9.金策とクエスト/【街衛のサーベル】<セントラルガーダー>
「ちょっと待ってろ」
街に着いた後、そう言ってレティがふらりといなくなった。しょうがないのでもどってくるまでオープンカフェで時間を潰す。頼んだ薬草茶は、やたら苦かった。
盗賊リザードマンを倒した時のお金があるので、すぐに立ちゆかなくなるということはない。
【武器情報の眼】で街行く人たちの武器を眺める。ある程度距離が離れるとスキル効果が発動しないのか、武器の名前が消えてしまう。しかし、こうやって眺めていると様々な武器を身に帯びた人がいることがわかった。
(依頼ギルド前だと、もっといろんな武器が見られたりするのでしょうか)
今度やってみようと考えながら、トシキは眺め続ける。どういう名称になっているかわからないが、特殊な武器や特別な武器が通るかもしれないからだ。
トシキはレティが戻るまで、飽きもせずにずっと続けていた。
「悪い、待たせたな」
「いえ、いいんですけど、どうしたんです?」
「転生支援ブレスレットのことをちょっと調べたんだよ。お金を肩代わりしてくれるとか、冒険者ギルドのライセンスとか一部通行証替わりになるとか結構な特権が付与されてんな」
「すごいですね!」
「ただな……」
レティは表情を一転させた。渋い顔になる。どうやらいいことばかりではないらしい。
「開示はされてないけどな、居場所の特定とかスキルの強制開示、手足とスキルの拘束が即座にできるような魔法が仕掛けられてるぜ、ソレ。もちろん装備解除不可の呪い付き」
トシキは思わず自分のブレスレットを見た。何も変化はなかったが、話を聞くといきなり不気味なものに思えてきた。
「転生者にそこまで教えないんだけどな」
「どうやってその情報を?」
「ちょっとな、伝手があるんだよ」
ニヤリと笑うレティ。微妙にコワイ。突っ込んで聞かないほうがよさそうに思える。
「転移・転生者はスキル持ち。危険人物立った場合の首輪ってところじゃねえか?」
首輪を外してほしくないなら、街衛が警告しにくるのは不思議な話に思える。少し考えて、トシキは結論を出した。
(あの街衛の人も、試しに来たのでしょう。僕が危険な人物かどうか)
あの過激な発言の若い街衛も、わざとの可能性がある。
「これ、外せるんですね?」
「きちんと手順を踏めばな。貸付金の返済は絶対条件だ」
「レティさん、依頼ギルドでお金を稼ぎましょう。まずはそれからです!」
トシキは力強くそう宣言した。
依頼ギルド。
中央都市セントラルの市民や商業ギルド、工房ギルド、セントラル議会などからの依頼がそこには集まってくる。
『作物を荒らすモンスターを討伐してほしい』『異常発生した危険モンスターを討伐してほしい』。そういった討伐系依頼。
『月夜草を納品してほしい』『茜狼の毛皮を納品してほしい』といった採取系依頼。
それらをはじめ、〝ベビーシッター”や〝交通量調査”、〝鑑定依頼”などなど、さまざまな依頼がそこには存在していた。
いわゆる、ファンタジーものにおける冒険者ギルドのようなものだろう。イメージとしては仕事斡旋所に近い気がするが。
これまで依頼ギルドを利用するのは主にレティであり、トシキはあまり受注に関わることについてはノータッチだった。依頼の受注の方法はそれほど難しくなく、カウンターに座っている受付嬢に目当ての依頼書を持ってお願いするだけ。それで登録完了だ。
カウンターに座る受付嬢の種族も様々だ。
人間の娘さんをはじめ、眼鏡をかけたリザードマンの女性や、きりりとネクタイを閉めたエルフの受付嬢までそろっている。どの子もかわいくて綺麗な女の子が勤めている。たぶん、いろんな種族に対応するためにだろう。
(にこにこと笑顔を振りまく彼女たちを見るために、依頼を頑張る人も多いのでしょうね)
ただ、トシキの【武器情報の眼】には、彼女たちの服の内側から武器のステータスが飛び出ているのが見えていた。見た目にはわからないが、武器を携行しているのだ。さすが依頼ギルドの受付嬢、タダモノではない。
依頼ギルドを利用する際には、資格が必要になる。
依頼の結果を記録するためと、依頼ギルド加入の証となる〝ライセンス”なるものが必要だと言う。トシキは転生者のブレスレットがそのライセンスの代わりを果たしている。ものすごく多機能だ。
金策のために、トシキとレティはこの数日依頼漬けの生活を送っていた。
「やっぱり、儲かるといえば依頼だよな!」
