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曖昧な心

続きです。

文化祭編は今回までとなります。

-side 田島亮-


 屋上の柵に手をかけ、無駄に広い我が校のグラウンドをぼんやりと見回す。昼間は焼きそば屋やらクレープ屋やら出店が沢山出ていたようだが、今はそれらの屋台も撤収され、後夜祭のキャンプファイヤーの準備が進んでいるようだ。


「はぁ......もう後夜祭の時間か」


 結局、文化祭最終日の午後は何をするでもなく1人で屋上の柵に寄りかかってグラウンドを眺めているだけになってしまった。


 新聞部室でのアレが衝撃的過ぎて......午後は俺はとにかく1人で落ち着く時間が欲しかったのだ。



【ご、ごめんねダーリン! 急にこんなことするなんてビックリさせちゃうだけだったよね! 返事は今すぐじゃなくても良いから! しっかり考えて返事してくれればオーケーだから! じゃあ、私は自分のクラスに戻るねっ!!】


 数秒の間俺の唇に触れた後、アリス先輩は目線を右往左往させながら、そう言い残して新聞部室からダッシュで出て行ってしまった。


 そして......部室を去る間際に少し目元を光らせていた彼女の横顔が、今も俺の脳裏から離れてくれない。


「いつかこうなるって分かってたつもりだったんだけどな......」


 彼女は俺に好意を寄せていて、俺のことを特別に思っている。それは十分に理解していたつもりだった。


 だが、俺はそれを分かっていたつもりだっただけで、実のところ何も分かっていなかったんだろう。


 先輩、リンさん、そして瀬奈ちゃん。彼女たちと過ごす時間があまりにも楽しくて、俺はいつまでも先輩との関係性をハッキリさせていなかった。俺は『仲の良い先輩と後輩』という今の関係の心地よさに甘えていたんだ。


 先輩を悩ませていたのは、そんな中途半端な関係性だ。決着をつけるのを先延ばしにして、ただ一緒に居て、ただ一緒に笑って。きっと先輩はそんな時間を楽しむ一方で、いつまでも変わらない俺との関係に悩んでいた。


「......クソ。今更そんなことに気づいてんのかよ。バカ過ぎるだろ俺」


 先輩は『返事は今すぐじゃなくていい』と言っていた。だが、このままずっと返事を待たせるわけにはいかないだろう。今までずっと気持ちを溜め込んでいた先輩をさらに待たせるなんて......そんなの、許されるわけがないからな。


【結局1番大事なのって『自分が誰を好きなのか』なんじゃねぇの?】


 不意に、以前親友から言われた言葉を思い出す。考えなければならないと分かっていたはずなのに、考えることができていなかった事実が俺の脳裏にぎる。


 先延ばしにしてごめん、と。先輩はそう言っていた。最初から言うべきだった、とも言っていた。


 だがーー


「はぁ......もしかしたら俺って最低なヤツなのかもな」




 先延ばしにしていたのは、きっと俺の方だった。



✳︎


-side 柏木奈々-


 時刻は18時。文化祭も残すは後夜祭のみとなり、生徒は全員グラウンドへ。文化祭の管理を任された私の仕事も、あとは校内に一般客や生徒が残っていないか確認するのみとなった。


「よし、3階には誰も残っていないみたいね」


 その見回りも順調に進み、あとは屋上を確認すれば私の文化祭の仕事は全て終わりだ。まあ、こんな時間の屋上なんて誰も居ないだろうし、私の仕事はほぼ終わったようなものだろう。


 などと気楽に構えて私は屋上の扉を開いてみたのだが--


「はぁ......」


 そこには柵に手をかけ、眉間に皺を寄せながらボーッとグラウンドを眺めている田島の姿があった。


「おい田島。なんで君はこんなとこに居るんだよ」


「......あ、先生。ちわっす」


「いや、『ちわっす』じゃないだろ。さっさとグラウンドに行きなさい」


「えー、だって後夜祭ってキャンプファイヤー囲ってフォークダンスするだけでしょ? 俺怪我してて踊れないし、別にここから眺めてるだけでいいっすよ」


「......そうか」


 田島の言葉を軽く受け流した私は、彼の元へと歩み寄り、彼に倣うように柵に手をかけた。


「え、どうしたんです、先生? なんで俺の隣に? つーか、俺のこと怒んないんですか? もう校舎には誰も居ないんでしょ?」


「君が浮かない顔をしているように見えたからな。さすがに落ち込んでいる生徒を叱るほど私は厳しくないよ」


「えーっと、なんつーか......先生ってホントに人のことがよく見えてますよね」


「まあ、一応教師だからな」


「いや、ホント。奈々ちゃん先生が担任で良かったっすよ」


「っ......!」


「あ、照れた」


「う、うるさい! そんなことはどうでもいいんだよ!」


「はは、なんかこのやりとりも久しぶりな気がするっす」


「はぁ、まったく。君は本当に変わらないな......それで? どうして君は浮かない顔をしてるんだ? 私でよければ相談に乗るぞ?」


「えー、まあ、そうですね。色々あったんすよ。色々」


「私には話せないようなことなのか?」


「いや、まあ別にそういうわけでもないっすけど」


 そう言って一呼吸置いた田島は『フゥーッ』と軽く息を吐き出した後、グラウンドを眺めたまま目線は動かさずに、ゆっくりと口を開いた。


「先生には『壊したくない関係』ってあります?」


「ん? そりゃあ人間、生きれてば壊したくない関係なんていくらでもあるんじゃないか?」


「じゃあ、もし自分の行動次第でその関係が壊れそうになったら、その時先生はどうします?」


「......これはまた難しい質問だな」


 壊れやすい関係性。脆くて不確かな関係性。そんな関係は別に珍しくもなんともない。人間は誰とでも理想的な関係を築けるわけでもないし、思っていることを全て言い合える関係、なんてのは本当に貴重なものだと思う。


