第6話
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
2時限目は体育館で、本日のお題はバレーボールだった。
準備の柔軟運動が終わると、適当にチームを組んで練習試合が始まる。
「はいっ」
バシッ
ダアン!
「凄いっ、絵里花さん!」
絵里花さんはフィギュアスケートをやってるだけあってジャンプが凄い。そしてバレー部並みのアタックを叩き込む。金髪美人の必殺アタックって、惚れ惚れするほどかっこいい。ってか、あんなの取れない。逃げちゃう。ホントに味方でよかったって千鶴は思う。
「いえいえ、結希さんのトスがよかったからよ」
結希さんも運動得意。陸上部では幅跳びの選手だったって言うし。
相手陣営からは、「あのチーム反則」って声も聞こえてくる。
「行ったわよ千鶴さんっ!」
って、今は試合中。
私だって頑張れば――
「あっごめん」
「大丈夫、はいっ!」
千鶴の中途半端なレシーブを絵里花さんが綺麗に上げると、今度は結希さんが高く飛んだ。
バシイッ!
決まった。
ボールが可哀想になるくらいのアタック。
「さっすが陸上部!」
「過去形だって」
結希さんは「大した記録持ってないし、私の役割はムードメーカだったの」と謙遜するけど、軽々と相手のブロックの上からアタックを叩き込む。
「次、千鶴さんのサーブ。よろしく」
「はいっ」
バレーは得意じゃないけれど苦手でもない。ここは負けじと思いっきりボールを引っぱたく――
「あっ!」
「取っちゃだめっ!」
「ごめんっ!」
大き過ぎたサーブに、相手の選手が手を出してくれた。
「見送ればアウトだったのにっ!」
まあ、運も実力の内、と思っておこう。
「パン パパン」
で、お決まりのハイタッチ。
「じゃ、もう一本行ってみよ~っ」
…………
…………
ってな感じで。
全力の一試合を終えると、軽く汗をかいていた。
「はあ~っ…… 絵里花さんって何でも出来るのね」
「ふう~っ…… 結希さんこそ、さすが陸上部ですわ」
「元、だけどね」
体育館の隅、次の試合を見学しながら3人並んで体育座り。
「そう言えば結希さん、新聞部にお入りになったんですって?」
「地獄耳ね」
「結希さんのノワールは「あの」紗和さまでしたものね」
「紗和さまって、新聞部のスッポン――」
口を挟んだ千鶴の問いに、結希さんは肯いた。
「ごめんね。隠すつもりはなかったんだけど、実はそうなの。スッポン――、いや紗和さま、根はいい人なんだよ。真っ直ぐで熱くて。時々イノシシみたいに突っ走って、スッポンみたいに喰らいついたりしちゃうけど。だから今日のことはごめん」
「どうして結希さんが謝るの?」
「だって紗和さまは、私のノワールだったんだもの」
「ねえ、今日のことって何? 私にも教えてくださる?」
長い金髪を束ね直しながら絵里花さん。
「話してもいいかな?」
「千鶴さんさえよければ」
体を動かすと気分も大きくなる。千鶴は一部始終を喋った。途中、結希さんの解説が付いた。
話を聞いた絵里花さん、ふたりの顔を交互に見ると、最後に千鶴を直視した。
「千鶴さんに知っておいて欲しいことがあるの。万里子ちゃんのこと」
「万里子さんの?」
「私と万里子ちゃんをクルールに、って思ってる方が多いみたいですけど、その可能性はゼロですわ。だから千鶴さん、どうかうわさに振り回されないでね」
「えっと…… 可能性がゼロってどういう……」
意味を掴みかねる千鶴に向かって絵里花さん。
「万里子ちゃんは律儀ですから。春休みに「他の人に申し込みます」って、わざわざ了解を取りに来たの。それが千鶴さんだと知ったのは昨日ですけど」
「そうなの……」
目の前に転がってきたボールを拾い、千鶴は投げて返した。
「教えてくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして――」
しかし、千鶴は思う。
だったら、今朝はどうして浮かぬ顔をしていたのだろう。
「万里子ちゃんはいい子よ」
「はい、知ってます」
「きっとおふたりは、お似合いのクルールになるわ」
「私なんか、全然……」
「そう言えば」
ぽん、と手を打ち、結希さんは話に割り込んだ。
「絵里花さんの信奉者、いたよね。えっと……」
「穂垂ちゃんかしら?」
「そうそう、穂垂ちゃん。あの子からは申し込みあったの?」
「さすがは新聞部、ストレートに来ますわね。でもノーコメントよ」
「信奉者って?」
千鶴の問いに、絵里花さんは少し遠い目をした。
「私をとても慕ってくれた後輩です。でももう昔のことで、今はどうだか―― それよりも結希さん、朝のお申し込みはどなたから?」
「反撃してきたわね。じゃあ私もノーコメント」
「千鶴さんはご存じですの?」
「私にも教えてくれないんですよ、極秘だって」
「もしかして、お断りになるつもり?」
「だからノーコメントだって!」
ちょっと語気を荒げた結希さんは、しかしすぐに我に返る。
「あ、ごめん。あの、さ。クルールって相手のことも考えないとでしょ? だから――」
結希さんには珍しく声が尻つぼみに消えた。
「結希さん、元気出そうよ」
千鶴は結希の背中を叩いた。
「そうね」
「そうよ。私には「ノワールは受けの一本道だ」って散々に勧めておいて。でもさ、結希さんを選ぶなんて、お目が高いね」
「ええ、そうですわ。結希さんって後輩に人気がおありでしたし」
「だったらいいけど」
「湿っぽいですわね。そうですわ。週末にどこかへ出かけませんか? ショッピングとか」
「この3人で?」
「ええ、お近づきの印に」
「賛成!」
「私もっ」
パン
パン
パアン
そうして座ったまま3人は、ハイタッチを交わし合った。




