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だから、魔王やめたい  作者: 江村朋恵
一章 12歳編
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1-3【三人称】魔王復活と悪役令嬢

 創世神話より万年、荒ぶる神々の御手によって形作られたこの星に、様々な生命が宿る。

 やがて、知性を備えた、神に似た『人間』が大地に少しずつ根を生やす。

 旧き源の神々の天地創造の荒波の中、少しずつ『人間』は数を増やした。


 その頃から『人間』の祈りが神に届くようになる。

 女神クリアレイスの降臨である。


 クリアレイスは人々を導き、災いだけでなく、果て無く続く天地創造の力をも鎮め、世界を穏やかで住みよく変えていった…。

 しかしながら、いつの日か女神に抗う勢力が現れる。

 魔王レイ・デルヴィアス率いる魔王軍だ。

 だが、女神の強力な加護と各国連携をとっての人間達の力のよって魔王は三度葬りさられ、此度の平和は続いている……。


「──そんな話は聞くまでもないのだけど?」


 半眼で同席者を睨むのは金髪碧眼のラクエル公爵令嬢である。

 十二歳になり、既に美貌の完成系が透けて見えている。透けるような白い肌はわずかなくすみもなく、瑞々しい。

 早々に膨らんだ胸はとうに成人女性の平均を超えて豊満だ。


「私が申し上げたいのはこの似非神話をさっさと潰してしまいましょうという点です、話は最後まで聞いてくださいませ。魔王様」


 冷たく整った顔は時に武力行使よりも強力だが、ラクエルのそんな眼差しなどものともせずに言い返したのは地味な少女である。


「似非神話……そんなこと言ってたらクレア信仰一色の人間社会ですぐに抹殺されるわよ? アイリ」

「人間社会での抹殺などタンスの角より軟弱。何よりこのテーブル周辺は強力な防音結界を施しておりますので心配ご無用です」


「タンスの角……思ったより効いちゃうっとこと?」

「………そんな話はしてませんが?」

 くすんだ青髪にそばかす、瓶底メガネという地味の三点セットを備えたアイリは冷や汗を落とす。言い逃れしきれていない。


 八歳で再会を果たして四年──。


 その正体が魔王デルヴィアスという公爵令嬢ラクエルと伯爵家三女に成り済ましている魔王最側近アイリオルは、春の昼下がりの公爵邸庭園で二人きりのお茶会をきめ込んでいる。


「そんなことより、相談とはなんでしょう?」

 十二歳を装っている筆頭補佐官アイリオルは強引に話を逸らすことにした。


 ラクエルは「……まぁ、いいわ」と飲み込み、話を切り出すことにした。


「──今まで数々の王家主催のお茶会を仮病で乗りきっていたんだけど、そろそろ参加しないとマズそうなのよね。どうにかなんない?」

 公爵令嬢という身分、権力を押し通しきれない相手が王室だ。

 父にも母にも、両祖父母にまで「そろそろ王子達と顔合わせを……」とせっつかれている。


「そういえばこの四年、お茶会に全くいらっしゃってませんでしたね、魔王様」

「アイリは全部出ていたと聞いてるけど」

「そんなもの当然です。お茶会とは本来、交流と情報交換の場。暗部が仕入れるネタの裏取りもあるんですから、その長たる私は当然参加しますよ」


 地味な見かけに似合わない不敵な笑みを浮かべるアイリオル。

 ラクエルは(──そうだった、コレの中身は勤勉な青髪鬼畜メガネ……)と言い聞かせる。


「伺っておりませんでしたが、魔王様がお茶会に出たくないと思われる理由はなんです?」

「──あなたも四年前に言ってたじゃない、私とか、王子の筆頭婚約者候補枠みたいなこと」


「ああ、なるほど。人間の王子如きと結婚させられるなぞ、心外心外、あれらは踏んで潰して赤き花がごとく血を散らして抹殺してやろうぞ、と。そういう──」

 物騒なことを淡々と告げてくるアイリオルを「そんなわけあるか」と半眼で睨みつけるラクエル。


「アイリ……人間社会に馴染む気ないわね……」

「当たり前です。早々に病弱だからと領地に引っ込むフリして再建した魔王城に帰還してしまったクインシーほどではありませんが、女神クリアレイスを崇める愚かすぎる虫けらが密集して住まう土地にいる時点でもう願い下げなんです。早く魔王様をこんな場所から引き離して差し上げたいとしか思っておりませんね」