 気を遣って、折り合いをつけて、妥協点を見つけて。基本的に人という生き物は相手の様子を伺いながら関係性を築いていく......と私は思う。


 だから、隠している本心を一言告げてしまえば壊れてしまう関係性というものは、意外と世の中にありふれている。『片想いの恋』なんかは特に分かりやすい例だろう。


「俺、どうすればいいのか分かんないんですよ。事故にあってから色んな人と仲良くなって、たくさん大切な思い出をもらいました。でも俺が誰かを特別に思うようになってしまえば......きっとその関係は崩れてしまうんです。誰かを傷つけることになるし、誰かを泣かせることになるかもしれない。自意識過剰かもしんないけど、そう思っちゃうんですよ」


「......」


「俺は今関わってくれる人達がみんな好きで、でも恋なんかしたことないから誰かを特別に思うってのがどういう感覚なのかも分からなくて。今の関係が中途半端で、ずっと今のままってワケにもいかないってのは分かってるのに、俺はどうすればいいか分かんないんですよ。早く答えを出さなきゃいけないはずなのに、いくら考えても答えが分からないんです。はは、俺ってもしかして最低なヤツなんですかね? 色んな女の子と仲良くなって『みんな好き』なんて言って。これって俗に言う『キープしてる』ってヤツなんですかね?」


 柄にもなく自分を卑下しながら早口で言い終え、力無く笑う田島。そんな儚げな彼を見たのなんか初めてで......なんだか見ているこっちが苦しくなってきて。


「え? 先生? どうしたんです、急に......?」


 気づけば私は、彼の頭を優しく撫でていた。


「せ、先生?」


「......私は教師だ。苦しそうな顔をしている生徒を慰めても別に問題は無いだろう?」


「で、でも......17にもなって先生から頭を撫でられるなんて、なんか恥ずかしいっすよ......」


「なに、恥ずかしがることはないさ。ここに居るのは私と君の2人だけだからな。今は存分に私に甘えなさい」


 ああ、本当に私はダメな教師だ。やはり君だけはどうしても特別扱いしてしまう。『あの時』のことを君が覚えていなくても、やはり私は君の世話を焼いてしまう。


 きっと君は少しずつ、自分が周囲の女の子たちから向けられている気持ちに気付き始めているのだろう。だからこそ、自分が自分の気持ちをハッキリさせられないことに悩み、そして苦しんでいる。


「前にも似たようなことを言ったことがあるかもしれないが、若いうちは悩むのも悪くないさ。でもな、私は君の『キープしてる』っていう発言は絶対に違うと思うぞ? 『この関係を壊したくない』という気持ちは、君が自分に関わる1人1人のことを大事に思っているからこそ出てくるものだ。だから......そんなに自分を卑下する必要なんてないんだよ」


 今君にかけている言葉が正しいのか。今君の頭を撫でて励ましているのが教師として正しいのか。そんなことは私には分からないけれど。


 教師としてではなく、1人の柏木奈々という人間として。あの時、不安でたまらなかった私を立ち直らせてくれた君に恩返しをするために私は言葉を紡ぐ。


「確かに君は君の答えを最後に出さないといけないのかもしれないし、それは早い方が良いのかもしれない。でもな、気持ちをハッキリさせられないことなんて別に珍しいことじゃないんだよ。だから焦って無理に答えを出そうとする必要は無いんじゃないか?」


「焦る必要は無い......ですか」


「ああ、そうだ。相手と、そして自分としっかり向き合っていけばおのずと君なりの答えが出るはずだよ。だから......君には悩んでばかりいないで、楽しむことも忘れないようにしてほしいんだ。高校生活なんて、本当にあっという間だからな」


「......分かりました。先生、ありがとうございます。なんかちょっと心が軽くなったような気がします。はは、奈々ちゃん先生は本当にすごいっすね」


 ああ、そんな真っ直ぐな目で私を見ないでくれ。そんなに明るい笑顔を見せられると、私はもっと君を特別扱いしたくなってしまうんだよ。


 私は君が思っているほどすごい人間じゃないんだ。私も君と同じで自分の気持ちをハッキリさせることができないんだよ。君にただ一言『ありがとう』と言いたいだけなのに、私はそれを言っていいのかどうか、今も分からないんだ。


 --だって......あの屋上での日々を覚えているのは私だけなんだから。


「......綺麗な炎だな」


「あ、そうっすね。案外良い景色っす」





 そんな曖昧な思いを今日も抱えつつ。私はただひたすらに燃え上がるキャンプファイヤーをしばらくの間、彼の隣で見つめていた。

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