13.工房ガランテリアと双子/【月命閃刃の短剣】<フラッシュサウンド>
レティに連れられて工房区を進む。進むたびにどんどん人がまばらになっていく。どうやら工房区のはずれまで来てしまっているようだ。
このあたりは大きな工場になっている工房も多い。大きな敷地がまるごと一つの工房になっている。
「大きな工房ですね」
「何人もの鍛冶師を抱えて量産してるらしいぜ。武器屋に安価で並ぶ武器はそうやってできてる」
「へぇ、不思議ですね。工房って職人さんがひとりひとり持つのだと思っていました」
「あたしも詳しいことは知らないんだよ。気になるんなら、この後会うヤツに聞け」
レティが足を止めたのは一つの工房の前だった。かなりの年季の入った工房だ。敷地内の庭にあたるところには、様々な素材が大量に積まれていた。そのせいでゴミ山のように見えるが、見る人が見れば宝の山なのだろうか。
「レティさんとお知り合いなんですか?」
「この【夜冥猫の拳】をあたしに売ったのもコイツだからな」
そういうとレティが【夜冥猫の拳】を装着する。握り混んでフィットさせると、調子を確かめるように二、三度打ち合わせた。まるで戦闘前だ。ダークエルフの長耳がぴくりと震えた。
「行くぞッ!」
「え、えぇッ!?」
レティは勢いよく工房の扉を開けた。バァンと大きな音を立てて、開いた扉がぶつかる。
広い工房だ。奥の方に作業台や鍛冶の炉などが整備されている。入ってすぐのあたりはとてもきれいに片付けられているのに、奥の作業スペースは山積みになった素材や武器で見通しが悪くなっていた。
その工房内に、双子のメイドが立っていた。
お人形さんみたいな、という形容詞がぴったりなほど、無機質な美しさがそこにはあった。白磁のような肌、薄く開かれたエメラルドの瞳。美しい銀髪は二人ともショートカットに切りそろえられ、その頭からはユニコーンのような角が突き出していた。人間ではない。
歳のころはトシキより低い十五、六歳くらいに見える。それが黒いドレスに白いフリル付きエプロンというクラシカルなメイドの恰好をしているのだ。
「お客様でしょうか?」
「お客様ですね」
「〝工房ガランテリア”へようこそ」
最後のセリフは双子がハモりながら言った。同時に、どうしてか双子が腰の後ろから短剣を抜き放った。
右のメイドが持つ【月命閃刃の短剣】。
左のメイドが持つ【陽命閃導の儀式剣】。
どちらもまったく同じ形状をした美しい短剣だった。トシキの目が釘付けになる。
刃渡りは三十センチほど。ダガーと呼べるすっきりとした美しい刀身は真っ直ぐに伸びている。両刃の刀身の根本が少しだけ膨らんでいて、肉厚なイメージを持たせていた。
「工房ガランテリアでは、武器に熟達されていない方は」
「入店お断りしておりますので」
双子は短剣を手にしたまま、無表情に一歩前に出た。
どうやら工房を利用したいのなら、双子を倒せということらしい。
「さがってろ、お前じゃ相手にならねえ」
トシキは入り口近くまでさがった。広いとはいえ室内でファルタイガーを召喚するわけにもいかないからだ。
レティは大きく構えを取る。魔法を発動。紫色のオーラがレティを包む。ゆらりと夜冥猫の尻尾が揺れた。
獰猛に笑うレティ。声色が嬉しそうなのは聞き間違いじゃないだろう。
「――来い。あたしが相手してやるよ!」
残像すら残しそうな勢いで双子の片割れが前にでた。見た目も武装の形も全く同じ。まるで鏡像のようだ。
前に出たのは【月命閃刃の短剣】を持つメイド。
レティに肉薄すると下から半月を描くように斬り上げる。レティはほとんど動かず回避。次の瞬間、【月命閃刃の短剣】がうっすらと紅く輝いた。
メイドが小さく呟く。
「……<フラッシュサウンド>」
空間を切り裂く三連続斬撃。残像が起きるほどの速度でメイドの身体が動く。
どんな魔法の力か、刹那の時間の中で斬撃が成立した。
「――――トロいッ!!」
レティの打撃はまとめて斬撃を打ち破る。魔力どうしがぶつかっているのか。甲高い炸裂音が響く。
返す拳が撃ち出される前に、メイドは素早く距離を取る。
入れ替わるように【陽命閃導の儀式剣】を持つメイドが前に出た。剣を振るうがもう一人のメイドより剣の動きが若干鈍い。
(片方は剣があまり得意じゃないのかもしれません……!)
