12.名前付き武器ともう一人の転生者/【エント枝の杖】<ファイアフレイム>
夜闇の森からなんとか抜け出したトシキ達は、再び問題に直面することになった。ここまで馬車で来たはいいものの帰り路のことを考えていなかったからだ。とりあえず日暮れまでなんとか小さな村に辿りつくことができたのは幸運だろう。
村の中には汚い小さな宿しかなかった。
前歯がいくつか欠け、鼻毛が伸びた宿の店主がバチンとスリッパを振るう。スリッパの裏側からつぶれた黒いアノ虫を引きはがすと、近くの壺に向かって投げ捨てた。
例の虫を倒す時の店主のお気に入りのスリッパなのだろう。トシキにはスリッパから【テカリ虫殺し】なる名称が見えていた。表示枠も豪華になっている。
「いらっしゃい、一部屋でいいかね?」
げへへ、とトシキ達を見て下卑た笑みを漏らした宿の店主に辟易しながらも、何とか二部屋にするように交渉する。ふっかけられた気もしないではないが二人は文句も言わず部屋を取った。歩きづめだったせいでものすごく疲れていたからだ。
レティが先に自分の部屋に入った。トシキは少し考えると、店主のところへ戻っていく。
「すみません店主さん。よければそのスリッパいただけませんか?」
「あ? 何だよ?」
「追加料金なら払います」
「ならいいけどよ。けど、コイツぁただのスリッパだぜ?」
トシキはお金を払ってスリッパを受け取る。店主の質問には答えなかった。にっこりと笑って返事の代わりとすると、自分の借りた部屋へと入った。
部屋の中でトシキはスリッパをまじまじと見つめる。これまで手に入れた武器も含めてだ。
(武器の名前なのですが、表示のされ方が違いますね……)
どうやら武器のランクや能力などで変化しているらしい。【鉄の剣】や【草原虎の牙ツルハシ】などは一番簡素な表示枠。【テカリ虫殺し】はそれより豪華だ、名称も変わっている。伝説の武器ではないが、いわゆる名前付き武器というやつだ。
(突き詰めれば伝説へたどり着く、その過程の武器なのでしょうね)
【猪殺しの剣】も【テカリ虫殺し】と同じ豪華な枠なのだが、名称がなかった。
(じゃあ、カリュドーンと名付けます)
トシキが考えたとたん、【猪殺しの剣】の名称表示枠にじわりと【猪殺しの剣】の名前が浮かび上がる。
(やはり、誰かが名付けるからこそ名前付きになるのですね)
トシキは自分の考えが正しかったことに満足すると、丁寧に武器たちを布に包んで仕舞った。ちょっと考えて【草原虎の牙ツルハシ】だけは出しておく。
宿は汚かったが、満足感と疲労でトシキはぐっすりと眠ることができた。
次の日の昼前にはトシキとレティは中央都市に戻ってくることができた。いつもの麦畑が見えた時にはほっとしたものだ。依頼達成の報告のため、すぐに依頼ギルドを目指す。
そのトシキとレティと相対した狐耳の受付嬢は困った顔になっていた。トシキの取り出した『夜樹の雫』を前に、押し問答になっているのだ。
「これは……受け取れません!」
「えぇ!?」
「はァ!? どうしてだよ!」
「いえ、この品自体は確かに『夜樹の雫』ですし、問題はありません。ただ……」
狐耳の受付嬢は言いよどんだ。声を潜めるので、トシキとレティは顔を寄せた。
「純度が高すぎるんです。どこで採ってきていただいたのかはわかりませんが、この『夜樹の雫』は一般的の物の数倍の価値が出るでしょうね」
確かにこの『夜樹の雫』はエントからではなく、昇華した上位種エルダーエントから採取したものだ。
「じゃあどうしろってんだよ」
狐耳の受付嬢は、居ずまいを正した。魅力的な笑顔を浮かべるとトシキとレティに言う。
「工房区で買い取ってもらうのはいかがでしょうか。おそらくその代金で一般的な『夜樹の雫』が購入できますよ」
工房区に行く前にお昼ご飯にすることにした。転生支援ブレスレットは使わず、討伐依頼で得たお金を使う。
おいしそうな匂いを放つ屋台に吸い寄せられるように二人は近付いた。看板には『ドラゴン肉串』と大きく銘打ってある。
「ヘイ、ラッシャイ! オイシイヨ! ヤスイヨ!」
「レティさん、ドラゴンですよ!」