「とはいえ、ハイさようならではね……私もまだまだ子供。こんな体じゃ魔王の力も半分だって出せやしない。もう少し育つまでは……。それに今後の動きの為にも情報収集は人間社会を利用した方が手っ取り早いんだけど──」

「何か気がかりがあると──、我らが魔王様はそうおっしゃるわけですよね?」


「……私が第二王子の婚約者になるとたぶん、面倒なフラグがたつ。魔王の設定(しごと)だけでいっぱいいっぱいなんだから、そっちは無かったことにしたいのよ」

 どちらかと言えば魔王業の方をやめたいがそんなことを言い出せばこの青髪の忠臣は泣く。本気で泣き出すので言えるわけがない。


「──第二王子……ですか。わかりました。重点的にお調べいたしましょう。お茶会ですが、人間どもの理を無理に捻じ曲げると予測が難しくなります。時には流され、その先でへし折るのも手です。ご検討くださいませ」


 ラクエルは溜め息を吐いた。補佐官は出席した方が良いと言っているのだ。

「わかったわ」


「万が一、王家主催のお茶会に出なければならない事態となりましたら、女のなりとしては私アイリオルが、男の姿といたしましては魔将軍のサシャが張り付いて梅雨払いをしてみせましょう」


 そのとき、テーブルの上にトンッと降り立つ塊がある。

「──みゃみゃう!」


 ふさふさの被毛に包まれ、すっかり成体ヤマネコ並のサイズ感で現れたのは魔王のペット兼護衛の神獣ララニールだ。


「ララ……あんたここ二日居なかったけど、どこにいたの」

「みゃーみゃっ、みゃっみゃみゃー」

「……ん?」

 魔王として復活しきっていないラクエルにはララの言葉が通じていない。何を言っているのかわからない。


 一方、ララと意思疎通をして険しい顔つきになったのはアイリオル。

 ラクエルは翻訳を期待してアイリオルをじっと見た。


「──それは本当か? ララ」

「みゃうみゃうみゃうみゃうーん、みゃみゃみゃう、みゃうみゃん」

 完全猫語なララの言葉にうんうんと頷くアイリオル。

 返答の仕方が伯爵家地味三女ではなく、完全に魔王軍魔王直属筆頭補佐官モード(♂)になっている。


「みゃみゃーみゃみゃんみゃみゃん」

「例にもないし、良くないな……すぐ動くべきだ」

「みゃん。みゃみゃみゃーみゃうみゃうんみゃ。みゃうみゃみゃーみゃうみゃ」

「………………」


 やがて、アイリオルはしばらく沈思したかと思うと体ごとラクエルの方を向いた。


「魔王様……今までは魔王様が表舞台に名乗りを上げてから十五年程度で勇者聖女が出揃う流れでした。が、此度は少し違うようです。しかも、聖女は既に産まれており、神殿による魔力審査で規定値超えが判明、男爵家が養女として引き取る段取りが整いつつあるとのことです」


「あー……なるほど、ヒロインちゃんね。名前当てようか? オフィーリアじゃない?」

 するとアイリも猫姿のララも目を見開いてラクエルを見つめている。


「──定番の聖女が養女になる展開と……こうくるとこの四年避け続けてた悪役令嬢(わたし)とメイン攻略対象との婚約が……」

 ラクエルは親指の爪を噛みそうになるのをこらえ──爪の手入れをしている侍女がうるさいので──目線を空へ上げた。


 この世界では、女神とその信徒聖女勇者対魔王及び魔王軍の戦いが続いている。

 その時系列に、聖女ヒロイン対悪役令嬢設定が重なってしまった結果、ズレが発生したかたちだ。


 ──魔王側としては不利な方向で。


 準備時間がまるっと十五年ほど失われた。

 名乗り上げとほぼ同時に聖女勇者ら主力が投入されることだろう。

 今までは魔王名乗り上げの後、生まれ、育つはずの聖女勇者が、魔王と同年齢帯で育っている。


 魔王として女神側との戦いは避けられない。こちらに戦う理由があるからだ。

 なのに、今回の転生でくっついた悪役令嬢設定がとことん邪魔臭い。


 ──いやいや、魔王やめたいのに……。

 だが、女神クリアレイスは倒さなければならない。

 前前前世、日本から異世界転移してきた時からの『約束』なのだ。


 ラクエルは冷えたカップのお茶をすすり、小さく嘆息するのだった。




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