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【伝説の武器】、僕にください!  作者: 葦 時一
はじめてのいせかい
12/25

11.夜樹の雫とエルダーエント/【草食みの大鎌】<ブラストサイス>

 『夜樹の雫』を求め、夜闇の森の奥を目指して進む。

 闇系の魔力が濃いためか、レティは生き生きとしている。森歩きにも慣れているらしく危なげな様子はない。たしかにエルフやダークエルフという種族は森とつながりが深い種族なのだろう。


 対するトシキは時折足を滑らせたり、蔦や根に足を取られたりしていた。そのたびに召喚したファルタイガーがフォローしてくれていた。いっそ背中に乗るかとも考える。

 

 出て来るのは主に歩く樹人(エント)だ。基本出て来る時は一体ずつなので問題は無い。近くにもう一体がいても、あらぬ方向を向いて立っている時があった。集団で来るという発想は無いらしい。どういう思考なのかわからない。


 それより危険なのが、たまに出て来る影狼(シャドウバイター)だ。影をこねて作った狼と言えばいいのだろうか。ゆらゆらと影をまき散らしながら接近してくる影の獣だ。たいそう動きが速い。

 だが、どうしたことか影狼はファルタイガーと相性が悪いらしく、現れるたびにファルタイガーが駆逐していた。

 トシキは倒した後の影狼(シャドウバイター)をツルハシでつついた。死んだ後は石油のような液体になって地面を濡らしている。


「どうしてこんな形状になってしまうんでしょう。不思議です」

「あー、なんだたっけな……。たしか魔力の蓄積量が濃いと形が変わっちまう、ってことだったはずだ」


 レティが豊かな金髪をがしがしと掻きながら言う。


「闇属性、というやつでしょうね」

「まあな」

「じゃあ、ファルタイガーはどうなんです?」

「確か、光属性だったはずだぜ。何せ巨大鶏を毎日食ってるからな」

「光属性……。どうりで影狼に強いわけです」


 巨大鶏は暁を象徴する、光系の魔力をふんだんに含んだ家畜モンスターらしい。それを食べるファルタイガーは体内に光系の魔力を溜め込んでいるということだ。


「――――っと。止まれ」


 レティがトシキを鋭く制止した。

 レティの視線の先に、一体の巨木がそびえたっているのが見えた。樹皮は紫を帯びた黒灰色というすごい色になっている。トシキが抱き着いても幹の四分の一くらいしか届かない。とても太い幹。どれほどの年月を過ごしてきた古い樹なのか。

 その樹の幹は、太い鷲鼻を持つおじいさんの顔をしていた。エントと違い、腕もなく、樹の根本はしっかりと大地に埋まっている。


森の古老(エルダー)だ。エントの魔法使いって感じのモンスターだ。近付くと魔法撃ってくるぞ」


 今は寝ているのか、それとも気付かれる距離ではないのか。エルダーは目を閉じて眠っているように見えた。


(あれは……?)


 トシキは枝から垂れ下がる蔓に、何かがひっかかっているのを見つけた。巻き付いた蔓の隙間から銀色の鎧がのぞく。力の抜けた両腕、両足も見えた。蔓に巻き付かれて、誰かが捕まっている。

 

「レティさん! 誰か捕まっています! 助けないと……!」

「ちょ、お前……ッ! バカっ!」


 トシキは思わず飛び出した。ファルタイガーも一緒だ。

 だが、それは失敗だったと気付かされる。狙いすましたかのようにエルダーの双眸が光った。


『ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』


 紫色の光が溢れたかと思うといきなり蔓が伸びた。エルダーが枝から伸ばした蔓が、生き物のようにトシキを狙う。

 