「吹かしてんだよ。ドラゴンの肉がこんなところに出てるわけねえだろ」
肉に絡まるタレが焼ける匂いが香ばしく感じる。ドラゴンの肉でなくても、おいしそうなのに変わりはない。レティが何本か肉串を購入すると、トシキにも渡した。
かぶりつくと肉汁があふれ出した。肉の旨みが凝縮されたエキスが舌を刺激する。焼き方が上手いのか、それとも肉自体に切れ目をいれた下ごしらえをしているようだ。咀嚼するたびに力が溢れるようだ。
「ドラゴンみたいな竜種の肉は高級品だぜ? 屋台の肉になってっかよ。……うめえな」
(はたしてそうでしょうか)
レティの声を聞いて、屋台のおっちゃんが歯を光らせて笑った。グッと親指を立てる。筋肉ムキムキの金髪外国人的な外見に、ねじり鉢巻きと作務衣がものすごくミスマッチだ。
トシキには、その屋台の後ろに置いてあるものすごく大きな【肉斬りの包丁】の撃破数に、『竜種:三十二』とあるのが見えていた。本当にドラゴンの肉なのかもしれない。
「おいしいから、どちらでもいいですね……」
肉串というのは、食べながら歩けるのでお手軽だ。肉串を食べ終わるころには工房区に辿り着くことができた。
辺りからは鍛冶の槌を振るう音が聞こえてくる。ときおり赤熱した鉄を水に浸けるジュウウウという音がいくつも重なっている。
武器が出来上がる音に、トシキはわくわくしていた。
不思議な力を持つ【伝説の武装】が好きなトシキだが、こうやって生み出されるところを見ると武器自体のすばらしさに胸が熱くなってくるのだ。
「どうすっかな……、やっぱあそこか……?」
「レティさん?」
「ん? ああ、ヘタなところだと買いたたかれるだろ?」
「どこかいいところを知っているのですか?」
「一つ、心当たりがあるんだが……。ちょっと気難しいヤツだからなあ」
「レティさんに任せますよ」
即断即決なレティが珍しく悩んでいる。
トシキはこの街には詳しくない。レティに任せることにした。
ぼうっと通りを見るトシキは、見覚えのある人物を見つけた。多くの女の子たちを連れて歩いている一人の少年。
(あれは、確かサーシャさんと一緒にいた転生者です)
胸を突く思いを、なんとか引きはがす。どうやら彼は工房区の武器を見て回っているらしい。
展示品の一つをいきなり掴む。ソウヘイが手に持った【エント枝の杖】を振るうと、先端から炎を吹き上がった。青い顔で職人がさがった。
「<ファイアフレイム>! いいじゃないか、この杖」
「きゃあ! ソウヘイ様、魔法も使えるなんてさすがです!」
「ずるい! わたしも近くで見たいわ!」
「おいおい、争うんじゃない。ボクは一人なんだ」
漏れ聞こえる声から転生者の少年は、ソウヘイという名前だということがわかる。
少年はニヤニヤしただらしない顔で、すり寄っている女の子達に甘えた仕草を見せている。数人の女の子たちがあれこれ世話を焼くのにされるがままになっているようだ。ぱっと見た感じほとんどの子が獣耳の女の子だ。
どうやらソウヘイは、転生者の持つ『スキル』を使って快適な生活をしているらしい。
(サーシャさんはどこでしょうか……?)
探すと少し離れたところにサーシャがぽつんと立っているのが見えた。なんだか元気が無い。
サーシャさんの腰の剣がないことに、トシキは気付いた。
何か話しかけたほうがいいのか。迷っているうちにレティが歩き出しはじめた。
「よっし決めた、行くぞ!」
「あ……。はい」
どんどん進むレティを追いかける。早く行かないと置いて行かれてしまうだろう。
トシキは何度も振り返る。後ろ髪を引かれる思いのまま、レティの後を追った。
【次回予告】
依頼ギルドで困った事態に遭遇したトシキとレティは、工房区のある工房を目指す。そこの主はトシキにとって意外な種族だった。
店を利用しようとするトシキたちの前に、双子のメイドが立ちふさがる。
双子メイドA「工房ガランテリアでは、武器に熟達されていない方は」
双子メイドB「入店お断りしておりますので」
次話「13.ガランテリアの主と双子/【月命閃刃】<フラッシュサウンド>」