だが、レティの顔は苦々しいものだ。どうしてだか剣の扱いが上手くないこちらのメイドの方に苦手意識を抱いている。
メイドはレティの懐まで潜りこむと、目の前に【陽命閃導の儀式剣】を構えた。その刀身がうっすらと紅く発光する。
「……<ドリフトマイン>」
いきなり小型の太陽が発生した。レティが繰り出した拳が、小型太陽に吸い込まれるように命中する。
その瞬間、バックドラフトのように小型太陽が爆発した。まさに機雷だ。触れれば爆発する。
「レティさん!?」
「いててて……。くそっ、やっちまった」
「大丈夫ですか!?」
壁まで吹き飛ばされたレティが、なんとか立ち上がる。爆発の直撃は受けたがあまりダメージはないらしい。再びファイティングポーズを取る。
「今のはあんま痛くない。だけどなあ、触っちゃダメっていうのがやり辛いぜ……」
「でも、レティさんの動きなら、発動前にやれますよね」
「アイツが相手って、わかってればな」
トシキは双子に視線を戻した。
双子はお互いの位置を高速で何度か入れ替える。これではどちらがどちらなのか、まったくわからない。
レティがさらに苦い顔になる。
<フラシュサウンド>だと思って迎撃すれば、<ドリフトマイン>だった時にダメージをもらう。
<ドリフトマイン>だと思って攻撃を控えれば、<フラッシュサウンド>だった時に大ダメージだ。
双子が仕掛ける。並走すると同時に、二手に分かれた。時間差でくるつもりらしい。
レティはとりあえず先に接近する方に向きなおる。
「クソっ! いちかばちか……!」
レティが拳を固めた。
どちらがどちらなのかトシキにも見た目ではわからない。
しかし、トシキには武器の名前が見えていた。
「レティさん! そっち、<ドリフトマイン>です!」
双子はぎょっとした顔になった。どうして見破られたのか、その顔がそう叫んでいる。
ニィとレティが笑う。
咄嗟にメイドが発動した<ドリフトマイン>を避け、レティの一撃がメイドのお腹に突き刺さる。メイドが吹っ飛んだ。
勢いそのまま、レティは振り向いた。双子の片割れが接近してきている。ほの紅く輝く短剣を振るう。
「<フラッシュサウンド>!!」
「――っらぁッ!!」
斬撃を全て弾き、レティのストレートが一閃。メイドをガードした左手ごと吹き飛ばす。
「これでいいだろ! グランツ!!」
レティの大声が、工房内に響いた。
奥からごそごそと何か這い出す音が聞こえたかと思うと、素材の山の中から誰かが出て来る。
「お前はヨ。いつもガサツなんだヨ。ちったあお淑やかに戦えねえのカ?」
メイド二人が剣をもとの鞘に戻すと、現れた人物に向かってお辞儀した。傍に駆け寄ると二人ならんで直立姿勢になる。
「アコ、ユニコ、よくやったナ。一応客として認めてやろうナ。武器が壊れル。これだから野蛮人はいやだナ」
「てめぇな……」
どうやらあの双子はアコとユニコというらしい。
【月命閃刃の短剣】を持つのがアコで、【陽命閃導の儀式剣】を持つのがユニコだ。
「私はグランツ。この工房ガランテリアの職人でス」
グランツはトシキに向かって言った。トシキは何も言えず硬直していた。
緑の肌。小さな体躯は双子より頭一つ小さい。突き出た鼻に、大きすぎる耳に大きな手。
どう見てもグランツはゴブリンと呼ばれるモンスターにしか見えなかったからだ。
そのゴブリンがツーピースのスーツを着込んでいる姿は、何かの間違いじゃないかと思えてくる。
グランツは双子のメイドに助けてもらいながら、壁際の大きな椅子に腰かける。備え付けのサイドテーブルに肘をつくと、威厳を持って言った。
「それデ? 御用は何かナ?」
【次話予告】
グランツはゴブリン?
はたして『夜樹の雫』を売ることはできるのだろうか。
トシキ「武器転売屋って一体どんなお仕事なんですか!」
グランツ「工房ガランテリアは、買い替えて使い道のなくなった武器を引き取る店だネ。壊れた武器も対象ヨ」
トシキ「すごい……!」
次話「14.ハイゴブリンと武器転売屋/【陽命閃導の儀式剣】<ディメンションゲート>」