「ぐえ――――っ!?」


 ファルタイガーが頭をぶつけてトシキを逃がすようにはねのけた。ほぼ同時、レティがトシキの衿を掴むとそのまま引き寄せる。

 エルダーの蔓はトシキを見失い、代わりにファルタイガーに巻き付いて吊り上げていく。


「ファルタイガーが!」

「諦めろ! エルダーの魔法だ。近付くと拘束されるぞ!」


 乱暴に地面に降ろされ、したたかにお尻を打つ。トシキの目の前で、拘束されたファルタイガーがもがくが、締め付けからは逃げ出せない。

 エルダーはさらに魔法で紫色の砲弾を生み出すと、ファルタイガーを撃ちぬいた。ファルタイガーの身体が光になって散る。


「バカ! よく見ろ! ありゃ死体だ!」


 トシキはまじまじと捕まった人を見た。よく見ると服の裾から出ている手は白骨化している。いつ来たのかわからないが、夜闇の森を訪れた人を捕まえて囮にしているのだろう。

 レティとファルタイガーが助けてくれなかったら、今頃あの死体の横に吊り下げられて栄養にされていたことだろう。その自分を想像して、トシキはぞっとした。


「囮を使うくらい知性があるなら、かなり年季の入ったエルダーだぜ。相手できるようなもんじゃない。勝てない相手と戦う必要はないんだからな。離れるぜ」

「……驚きました。レティさん、いつも殴るわけじゃないんですね」

「お前、あたしを何だと思ってるんだよ……」


 レティは半眼でトシキを睨んだ。


「エルダーは移動できないモンスターだからな。離れちまえばいい」


『ボオオオオオオオオオオオ!!』


 ズボォと地面から根っこが抜けた。

 エルダーは自分で右足に次いで、左足も地面から抜くと、両足で大地を踏みしめる。


「レティさん……。エルダー、動いてますけど」

「マジかよ……」


 いまやエルダーはメキメキと不吉な音を立てながら両腕を生やしつつあった。太い幹がより合わさって、普通のエントより強大な腕を作り上げる。五指は太く、手のひらには紫色した魔法の炎が宿る。


 さしずめ、歩く樹老人(エルダーエント)とでも呼ぶべき存在に昇華していた。


「逃げ――――ッ!?」

『ボオオオオッ!!!』

「レティさん!?」


 エルダーエントの手のひらから、巨大な紫炎が放たれる。エルダーエントの行使する魔法だ。

 レティは正面から紫炎を殴りつけた。

 【夜冥猫(プリオナイラス)の拳】が紫炎を吸い込んだ。尻尾が発光し、後方へ魔力を流していく。

 エルダーエントは太い腕を振り下ろす。レティがかろうじて避けた。着地の瞬間に再び紫炎が襲い掛かる。接近する隙が無い。


「待ってください! 今……! 【解放(リリース)】!!」


 <サモンタイガー>が発動する。【武器力解放】の力ある詞(スペル)に従って、ファルタイガーが召喚された。


「行ってください!」

『ゴオァッ!』


 ファルタイガーはエルダーエントに跳びかかる。だが、樹皮は堅く、太い。致命的なダメージは与えられない。


「何か……他に……ッ!」


 トシキは荷物から【解放】できそうな武器を探す。だが、とっておきの【猪殺しの剣】の他には、武器が無い。せめてファルタイガーを追加で召喚するべく、残った【草原虎の牙ツルハシ】を手に取った。

 荷物を探っていたトシキは、後ろからレティに向かって静かに伸びる蔓に気付いた。紫炎で視線を釘づけにして、背後から狙っている。

 トシキは全力で走った。間に合うか、間に合わないか。レティの背に伸びる蔓に向かって、自分から飛び込んだ。

 一瞬で視界がさかさまになり、風景が流れる。手からツルハシが離れた。


「あぐ……ッ!?」

「――――トシキっ!?」


 ぎりぎりと蔓はトシキを締め付ける。そのまま一気にトシキの身体を持ち上げた。ぐるぐると絡まりながら、トシキは死体の近くまで連れてこられてしまう。

 死体とぶつかった衝撃で、ボロリと死体の頭が取れた。頭蓋骨入りの兜が落下する。

 トシキはもがいた。だが、もがいたぶん強く締め付けてくる。


「じっとしてろ! 今――――!?」

『ボオオオオオオオオオオオっ!!』


 エルダーエントはレティを近づけさせまいと何度も魔法の紫炎を放つ。大きさが小さくなった代わりに、追尾性が上がった紫炎がレティを襲う。前に出ようとしたレティは、足止めを余儀なくされた。


「クソッ!」


 レティに焦りの色が浮かぶ。このままでは、トシキが死ぬ。今はレティに対して魔法の紫炎を放っているが、一発でもトシキに向ければ終わりだ。


(レティさんだけなら、逃げられます……!)


