左腕を掴む。
二人に半ば引きずられるようにしてトシキは工房から連れ出されていった。
【次回予告】
夜樹の雫を獲るために再び夜闇の森に挑むトシキ達。
サーシャも加わり、狩りは順調に進む。トシキはこの世界で何を望むのか。
トシキ「まず、僕の目的を理解しておいてください」
次話:「20.伝説の武器と作成要素/【青玲刃】<ラビッツフット>」




