目覚まし妹
続きです。
-side 田島亮-
ぼんやりとした頭で帰宅を果たし、なんとなく風呂食事を済ませ。気づけば、就寝前になっていた。
【もし私が、また危ない目に遭ったら。その時はもう一回、私だけを助けてくれる?】
窓辺に浮かぶ月を眺めつつ、俺は帰り際に彼女から告げられた言葉を思い出す。
「......そんなの、助けるに決まってる、けど」
俺の脳裏に引っかかっているのは助けるとか、助けないだとか、そんなことではなかった。
私『だけ』。その言葉にどうしても、俺はなんらかの意図を感じずにはいられなかったのだ。
俺の二度目の高校生活は、間違いなく彼女をきっかけに始まった。彼女に出会い、全てを失い、そして少しずつ失った物を取り戻して。俺は、今を生きている。
たくさんの出会いがあった。多くの思い出が出来た。誰も欠けちゃいけないし、何も欠けちゃいけなかった。今の俺を形作っているのは間違いなく、多くの人からもらったものだ。
だから......正直、誰か一人だけを助ける自分というものは、想像できなかった。
もしかしたら、誰かを好きになるというのは、その誰かだけを想うことなのかもしれないけれど。
「だとしたら、俺は──」
──何も選べない俺は、本当は。ひどく冷たい人間なのかもしれないと思った。
いつでも、誰にでも、俺は平等に厚意を返したいと思ってしまう。ただのお人好しか、もしかしたら、ただの偽善か。根拠は不明瞭だが、誰にでも良い顔をしたいと思ってしまう自分が居るのは、否定できない。
そんな自分が、情けなくて。誰かの強い気持ちに、それ相応の想いで応えられない自分が......もう、嫌いになってしまいそうだった。
これまでは、偽善だと言われたって構わないと思っていた。誰かが傷ついていたら、慰めて。何かを頑張ろうとしていたら、励まして。とにかく俺に返せる厚意を、返せればいいと思っていた。
けれど、今思えば。それは機械的な善意であるようにも見えたのかもしれない。もちろんそんなつもりは無かったが、そう捉えられても仕方なかったのかもしれない。
「はぁ」
自己嫌悪、同時にため息。最近は本当に、同じ事ばかり考えているような気がする。自分一人ではどうにもならないようなことを、無意味に考え続けている。
やはり俺は、自分がどうしたいのか分からなからないのだ。
『ねぇ、兄貴? 今ちょっといい?』
コンコンというノック音とともに、聞き慣れた家族の声が聞こえる。夜分に珍しく、友恵が俺を訪ねてきたようだ。
「ん? どうしたんだ? こんな時間に? 何か急用でもあるのか?」
くだらない思考を中断し、ドア越しに尋ね返す。
『うーん、まあ、急用といえば急用かな。ねぇ。ちょっと、顔貸してくんない?』
「あん? 外はもう暗いぞ? ていうか、用件は.....,?」
『ま、いいからとりあえず顔貸して! 話はそれからってことで!!』
「ん? ああ、まあ......別に、構わないが」
いつもよりどこか強引な友恵に疑問を抱きつつも。特に断る理由もない俺は、彼女に付いて部屋から出ることにした。
◆
やはり普段より強情な友恵に手を引かれ、初冬の外に繰り出す。つい最近まで赤や黄の色をしていた枯れ木も今や裸を晒し、素肌には冷たい風がびゅうびゅうと吹き当たっていた。想像以上に寒々しく、余計に外に連れ出された理由が分からなくなってくる。
「ま、座って話そうよ」
「お、おう」
ようやく彼女の足が止まったかと思えば、気づけば俺たちは近所の公園を訪れていた。一足先にベンチに腰掛けた友恵に倣い、俺も隣に腰掛ける。
「ねぇ兄貴、最近なんかあったでしょ?」
なんとも唐突に、核心を突かれた。
「そ、それは......」
「あ、隠そうとしたって無駄だからね。家であんだけ溜息ついてたくせに、なんもないわけないし。ずっと辛気くさい顔されてると、こっちも迷惑なの。さ、はやく話してよ」
「はは、随分と手厳しいな......」
迷惑、か。確かに、ずっと暗い顔してるヤツが家に居たら、そう思われるかもしれない。
「でも......多分、友恵に話してもどうにもならないと思うぞ? すっげぇ個人的な出来事で、きっと......些細な、ことだから」
この悶々とした日々は、あくまで俺の気持ちの問題だ。ハッキリさせなきゃいけないことをハッキリさせられない、俺だけの問題だ。
だから別に、わざわざ友恵に話さなくても──
「あーん、もうっ! ぐちぐちうるさいわね! 『でも』じゃないのよ! 私が! 話せって言ってんの! 黙って勝手に悶々とされてるとムカつくのよ!! 朝からウジウジウジ! いつまでそうしてるつもり!?」
「な、なんだよ、急に!?」
突然語気を荒げた友恵に驚きおののき、言葉に詰まる。
「なんだよ急に? そんなの、こっちのセリフよ! 修学旅行から帰ってきたかと思えば、急に抜け殻みたいになって、ずっとボーッとして......! 何かあるなら、私に話してよ!
個人的? 些細なこと? そんなの、どうだっていいわよ! 同じ屋根の下でずっと、あんな顔されてたら......心配するに、決まってるじゃん......!」
そして、微かに瞳を光らせた友恵は、最後。俺の肩を掴んで、告げていた。
「私は妹なの! 家族なんだから、なんだって聞いてあげるわよ! そして、全部話して、はやく、いつもみたいに笑ってよ! 暗い顔の兄貴なんて見たくないのよ! 男なんだったら......もっと、シャンとしなさいよ!!」