 トシキは気付いた。先ほどからエルダーエントの紫炎はレティに対し有効打を撃てていない。レティが撤退しないのは、トシキが捕まっているからだ。


「レティさん! 逃げてください!」

「逃げられるかよ……ッ!」


 レティは今のところ何とかエルダーエントの紫炎を捌いている。だが、どれほど体力が持つか。

 エルダーエントの魔力が尽きるのは期待できそうにない。そうするうちに、ファルタイガーが紫炎の弾幕を浴びて光となって散った。


 焦るトシキの目に、何かが浮かび上がってきた。【武器情報の眼】が何かを捉えている。


(【草食みの大鎌】……! 植物系モンスター撃破数が千七十ニ!?)


 鎧の人は武器を持っていた。それも、植物系モンスターに特効の武器を。

 蔓に絡めとられ、振るうことができなくなってしまえば武器は意味がない。だが、トシキの【武器力解放】は、体勢や姿勢などは意味を為さない。


(どこに……? ありました!)


 締め付けられ、肺から空気が絞り出される。

 苦しみの中、トシキは手を伸ばした。 


 トシキは鎧の胴体部分背中に括り付けられていた大きな柄を掴んだ。見えないが先端には鎌の刃があるのだろう。とにかく、掴んだ。


「【解放(リリース)】……!!」


 光が――――。


 【草食みの大鎌】は光となって弾けた。空中に巨大な光刃を創ると、網膜に残るような一閃。

 <ブラストサイス>の文字が、ゆっくりと消えた。


 光の刃は劇的な効果を生み出した。老人の顔の中央を刺し貫かれたエルダーエントは、全身の色を失った。灰色を越え、白色になっていく。

 枯れ落ちる一撃死。水分も生気も魔力も失ったエルダーエントは、灰になった炭のように割れて崩れた。


「トシキ!」


 落下するトシキを、レティが受け止めた。お姫様だっこのように、レティの腕の中に収まるトシキ。


(これ、普通は逆のシチュエーションだと思うのです……)


 トシキは口を開いたが、レティの表情を見て言うのはやめた。レティはトシキを乱暴に下ろすと、その頭に拳骨を叩き込む。


「お前ッ! 無茶ばっかしやがって! 見ててひやひやしっぱなしだろうが!!」

「ご、ごめんなさい」


 言うべきか迷っていたようだが、レティは顔をそらして小さな声で言う。


「ありがとな……。助かった」

「レティさんがいなかったら、僕は何度死んでるかわかりませんよ」


「お前は……。……クソっ、何でもない!」


 レティの顔が歪む。そもそも、この依頼(クエスト)の難度が高いとわかっているにも関わらず受けたのはレティだ。


 レティはトシキの顔を見なかった。そのままエルダーエントの残骸に向かって駆け出す。エルダーエントの残骸から、レティは虹色に輝く涙滴形の宝石らしきものを取り上げた。


「――――『夜樹の雫』だ」


 夜闇の森の薄暗い中にあって、『夜樹の雫』は美しく輝いていた。

 トシキは笑顔になった。苦労したぶん、嬉しさがこみ上げてくる。


「依頼達成です、レティさん。戻りましょう、僕たちの街へ」

【次回予告】


 もう一人の転生者、土佐本ソウヘイ。サーシャと共に旅立った彼は、転生者のスキルで異世界で成功を収めているように見えるが……?


おっちゃん「ヘイ、ラッシャイ! オイシイヨ! ヤスイヨ! ドラゴン肉ダヨ!」

トシキ「レティさん、ドラゴンですよ!」

レティ「吹かしてんだよ。ドラゴンの肉がこんな屋台に出てるわけねえだろ」


次話「12.名前付き武器ともう一人の転生者/【エント枝の杖】<ファイアフレイム>」


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