腰に手を当てて仁王立ちをするレティが言う言葉を、トシキは胡乱な目で見ていた。その足元には何匹もの虎型のモンスターが倒れている。
レティの言うことはもっともだ。確かに依頼というものは、自分の実力に応じて、もらえる報奨金が高いものを選択することが可能になる。
「レティさん……」
「何だよ」
「だからって討伐依頼四連続というのは、厳しすぎると思いませんか!?」
トシキは叫んだ。その全身は疲労のため、ずっしりと重くなってた。
『増えてきた野良ゴブリンの討伐』、『暴走した小ストーンゴーレムの討伐』、『麦喰いイノシシの討伐』など、討伐系の依頼に付き合わされて、だいぶ走らされていたのだ。
きわめつけは最後の討伐依頼『ファルタイガーの駆除』。
ファルタイガーは中央都市北のファルンドマ草原に出没する大型虎モンスターだ。中央都市に流通している肉は、このファルンドマ草原地帯で放牧をされている巨大鶏が主なのだが、よくその巨大鶏を狙ってファルタイガーが来るのだ。
「だけど、報酬はイイだろ?」
「だからといって虎の巣に突撃しないでください!」
「生きてるんだからいいだろ」
「お……おおざっぱすぎます!!」
ファルタイガーは体長四メートルを超す大型の虎だ。レティはあろうことか、その巣を発見するやいなや、突撃を敢行したのだ。
ファイルタイガーは素早く、力が強い。前脚の一撃は粗末な盾なら粉々になるほどの威力だし、その牙はへたすると下手な板金鎧すら貫通する。
四方から攻撃するファルタイガー。その中にあって、レティは美しく舞っていた。
前脚の攻撃を、牙による噛み付きを回避。至近から【夜冥猫の拳】を叩き込む。紫色の光が尾を引きながら、空中に拳の軌跡を描いていく。
しなやかな四肢が躍動する姿は、むしろ艶やかさすら内包する。上気した頬と、浮かぶ珠の汗が、褐色の肌をより美しいものに見せていた。
見とれていたトシキもファルタイガーに追いかけられる羽目になったのは、当然としか言いようがない。
何とかしようと焦って掴んだ武器が、折れた街衛のサーベルだった。どうやら折れていても武器と認識されたらしく【武器力解放】は発動した。
――――<セントラルガーダー>
はじけた光は円盾の形に集束した。ファルタイガーの一撃からトシキを守る盾となる。その隙になけなしの【一角兎の角槍】を【解放】して難を逃れた。
この調子で討伐依頼を繰り返していると、死ぬ。すぐ死ぬ。そうでなくても、いつか死ぬ。
ただ、危険なだけだったわけではない。小ストーンゴーレムはレティの打撃の前にどうにもならないくらい粉々になったが、ゴブリンからは棍棒や手製の槍、ファルタイガーからは素材になりそうな爪と牙を回収できている。
だが、素材集めを視野に入れるなら、討伐系依頼でなくてもいいはずだ。
「納品する依頼にすることを、僕は希望します!」
「しょうがねぇなあ」
レティがやけに素直に意見を吞んだことに、トシキは違和感を感じる。だが、機嫌を損ねて違う結果になるは避けることにした。
依頼ギルドに戻ったトシキとレティは、依頼達成の手続きと同時に、採取系依頼の吟味に入った。
「お、これなんてどうだ?」
「『夜樹の雫』の納品……? 僕にはよくわかりませんが、それがいいんですね?」
「まあな。〝夜闇の森”に入るんだけどさ、闇系の魔力はダークエルフの力を増してくれるからな」
「じゃあ、それでいきましょう。レティさんを頼りにしていますからね?」
トシキが何の気なしに言った言葉に、レティが一瞬戸惑った表情をする。
トシキは全幅の信頼を持って言葉を放っていた。レティの戦闘能力は群を抜いているし、レティが居なければ道中のモンスターを倒せるかも怪しい。当然のことだ。
「…………お前は、純粋っていうか、なんというか」
レティは微妙に顔を赤くした後、いきなりトシキの頭にチョップを落とした。
「くそっ! いらんこと言ってないで早く行くぞ!」
「今、どうして僕は殴られたんです……?」
痛む頭を撫でつつ、トシキはレティの後を追った。
目的地は、中央都市南西、〝夜闇の森”だ。
【次回予告】
夜闇の森は闇系の魔力の濃い、ホラーな森だった。
襲いくるモンスター達。夜樹の雫は手に入るのだろうか……。
レティ「歩き樹人だな」
トシキ「先に撃ちます! 【解放】ッ!!」
次話:「10.夜闇の森とエント/【草原虎の牙ツルハシ】<サモンタイガー>」




